第122号
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中国製造業の核心的能力、役割の位置づけと発展戦略----「中国製造2025」への評論を兼ねて(その2)

2016年11月24日

黄 群慧:中国社会科学院工業経済研究所所長、研究員。博士課程指導教官

賀 俊:中国社会科学院工業経済研究所副研究員

その1よりつづき)

二.既存の発展思考と新たな課題との落差

 中国の製造業の発展過程において発生した問題や今後直面しうる根本的な課題に対して、学術界はさまざまな角度から問題解決やボトルネック打破の考え方を提示している。全体としては、多くの経済学者が中国の製造業の競争力低下の原因を、制度面の要因に帰結させている。例えば、呉敬璉[8]は、「製造業のモデル転換、高度化......そのカギは改革を行い、すぐれた体制を作ることにある」と論じている。周其仁[9]は、「企業の管理・技術の改良を促す根本的な原動力は、要素価格にあり、とりわけ、金融・土地要素の市場化を進めることにより、こうした変化を迫ることである」と述べている。金碚[10]は、中国の製造業のモデル転換や高度化のカギとなるのは、公平な競争がなされる市場環境づくりであり、公平な競争がなされる市場環境をつくるためのカギは、製造業分野以外の改革、とりわけ要素市場の改革を進めることにある」と主張している。伍暁鷹[3]は同様に、「製造業の全要素生産性を向上させるカギは、政府の役割を転換して『経済的利益に中立的』な政府に移行させ、競争の行われている経済活動から身を引かせることである」と論じている。

 制度のイノベーションに基づくこれらの主流となっている観点は、先進工業国の製造業発展モデルの差異には着目しておらず、特に中国の制度環境、人的資源、市場のニーズといった構造的な特徴が中国の製造業発展モデルにもたらした影響を考慮していない。これら研究者が強調する効果的な市場メカニズム、サービス型政府、機能的産業政策、国有企業改革の推進、オリジナルイノベーション能力向上、教育改革の推進や教育投資の強化、産業労働者の技能向上などは、先進工業国に共通する特徴である。表現を変えれば、これらは後発国が先進工業国の仲間入りをするための必要な条件ではあっても、必ず工業強国になれるという十分条件ではない。理論分析や国外の事例はいずれも、経済発展と技術進歩の実質が、技術力を獲得し、かつ技術が絶えず変化していく中でこれら能力を製品やプロセスイノベーションに変えていくプロセスであり[11]、産業発展の過程が能力構築の過程であるということを実証している[12]。一方、持続的な競争優位性をもたらす資源や能力は、取り引きできるものではなく、公開市場での売買で容易に獲得できるものではない。このため、中核的な資源や能力は売買することができず、企業が自身による模索の過程で徐々に「構築」するよりほかない。企業が製品市場において有利な競争を進めるために必須となる資源は、一貫性のある投資によってのみ蓄積することができる。すなわち、内発的な発展である。資源や能力は模倣しにくいため、既存の資源や能力が置き換わってしまうことにこそ、実はより大きな脅威がある[13]。工業発展の歴史を振り返ると、後発国が先進工業国へのキャッチアップを実現できた理由は、まさに後発国の資源や能力が先進工業国の資源や能力に代わって台頭し、独自の核心的能力を形成するに至ったことにある。各国の様々な制度の構造・資源の構造・市場需要の構造と、実現された産業競争力との関係を見ると、必然的にその国の発展プロセス特有の創造活動が介在している。いかなる工業強国にも、模倣または拡散しにくい核心的な能力がある。工業強国になるための制度設計も、必然的にその国の製造業が持つ核心的能力に見合ったものでなければならない。核心的な技術力を生むための制度設計には、先進工業国の制度設計の共通点と同時に、各々の道筋やその国の核心的技術力に依拠した特異性も加味している必要があり、制度設計におけるこうした特異性こそ、工業強国の組織力を形成し、また組織力は技術力と「戦略相互補完性」を形成しつつ、変化の過程で相互に増強し合っていく。ただ、こうした制度観にかかる研究には、製造業の核心的能力の特異性についての認識が欠けているため、複雑な実証分析の末、各国に共通する制度設計を中国の工業強国化に向けた政策提言として示すばかりであり、規範的研究としての意義は当然ながら大きく割り引かれてしまうだろう。

 国内の研究者の一人、路風[14]は、比較的早くから、製造業の競争力の源泉が知識に基づく技術力によって形成されることを認識していた。ただ残念なことに、特異性が技術力を決定づける重要な要素であることには着目しているものの、中国の製造業における技術力が、他の製造業大国と比べてどのような特異性を有するのかについては、明確な答えを示していない。また、組織力と技術力の適応性についての問題に注目せず、分析の焦点が組織力の問題に全くフォーカスされていないため、技術獲得への注力度のみが研究されるばかりで、組織力は単に政府や企業家の理想のレベルで捉えられ、中国の製造業企業の組織力については精緻かつ体系的、構造的な説明は十分に行われなかった。このようなロジック上の欠陥があったからこそ、その政策的提言に強い行政的色彩がみられるのであろう。本稿は、ここではDosiら[15]の分析スキームを適用し、技術力と組織力を区分し、両者の組み合わせ方の問題を強調すべきだと考える。このうち、技術力とは、共通の科学技術知識及びこれら科学技術知識を応用した慣例の運用を指し、組織力とは、組織の内部協調及び組織間の連携的ガバナンスに関する知識や慣例のことを指しており、組織力には協調的交流のほか、理想レベルを決定づけるインセンティブ要因も含まれる。技術力と組織力は互いに影響を及ぼしあい、適応し合うものである。英、米、独、日、韓などの工業強国の工業化の歴史を振り返ると、いずれの国も、その工業化の道筋や過程において形成された競争力は、それぞれ独特である。中国がもし、これから製造業強国になるのであれば、その工業化の道筋も必然的に自ずとその独特の文化的特質や制度構造、人的資源構造、需要構造による制約と影響を受けることになる。また、今後の工業におけるキャッチアップ過程では、技術、貿易、投資環境などの面において他国が工業化の過程で経てきたものとは異なる影響に直面することになり、必然の結果として独特の競争資源や競争力が形成されるだろう。これは、ドイツなど他国の製造業の有する核心的能力を単純に移植または組み込めば済む話ではない。

 これを一歩進めたのが、新古典経済学で強調するところの、比較優位とは国の経済成長が必ず拠り所とする条件であり、だからこそ今なお各国の製造業の発展過程にみられる共通点になっているという議論である[16]。とりわけ、比較優位の理論では、ある国の産業構造や産業発展の道筋は、すべて要素の相対価格によって決定するものだと考える。例えば、中国の労動力の低コスト性は、中国の産業構造が労動集約型産業主導になることを決定づけている。しかし、比較優位の理論において、要素の相対価格を決定するメカニズムについては、外因的な要素である相対的な希少性を除き、ほとんど検討されていない。このため、独、日、韓などの間で、要素構造が似通っていながら産業発展の道筋が大きく異なる経済的現象を説明することができず、藤本隆宏[12]が示した、リムーバブルストレージやDVDなど日本が従来優位性を持っていた産業がなぜ韓国や中国といった後発組にキャッチアップされたのかという問いに対しても、論理的一貫性のある説明ができない。比較優位を強調する際、一部の研究者は製造業の発展の段階性を強調しすぎている節がある。キャッチアップする側の国の製造業における競争力の変動の過程から見れば、各国の製造業の発展には確かに明確な段階性が見られ、「産業の高度化、輸出製品の構造、技術集約の程度、オリジナル比率などとその国の一人当たりGDP水準には正の相関性があり、一人当たりのGDPが中等レベルにある経済体において、高所得国並みの産業や製品構造が生まれるとは考えにくい。もしそういう事例があったとすれば、それは悲劇となる恐れがある。つまり、不釣り合いなハイテク分野に資源をつぎ込み、わずかな分野の発展のために経済全体としての健全性を犠牲にしているからである」との指摘の通りである[17]。但し、発展段階を過度に強調すれば、各国のそれぞれの発展段階の背後にある核心的能力の連続性や根源性を軽視してしまい、製造業発展にかかる主体的意識や戦略的意識が失われてしまう。

 本稿に関連するもう一種の研究は、長きにわたり中国の工業問題研究において主導的地位を占めてきた、産業構造の問題に関するものである。この研究の主流となっているロジックは、チェネリーやシルキンらの研究者を創始者とする多国事例研究によって提唱された統計的意義の「平均」モデルを、一国の経済発展過程における産業構造の調整の「標準モデル」または「普遍的モデル」として概括した上で、さらに中国の産業構造の特徴(例えば国民経済における第一~三次産業の比重、工業経済における重化学工業の比重などのデータ)と典型的な産業構造研究の主要な結論について時代を跨いだ比較を行い、中国のその時期における産業構造といわゆる「比較可能な時期(通常は比較可能な一人当たりGDP水準により決まる)の一般モデルとの差を中国の産業構造の「偏差」とし、最終的に典型研究で提示された産業構造の変動の特徴に基づき、将来の中国の産業構造調整の方向性を導きだすものである。こうした研究に共通する誤りは、内発的な産業構造の問題をすべて外的要因と位置づけてしまったことにあり、このために国の産業構造の特殊性や、あいまいな統計的意義上の産業構造の裏に隠された複雑な製造の分業や知識の分業、及びこれら複雑な分業の背後にある能力差が無視されてしまった[18]。産業構造の境界は絶えず広がっている。一部の先進工業国が長期間にわたって産業構造開拓の前線に居続ける一方で、一部の従来からの工業強国では競争力のある新興産業セクターを育成することができなかった理由はなぜか?一部の後発国はキャッチアップに成功して産業構造の先端に躍進することができた一方で、一部の後進国は終始ローエンドから脱し得ないでいるのはなぜか?産業構造そのものの研究だけでは、これらの問いに答えることはできない。

 全体として見ると、既存の制度変革の観点や、比較優位の観点、産業構造の研究はいずれも、製造業強国という成果をもたらした普遍的な要素や共通則に注目する一方、各国の工業化の道筋や深層的な能力といった独自性に対する考察が抜け落ちている。しかし、中国の製造業の核心的な能力の構造的な特徴、及びこうした能力が形成した環境要因や行為の媒体を描きださないことには、制度環境の変遷や発展段階の転換過程の背後にある製造業発展ロジックの連続性や一貫性を知ることはできず、生産効率や技術獲得、外部からの衝撃といった根底的な課題を根本的に解決することもできない。異なる研究の視点から、さまざまな工業国の製造業発展における独特のモデルや特徴を描き出すことができる。製造業の規模や能力の形成という視点に絞り、中国と米、独、日など製造業強国との明確な差を考えると、これら工業強国の場合、製造業の核心的能力がその製造業の急成長のダイナミズムになっていると同時に、その製造業の拡張(投資の拡張及び市場の拡張)に伴い絶えず進化及び強化している。すなわち核心的能力が産業規模とシンクロして向上しているのである。例えば、米国において研究型大学がサポートする企業の先端技術イノベーション能力は20世紀初頭から顕現し、この状況は米国製造業の拡大において終始にわたり続いた。ドイツの製造業企業は19世紀末期、当初は実験室のような研究開発組織として始まり、強大な技術開発・工業化の能力を形成するとともに、製品・製造プロセスにおける技術の応用を強化しつづけた[19]。日本のリーン生産方式は、製造業に躍進する後発者としての核心的な優位性を発揮させた。トヨタなど後発ながら製造業の模範となったトップランナー企業は、「第二次世界大戦」後まもなく、こだわりを重視した生産方式の模索を始めている。韓国の大財閥の大規模かつアグレッシブな投資能力は、製造業がキャッチアップを果たす主因となった。これら先進工業国と比べた場合、中国の製造業における核心的な問題は、三十年余りに及ぶ改革と発展を経ても、生産額ではすでに世界一となった中国の製造業の核心的能力が持つ構造的な特徴は何であるかを、学術界が今日に至るまで未だ明確に示せないことにある。

その3へつづく)

参考文献


[3] 伍暁鷹."新常態"下中国経済的生産率問題[A].中国社会科学院経済学部.解読中国経済新常態[C].北京:社会科学文献出版社, 2015.

[8]呉敬璉「製造業には髙付加価値製品を製造する能力がある」[EB/0L]. http://finance.jrj.com.cn/people/2011/11/11110811539121.shtml

[9]周其仁「中国製造業のコスト優位性に起こりつつある重要な変化」[N]『21世紀経済報道』2005-04-30.

[10]金硌「工業の使命と価値――中国の産業モデル転換・高度化の理論ロジック」[J]『中国工業経済』2014,(9):51-64

[11]Kim, Linsu, and Nelson, Richard.Technology, Learning, and Innovation:Experiences of Newly Industrializing Economies[M].Cambridge University Press,2000.

[12]Fujimoto, Takahiro. Architecture-Based Comparative Advantage A Design Information View of Manufacturing[J].Evolutionary and Institutional Economic Review,2007,4(1):23--46.

[13]Dierickx, Ingemar, and Karel.Cool Asset Stock Accumulation and Sustainability of Competitive Advantage[J].Management Science,1989,35(12):1504-1511.

[14]路風『自主イノベーションに向かって』桂林:広西師範大学出版社、2006

[15]Dosi, Giovanni, Faillo, Marco, and Marengo, Luigi. Organizational Capabilities, Patterns of Knowledge Accumulation and Governance Structures in Business Finns:An Introduction[J].Organization Studies,2008,(29):1165-1185.

[16]林毅夫、蘇剣『繁栄の糸口:発展途上の経済はいかにして台頭するか』[M]北京:北京大学出版社,2012.

[17]張軍「米国の単純模倣はできない中国経済のリバランス」[N]上海社会科学報,2015-02-05.

[18]賀俊、呂鉄「産業構造から現代の産業システムまで:継承、批判と展開」[J]『中国人民大学学報』2015,(3):39-47.

[19]Josh, Lerner. The Architecture of Innovation:The Economics of Creative Organizations[M].Cambridge:Harvard Business School,2012.

 ※本稿は黄群慧,賀俊「中国製造業的核心能力、功能定位与発展戦略----兼評《中国製造2025》」(『中国工業経済』第6期2015年6月(総327期),pp.5-17)を『中国工業経済』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司