海洋における炭素隔離技術:現状、問題および未来(その2)
2016年11月29日
王江海:中山大学海洋学院、広東省海洋資源・沿海エンジニアリング重点実験室教授
主な研究テーマは、大陸棚における炭素貯留、バイオテクノロジーおよび地球科学
孫賢賢、徐小明、呉酬飛、彭娟、袁建平:
中山大学海洋学院、広東省海洋資源・沿海エンジニアリング重点実験室
(その1よりつづき)
2.2 海底沈殿物における炭素隔離
海のウォーターカラムのほか、海底沈殿物も理想的な炭素隔離場所である。海底沈殿物の貯留層は炭素隔離の潜在能力が大きいうえに、陸上貯留層に比べて物理的・化学的条件、ならびに水文学的、地質学的条件に優れる。このため、海底沈殿物の貯留層は炭素隔離の将来性が高い[22]。
2.2.1海底沈殿物における炭素隔離環境
深海環境のCO2は間隙水より高い密度を持ちうるため、NBZにおいて重力安定状態となる。CO2は、海底岩層の地熱上昇によって密度が低減されて上方移動が生じるが、最高でもNBZ下部までしか移動しない。CO2はキャップロックの細隙から漏洩するが、この際、間隙水もキャップロックと類似の隔離作用を生じるうえに、隔離効果はキャップロックを上回る。これによって、陸上における炭素隔離の際に生じる、浮力効果によるCO2の地表漏洩リスクが回避できる[24-26,35-37]。このほか、深海の低温・高圧環境では、CO2はHFZにおいて極めて容易に水和物を構成する。CO2水和物の海水中における溶解速度はCO2を下回るため、水和物の形成によって海洋生物に対するCO2の影響を低減できる。沈殿物の間隙に水和物が充填されれば、その浸透率と間隙比を低減でき、間隙を塞ぐことさえあるため、CO2漏洩の抑制作用がある[17,22]。
NBZの厚さは、海底におけるCO2密度および海水の塩分濃度と直接関係する。また、HFZおよびNBZの厚さは、海水の深度と正相関の関係にあり、地温勾配と負相関の関係にある。HFZは一般的に、深さ400mの水の下であれば存在可能であり、海洋におけるNBZ出現の最低深度より浅いが、海洋の深度増加に伴うHFZの厚さの変化は小さいために、海底ではHFZとNBZの重複エリアが存在し[22,36]、このエリアは安全な炭素隔離場所となっている。海洋における炭素隔離技術の原理を図1に簡単に示す。
図1 海洋における炭素隔離のイメージ(参考文献[4, 8,17]に基づき修正)
Fig. 1 Schematic diagram illustrating the carbon sequestration in oceans (modified after references[4,8,17])
aおよびb:CO2を表層から中層に注入すると、CO2に浮力が生じる。c:CO2を深度3000m以上に注入すると、海水より密度が高くなり沈降するため、二酸化炭素湖が形成される。d:海水より密度の大きい、CO2水和物と海水により構成されるペースト状混合物を注入。e:CO2をHFZ層に注入。f:CO2をHFZ層とNBZ層の重複エリアに注入。
a and b: CO2 is injected into the shallow-intermediate layer, where it is buoyant; c: CO2 is injected into the layer with the depth of more than 3000m, where CO2 is denser than seawater, and it will sink to form a lake; d: a paste-like and denser-than-seawater composite of CO2 hydrate and seawater is extruded; e: CO2 is injected into the HFZ zone; and f: CO2 is injected into the HFZ and NBZ zones.
2.2.2 炭素隔離の物質的基盤
パッシブ・マージン(非活動的縁辺域)のタービダイト堆積シーケンスにおける海底の高浸透率砂岩は、CO2隔離に直接利用することができ、海底岩盤は主に玄武岩によって構成され、間隙比および浸透率が高いため、炭素隔離にも利用できる[38]。玄武岩はカルシウム、マグネシウムおよび鉄の含有量が高いため、CO2と反応して環境に無害な安定した炭酸塩を生成することができるうえに、水分含有条件下では反応速度がシリケート反応よりはるかに速くなる[39-41]。また、ここで生成された炭酸塩によってCO2を永久に隔離できるうえに、細隙や間隙に充填して浸透率の低い障壁を形成することによって、CO2散逸を抑制できる。海底岩盤を覆う浸透率の低い粘土と軟泥も、CO2に対してふたのような障壁作用を生じる[42]。このほか、海底砂岩と玄武岩のほとんどはHFZおよびNBZの構成条件を満たすため[38,39]、炭素隔離に適している。
2.2.3 その他の効果的な要素
大陸における炭素隔離の際に、CO2を注入するだけで貯留層内の間隙流体を置換しなければ、間隙圧力が急増し、CO2の継続的注入の障害となるだけでなく、断裂や地震活動を招き、CO2が漏洩するおそれがある[43]。このほか、地下水の循環および蒸発等のプロセスによって、陸上貯留層中の間隙流体の塩分濃度(一般的に、非常に高濃度のヒ素および鉛等の有毒イオンを含む)が増加し、流体置換の難度が高まる。陸上貯留層に比べ、海底貯留層の間隙は海水で充満されているため、CO2注入の際、海底貯留層中の間隙流体の圧力変化は小さく、断裂や地震活動を招く可能性は低いことから、CO2漏洩リスクは明らかに低減されている[44]。海底貯留層中の間隙流体は、海水と貯留層の間の長期間にわたる化学反応に基づく成分交換によって構成されているため、構造的に海水と本質的な差はない[45]。陸上の盆地には大量の掘削油田があるため、密閉処理がきちんと行われないとCO2漏洩の潜在的ルートとなりうる[8]。このため、海洋における炭素隔離は、陸上における炭素隔離よりも広く受け入れられている。海洋と陸上における炭素隔離の比較を表2に示す。
貯留方法 | 条件 | 起こりうる影響 |
海洋における 炭素隔離 |
低温、高圧 | 負の浮力帯(HFZ)および水和物形成帯(NBZ)において重力安定状態となる |
海水および沈殿物の下層 | CO2漏洩後に緩衝作用が生じる | |
貯留層が広範囲に分布 | 炭素隔離の潜在性が高い | |
水分含有量が高い玄武岩環境 | 炭素鉱化反応が速い | |
人口居住区から隔離 | 人々に受容されやすい | |
陸上における 炭素隔離 |
高温、高圧 | 浮力状態となり、漏洩しやすい |
間隙水中に重金属イオンを含む | 間隙水の置換が困難であり、地下水や土壌を汚染しやすい | |
ケイ質岩 | 炭素鉱化反応が遅い | |
不均一に分布し人口居住区に接近 | 人々に受容されにくい | |
既存の掘削油田の多い地域 | 潜在的な漏洩エリアが存在する | |
断裂または地震の発生しやすい地域 | 漏洩リスクがある |
2.2.4 炭素隔離の潜在性および注入方法に影響を及ぼす沈殿物のタイプ
ターゲットとなる貯留層を確定した後は、間隙比および浸透率等の重要パラメータに基づいて、炭素隔離の潜在能力および注入技術のフィージビリティをさらに検討する必要がある。間隙比および浸透率等のパラメータは、貯留層のボーリングコア・データから採取することができ、貯留層の電気抵抗率や油井データの換算により得ることもできる。そして、最終的には自然ガンマ線照射記録および浸透性in situ試験の結果をあわせ、貯留層の炭素隔離能力を全面的に評価する。ここで指摘すべきは、断層成長エリアにも良好な浸透性があるため、ターゲットとする貯留層全体の浸透性は、ボーリングコア・データのみから単純に評価はできないことである[39]。
深海の密閉沈殿層における炭素隔離についてはすでに研究が進んでいる[38]。深海の粘土および軟泥の浸透性は一般的に低いため、水圧破砕法によって浸透性の低い自己密閉沈殿層の浸透性を改善しない限り、またはNBZおよびHFZ帯におけるCO2の密閉メカニズムによる総合作用を考慮に入れない限り、この種の低浸透層にCO2を迅速に注入するのは難しい。一般的な水圧破砕法を採用してこの種の低浸透層を処理すれば、新たな断裂の発生または古い断裂の活性化を招き、CO2漏洩を招くおそれがある。深海底の油井探査データによれば、ある種の自己密閉沈殿層では大量の高浸透性砂岩が出現し、これはCO2隔離にさらに適している[38]。さらに、大洋地殻を構成する主な火成岩類(海底枕状溶岩、角礫岩および溶岩)は高い間隙比と優れた浸透性を持つため、大量のCO2を貯留できるうえに、大洋地殻は上部を緻密性の高いキャップロックで覆われているため、このような海底玄武質岩は、炭素隔離において莫大な潜在能力を持つ高浸透性貯留層であるとする先行研究もある[39,42]。また、多層流モデルに関する研究によれば、深海沈殿物の浸透率は、水平および垂直方向で強い非均質性があることによって炭素隔離の実質的効果が高まるため、CO2漏洩の臨界時間を延長できる[46]。
2.2.5 海底沈殿物の炭素隔離能力
HFZおよびNBZの厚さによって、海底沈殿物貯留層における炭素隔離の潜在能力は明らかに制約を受けるため、その厚さを評価する必要がある。また、海底の温度分布、地温勾配、圧力および沈殿物の厚さ等も不可欠なデータである。このほか、海底沈殿物貯留槽の間隙比と浸透性も炭素隔離の潜在能力を評価する重要なパラメータであるため、貯留層におけるこの種の物理的性質を確定する必要がある。かつては、貯留層の年齢によってその間隙比と浸透性をおおまかに判断していたが、今ではボーリングコア分析、電気抵抗率および油井検層データによって貯留層の間隙比および浸透性等のパラメータを精確に推算することができる[39]。
Goldbergら[47]は、広範囲な貯留層パラメータ(主に沈殿物の厚さおよび海水深度)を採用し、太平洋中央海嶺両翼11ヶ所および無地震地域の中央海嶺の玄武岩7ヶ所の隔離潜在性について推算を行った。その結果、炭素隔離総量は2.3 ~11.5Tt-Cから5.9 ~29.6Tt-Cの範囲にあり、なかでもJuan de Fukaプレートの玄武岩帯水貯留層には、アメリカの向こう100年分以上のCO2排出量を安全に隔離できることがわかった。Ecclesら[38]は世界の深海沈殿物のボーリングコア・データ、海底熱流データ、海底測深データおよび深海沈殿物の厚さ等のデータを利用して、炭素隔離に用いることのできる沈殿物貯留層について、総体積は6300km3で、このうち1.3%~2.7%は炭素隔離に適した砂岩であり、隔離潜在能力は1260~28500Gt-CO2あり、世界の40~1000年分のCO2排出総量に相当することをスクリーニングによって算出した。しかしながら、Marieniら[48]の考えでは、若い中央海嶺およびJuan de Fukaプレートは高い地温勾配を持つため、この種の海底は炭素隔離プロジェクトには向かない。つまり、海底沈殿物は炭素隔離の潜在能力が非常に高いが、現場でのさらなる水文学的試験およびCO2注入のモデル研究によって、具体的な炭素隔離位置を確認する必要がある。
また、海のウォーターカラムにおけるCO2隔離についてはまだ議論の余地があり、貯留期間が短く、海洋や生態環境に影響を及ぼすと考えられているが、海洋沈殿物におけるCO2隔離については信頼性が高く、貯留期間は数千年に達し、海洋や生態環境への影響も小さいと考えられている[49]。
(その3へつづく)
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※本稿は王江海、孫賢賢、徐小明、呉酬飛、彭娟、袁建平「海洋碳封存技術:現状、問題与未来」(『地球科学進展』第30巻第1期2015年1月,pp.17-25)を『地球科学進展』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司