第121号
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定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その1)

2016年10月12日 辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)

2016年9月末現在の中国の宇宙活動状況

 このたび、中国の宇宙開発活動に関して、半年毎に最新動向を本サイトに寄稿させていただくこととなった。今回は、2016年1月1日から9月末までの期間の動向をお伝えする。

 なお、これまでの中国の宇宙開発動向については、本連載の第14回目までの他、2013年度発行の「中国の宇宙開発動向」[1] 、2015年6月のJSTでの講演[2]、JST/CRDS発行の「世界の宇宙技術力比較(2015年)」[3]などで2015年末まで発表しているので、必要により参照されたい。

宇宙輸送分野

 2016年の中国の打上げ回数は26回の予定と発表された。ロシアは年30回以上、米国はスペースX社だけで20回以上と予想されていたので、第3位に終わる可能性は高いと思われた。しかし、9月末時点で米ロとも低調で、中国は米国の16回に次ぎ14回でロシアと並んでいる。今後3か月でこれら3カ国がそれぞれ10回前後の打上げ計画を有していることから、回数の順位は最後までわからないという状況である。

 一方打上げの内容面では2015年までと様相が異なってきている。中国が宇宙開発強国に向けて飛躍的に発展すべく準備してきた新型ロケットや海南島の射場からの初打上げ、3年ぶりの有人宇宙飛行など、今後の宇宙開発活動の基盤となる宇宙輸送能力の新展開の全容が誰の眼にもわかるところまで来ている。

 まず特筆すべきことは、6月25日に海南島の文昌(Wenchang)射場から新型の長征7型ロケット[4]の打ち上げに成功したことである。長征7型のコア機体は直径3.35mで、長征2F型と同じである。液体エンジンの燃料は従来の有毒燃料使用から低公害型のケロシン使用になり、2基のエンジンが束ねられている。ストラップ・オン・ブースタ(SOB)は2015年に初打上げに成功した長征6型(直径2.25m)の第1段相当の機体が4基使われている。SOBもケロシン燃料の新型エンジンが1基ずつ使われ、長征7型の第1段には液体エンジンが計6基装備されている。

 一方、少し不安が感じられる事故が発生した。それは、8月31日の本年13回目の打上げで、2013年12月以来2年8か月ぶりに打上げ失敗となったことである。この日、地球観測衛星「高分10号」を搭載して太原射場から打ち上げられた長征4C型ロケットは、第1段と第2段の分離に失敗し、衛星とともに中国本土内に落下してしまった。前回の失敗以降、48回の打上げに連続成功しており、過去の平均の打上げ成功率96%(25回に1回の失敗)の水準は維持されている。また9月には酒泉射場から宇宙ステーション実験機「天宮2号」が長征2F型ロケットにより打ち上げられており、残る3か月間で長征5型ロケット(機体直径5m)の初飛行や有人宇宙船「神舟11号」、快舟ロケットの3号機[5]などを含め12回程度の打上げを行うことができれば、年初の計画通りとなる。前半よりもハイペースであるが、ここ数年の中国の年間パターンと同じ傾向である。

 一方、中国のライバルと目される米国のスペースX社は、その翌日の9月1日、米国フロリダ州のケープカナベラル射場において、衝撃的な爆発事故により9月3日に打ち上げる予定だったファルコン9ロケット[6]とペイロードのイスラエル静止通信衛星「Amos-6」を全損してしまった[7]。さらに射場設備も損傷したため、打上げ再開は11月以降になりそうだと予想されている。米国はスペースX社だけでまだ10回以上の打上げ計画があったが、大幅に減ってしまうことは確実である。その他のロケット(アトラス5、デルタ4など)で9月以降に予定されている打ち上げ回数は10回程度である。

宇宙利用分野

 中国が9月末までに打ち上げた本年の衛星数は20機である。これは米国の70機(大部分は超小型衛星)には及ばないが、ロシアの12機、インドの10機、日本の6機、欧州宇宙機関(ESA)の5機と比べてかなり上回っている。

 宇宙利用分野の主な実用ミッションは、通信放送・地球観測・航行測位である。2015年に中長期の宇宙インフラ整備計画が策定され、これらのミッションの整備計画が示された。

 通信放送衛星については、2016年5月に新しいミッションとなる「天通(Tiantong:TT)1-1」が打ち上げられた。自国の衛星ではないが、1月にベラルーシの静止通信衛星「Belintersat 1」を今年世界初の衛星(2016-001A)として打ち上げており、中国製の衛星を中国ロケットで打ち上げる包括的な衛星打上げビジネスの実績を重ねている。

 地球観測衛星は、7つのコンステレーション(衛星群)を整備する計画で、陸域観測衛星で3つ(光学高分解能、光学中分解能、レーダ)、海洋観測衛星で2つ(海色、海洋動力学)、大気で2つ(気象、気候)のコンステレーションの構築を目指している。2016年に入って5月に「遥感(Yaogan:YG)30号」と「資源(Ziyuan:ZY)3号02」、8月に「高分(Gaofen:GF)3号」の計3機が打ち上げられた。次に打上げ予定のTanSat(碳[8]星)は日本の「いぶき(GOSAT)」と同様に温室効果ガスの観測を目的とするものである。

 航行測位衛星は2月に中高度周回軌道の「北斗(Beidou;BD)3-M3」と軌道傾斜角付き地球同期軌道型の「北斗2 -IG6」、6月に静止軌道の「北斗2- G7」の計3機が打ち上げられた。筆者は、測位精度が4倍になった北斗3の登場で旧型の北斗2はもう後続機がないものと予想したが、案に相違して今年になって2機も打ち上げられたのには何かわけがあると思われる。

宇宙科学分野

  2015年12月に中国初の天文観測衛星となる暗黒物質探査機「悟空(Wukong:WK)」(DAMPE)が打ち上げられ、2016年は4月に微小重力実験衛星「実践(Shijian:SJ)10号」、8月に世界初の量子科学実験衛星「墨子(Mozi)」が打ち上げられた。量子科学実験について筆者の知見の範囲で説明すると、量子暗号通信は秘匿性に優れており、原理的に盗聴不可能な通信方式である。世界的に研究開発が競われている中で、到達距離をより長くすることが課題であり、光ファイバーケーブルによる地上伝送ではケーブル内での屈折反射による減衰で100km程度が限界で、空間伝播では空気層による減衰で数十km程度の短距離でしか伝送が行えないのに対し、宇宙を経由することで、厚い空気層を合計20kmくらい通過する以外はほとんど減衰がなくなり、1000km~2000kmといった遠距離伝送が可能になる、ということが衛星利用のメリットである。欧州(特にオーストリア)で量子暗号通信の研究に係わった中国人研究者らが自国にノウハウ等を持ち帰り、欧州に先駆けて世界初の宇宙空間経由の量子遠距離伝送を実現しようとしているものとみている。

 年内に硬X線調制望遠鏡(HXMT)の打上げも計画されている。調制とはModulation(電流の振幅・周波数・位相などを変化させること)を意味する。これまで中国の天文観測衛星は皆無であったが、ようやく独自の宇宙科学衛星が実現する段階に到達したといえる。

有人宇宙活動分野

 前回の有人宇宙飛行は、2013年に神舟10号で3名の搭乗員(うち1名は女性)が飛行し、宇宙授業などを行った。

 今年の計画は、まず9月に「天宮2号」を打ち上げた後、10月か11月に「神舟11号」を打ち上げ、天宮2号とのドッキングを行う予定である。

 なお、2011年に打ち上げられた天宮1号は、まもなく地上からの操作で大気圏に突入する予定である。

 本格的な宇宙ステーションのコアモジュール「天和(Tianhe)」を打ち上げるためには長征5型を使用する必要があり、11月にはその試験機が文昌射場から打ち上げられる予定である。このロケットは天津で製造され、輸送船「遠望21号」により海南島まで輸送された。ペイロードは「実践17号」で、もしかすると東方紅5型衛星バスの試験機となるかもしれない。

 中国は有人月探査も視野に入れており、数年後には中国人宇宙飛行士が月に降り立つシーンが見られるようになる可能性がある。その宇宙飛行士を地球に帰還させるための宇宙船の実験も、実はつい最近、長征7型ロケットのペイロードにより行われているのである。

長征7型ロケット初号機のペイロード

 長征7型は2016年6月25日に海南島の文昌射場からの初の打上げとして、初号機が打ち上げられた。このロケットには上段に「遠征1A」というロケットが用いられた。

 この歴史的な初打上げに際し、中国は5種類で6機のペイロードを搭載し、すべてミッションを成功させた。それらは今中国が関心を持っている各種の技術開発要素を包含しており、数年のうちには技術的発展を踏まえて本格的なペイロードとして打ち上げられるようになると予想される。名称も大変難しいので、読み方や意味なども併せて以下に列挙する。

① 多用途飛船縮比返回艙(Duoyongtu Feichuan Fanhui Cang:DFFC)

 神舟の帰還モジュールはロシアのソユーズ宇宙船の帰還モジュールにそっくりであるが、今回試験された円錐台型のカプセルの縮小モデルはNASAが開発中の有人宇宙船「Orion(Multi-Purpose Crew Vehicle:MPCV)」によく似ている。名称に至ってはMPCVの中国語訳ではないかと考えたくなる。長征7型ロケットの初打上げにおいては、縮小版の無人カプセルであるDFFCを地上に帰還させることがメインミッションであった。質量は2,600kgで、翌日の6月26日には地上への回収に成功した。[9]

写真1

DFFC ©CASC/Orion(MPCV) ©NASA

② 翱翔之星(AoxiangzhiXing:AX)

 西北工業大学(NWPU)に属する陝西省微衛星工程実験室(SEML)[10]が開発した12ユニットのキューブサットである。質量は18kgもあり、キューブサットでありながら超小型衛星(Nanosat)ではなく小型衛星(Microsat)のカテゴリーとなっている。

③ 天鴿飛行器 (Tiange Feixingqi:TF)

 北京航天長征飛行器研究所が開発した2機1組の衛星間通信実験機である[11]。「鴿」は鳩という意味。8月に相次いで大気圏に再突入し、消失した。

④ 遨龍1(Aolong:AL)

 中国ロケット技術研究院(CALT)が開発した宇宙デブリ除去実験衛星である[12]。「遨」は遊と同じ意味。

⑤ 天源1(Tianyuan:TY)または在軌加注試験装置(ZaiGui Jiazhu Shiyan Zhuangzhi:ZGZ)

 ZGZは軌道上で燃料を補給する試験を行う装置という意味で、長征7型ロケットの上段ロケット「遠征1A」に装着された状態で実験が行われた[13]

統計資料:中国の年代別組織別衛星打上げ数

表1

以上


[1] 2014年3月、JST/CRCC、「平成26年版 中国の科学技術の現状と動向」-第9章「宇宙開発」(p295)、http://spc.jst.go.jp/investigation/downloads/r_201403_03.pdf

[2] 2015年6月15日、第85回CRCC研究会、「中国の宇宙開発動向2015」、http://spc.jst.go.jp/event/crc_study/study-85.html

[3] 2016年5月、JST/CRDS、「G-TeC報告書 世界の宇宙技術力比較(2015年度)、https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/CR/CRDS-FY2016-CR-01.pdf

[4] 長征7型ロケット、Gunter、http://space.skyrocket.de/doc_lau/cz-7.htm

[5] 快舟ロケット、Gunter、http://space.skyrocket.de/doc_lau/kuaizhou.htm

[6] Falcon 9ロケット、Gunter、http://space.skyrocket.de/doc_lau/falcon-9.htm

[7] 爆発時の映像、https://www.youtube.com/watch?v=I9vMF_Uj2_E

[8] 「碳」は元素名としての炭素(C)の中国語表記である。元素名は中国語では原則として常温で固体の金属の場合は釒(かねへん、铁など)、固体で非金属の場合は石(いしへん)、気体の場合は气(きがまえ、氧=酸素など)、液体の場合は氵(さんずい、溴=臭素のみ)に音や性質を表す文字を付して1文字で表記される。金(Au)と汞=水銀(Hg)は例外である。

[9] 2016年6月26日、CASC、多用途飛船縮比返回艙成功着陸http://www.spacechina.com/n25/n144/n206/n214/c1341233/content.html

[10] SEML  http://www.selmsat.cn/index.php

[11] 2016年8月27日、航天見聞、天鴿一号飛行器:北京航天長征飛行器研究所、http://www.chinaspaceflight.com/satellite/Tiange.html

[12] 2016年6月28日、澎湃、技術派|中国遨龍一号飞行器領全球風騒、http://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_1490352

[13] 2016年7月4日、鳳凰網、"天源一号"衛星在軌加注試験成功 我国首次実現衛星"空中加油"、http://news.ifeng.com/a/20160704/49292216_0.shtml