第122号
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海洋における炭素隔離技術:現状、問題および未来(その3)

2016年11月29日

王江海:中山大学海洋学院、広東省海洋資源・沿海エンジニアリング重点実験室教授

主な研究テーマは、大陸棚における炭素貯留、バイオテクノロジーおよび地球科学

孫賢賢、徐小明、呉酬飛、彭娟、袁建平:
中山大学海洋学院、広東省海洋資源・沿海エンジニアリング重点実験室

その2よりつづき)

3 CO 2漏洩およびその海洋生物への影響

 海洋における炭素隔離は、貯留能力に莫大な潜在性があり、期待の高い新興のCCS技術である。しかしながら、この技術のリスクも徐々に認識されてきている。CO 2をウォーターカラムに直接注入すると海洋酸性化を招く。また、CO 2を海底沈殿物に隔離すると、注入時の間隙圧力増または水和物形成時の温度上昇によって海水への漏洩が生じるおそれがある [21] 。このほか、CO 2は沈殿物周辺環境を酸性化させ、沈殿物内でいくらかの化学反応を引き起こし、元素の存在形式やその溶解性と浸透性を変化させる可能性もある。たとえば、ヒ 素が海洋生物にとって有毒な形式に転化することもある。また、鉄や銅等の元素が、生物が利用できる形式に変化すれば、ある程度は海洋に栄養元素を補充できるが、富栄養化も招きうるため、海 洋生態系に悪影響をもたらす [50,51]

 CO 2漏洩による海洋酸性化およびそれによる海洋環境のその他の条件変化は、海洋生物に対して重要な影響を及ぼす。初期の研究では、海 洋酸性化は海洋生物に致命的な影響を与えると考えられていた。しかし、最新の研究では、酸性化が海洋生物に与える影響は多様であることがわかってきている。海洋生物は、種 によってライフサイクルや環境面が異なるため、海洋酸性化に対しても違う反応を示す。一般的には、深海生物は代謝が緩やかで、寿命が長く、周辺環境が安定しているため、 pCO 2増加の影響をより受けやすいと考えられている。一方、具体例の研究によれば、ホッコクアカエビ( Pandalus borealis)はヤドカリ類と同様に、海洋酸性化に対応できる成熟したメカニズムを有するため、海洋酸性化に対する高い耐容性がある [28,34,52] 。また、シオダマリミジンコ( Tigriopus japonicus)とゾウゲバイ( Babylonia areolata)に関する研究によれば、海洋酸性化は海洋生物のライフサイクルにより異なる影響を及ぼす [53] 。ラマン分光計を用いてサンゴモ( Coralline algae)構造に対する分析を行った結果、海洋酸性化によってサンゴモ構造が変化する速度は、酸性化よりも感度が高いことが分かった [54]

 海洋酸性化は海洋生物のライフサイクルに直接影響を与えるうえに、沈殿物中の重金属イオンの析出を高めることによってその生存に間接的に影響する。たとえば、酸 性化と金属イオンの増加によって珪藻の成長が抑制されるうえに、酸性化によって、生物に対する重金属の毒性が高まる [50] 。酸性化によって一部の生物では生理機能が強化されるが、Spicerら[55]によれば、これは見せかけの現象に過ぎない。一部の生物の生理的適応性が強化されたとしても、実 際には極限に近づいているため、CO 2漏洩が生じればその環境はさらに危険となる。化学物質による刺激に対して生物の感覚器官が起こす反応は、周辺環境に対する感受性を示す重要な挙動となるが、非 生物的要素による攪乱があると、その生存や健康、種間交流に重大な影響を及ぼす [52] 。このため、さまざまな生物種と生息地を対象に、高濃度CO 2に対する海洋生物の反応を研究する必要がある。

4. モニタリング技術の発展

 海洋における炭素隔離技術の安全性は、高い関心を集めているうえに、この技術の発展と普及・応用における有用な要素でもある。モニタリング技術の発展およびモニタリングシステムの構築は、海 洋における炭素隔離の効率を精確に評価するのに役立つうえに、CO 2漏洩の際の緊急対応や迅速な救済措置の実施に貢献する。このため、CO 2漏洩に関するモニタリング技術の整備は非常に重要である。

 現在、地下に注入されるCO 2の分布状況のモニタリングに最も有効で、広く応用されている方法は、地震モニタリング技術である。海水中に漏洩したCO 2については、サイドスキャンソナーや高解像度カメラを搭載した遠隔操作水中ロボットによって直接観察することができる。しかしながら、海洋における炭素隔離は隔離期間が長く、広 範囲に及ぶため、遠隔操作水中ロボットによるCO 2漏洩の直接モニタリングは非常に難しい。一方、CO 2漏洩によって生じた海水性質変化によってその漏洩を間接的にモニタリングすることは可能だ。海水中のCO 2は音波の速度に影響を及ぼすため、音波クロマトグラフィー画像技術によってCO 2漏洩範囲を確定できる [56,57] 。このほか、CO 2が漏洩すれば、海水中のCO 2濃度、 pCO 2、pH値もこれに伴って変化するため、これらのパラメータもCO 2漏洩の判定指標として利用でき、かつ、pHのin situ測定が可能な装置や pCO 2センサーを搭載した水中ロボットによってこれら指標の変化を測定することもできる [58] 。または、曳航式多層モニタリングシステムで海水中のpH値をリアルタイムでモニタリングすることもでき [57] 、漏洩が疑われるエリア(ポイント)に複数のセンサーを搭載した海底自動昇降機を設置して、CO 2漏洩後の拡散挙動を連続観測することもできる [46,57]

 海底沈殿物中に漏洩したCO 2は、間隙水のpH値を変えるうえに、沈殿物中の金属イオンによる浸出作用を強化し、海水中でいくらかの金属イオンの濃度を数オーダー上昇させる可能性もある。このため、海 水のpH値と金属イオンの濃度変化は、CO 2漏洩を評価する重要な指標である [57,59] 。この際、pHセンサーおよび金属イオン濃度の高精度in situ測定装置によって、CO 2漏洩の迅速検査を行うこともできる [57] 。ミュー粒子を用いた断層撮影技術によって、貯留層内の密度変化を測定し、かつ、これに基づいてCO 2漏洩の有無を確定することも可能である。この方法の画像分解度は電磁気学または地震学によるものより高いうえに、技術的に簡単でコストも低い [60]

 現在、海洋における炭素隔離については、実例と現場でのモニタリング試験が不足しているものの、コンピューター・シミュレーションによって、CO 2漏洩の存在する、類似条件の海洋エリアに対して研究を行い、その結果を参考に、モニタリング技術の研究や試験、最適化を行うことができる [58] 。また、コンピューター・シミュレーションの結果に基づけば、CO 2注入および炭素隔離プロセスで生じ得る漏洩を予測し、海洋における炭素隔離後の漏洩モニタリングを指導することもできる。

5 展望

 地球の温暖化が進行するなかで、CO 2排出を徐々に削減し、新エネルギーの発展に注力し、低炭素経済を提唱することは、持続可能な発展において避けては通れない道である。二酸化炭素の排出量削減目標実現のためには、炭 素隔離技術、なかでも海洋における炭素隔離技術の研究開発を強化する必要がある。最新の研究によれば、海洋における炭素隔離は莫大な潜在能力を持ち、高く期待される新興の炭素隔離技術である。また、大 規模な二酸化炭素排出量削減を実現する重要な措置の一つであり、応用面での将来性が高い。海洋における炭素隔離技術の将来的な研究テーマには、海洋における炭素隔離場所の科学的選択、炭 素隔離の潜在的能力および貯留期間の評価技術ならびに規範、高効率CO 2注入技術、海洋における炭素隔離モデル事業、CO 2漏洩検査技術および設備の開発、CO 2漏洩予防・救済技術ならびに海洋における炭素隔離が生態系に与える効果に関する研究等がある。ここで特に指摘すべきは、二酸化炭素の排出量削減は人類に利益をもたらす重大な事業であり、海 洋における炭素隔離技術は二酸化炭素の排出量削減という目標を実現する鍵であるため、世界の英知と技術、資金を集め、実現させる必要があるということである。

(おわり)

参考文献


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※本稿は王江海、孫賢賢、徐小明、呉酬飛、彭娟、袁建平「海洋碳封存技術:現状、問題与未来」(『地球科学進展』第30巻第1期2015年1月,pp.17-25)を『地球科学進展』編 集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司