第116号
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傾斜機能ナノ構造材料(その3)

2016年 5月16日 盧柯(中国科学院金属研究所瀋陽材料科学国家(聯合)実験室、中国科学院院士)

その2よりつづき)

2.4 表面の合金化

 ナノ結晶材料中には大量の結晶粒界、三叉粒界及びその他の欠陥構造が存在するため、原子の迅速な拡散ルートとなるだけでなく、化学反応に想定外の原動力(比較的高い界面過剰エネルギー)を もたらすことから、大量の結晶粒界によって往々にして化学反応への核生成位置が提供される。このため、ナノ結晶材料中の原子拡散速度と化学反応活性は一般の粗粒材料に比べて明らかに向上する。ナ ノ構造のこのような特性を利用して、金属材料の表層に傾斜機能ナノ構造を作製すると、表面の合金化への動力学を顕著に加速し、合金化温度を下げ、合金化の処理時間を短縮することから、表 面合金化の工業上の応用範囲を広げた。

 表面機械研磨処理(SMAT)を利用して純Feサンプルの表層に傾斜機能ナノ結晶粒構造を作製し、二次イオン質量分析法を利用して傾斜機能ナノ結晶構造におけるCrの拡散挙動を測定した結果、C rのFeナノ結晶中での拡散係数は、Fe中に比べて300~380℃の範囲で7~9オーダー高く、CrのFe粗粒中の結晶粒界での拡散係数に比べて4~5オーダー高い [27] ことがわかった。放射性トレーサー法を利用して 63Niの純Cuサンプル傾斜機能ナノ結晶粒構造表層中の拡散挙動を測定したところ [28] 、図7[28]のとおり、再表層のナノ結晶粒構造中(厚さ10mm以内)の界面における名目上の拡散係数は粗粒Cuサンプル中の通常の大角結晶粒界の拡散係数に比べて2オーダー以上高いことがわかった。傾 斜機能ナノ結晶粒構造中での拡散速度の顕著な向上は、高密度の結晶粒界及び三叉粒界並びに変形により生じる大量の転位及びその他の欠陥に由来するものである。

図7

図7 130℃下における 63Niの純Cu傾斜機能ナノ構造表層中のさまざまな深さの層における拡散係数、結晶粒界拡散係数及び双晶境界拡散係数の変化(アニール相、粗粒相、大 角結晶粒界における拡散係数を比較対象とする) [28]

Fig.7 Variation in the effective diffusion coefficient of 63Ni in different regions of the surface mechanical attrition treatment (SMAT) surface layer at 130℃ (The middle point on the corresponding measured diffusion profile is used as the distance to the SMAT surface. Diffusivities along twin boundaries (TB) (or TB-like interfaces) and different grain boundaries (GB) in the SMAT surface layer, as well as the one along high-angle grain boundaries (HAGB) in a high-purity CG Cu, are shown for comparison) [28]

 また、傾斜機能ナノ構造中の反応拡散も顕著に向上した。Znの純Fe傾斜機能ナノ構造表層中の拡散挙動の検査結果 [29] によれば、280~340℃の範囲内では傾斜機能ナノ構造表層中のFe-Zn化合物層の生長速度は粗粒Fe基体中に比べて明らかに高く、生長活性化エネルギーは108.0kJ/molで、粗 粒Fe中のFe-Zn化合物層の生長活性化エネルギー(167.1kJ/mol)に比べて明らかに低く、反応開始温度は粗粒Fe中に比べて約21℃低かった。傾斜機能ナノ構造表層中の高密度の結晶粒界により、化 合物形成のための熱力学的原動力が高まり、かつ、優先的な核生成位置が大量に提供された。高密度の核生成位置によって新たに生成される反応生成物は比較的小さい結晶粒サイズを有し、界面はさらに高密度となる。こ れら高密度の界面によって溶質原子の輸送が加速され、反応生成物の生長動力学が加速される。

 通常の鋼鉄材料の表面ガス窒化処理は一般的には500℃以上で行われ、窒化時間は数時間から数十時間かかる。これは、N 原子のFe結晶格子及びその生成する窒化物中における拡散速度が比較的遅いためである。傾斜機能ナノ構造を利用することでガス窒化動力学を顕著に加速し、比較的低い温度下でも鋼鉄のガス窒化処理を実現できる。図 8 [30] で示すとおり、傾斜機能ナノ構造表層を有する純Feサンプルは、300℃下でガス窒化処理を9h受けると表面の窒化処理に成功し、厚さ約10µmの窒化物層(ε-Fe 2~3N及びγ′-Fe 4Nナノ結晶により組成される)が得られる。窒化物層の下には厚さ約30µmの過渡層が形成され、このうちフェライト結晶粒界上には大量のε-Fe 2~3N相が生成される [30] 。一方、同様の窒化処理条件下でも、粗粒純Feサンプル中にはいかなる窒化物も形成されなかった(図8a)。

図8

図8 純Fe粗粒構造と傾斜機能ナノ構造の表層を有する純Feサンプルに300℃下でガス窒化処理を9h実施した後の表面断面組織 [30]

Fig.8 Cross-sectional observations of an original coarse-grained Fe sample (a) and a SMAT Fe sample (b) after nitriding at 300℃ for 9 h [30]

 傾斜機能ナノ構造の表層を持つ低炭素鋼 [31] 及びH13鋼 [32] 等のクロム浸透実験によれば、温度が低い際に、傾斜機能ナノ構造ではサンプル表層中のCr拡散速度及び化合物形成能力を顕著に高め、温度が比較的高い際は、結晶粒界の回復及び結晶粒の生長によって、傾 斜機能ナノ構造によるクロム浸透の促進作用は徐々に低下するため、比較的低い温度下で形成される化合物相及びその熱安定性を利用して、低温及び高温の2段階複合のクロム浸透工程を進化させた。すなわち、6 00℃で120 min処理した後に860℃で90 min処理する固体粉末法を複合させてクロム浸透処理を行った結果、傾 斜機能ナノ構造の表層を有する低炭素鋼上では厚さ約20µmの連続クロム浸透層が形成され、同一処理条件下の粗粒サンプルに比べて浸透層の厚さは5倍になった。粗粒サンプルに比べ、傾 斜機能ナノ構造表層中のクロム浸透相の結晶粒サイズは小さく、(Cr, Fe) 23C 6相含有量は高く、組織分布は均一で、SO 4 2-又はCl -を含有する酸性媒質中の耐腐食性はいずれも顕著に高まり、耐摩耗性は3~6倍高まった。

 傾斜機能ナノ構造の表層を利用するとその他の工業金属材料の表面合金化過程を加速することができ、これには熱処理H13金型用鋼のクロム浸透処理 [32] 、304ステンレス [33] 及び38CrMoAl鋼 [34] の窒化処理、低炭素鋼 [35] 、P92フェライト/マルテンサイト鋼 [36] 及びAZ91Dマグネシウム合金 [37] のアルミニウム浸透処理等が含まれる。表層に傾斜機能ナノ構造を作製することにより、表面合金化処理の温度を低下させ、処理時間を短縮できることは、伝統的な表面合金化の応用範囲を拡大しただけでなく、新 たな表面合金化体系の進展に向けた条件をも整えるものだ。

2.5 表面変形によるラフネス

 結晶粒間には結晶学上の方向差があるため、一般的な粗粒材料は往々にして塑性変形過程(引張、座屈、伸線等)において結晶粒間に変形による不均一性が生じ、材料変形後に表面に起伏が出現し、ラ フネスが増加する。このような現象を一般的に「オレンジピール現象」という。このような表面起伏は、後続の変形過程で往々にして応力集中又は亀裂発生の根源となり、金属材料の深加工での挙動に影響を及ぼす。 

 材料の表層に傾斜機能ナノ構造があると、ナノ結晶粒構造は変形及び不均一性を効果的に抑制することで「オレンジピール現象」の発生を回避する。実験結果 [3] によれば、傾斜機能ナノ結晶粒構造の表層を持つ純Cuサンプルは、引張前の表面ラフネスは0.3µmだったが、引張断裂後(サンプル延伸率は58%)も表面ラフネスには変化が生じず、「 オレンジピール現象」が生じなかった。一方、同じ表面ラフネスを持つ粗粒サンプルでは、同じ引張延伸率の際に顕著な「オレンジピール現象」が生じ、表面起伏は数マイクロメートルに達した。

 SMGT技術を利用して、厚さ750µmの純Cuサンプルの一面に傾斜機能ナノ結晶粒構造を作製し、もう一面を粗粒構造のままにしたところ、電 気化学的研磨を経た後に両面のラフネスはいずれもナノオーダーに達した。単方向の静的引張過程においてその表面外貌(図9[4]とおり)を観察したところ、粗粒面で顕著な結晶粒間の変形不均一性が生じ、徐 々に比較的大きな起伏へと成長し、一部の結晶粒間では微細ひび割れが生じたが、傾斜機能ナノ構造面では変形後の表面は依然として良好な均一性を維持し、表面ラフネスは100nm以下で、ひび割れ [3] は発生しなかった。このことは、傾斜機能ナノ構造の表層は粗粒構造に比べてより優れた塑性変形能力と変形均一性があり、金属材料の加工過程における「オレンジピール現象」の発生を効果的に抑制し、材 料表面の変形ラフネス及び深加工性能を改善できることがわかった。

図9

図9 純Cu中の傾斜機能ナノ結晶粒構造(GNG)と粗粒構造(CG)の引張変形後の表面外貌の比較 [4]

Fig.9 SEM images of surface morphology of GNG and CG Cu after tensile test [4]

2.6 その他の性能

 結晶粒サイズのナノ化及び結晶粒界の体積分率の向上によって、ナノ構造金属材料の腐食挙動は一般の粗粒材料と異なるものとなった。表層に傾斜機能ナノ結晶粒構造のある金属材料の腐食挙動には、以 下2つの現象が表れる。つまり、動態化条件下、すなわち安定的かつ緻密な不動態化膜を形成できない場合は、316Lステンレス表層の傾斜機能ナノ結晶粒構造はCl-含有溶液中での耐孔食性能が劣る [38] 。一方、ほとんどの状況では、不動態性金属材料表層の傾斜機能ナノ結晶粒構造のほうが保護性のある不動態化膜を形成しやすいため、その耐腐食性は粗粒材料より明らかに優れている。例えば、N i-22Cr-13Mo-4W-3Fe合金はCl-含有酸性溶液中 [39] において、不動態化膜半導体のタイプの変化によって傾斜機能ナノ構造の表層はその耐腐食性を向上させた。Ti-6Al-4V合金はRinger′s溶液中で不動態化酸化膜を形成しただけでなく [40] 、不動態化膜はRinger′s溶液中で自発的に成長できるため、埋込体の生体適合性が大幅に高まった。つまり、傾斜機能ナノ構造の製造加工過程はその結晶粒サイズ、層 の厚さ及びサンプルの表面ラフネスのいずれにも影響するため、材料の耐腐食性に影響を及ぼすことを指摘するべきである。

 表層の傾斜機能ナノ構造を利用することで異質材料の連結が改善でき、硬質薄膜と金属の結合力を高めることができる。例えば、表層の傾斜機能ナノ構造化によって304ステンレスと硬質薄膜(CrN、T iN及びDLC等)の間の結合力と薄膜の耐摩耗性が高まる [41,42] 。薄膜基体の結合力の向上は主に薄膜又は過渡層中の元素が傾斜機能ナノ構造層中で迅速に拡散し、冶金結合の形成に役立つことによる。

その4へつづく)

参考文献

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※本稿は盧柯「梯度納米結構材料」(『金属学報』2015年第1期)を『金属学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司