第116号
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腫瘍遺伝子治療研究の現状と展望(その2)

2016年 5月31日

鄧洪新:四川大学華西医院生物治療国家重点実験室研究員

 細胞生物学博士、腫瘍学博士課程指導教官、四川大学華西医院生物治療国家重点実験室研究員。教育部新世紀優秀人材基金獲得者。中国免疫学会青年工作者委員会第2期常務委員、中国医薬生物技術協会遺伝子治療分会第1期委員、四川省免疫学会腫瘍免疫専門委員会第1期主任委員、四川省免疫学会第1期常務理事、四川省実験動物学会第2期常務理事、国家自然科学基金評価審査専門家。『Clin Cancer Res』『Hum Gene Ther』『Mol Cancer Thera』『Int J Cancer』『Int. J Nanomed』『BMC Cancer』などの雑誌の特別審査員。主に、腫瘍関連遺伝子の機能研究、腫瘍免疫遺伝子治療、腫瘍抗血管新生治療の基礎研究と応用基礎研究に取り組む。『Clin Cancer Res』『J Biomed Nanotechnol』『Hum Gene Ther』などのSCI誌上に第一著者・責任著者として発表した論文は40本にのぼる。国家自然科学基金や国家重大新薬創製、国家「863計画」、国家「973計画」サブ課題など多くの課題を担当。国家発明特許10本を出願し、そのうち7本が認可を獲得している。


魏于全:四川大学華西医院腫瘍センター主任

 腫瘍学教授、博士課程指導教官、中国科学院院士、四川大学副学長、生物治療国家重点実験室室長、四川大学華西医院腫瘍センター主任、国家総合新薬研究開発技術大プラットフォーム責任者、教育部2011「生物治療協同革新センター」主任、科学技術部「973計画」遺伝子治療プロジェクト首席科学者、「863計画」生物・農業技術分野生物工学技術テーマ専門家チーム長、国家自然科学基金革新研究グループ責任者、教育部長江学者特別招聘教授、1997年国家傑出青年科学基金獲得者、中華医学会第23期理事会副会長、教育部科学技術委員会生物・医学学部常務副主任、第5期中国医薬生物技術協会会長、中国免疫学会常務理事、中国医薬生物技術協会遺伝子治療分会第1期副主任委員。国際雑誌『Human Gene Therapy』副編集長。主に、重大疾患の生物治療や標的治療薬の研究開発などに取り組む。『Nat Med』『PNAS』『Blood』『Cancer Res』『Clin Cancer Res』『J Immunol』『J Biol Chem』などの雑誌に発表されたSCI論文は200本余りを数える。国家発明特許50本余りを出願し、そのうち30本余りの認可を受けている。多くの生物薬と小分子標的薬物を自主開発し、多くの国家重大・重点科学研究プロジェクトを担当した。

その1よりつづき)

3 腫瘍遺伝子治療が直面する課題と展望

 30年近くの発展を経て、遺伝子治療関連技術は成熟に向かい、いくつかのキー技術ではブレークスルーが実現された。今後数年は、世界の遺伝子治療製品の市場化の重要な時期となると見られる。だが悪性腫瘍などの重大疾患の治療への遺伝子治療の応用はまだいくつかの課題に直面している。将来の遺伝子治療の注目点と解決の待たれる科学的な課題は主に、以下のいくつかの分野にわたっている。

3. 1 遺伝子の体内導入問題

 遺伝子の体内導入の問題は、腫瘍の遺伝子治療の研究開発の注目点であり、重要な科学的課題である。遺伝子をいかに安全かつ効率的に腫瘍治療の部位に導入するかは、遺伝子治療にとっての重大な課題と言える。主要な遺伝子導入系統には、ウイルスベクターと非ウイルスベクターの二つの系統があり、ウイルスベクターにはレトロウイルス(retrovirus)やアデノウイルス(adenovirus)、アデノウイルス関連ウイルス(adeno-associated virus,AAV)、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus,HSV)、ポックスウイルス(poxvirus)、レンチウイルス(letivirus)などがあり[23-24]、非ウイルスベクターにはプラスミドDNAやカチオン性リポソーム、PEI、ナノミセルなどがある[25-26]。現在のほとんどの腫瘍遺伝子治療は標的性を欠いており、発現ベクターを体表の腫瘍部位に導入することしかできず、治療は一部の頭頚部腫瘍に限られるという状況を生んでいる。全身に投薬する一部の遺伝子治療プロトコルは臨床試験に入っているが、腫瘍に対する標的性の欠如や安全性などの問題から、遺伝子を腫瘍部位へと安全かつ効率的に導入することは難しく、治療効果が理想的でない、さらには大きな毒性作用を生むといった事態を招いている。遺伝子の標的導入効率を高めるため、科学者は、遺伝子治療ベクターと遺伝子導入系統に対して、標的性にかかわる各種の改造を行っている。腫瘍遺伝子治療製品の全身への投薬は、科学者の夢となってきた。2011年、Nature誌には、組み換えポックスウイルスJX-594の静脈注射を通じてがん患者の標的遺伝子治療を実現した世界初の例が報告された。JX-594は一種のウイルスのTK遺伝子が不活化したもので、GM-CSFを発現できる組み換えポックスウイルスである。研究人員は、このウイルスに対する標的改造を行い、腫瘍部位でだけ腫瘍細胞を複製・分解できるようにした。臨床試験によると、JX-594を静脈注射した8~10日後、87%の患者の体内に、JX-594ウイルスが腫瘍でだけ複製した証拠が発見され、正常な組織ではウイルス複製は見られず、各投与量のこのウイルスに対して患者は良好な耐性を示した[27]。この研究は、組み換えウイルスの人体内への静脈注射による、腫瘍組織内での持続的で選択的な複製を初めて実現した。腫瘍内への直接注射と比べると、静脈注射は全身の腫瘍に対する治療が可能であり、腫瘍遺伝子治療の重要な技術上のブレークスルーとなった。このほか特定の遺伝子発現調節エレメントを運用し、または体内外の理化学的な誘導要素の助けを借りて、目的遺伝子の反応細胞内での特異的な発現を実現することも、遺伝子治療の標的性の改造方法の一つとなる。米Calydon社は、2つの前列腺特異性抗原(PSA)のプロモーター/エンハンサーを利用して、複製型アデノウイルスのE1A領域とE1B領域をそれぞれ制御し、前列腺がんの標的治療が可能な複製型アデノウイルス遺伝子治療製品CV787を構築した。第Ⅰ相臨床試験では、安全で有効な応用が可能との見通しが示されている。中国が開発した工学的腫瘍溶解アデノウイルスKH901は、hTERTプロモーターを使ってこの腫瘍溶解アデノウイルスを制御し、腫瘍細胞内で選択的に複製し、腫瘍溶解をターゲティングできるもので、この製品はすでに第Ⅱ相臨床試験を終えている。

3. 2 遺伝子治療の安全性問題

 安全性の問題は、遺伝子治療の中心的な問題となってきた。1999年、米ペンシルバニア州の18歳のオルニチントランスカルバミラーゼ欠損症の患者が遺伝子治療で死亡した。原因は主に、治療対象の選択の誤りと薬剤使用量の過多であり、これらは回避可能なものだった。だがこの事件は、当時の多くの遺伝子治療プロトコルの実施を遅らせることとなった。1999年、フランス・パリのネッケル小児医院は、遺伝子治療を利用して、SCID-X1病を患った嬰児に正常な免疫機能を回復させたが、遺伝子治療を実施した男児9人のうち1人は白血病で死亡し、生存していたその他の8人の患者のうち3人も相次いで白血病を発症し、レトロウイルスの安全性の問題に対する人々の憂慮を再び高めた。現在、レトロウイルスの使用は少なくなり、多くの遺伝子治療プロトコルでは、安全性の高いアデノウイルスやアデノ随伴ウイルスなどが使われるようになっている。中国では現在、臨床試験段階の遺伝子治療製品でレトロウイルスが使用されているものはない。遺伝子治療の安全性を高めるため、各国の科学者と臨床医師は、技術改良と臨床試験プロトコルの改善を続けている。また2012年11月には、米国FDAが最新の「細胞・遺伝子治療製品の前臨床評価ガイドライン」(Guidance for Industry: Preclinical Assessment of Investigational Cellular and Gene Therapy Products)を発表した。同ガイドラインは、細胞治療と遺伝子治療製品の前臨床安全性評価を特に重視し、前臨床安全性評価で使用される実験動物や試験プロトコル、検査指標、動物体内の毒性反応、薬物・毒物動態学、前臨床報告などを詳細に規定し、遺伝子治療製品の毒性を動物レベルでできるだけ明らかにし、臨床試験におけるさらなる安全を実現することを求めた[28]

3. 3 腫瘍遺伝子治療への新技術応用

 バイオテクノロジーの発展に伴い、いくつかの新たな技術が遺伝子治療研究に応用されるようになっている。遺伝子治療で理想的なのは、病変した遺伝子をその場で修復することである。現在、比較的成熟した技術は相同組み換えだが、複雑な操作体系と極めて低い修復効率は遺伝子治療へのその応用を制限している。オリゴヌクレオチドによるその場修復も同様に効率は低いが、操作が比較的簡単で、将来的にもしも修復効率を高めることができるなら、その応用の見通しは明るい。部位特異的組み込み(site-specific integration)は、生物系統の共生または寄生関係を起源とするもので、このような長期の進化によって構築された関係は、宿主のゲノムに対する部位特異的組み込みの破壊性の低さを決定している。そのため天然のまたは改良された部位特異的組み込み系統を使用した遺伝子治療は、今後の重要な研究方向となる。ここ数年は、CRISPR/Cas9やTALENなどの標的遺伝子ノックアウト技術によってゲノム中の特定ターゲットの遺伝情報を迅速かつ効率的に編集できるようになっており、重大疾患治療分野で非常に明るい応用の見通しが示されている。とりわけCRISPR/Cas9技術の疾病への応用の将来性は科学者や医薬品企業の注目を受けている。ノバルティス(Novartis)などの大型製薬企業や一部のベンチャーキャピタルはこの新興分野の将来性を高く評価し、巨額を投じて、CRISPR/Cas9技術をできるだけ早く臨床治療に応用しようとしており、重大疾患の遺伝子治療に革命的な変化がもたらされるものと見込まれている[29]。RNA干渉やmicroRNAなどの新型の標的遺伝子サイレンシング技術も重大疾患の治療方面で良好な応用の見通しを示しており、遺伝子機能の研究や薬物標的のスクリーニング・鑑定、薬物開発などの分野に幅広く利用されている。世界ではすでに、悪性腫瘍や遺伝性疾患、ウイルス感染性疾患などを対象とした20種余りのRNA干渉治療薬が臨床試験段階に入っており、良好な応用の見通しを示している。一つで数百の標的遺伝子の発現を調節できるmicroRNAは、悪性腫瘍や心血管疾患などの複雑な疾病の治療の面で優位性を持っており、将来は標的伝達ベクターや標的調節エレメント、microRNA技術の結合によって、複雑な疾病に対しても標的遺伝子治療が可能になるものと期待されている。

3. 4 腫瘍遺伝子治療とその他の治療法を組み合わせた治療

 遺伝子治療と化学療法、放射線療法、免疫治療、幹細胞治療などを組み合わせた治療も、将来の腫瘍治療の重要な発展方向となっている。遺伝子指向性酵素プロドラッグ治療(gene directed enzyme prodrug therapy)を利用した腫瘍治療に成功したとの報道もあり、こうした方法は、毒性のないプロドラッグを細胞毒性のある薬物に転換できる酵素をコードする遺伝子を腫瘍細胞に導入し、酵素の作用の下で腫瘍内でプロドラッグの毒性反応を始動させ、腫瘍細胞を殺すものである。また酵素プロドラッグ療法は「バイスタンダー効果」を持ち、化学療法の治療効果を拡大することができる[30,31]。ある研究[32]報告によると、遺伝子治療技術を通じて腫瘍内の多剤耐性関連遺伝子MDR1の発現をノックアウトすることで、タキサンなどの化学療法薬物に対する結腸がん患者の薬物耐性を有効に軽減することができる。中国が自主開発した組み換えヒトエンドスタチンアデノウイルス注射液(E10A)と化学療法薬物「パクリタキセル+シスプラチン」を組み合わせた第Ⅱ相臨床試験では、E10Aと化学療法の組み合わせによる総合治療効果は、化学療法単独のグループを上回り、末期及び/または再発性、転移性の頭頚部扁平上皮がん患者の無増悪生存期間を大きく伸ばすことができることがわかった。遺伝子治療と免疫治療の組み合わせでは、アムジェン社の腫瘍溶解ウイルス遺伝子治療製品T-VECはすでにすべての臨床試験を終えており、2015年には米国FDAの販売認可を受け、悪性黒色腫の治療に投じられる可能性がある。だが悪性黒色腫の第Ⅲ相臨床研究では、この療法の単独利用においては、腫瘍の体積を縮小し、全身性の抗腫瘍免疫反応を触発することができるものの、患者の全生存期間の目立った改善はないことがわかっている。T-VECの治療効果をさらに高めるため、アムジェン社はメルク・アンド・カンパニー(Merck&Co)と協力し、T-VECとPD-1抗体を組み合わせて転移性悪性黒色腫を治療する第Ⅰ相臨床試験を始めることで合意した。遺伝子治療と免疫チェックポイント阻害剤を組み合わせた抗がんカクテル療法は、今後の腫瘍治療の重要な発展方向となる可能性がある。英国医学研究会議は2015年年初、幹細胞と遺伝子を組み合わせた肺がん治療の初の臨床試験を英国が展開することを宣言した。

3. 5 遺伝子検査技術と遺伝子治療の結合

 遺伝子検査技術や大規模遺伝子シークエンシング技術、バイオ情報学技術ビッグデータマイニング技術などの進歩に伴い、遺伝子検査技術を利用することで、悪性腫瘍などの複数の遺伝子の変異(polygenic mutation)による複雑な疾病の突然変異遺伝子や遺伝子変異の位置、遺伝子コピー数の変化、疾病関連のシグナル伝達経路上の重要な遺伝子の変化などの状況をより全面的かつ正確に描き出すことができるようになっている。遺伝子検査技術と遺伝子治療とを結合することで、科学者と臨床医師によるより合理的な遺伝子治療臨床プロトコルの設計により正確な情報を提供することができ、腫瘍の「個別化治療」や「精密医療」(Precision Medicine)の展開を後押しし、従来型の疾病治療モデルの変革を推進することができる[33]

4 結論

 近年、多くの遺伝子治療のキー技術が世界で重要なブレークスルーを実現している。世界初の遺伝子治療製品も発売され、悪性腫瘍の治療に使われている。ますます多くの腫瘍遺伝子治療の技術と製品が世界の大型製薬会社の注目を集めている。遺伝子治療の標的技術や遺伝子治療製品の大規模生産・品質管理技術、遺伝子治療製品前臨床評価・臨床試験などのキー技術のブレークスルーが実現し、遺伝子編集技術やRNA干渉、microRNA技術などの先端技術の遺伝子治療への応用が進む中、今後数年は、世界の腫瘍遺伝子治療技術のブレークスルーと製品発売の重点的な時期となり、悪性腫瘍の臨床治療に新たな選択肢が加わっていくものと見られる。

(おわり)

参考文献

[23]Waehler R,Russell SJ,Curiel DT. Engineering targeted viral vectors for gene therapy [J]. Nat Rev Genetics,2007,8(8): 573- 587.

[24]Lichty BD,Breitbach CJ,Stojdl DF,et al. Going viral with cancer immunotherapy [J]. Nat Rev Cancer,2014,14(8): 559-567.

[25]Cheng CJ,Tietjen GT,Saucier-Sawyer JK,et al. A holistic approach to targeting disease with polymeric nanoparticles [J]. Nat Rev Drug Discovery,2015,14(4): 239-247.

[26] Torchilin VP. Multifunctional,stimuli-sensitive nanoparticulate systems for drug delivery[J]. Nat Rev Drug Discovery,2014,13 (11): 813-827.

[27]Breitbach CJ,Burke J,Jonker D,et al. Intravenous delivery of a multi-mechanistic cancer-targeted oncolytic poxvirus in humans [J]. Nature,2011,477(7362): 99-102.

[28] FDA. Guidance for industry: Preclinical assessment of investigational cellular and gene therapy products [S /OL]. U. S. Department of health and human services,food and drug administration, genter for bologics evaluation and research,2013[2014-12-03].

[29] Hsu PD,Lander ES,Zhang F. Development and applications of CRISPR-Cas9 for genome engineering [J]. Cell,2014,157(6): 1262-1278.

[30]Carruthers KH,Metzger G,During MJ,et al. Gene-directed enzyme prodrug therapy for localized chemotherapeutics in allograft and xenograft tumor models [J]. Cancer Gene Ther,2014,21 (10): 434-440.

[31]Zhang J,Kale V,Chen M. Gene-directed enzyme prodrug therapy [J]. AAPS J,2015,17(1): 102-110.

[32]Maier P,Spier I,Laufs S,et al. Chemoprotection of human hematopoietic stem cells by simultaneous lentiviral overexpression of multidrug resistance 1and O6-methylguanine-DNA methyltransferaseP140K [J]. Gene Ther,2010,17(3): 389-399.

[33]Lohr JG,Stojanov P,Carter SL,et al. Widespread genetic heterogeneity in multiple myeloma: Implications for targeted therapy [J]. Cancer Cell,2014,25(1): 91-101.

※本稿は鄧洪新,魏于全「腫瘤基因治療的研究現状和展望」(『中国腫瘤生物治療雑志』(2015年2期,pp.170-176)を『中国腫瘤生物治療雑志』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司