ナノバイオテクノロジーの医学における応用(その1)
2016年 4月27日
楊慧:河北大学基礎医学院
丁良:河北大学基礎医学院
岳志蓮:Intelligent Polymer Research Institute, University of Wollongong
概要
近年、ナノ材料及びナノバイオテクノロジーは、臨床治療及び臨床診断の分野でますます広範囲に応用されており、ナノ医薬品、ナノ医用材料、ナノチップ技術及び体外診断用医薬品が次第に開発され、かつ、重要な進展を見せている。この論文では、主にナノ医療及びナノ診断の2つの分野から、ナノ材料及びナノバイオテクノロジーの現状及び将来性について論ずる。
[キーワード]:ナノバイオテクノロジー、ナノ医療、ナノ医薬品、ナノ診断
ナノテクノロジーは幅広い分野をカバーする学際的なハイテクノロジーであり、1980年代に発展をはじめた。物質はナノサイズに達すると性質に突然変異が生じ、小サイズ効果、表面効果、量子サイズ効果、巨視的量子トンネル効果等の特殊な性能が現れる。ここ数年、生物学と関連のあるナノバイオテクノロジーが急速に発展し、バイオテクノロジー分野でも世界で最先端の話題となっている。特にナノ医薬品のキャリア、ナノ医療材料、ナノバイオセンサー及び画像技術、超小型スマート医療機器等は医薬・衛生分野で幅広い応用性と産業化に明確な将来性があり[1]、診断及び治療手段で新たな発展性があるだろう[2]。本稿では、ナノ医療技術及びナノ診断技術の2つの分野における最新の状況について総括し、ナノバイオテクノロジーの今後の発展性を展望することで、ナノ材料の研究者及び医療従事者の参考に資することとしたい。
1. ナノ医療
ナノテクノロジー研究の重点の一つは、安全かつ効果的な医薬品/遺伝子キャリアの開発並びに合理的なドラッグデリバリー及び標的指向型製剤の研究である[2]。現在、臨床分野におけるナノバイオテクノロジーの世界的な研究範囲は、ナノドラッグデリバリーシステムを含むナノ医薬品[3]、ナノバイオ材料[4]、ナノテクノロジーを活用した生体適合性人工臓器等の分野に及ぶ。
1.1 ナノ医薬品
ナノ医薬品とは、合成/天然材料をキャリアとして、さまざまな物理学的又は化学的手法により薬物を導入するシステムを一般的に指し、原料医薬品を直接加工して生成されるナノ医薬品結晶であってもよい。前者はドラッグデリバリーシステムとも言い、本稿の重点である。ナノ医薬品はその構造及び組成の違いによって、ナノ粒子、ナノスフェア、ナノカプセル、ナノリポソーム及び高分子ミセル等に分類できる。一般的な医薬品のほとんどと異なり、ナノ医薬品の生物活性はキャリアの化学構造及び物理的性質と密接に関係する。さまざまな化学的及び技術的手法を研究開発することでキャリアの性能を高め、ひいてはナノ医薬品の薬効を向上できる一方で、この特性を利用した上で、ナノサイズ特有の表面効果及び小サイズ効果と結びつけて、一般的な医薬品にはない、ナノ医薬品特有の長所を付与することができる。
医薬品の安定性を高め、バイオアベイラビリティを引き上げること。ナノ医薬品は水溶性経口薬の投与経路を解決することで、従来は注射でしか利用できなかった医薬品について、薬効を損ねることなく経口投与を可能にした上、そのバイオアベイラビリティを向上させた[5]。タンパク質やポリペプチド、並びにワクチンのような高分子医薬品は、経口投与後は胃酸によって破壊されやすい上、腸管内ではタンパク質加水分解が生じやすく、腸壁を透過して人体に吸収されにくいため、現在その多くは注射による投薬が採用されているが、往々にして患者に不快をもたらす上に、費用が高い。張磊ら[6]は逆相蒸発-超音波処理法によりインスリンのナノリポソームを作製し、リポソームをキャリアとして投薬することによって小腸でのインスリン吸収を促進したため、インスリン活性の維持に一定の効果を見た。
また、標的指向型及び部位特異的なドラッグデリバリーを実現し、医薬品の副作用を減らすことができる。ナノ医薬品はがん治療の応用で大きな将来性がある。正常な組織内では毛細血管の内皮間隔が緻密で、構造が完全であるため、ナノ医薬品は血管壁を容易に透過することができないが、固形がん組織の内部は多数の血管がめぐり、血管壁の間隔が比較的広く、構造が完全ではなく、リンパ還流に障害があるため、ナノ医薬品が腫瘍内に滞留する。このような現象は、固形がん組織の高透過性及び滞留効果と言われ、略してEPR効果と呼ばれる。EPR効果は腫瘍組織に対するナノ医薬品の受動的標的性を高めることで薬効を高め、システムにおける副作用を減らした。現在のところ、臨床研究に用いられ、かつ、明らかな効果を示すナノ医薬品の大部分はEPR効果に基づくものである。ナノ医薬品の最終目的は能動的標的指向型治療(モノクローナル抗体)の実現にある。最近の研究の焦点は、抗体-抗原及びリガンド-レセプターの結合による特異性を利用したナノ医薬品への修飾である。ドキソルビシンはよく使われる抗腫瘍薬だが、心臓毒性及び骨髄抑制作用の高さから応用に制約がある。これら副作用を軽減するため、Suzukiら[7]は抗トランスフェリン受容体(TER)のモノクローナル抗体及びリポソームのカップリングを用いて、TERを豊富に含む細胞を標的とすることのできる免疫リポソームの作製に成功し、ドキソルビシンの封入を可能にした。すなわち、この種のリポソームはヒトの白血病K562細胞内へのドキソルビシンの進入を促すことができるため、K562細胞に対するドキソルビシンの作用を大いに高めることができた。
ドラッグデリバリーをコントロールし、体内における薬物の循環時間を延長すること。放出制御ドラッグデリバリーシステム(CRDDS)とは、物理学的及び化学的手法により製剤の構造を変えることで、薬物があらかじめ設定された時間内に、作用器官又は特定の標的組織において、製剤からある一定の速度で能動的に放出され、かつ、薬物の濃度が比較的長い時間にわたって有効濃度内に維持されるように設計された製剤をいう。放出を制御することによって、体内における薬物の半減期を延長し、薬物の半減期が短いために一日に何度も繰り返し投薬する手間を軽減することができる。ナノ医薬品は体内における循環時間の延長を目標としているが、表面を修飾することによって微粒子の表面性質を変え、循環時間の延長効果を実現できる。一般的に言えば、ナノ粒子の表面親水性の増大や、非イオン系界面活性剤の採用、表面吸着層の厚さを増やす等の方法によって、体内におけるナノ粒子の循環時間は延長することができる。例えば、溶解・分散技術により作製されたカンプトテシン固体脂質ナノ粒子は、その表面にPoloxamaer188界面活性剤が吸着し、親水性が増したために、血液循環における滞留時間が延長されており、カンプトテシン固体脂質ナノ粒子の体内における半減期は遊離型薬物溶液に比べて著しく長い[8]。
生物学的障壁を透過することができる。人体にはその損傷を防ぐために多くの先天的な生物学的障壁が存在するが、これら障壁の存在によって一部の病変では治療に困難をきたしている。多くの薬物、特にRNA及びDNAのゲノム薬は往々にして電荷を帯びた分子であって、細胞膜に遮断され得るため、これら特殊な薬物は、例えば膜透過性ペプチドによって修飾されたナノ医薬品等の特殊なナノ粒子によって細胞核又は細胞小器官に輸送し、作用を発揮させる必要がある[9]。
ゲノム医薬品の輸送媒介となること。ナノサイズの遺伝子キャリアは安全性、遺伝子の保護及び標的指向性を目的とする修飾において優位性がある[10]。ナノ粒子遺伝子キャリアは非ウイルスキャリアであり、DNA、RNA等の遺伝子治療分子をキャリア内に封入し、又はキャリア表面に結合吸着させる。キャリアの表面は、特異性を持つ標的分子で修飾することにより標的指向性を高めることができ、安全かつ効果的な標的指向性ゲノム医療を実現できる。DNAの自己組織化能を利用したナノ構造体のスマートDDS用キャリアは、精密構造を有するナノバイオ材料となっている。現在の研究の焦点は、汎用性のあるスマートキャリアと標的薬物の開発である[11]。ナノサイズの遺伝子キャリアの体内におけるトランスフェクション効率を強化することは、臨床応用における突破口となる。
(その2へつづく)
参考文献
[1] Barkam S, Saraf S, Seal S. Fabricated micro-nano devices for in vivo and in vitro biomedical applications[J]. Wiley Interdiscip Rev Nanomed Nanobiotechnol, 2013 (6): 544-568.
[2] Liu Y, Lou C, Yang H, et al. Silica nanoparticles as promising drug/gene delivery carriers and fluorescent nano-probes : recent advances[J]. Curr Cancer Drug Targets, 2011, 11 (2): 156-163.
[3] Yan JK, Ma HL, Chen X, et al. Self-aggregated nanoparticles of carboxylic curdlan-deoxycholic acid conjugates as a carrier of doxorubicin[J]. Int J Biol Macromol, 2015, 72 : 333-340.
[4] Bian C, Lin H, Zhang F, et al. Synthesis of magnetic, macro/mesoporous bioactive glasses based on coral skeleton for bone tissue engineering[J]. IET Nanobiotechnol, 2014, 8 (4): 275-281.
[5] Hadinoto K, Yang Y. Continuous and sustainable granulation of nanopharmaceuticals by spray coagulation encapsulation in alginate[J]. Int J Pharm, 2014, 473 ( 1-2): 644-652.
[6] 張磊、平其能、郭健新ら「経口インスリン脂質ナノ構造体の作製及びその血糖降下作用」中国薬科大学学報、2001, 32(1) :25-29.
[7] Suzuki R, Utoguchi N, Kawamura K, et al.. Development of effective antigen delivery carrier to dendritic cells via Fc receptor in cancer immunotherapy[J]. Yakugaku Zasshi, 2007, 127 (2): 301-306.
[8] 楊時成、朱家壁、梁秉文ら「カンプトテシン固体脂質ナノ粒子の研究」[J]. 薬学学報、1999,34(2):146-150.
[9] Vives E, Schmidt J, Pelegrin A. Cell-penetrating and cell-targeting peptides in drug delivery [J]. Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Reviews on Cancer, 2008, 1786 (2): 126-138.
[10] Charoenphol P, Bermudez H. Design and application of multifunctional DNA nanocarriers for therapeutic delivery[J]. Acta Biomater, 2014, 10 ( 4): 1683-1691.
[11] Li J, Fan C, Pei H, et al. Smart drug delivery nanocarriers with self- assembled DNA nanostructures[J]. Adv Mater, 2013, 25 (32): 4386-4396.
※本稿は楊慧、丁良、岳志蓮「納米生物技術在医学中的応用」(『生物技術通報』2016年1期、)を『生物技術通報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司