中国における高度知的生産の発展戦略に関する研究(その2)
2016年10月20日
潘 健生:
上海交通大学材料科学・工程学院材料改質・数値シミュレーション研究所教授
中国工程院院士。主な研究テーマは、熱処理技術および設備の設計、ならびにそのコンピュータ・シミュレーション。
王 婧:上海交通大学材料科学・工程学院材料改質・数値シミュレーション研究所
顧 剣鋒:上海交通大学材料科学・工程学院材料改質・数値シミュレーション研究所
(その1よりつづき)
1.2 生産量の重視と製品品質の軽視、成形技術の重視と材料性質制御技術の軽視が中国の設備製造業における製品の耐用年数の短さと低信頼性の根本的原因になっている
1) あるプロペラシャフトメーカーは、切削加工設備の購入に大量の資金を投入した。購入設備のなかには、大量のNC工作機械や精密測定機器も含まれていた。このメーカーは、中国最大のプロペラシャフトサプライヤーを自称するが、以下のとおり、全製造工程にわたって材料品質制御が極めて粗雑である。
① 鋼材原材料品質の未管理:鋼材の工場受入時の化学成分分析の際も、高炉1基ごとに少量のサンプルしか取らず、製品品質に重大な影響を及ぼす偏析、ポロシティ、クラック、非金属介在物、結晶粒度等の指標に至っては検査を全く行わないため、原材料品質を保証できない。また、鋼材の生産開始前も、焼入性や結晶粒度等の技術性能に関する試験を行わないため、熱加工技術の合理性を保証できない。
② 粗雑な鍛造生産:図2からわかるように、鍛造温度が高すぎるうえに、原材料の投入や鍛造母材の切断も人の手に頼っているため、製造ペースが一定でない。また、最終鍛造工程の温度も制御できていないため、半製品の段階で結晶粒の粗大化が生じやすい。さらに、鍛造終了後にいくつかの鍛造品が一緒に重ねられたり、地面に落とされたりする現象もよく見られるため、冷却が不均一となっている。
図2 粗雑な鍛造生産の典型例
Fig. 2 Typical case of extensive forging
③ 粗雑な熱処理製造:非合理的な設計による熱処理生産ラインを使用しているため、半製品の高炉投入が適切でない(図3)。また、半製品が密集して並べられているために、加工プロセスにおいて、前後・左右・上下の温度差が大きく(図4)、焼入れ時の加熱温度の正確性が保証できない。
図3 熱処理部品の不適切な投入
Fig.3 Improper furnace charging of heattreatment parts
図4 加熱の不均一な熱処理部品
Fig.4 Non-uniform heating of parts to be heattreated
2) 上海汽車集団では、生産に必要となるトランスミッションケースのアルミ合金ダイカストの鋳型を輸入に頼っており、1回あたりの輸入価格は数千万元に達している。そこで、寧波地区のある企業は2億元を投じ、ワイヤレス3D精密測定機器と4つのNC精密加工センターによって構成される生産ラインを建造した。そして、輸入鋳型を使って自動測定・製図を行い、それをもとにNC加工によってトランスミッションケースの全鋳型を製造した結果、成形試作レベルは満足のいくもので、鋳造品の精度は要求を完全に満たしていた。しかし、金型の寿命は短く、使用開始後ほどなく破損してしまったため、自動車工場全体の生産計画に混乱が生じ、多大なる経済損失を招いた。この金型メーカーは、精密加工については重視したものの、熱処理加工については重視せず、外部委託方式を採用していた。金型の熱処理を請け負ったこの化学工場では、大型のガス冷却真空熱処理炉を設置したため、人々は当初、圧倒された。しかし、この熱処理炉の設計会社について社長に尋ねたところ、「設計の必要などあるだろうか。これまでの真空炉の形状のままで寸法を大きくするように指示して、電気炉メーカーに製造を依頼したのだ」との回答を得た。つまり、幾何学的に形状を拡大しただけで、加熱の均一度や、大型の金型に対する焼入性を満たす冷却能力の有無等、熱処理に関する基本的な問題については、誰も意見できなかったということだ。
問題の深刻さは、このような混乱が生じたのが名もない企業ではなく、地元政府から重視される大企業だったことにある。材料性質制御技術のレベルが低く、材料の熱加工が粗雑なのは、中国ではきわめて普遍的な現象であり、特別なことではない。実業家のなかには、「これと思う有望商品があったら、なるべく早く生産し、投資を拡大して成長を急がない限り、元手を得ることはできない。事業を拡大できれば政府の支援も増え、より多くの優遇を得られる」と言う者さえいる。機械設備製品の耐用年数および信頼性については、市場投入後ある程度の期間を経ないとわからないため、成長を急ぐ実業家たちが関心を持たないのも自然の流れであろう。また、GDPを政治的成果と見なす行政当局の経済観も、この短絡的な思考を助長している。そして、この考え方が長きにわたって改善されてこなかったことも、規模は大きいものの技術レベルの低い設備メーカーが短期間で多数誕生してしまった原因であろう。これらのメーカーは、広大な工場敷地ならびに多数の優良製品、生産高の急速な成長を誇っているが、その反面、製品品質が悪く、耐用年数が短い上に、信頼性も低く、潜在的リスクが徐々に拡大している。「粗放型」(資源浪費型)成長から科学的成長へのモデル転換の必要性は、すでに一刻の猶予もない状態にあり、高度知的生産の推進の必要性が差し迫っている。
2. 中国における高度知的生産のフィージビリティ
高度知的生産とは、機能が高く、耐用年数が長く、信頼性が高いうえに軽量化を実現した製品の生産技術を指す。中国は、高度知的生産の分野において先進国と大きな隔たりがあるが、優れた成果をあげている企業も一部では存在する。例えば、北京航空材料研究所は、「無応力集中」という耐疲労概念を発表し、耐疲労性能に関する製造技術体系を確立した。そして、長寿命タイプの航空機着陸装置の開発に成功し、総飛行時間6,000時間(離着陸54,000回)以上という疲労寿命を実現して、海外の同種の着陸装置における総飛行時間5,000時間という最長寿命規定を上回ったため、さまざまなタイプの航空機で広く応用されるようになった。また、ギアボックス製造の分野で世界第二のメーカーとなった南京高速歯輪製造有限公司では、風力発電機用ギアボックスを世界最大の風力発電機メーカーであるGEに提供しており、GEにおける調達額の50%以上を占めるまでになった。南京高速歯輪では、全製造工程を通じて、材料品質に影響を及ぼすすべての段階を厳しく管理し、特に熱処理生産を重視して完全な品質保証体系を構築している。さらに、中国船舶重工711研究所は、「単気筒試験からスタートし、コンピュータ・シミュレーションによって製造プロセスを設計し、サンプル機の試験製造によって当初設計の改善を行う」という反復設計の新技術を進展させ、新型の製品開発プラットフォームを構築した。この開発プラットフォームには、設計研究プラットフォーム、試験検証プラットフォームならびに応用評価プラットフォームが含まれ、高度知的生産の全プロセスをおおむね実現している。ここでは、高性能ディーゼルエンジン製品の定型化が完了し、すでに最初の注文を受けている。
また、上海交通大学材料学院では、アナログ・シミュレーションを用いて、「材料形状・性質制御の一体化」による鍛造技術の研究を行っている。この技術は、原子炉上部ふたやメインパイプ等の大型鍛造品の生産に応用され、材料品質の正確な制御において成果をあげている。上海交通大学は、知的熱処理技術の研究および応用の分野で世界最先端のレベルにあり、上海重型機器廠における原子力発電用の大型鍛造品製造での応用に成功し、熱処理合格率と大型鍛造品の衝撃靭性の大幅な向上という成果を収めている。他方、清華大学は、鋳造プロセスのアナログ・シミュレーションの分野で世界最先端のレベルにあり、顕著な応用成果をあげている。例としては、形状の複雑な鋳造品の精密成型と内部材料における組織・性能の制御の両立を実現している。また、清華大学がリーダー役を務める国家重大プロジェクト「材料成形のコンピュータ・シミュレーション・プラットフォーム」も、順調な進展を見せている。このほか、華中科技大学、西安交通大学、ハルビン工業大学、大連理工大学等も、高度知的生産に関する基礎研究を行っている。
以上を総括すれば、中国ではすでに、高度知的生産を実施する基盤が整っていると言えよう。
(その3へつづく)
※本稿は潘健生,王婧,顧剣鋒「我国高性能化智能制造発展戦略研究」(『金属熱処理』第40巻第1期、2015年1月,pp.1-6)を『金属熱処理』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司