海洋重要水文パラメーターの衛星リモートセンシングインバージョン研究総論(その1)
2016年12月 7日
概要:
50年近くの発展を経て、海洋衛星リモートセンシングは日増しに成熟し、各種のインバージョンアルゴリズムとデータセットがこれに応じて生まれ、海洋水文過程の研究を大きく推進した。海 洋水文に関連する重要な物理パラメーターをめぐって、海面の高度、海水の深度、海洋表層流、海水体積変化の衛星リモートセンシングのインバージョン基本原理、主要アルゴリズム、直面する難点、先 端研究問題を簡単に振り返り、リモートセンシングインバージョンアルゴリズムを応用して作られたグローバル海洋水文パラメーターの主要なデータセットを紹介し、さらに目下の問題と結びつけ、衛 星リモートセンシングによる海洋水文パラメーターのインバージョンの発展動向と直面する挑戦を検討した。研究によると、マルチ衛星・マルチチャンネル・マルチモードのジョイントインバージョン方法の運用は、海 洋水文パラメーターの時空動態変化のモニタリング能力を高めることができ、未来のグローバル海洋水文リモートセンシングの主要な研究方向の一つとなると考えられる。
キーワード:海洋水文パラメーター、インバージョンアルゴリズム、光学リモートセンシング、マイクロ波リモートセンシング、マルチセンサージョイントインバージョン、グローバルデータセット
海洋は、人類最大の資源の宝庫であり、極めて豊富な生物・化学・鉱物資源とエネルギーを秘めており、人類の生存空間拡大と経済発展推進の重要な領域と言える [1] 。陸地と比べても、地球の表面積の71%を占める海洋は地球の97%の水を保持し、自然界の水循環の重要な一部であり、地球上の水文生態環境に極めて重要な影響を生んでいる [2] 。多くの海洋水文物理パラメーターのうち、海面高度と海水深度、海洋表層流速、海水体積変化は、地球の水循環と最も密接な関係を持つ。海 洋におけるこれら4種の水文パラメーターの変化を正確に把握することは、海洋資源の発掘や海洋権益の保護、沿岸地区の総合開発・管理に利するだけでなく、海 洋と陸地の相互作用の過程や地球の水循環などの全面的な理解に重大な意義を持っており、全世界が高度に注目する問題となっている [3-4] 。
これらの海洋水文パラメーターの取得は長期にわたって、数少ない船舶の航行や観測地点での定点観測などの方式で実現されてきた [5] 。だが従来の調査方式で得られる水文資料は往々にして、非連続性や非同期性があるものであり、観測の規模や範囲、回数はいずれも限られたものとなり、複 雑な海洋水文の変化の特徴を全面的に認識するのは困難だった。1960年代初期に気象衛星「TIROS-1」が若干の海洋情報を取得するとすぐに、宇宙からの海洋研究のブームが起こり [6] 、人類は、数百キロの海面上の水域の情報を瞬時に取得し、海洋の水位や深度、海水体積などの水文要素の変化を十分かつスピーディーに分析できるようになった。50年近くの発展を経て、衛 星を手段とした海洋水文パラメーターインバージョン研究は徐々に成熟していき、各種のインバージョンアルゴリズムやデータセットがこれに応じて生まれ、海洋資源や環境、減 災などの方面で代替不可能な役割を発揮し始めている [7-8] 。本稿は、海面高度と海水深度、海洋表層流速、海水体積変化の4種の重要な海洋水文パラメーターを主なターゲットとし、それぞれの衛星リモートセンシングインバージョンの原理と方法、そ の研究の進展を簡潔に振り返り、これを土台として、さまざまな種類のインバージョンアルゴリズムによって生成されたグローバルデータセットを紹介し、海 洋水文パラメーターの衛星インバージョン研究の発展の見通しを展望したものである。
1 海洋水文パラメーターのリモートセンシングインバージョン
1.1 海面高度
海面高度は、固定基凖面からはかった海水の自由水面の高度であり、最も基本的な海洋水文パラメーターの一つである [6] 。現在、リモートセンシング手段の海面高度の取得は主に、衛星による高度測定という手段を利用して実現されている。その原理は、レーダー高度計を利用し、発 射パルスと受信パルスの間の時間的遅延の測定を通じ、特定の参考楕円面に相応した海面地点の高度を取得するというものである [8] 。1973年にNASAが衛星「SKYLAB」を打ち上げ、海洋衛星高度測定実験を初めて開始してから、世界では、「ERS-1/2」「TOPEX/Poseidon(T/P)」「GFO」「 ENVISAT」「JASON-1/2」「CRYOSAT-2」「HY-2」「SARAL」など多数・多世代の高度測定衛星が次々と打ち上げられ、局部の潮位の変化やラージ・メ ソスケールの海面変化などの方面で重要な役割を発揮してきた [9-10] 。
高度測定衛星はその稼働の過程で、衛星の軌道や対流圏遅延、電離層遅延、海况など多くの客観的要素の影響を受け、その観測値に誤差が生まれることは避けられない。そ のために観測値に対しては各項目の補正を行う必要がある [8] 。初期の衛星高度測定技術においては、高度計の観測誤差と地球物理的信号との識別が難しく、海面高度の半定量観測しかできなかった [9] 。衛星高度測定技術の発展とアルゴリズムの改良に伴い、海面高度に対する定量観測ができるようになり、開放海域の高度測定精度も最初のメートル級から現在のセンチメートル級 [11] へと高まった(図1)。だが近海においては、沿岸の地形や島嶼、潮汐などの影響により、レーダーの高度測定パルスの反射波形が不規則となり、衛星から海面までの距離を正確に求めることはできない [12] 。こうした状況に対し、国内外の学者は、OCOGアルゴリズム [13] やThresholdアルゴリズム [14] 、パラメーターモデルアルゴリズム [15] などさまざまな波形再算定方法を相次いで提出し、衛星高度計の地球物理データ記録における瞬間海面高度の精度の改善に用いた。波形再算定は、高精度衛星高度測定技術における難点であり、現 在の先端研究問題となっている [9] 。
図1 衛星高度計の発展の歩みとその高度測定精度の変化
Fig.1 Development history of satellite altimeters and their measurement precision
従来の単一レーダー高度計は、能動的に稼働するマイクロ波センサーを採用したものであり、特定の時間における衛星直下点付近の狭い地域の観測に限られ、観測幅は3km前後にすぎず、メ ソスケールの海洋高度観測の時空連続性と正確性において一定の制限をうける [3] 。ここ20年は、多種類のセンサーを結合した海面高度のジョイント観測の技術と方法の論証と実施が進んできた。これは主に、次の二つの面に表れている。
第一に、最も代表的なのは、広域海洋高度計(Wide Swath Ocean Altimeter,WSOA)の研究開発。これは、パ ルスレーダー高度計と干渉型高度計を組み合わせた一種の新技術である [16-17] 。この技術は、従来の高度計による高度測定と干渉合成開口レーダー(InSAR)技術を一体化したもので、測量精度を3cm以内に制御することが可能であるだけでなく、1 5km×15kmの空間ピクセルスケール上の高度値を取得することができ、海面高度情報の取得において巨大な潜在力を示している [18] 。WSOAの研究開発は、1990年代にNASAの「Instrument Incubator Program」(IIP)の助成を最も早期に受けて始められた。その後、米国のジェット推進研究所は、1 0年余りにわたる広域マイクロ波高度測定技術の研究を展開し [19] 、衛星「JASON-2」の試験ペイロードとする準備がなされていたが、故障が原因で搭載されることはなかった。また中国科学院空間科学応用研究センターも、国家の関連計画の支援の下、広 域3Dイメージング高度計(China Imaging Altimeter,CIALT)の開発と試験を展開した [20] 。CIALTはそのコンセプトにおいて、WSOAと非常に似通っている。合成開口技術と干渉技術、衛星直下から離れた地域の観測技術を融合し、各 ピクセルの高精度なリアルタイム動態3D情報を提供することができる [20] 。
第二に、広域観測能力を備えた次世代高度計の開発のほか、多種類の衛星高度測定データの融合によっても、現在の単一高度計観測による時空分解能不足の問題を有効に改善することができる [16] 。于振涛 [21] は、T/PとJASON-1の2種類の高度計データを使用し、関連する補間アルゴリズムを採用して両者を融合し、時空の連続したネットワーク化された海面高度製品を最終的に生成した。金涛勇ら [22] は、GEOSATとERS-1/2、ENVISAT、T/P、JASON-1のデータを連合して世界の平均海面高モデルを構築した。孫文ら [23] は、T/PとJASON-1、JASON-2の3世代の衛星高度測定データを連合し、中国の近海及び近接海域の海面変化時系列データの時間スパンを有効に延長した。これらの例からわかるように、複 数の衛星の高度測定データの総合運用と交差を通じることにより、それぞれの優位性を十分に発揮し、世界の海面高度のリアルタイム・高効率の観測を促進・深化させることができる。表1は、海 面高度に関する主要衛星の高度測定方法とその基本的な特徴をまとめたものである。
主要方法 | 長所 | 短所 | 応用分野 | 抽出精度 |
単一高度計観測 | データ取得が容易、 操作が簡単 |
時空の連続性が 制限を受ける |
スモールスケール 海面高度観測 |
cm級からm級 までそれぞれ |
広域海洋 高度計観測 |
ピクセルスケール上の 高度情報の取得が可能 |
技術設計コストが高い | 海面情報3D動態観測 | cm級 |
多種類の高度計 データの融合 |
時空の連続した海面高度情報 の取得が可能 |
--
|
海面高度の長期時系列変 の分析 |
cm級 |
1.2 海水深度
海水深度は、海洋水体の重要な水文パラメーターであり、海面高度と海底地形を同時に反映したものである。使用するリモートセンシングの周波数バンドとその観測原理の違いに応じて、衛 星リモートセンシングの海水深度インバージョンの研究は大きく、リモートセンシング浅海深度測定とリモートセンシング深海深度測定の2類に分けられる。このうちリモートセンシング浅海深度測定は、マ ルチスペクトル深度測定、ハイパースペクトル深度測定、合成開口レーダー深度測定などの各技術に分けられ [24] 、リモートセンシング深海深度測定は主に、レーダー高度計技術となっている。各種の深度測定方法とその基本的特徴は表2に示す通りである。
(1)リモートセンシング浅海深度測定 浅海光学リモートセンシングにおける水深インバージョンのアルゴリズムは最も初期に提出されたもので、このアルゴリズムは主に、放 射伝播過程を通じてスペクトル反射率と水深との間の定量関係を構築することによって実現される [25] 。モデリング方式の違いに基づき、さらに理論的解訳モデル、半経験・半理論モデル、統計相関モデルなどに分けられる [26] 。理論的解訳モデルは、水体の光学理論を土台とし、浅海水域における光の放射伝播過程を分析し、これに基づき、放射輝度と水深との解析表現式を構築し、水深を求めるものである [27] 。半経験・半理論モデルは、簡素化された海洋放射伝播理論によって得られた水深・水面反射率・減衰係数・海底反射率の間の解析モデルである [24] 。研究の絶え間ない進展に伴い、現在までにすでに、シングルバンドモデル、デュアルバンド比較モデル、マルチバンドモデルなどの多種類の算出方法が徐々に形成され [28-29] 、幅広く応用されている。統計相関モデルは、浅水水域のマルチスペクトルデータと実測水深値の間の相関性を利用して構築された水深リモートセンシングインバージョンモデルである [30] 。この方法は簡単で実施が容易だが、水体内部の環境の影響が考慮されておらず、構築された統計相関モデルには一定の地域的な限界性がある [31] 。1990年代後期から、ハイパースペクトルデータを利用した浅海水深インバージョンのアルゴリズムは飛躍的進展を遂げ、半分析モデルに基づく非線形最適化アルゴリズム [32] や主成分分析法 [33] 、物理原理に基づくHOPOアルゴリズム [34] などが算出された。ハイパースペクトルセンサーの出現は、反射信号の微弱な水体情報の識別を促進するもので、浅海水深のインバージョン精度を一定程度高めることができ、大きな発展の見通しを備えている [24] 。
浅海レーダーリモートセンシング深度測定は主に、レーダーの後方散乱の強度変化(明暗の入れ違いとなった縞模様を形成)と水深の定量関係原理に基づいて実現される [35] 。実践によって、浅海(50m未満)のSAR画像上の明暗の縞模様の特徴は海底の地形と直接関連しており、レーダーの波長が長ければ長いほど、S AR画像への水面下の地形と水深の反映の效果が高いことが証明されている [36] 。SARを利用した浅海水深測定の研究は、浅海のレーダーによる深度測定の巨大な潜在力が最初の海洋衛星「Seasat」によって示された1978年に遡ることができる [37] 。1984年、ドイツの科学者のAlpersとHennings[35]が、レーダー浅海深度測定の理論モデルを提出し、衛星搭載SARの浅海深度測定の定量化研究の一里塚を築いた。この後、国 内外の研究人員は相次いで、レーダー浅海深度測定の関連技術方法のさらなる研究を深めていった [38] 。現在、ある程度の規模と影響を備えたSAR浅海深度測定技術としては、オランダの科学者が反復方式を採用して構築した「水深推測システム」がある。こ の技術を利用して得られた北海試験区の水深値インバージョン誤差はわずか30cmとなっている [39] 。近年、センサーのハードウェア条件の発展に伴い、SAR浅海深度測定は、シングルバンドと単極化を特徴とした従来の研究から、マルチバンドと多極化を特徴とした研究へと徐々に深まり [40] 、より豊富な浅海水中地形情報の取得が可能となっている。マルチバンド・多極化SARは、未来の浅海レーダーリモートセンシング深度測定の重要な手段の一つとなると考えられる。
(2)リモートセンシング深海深度測定 リモートセンシング深海深度測定の研究は1870年代に始まった。Siemens [41] は最早期に、海面重力測量の方法を通じた海洋深度の探求という構想を打ち出した。1980年代に衛星高度測定技術が出現した後、Dixon [42] が、この構想を初めて実施した。その深度測定原理は、まず衛星高度計データを利用して海洋のジオイドを推算し、これを土台として、海洋の重力異常と、ジ オイドの一定波長範囲内の海洋水深との相関関係に基づき、水層の深さや地殻の厚さなどと結びつけ、水深のインバージョンモデルを構築し、相応する水深値を推算するというものである。現在、衛 星高度測定データを利用した海水深度インバージョンの世界で常用されている方法としては主に、解析アルゴリズムと統計アルゴリズムの2大類別が存在する [43] 。このうち解析アルゴリズムは主に、Parker [44] の異常乱れポテンシャル計算公式とWatts [45] の3つのプレートモデルに基づき、衛星高度計データによって導き出された海洋重力異常を利用し、海底地形モデルを参考として海洋深度をインバージョンするものである。解 析方法によって構築されたインバージョンモデルは、物理的な意義は比較的明確であるが、モデルにおけるカギとなるパラメーターの正確な取得は比較的困難である [43] 。統計アルゴリズムは主に、ランダム過程における最小二乘配置理論に基づき、統計反復計算の方法を通じてインバージョンされる水深モデルであり、一定の信頼性と実用性を備えている [46] 。
近年、衛星高度測定技術の発展に伴い、国内外の多くの学者が衛星高度計の資料を利用して、上述の二種類の方法の海洋深度測定の方面での適用性に対する大量の研究を行うようになっている。研究によると、衛 星高度測定データのインバージョンを利用した深海の水深値の相対誤差は基本的に10%以内に抑えることができる [43] 。だが衛星高度計データの空間分解能は比較的粗く(6~9km)、さらに衛星高度測定は、浅水水域または島嶼付近では周囲の地形や地勢の影響を大きく受けるため、そ のインバージョン浅水海域の水深精度は明らかに引き下がる。Leeら [47] は、衛星高度測定技術に基づいて得られたETOPO2データを利用し、バハマバンク地域の海水深度のインバージョンと推算の試験研究を行い、衛 星高度測定技術に基づいてインバージョンされた海洋深度は一般的に、深水海域でのみ比較的満足できる結果を得られることを発見した。だが従来の船舶による水深の定点測量手段の有益な補足手段として、衛 星高度測定技術に基づく水深測定は、今後の海洋科学研究において広大な応用の見通しを備えているものと言える。
目標 | 測定手段 | 主要方法 | 主要原理 | 長所 | 短所 |
浅海深度 測定 |
マルチスペクトルリモートセンシング | 理論的解訳モデル 半経験・半理論モデル 統計相関モデル |
スペクトル反射率と水深の間の解析関係に基づく | 方法が簡単 実現が容易 |
精度が低い 適用性が低い |
ハイパースペクトルリモートセンシング | 主成分分析法 非線形最適化アルゴリズム HOPOアルゴリズム |
海洋輻射伝播理論に基づく | 反射信号の微弱な水体情報を識別でき、精度が比較的高い | 晴天環境に限られる 広範囲の海岸帯の観測に適する |
|
レーダーリモートセンシング | シングルバンド・単極化法 多バンド・多極化法 |
レーダー後向散乱強度の変化と水深との定量関係に基づく | 全天候での使用が可能、一定の濁度の水体の測定が可能という長所を持つ | 風速・海面粗度・水深範囲に一定の条件が求められる | |
深海深度 測定 |
衛星高度計 | 解析アルゴリズム 統計アルゴリズム |
海洋重力異常と海水深度の相関関係に基づく | 深水海域の海洋深度測定が可能 | 浅海海域ではインバージョン精度が明らかに下がる |
(その2へつづく)
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※本稿は呉桂平、劉元波「海洋重要水文参数的衛星遥感反演研究綜述」(『水科学進展』第27巻第1期, 2016年1月、pp.139-151)を『水科学進展』編集部の許可を得て日本語訳・転 載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司