第116号
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幹細胞と再生医学の研究の進展(その1)

2016年 5月27日 王立賓,祝賀,郝捷,周琪(中国科学院動物研究所 計劃生育生殖生物学国家重点実験室)

概要

 幹細胞は、体内のあらゆる種類の細胞に分化する能力を持ち、再生医学の治療や体外での疾病シミュレーション、薬物スクリーニングなどの面で幅広い応用の可能性を備えている。幹細胞技術は近年、急速な発展を遂げてきた。とりわけ人工多能性幹細胞の出現は、幹細胞分野に巨大な変革をもたらした。中国の幹細胞研究はこの幹細胞技術の変革で多くの重大な成果を実現し、世界の幹細胞研究分野において重要な力を備えつつある。本稿では、人工多能性幹細胞技術が出現したここ数年、中国が幹細胞と再生医学の分野で実現した重要な進展を重点的に紹介する。人工多能性幹細胞や分化転換、半数体幹細胞、遺伝子改変動物モデル、遺伝子治療などの各方面をカバーする。

[キーワード]幹細胞、人工多能性幹細胞、分化転換、半数体幹細胞、CRISPR/Cas9

 幹細胞は、自己複製と多方向への分化の能力を備えた細胞で、体内の胚からの分離で得られる胚性幹細胞と体外での誘導で得られる多能性幹細胞、成体幹細胞が含まれる。幹細胞は、細胞の多能性維持メカニズムの研究や体細胞のリプログラミングメカニズムの研究、疾病の発病メカニズムの研究などの基礎研究における重要な研究対象である。幹細胞はさらに、遺伝性疾患治療薬のスクリーニングや体外の臓器構築における「種子」となる細胞として、疾病治療と再生医学治療において重要な価値を持っている。近年、中国人科学者は、幹細胞分野の多くの方面で大きな進展を獲得してきた。とりわけ人工多能性幹細胞とリプログラミング、分化転換、半数体幹細胞、成体幹細胞と生体材料の結合、遺伝子改変動物モデルと遺伝子治療などの方面では際立った成果をあげた。中国人科学者が果たした世界的な影響力を誇る業績は、国際的な幹細胞の研究を大きく推進すると同時に、幹細胞研究における中国の発言権も高め、中国を幹細胞研究強国へと発展させている。

1 人工多能性幹細胞

 2006年、山中伸弥研究グループがまず、4個の転写因子(Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc)を用いて体細胞を多能性幹細胞、即ち人工多能性幹細胞(Induced pluripotent stem cells, iPSCs)にリプログラミングできることを発見した[1]。人工多能性幹細胞は、胚性幹細胞(Embyonic stem cells, ESCs)が直面する倫理的議論と免疫拒絶の問題を有効に解決し、幹細胞研究に新たな扉を開いた。だがiPSCsは出現後も、胚性幹細胞のように4倍体補完を通じて発育した個体を得ることはなかなかできなかった。そのためiPSCsが多能性の基準に到達し、体内のあらゆる種類の細胞に分化できるかがこの分野での課題となった。この問いに答えるため、中国人科学者は、新たな誘導培養体系を構築し、4倍体補完技術を通じてiPSCマウスとその子孫の獲得に成功した[2-3]。この業績は、iPSCsの発育の全能性を十分に証明し、iPSCsの臨床・基礎研究に道を開いた。だがすべてのiPSCsが完全な発育潜在力を持っているわけではなく、4倍体補完を通じてiPSCマウスを獲得できるのは一部だけだった。では発育潜在力の異なるiPSCsにはどのような差異があるのだろうか。中国人科学者は、発育潜在力の異なるiPSCsを分子レベルで比較し、発育能力の低いiPSCsのDlk1-Dio3インプリント遺伝子の発現が異常で、4倍体の発育能力のある細胞のDlk1-Dio3インプリントドメインの状態は正常であることを世界で初めて発見した[4]。発育潜在力の異なるiPSCsを区分するマーカーを初めて発見したこの業績は、ヒトの多能性幹細胞の発育潜在力の研究に極めて重要な参考価値を持つもので、国際幹細胞分野で幅広く認められる基準となった。iPSCsの誘導効率の低下は、iPSCsの応用を制限する重要な原因となって来た。中国人科学者は、ビタミンCがiPSの誘導効率を大きく高めることを発見し、一連の研究によって、これがエピジェネティクスの修飾を通じていかにリプログラミングに影響を与えるかを明らかにした[5-7]。中国人科学者の研究を土台として、ある研究グループは、ビタミンCの作用がリプログラミングの効率向上に限られるものではなく、リプログラミングで獲得されるiPSCsの質にも大きく影響し、ビタミンCの添加によってiPSCsの発育能力を有効に高め、iPSCsのインプリンティングの安定性を維持できることを発見した[8]。ビタミンCは、リプログラミングの効率と質にとって非常に重要なものと言える。リプログラミング効率を高める小分子は、ビタミンCのほかにも次々と発見されている。多くの小分子は、いくつかのリプログラミングの転写因子を一定程度代替することができる。転写因子の使用を小分子で減少または完全に代替することは、iPSCsの安全性を高めることができるだけでなく、未来のiPSCsの標準化応用にとっても大きな価値を持っている。リプログラミング効率を有効に高め、特定の転写因子を代替できる小分子は多くあることがわかっている。だが中国人科学者が7つの小分子の組み合わせを通じて転写因子の完全な代替に成功し、マウスの体細胞を誘導して多能性幹細胞を形成したのは2013年になってからのことだった。形成された多能性幹細胞は高い発育能力を持っていた[9]。同研究グループはさらに、リプログラミングのメカニズムの研究において、分化に関連する転写因子が多能性転写因子を代替して体細胞のリプログラミングを誘導できることを発見し、成体細胞から多能性幹細胞への転化の分子調節モデルを提出した[10]。中国人科学者は、人工多能性幹細胞をツールとして、多くのリプログラミングのメカニズムを発見し、既存の研究を土台としてこの技術をさらに発展させ、この技術の臨床への早期の応用を推進した。

2 分化転換

 多能性転写因子の誘導の下、体細胞を多能性幹細胞にリプログラミングすることができる。特定の組織特異的転写因子の作用の下では、あるタイプの体細胞を別のタイプの体細胞または成体幹細胞へと直接リプログラミングすることができる。この種の技術を分化転換と呼ぶ。分化転換は、多能性幹細胞段階を経ることなしに、比較的豊富で獲得しやすい細胞を比較的希少で重要な機能を備えた細胞へと転換することができる。このため腫瘤発生の可能性を減少することができる。同時に、分化転換にかかる時間は短いため、細胞の移植をすぐに必要とする患者にとっては新たな選択とも言える。最初期の分化転換の研究は2002年から始まった。科学者らは、MyoDを利用して繊維細胞を筋芽細胞に転換した[11]。分化転換の研究は早くからあったが、人工多能性幹細胞の出現前までこの技術の発展は緩やかなものだった。iPSCsの出現後、分化転換研究はあらためて人々の関心の的となり、各種のタイプの分化転換の研究が雨後の筍のように増え、多くの中国人科学者もこれに貢献した。中国人科学者はまず、神経幹細胞の分化転換の技術体系を構築し、中胚葉のセルトリ細胞を神経幹細胞に分化転換することに成功した。この神経幹細胞は、体内と体外でのさまざまなタイプの神経細胞への分化が可能なものとなった[12]。神経幹細胞は、神経と比べて、増殖能力と多方向への分化潜在力が高く、臨床応用においてより重要な価値を持つものとなった。中国人科学者は、世界に先駆け、マウスの線維芽細胞を肝細胞へと誘導することに成功した。重要なのは、この種の肝細胞を肝臓病マウスの体内に移植すると、肝臓病マウスの命を救うことができるということである[13]。これは、分化転換によって獲得された肝細胞が移植後、健康な肝細胞の部分または全部の機能を発揮するということを示しており、未来の分化転換の臨床応用に重要な参考を提供する成果となった。同じく肝細胞の分化転換の分野で、中国人科学者は後続研究でも分化転換による肝前駆細胞とヒト肝細胞様細胞の獲得に成功した[14-16]。だが分化転換は人工多能性幹細胞と同様、外来の転写因子の助けを借りて細胞の運命の転換を実現しなければならず、外来遺伝子の導入も分化転換の細胞獲得の安全性に潜在的な脅威をもたらすことになった。この問題を解決するため、中国人科学者は、3つの小分子化合物の組み合わせに低酸素条件を結びつけることにより、マウスとヒトの体細胞を神経前駆細胞に分化転換することに成功した[17]。これは、分化転換による細胞獲得の安全性を有効に高め、分化転換研究の安全性の向上に重要な参考を提供した。分化転換の分野における中国人科学者の貢献は、分化転換分野全体の前進に対し、代替不可能な推進の役割を果たし、分化転換の臨床前研究に重要な参考を提供した。

3 成体幹細胞と生体材料

 成体幹細胞とは、すでに分化した組織の中に存在し、自己複製と多能性を備えた細胞を指す。胚性幹細胞と比べると、来源がより幅広く、免疫拒絶反応が弱く、腫瘍リスクが低く、倫理的な問題が少ないなどの長所を持ち、再生医学に大きな希望を与えている。細胞治療の分野では、成体幹細胞は良好な応用の見込みを持っている。すでに成熟した応用がなされている成体幹細胞には造血幹細胞や間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells, MSCs)などがあるが、造血幹細胞は体外での拡張に限りがあるため、近年はMSCsが基礎研究と臨床応用でより高い注目を受けている。MSCsはさまざまな種類の組織に存在し、組織の損傷修復において重要な役割を果たす[18]。MSCsの分化潜在力は胚性幹細胞ほど高くないものの、MSCsには独自の長所がある。第一に、MSCsは倫理的な制限なしに、自家移植または他家移植を行うことができる。第二に、MSCsの来源は幅広く、ほとんどすべての組織内に間葉系幹細胞はあり、取り出す際にも個体への損傷が小さい。研究者はすでに、多くの生物種のさまざまな組織からMSCsを分離・獲得している[19]。第三に、MSCsは、高い自己分泌と傍分泌の機能を持ち、大量の生物活性物質を分泌し、組織修復において営養支持と免疫調節の作用を果たすことができる[20]。MSCsが持つこうした長所は、臨床応用の土台となっている。そのためMSCsに対し、全面的でより立ち入った基礎研究と臨床前疾患動物モデル研究を行うことが必要となっている。幹細胞の臨床治療においては、免疫拒絶反応が引き起こされるかが最も重要な問題となる。中国人科学者は、間葉系幹細胞と免疫系統の相互作用に対する系統的な研究を行い、免疫系統に対する間葉系幹細胞の調節メカニズムを明らかにし、間葉系幹細胞の臨床応用に道を整えた[21-22]。この後、MSCsはすでに、臨床応用においていくつかの成果を上げている。中国人科学者はすでに、間葉系幹細胞を利用し、移植片対宿主病(GVHD)や再生不良性貧血(AA)、関節炎、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患の治療を展開している[23-24]。研究によると、自己免疫疾患だけでなく、MSCsはさらに、胚葉をまたいだ分化もでき、内胚葉と外胚葉に分化する能力も備えていることがわかっている。中国人科学者は、間葉系幹細胞を利用し、上皮損傷や肺繊維症、脳性まひ、老人性痴呆症、糖尿病、心血管疾患、肝臓疾患、やけど、神経損傷などの疾病の治療を行っている[25]http://clinicaltrials.gov/)。このうちいくつかのMSCの臨床試験はすでに行われており、1型糖尿病のMSCs治療はすでに第1相・第2相臨床試験(www.ClinicalTrials.gov(NCT00690066、NCT01068951))に入っている。

 単独での細胞移植には、組織内での細胞の活性低下や流失、拡散などの問題があり、予期した治療効果を上げることはなかなかできない。生体材料が発展する中、中国人科学者はまず、小分子(bFGFやVEGFなど)と生体材料を動物疾患モデルの中で結びつけ、良好な治療効果を得た[26-27]。人々はその後、幹細胞と生体材料の結合を始めた。中国人科学者は、間葉系幹細胞またはマウスの胚性幹細胞と生体材料を結合して3D培養をすると、幹細胞が、2D環境中の細胞より優れた多能性を示すことを発見した[28-29]。その後、中国人科学者は再び、幹細胞と生体材料を結合する多くの実験を行った。例えば、中国科学院遺伝・発育研究所は、MSCsとコラーゲン材料を結合して脳損傷モデルのラットに移植し、材料を結合後、細胞が、より長くより良好な修復作用を組織において発揮することを発見した[30]。だが細胞と材料が結合する際、細胞は、一種の新たな環境に直面し、pHや電導性、圧力、その他の刺激作用など、材料そのものが持つ性質による各種の影響を受けることとなる[31]。このため生理環境に最も近く、最も安全な生体材料を見つけることが、生体材料界が現在、ともに取り組む方向となっている。このように中国人科学者は、再生医学の分野において、大きな影響を持つ地位にあり、間葉系幹細胞の臨床における応用を後押ししている。近い未来には、中国の科学者が成体幹細胞を上手に利用して各種の疾病を治療していることになるだろう。

その2へつづく)

参考文献

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※本稿は王立賓,祝賀,郝捷,周琪「幹細胞与再生医学研究進展」(『生物工程学報』(2015年31卷6期,pp.871-879)を『生物工程学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司