鉛冷却炉研究の現状と発展の展望(その2)
2017年 3月10日
呉宜燦:
中国科学院核能安全技術研究所 中国科学院中子輸運理論・輻射安全重点実験室研究員
博士課程指導教員。先進原子力システム関連の設計研究に従事。
王明煌,黄群英,趙柱民,胡麗琴,宋勇,蒋潔瓊,李春京,竜鵬程,柏雲清,劉超,周涛,金鳴,FDSチーム:
中国科学院核能安全技術研究所 中国科学院中子輸運理論・輻射安全重点実験室
(その1よりつづき)
3 鉛冷却核融合炉の研究開発の歴史と現状
ブランケットは、核融合エネルギーの応用におけるカギとなる部品であり、その主要な機能としては、トリチウム増殖、エネルギー変換、放射線遮蔽、プラズマの受け止めなどが含まれる。目下の主流なブランケットの概念は、増殖剤に応じて、固体セラミック増殖剤ブランケット(固体ブランケット)と液体鉛リチウム増殖剤ブランケット(液体ブランケット)の二つにわけられる。
液体鉛リチウム増殖剤は、構造が簡単で、加工・製造が比較的容易で、技術が比較的成熟しているなどの多くの優れた性能を持っており、国際熱核融合実験炉(ITER)の実験ブランケットモジュールTBM(Test Blanket Module)の主要な候補ブランケットの一つであり、世界中の研究で大きく注目され、最も発展潜在力のあるブランケットの概念の一つとなっている。ITER計画に参加している7メンバー国・地域のうち4カ国・地域はそれぞれ、次の液体鉛リチウム増殖剤実験ブランケット概念を提出した。EUはヘリウム冷却鉛リチウムブランケット(HCLL)、中国は二重機能鉛リチウムブランケット(DFLL)、米国は二重冷鉛リチウムブランケット(DCLL)、インドは鉛リチウム冷却セラミックブランケット(LLCB)を提出した。このうちLLCBは、セラミックボールと液体鉛リチウムの両方をトリチウム増殖剤として採用している[24](表7)。
メンバー | TBM | 構造材料 | 増殖剤 | 冷却材 |
EU | HCLL | EUROFER | LiPb | He |
米国 | DCLL | F82H/EUROFER | LiPb | LiPb/He |
中国 | DFLL | CLAM | LiPb | LiPb/He |
インド | LLCB | IN-LAFMS/EUROFER | LiPb/Li2Ti03 | LiPb/He |
ITER TBMだけでなく、各国は、それぞれのモデル炉計画に基づいて、多くの核融合原子力発電所のブランケット設計を打ち出している。例えば米国のARIESシリーズでは、ARIES-STとARIES-ATのブランケットがいずれも、液体鉛リチウムを増殖剤として採用している。ARIES-STのブランケットはヘリウム/鉛リチウム二重冷却概念を取り、ARIES-ATのブランケットは鉛リチウム自己冷却式を取っている。EUはITER計画のほかに、長期的なエネルギー概念の研究計画となる「PPCS」で、先進ヘリウム/鉛リチウム二重冷却A-DCブランケット概念を提出している[25]。
中国科学院原子力安全技術研究所・FDSチームは、液体鉛リチウムを冷却材・トリチウム増殖剤とした核融合炉と混成炉の研究に長期にわたって取り組み、一連の核融合炉と融合分裂混成炉の概念を打ち出した。これには、融合分裂混成炉FDS-I[27-29]、核融合動力炉FDS-II[30]、核融合高温水素生成炉FDS-II[31]、コンパクト球型核融合炉FDS-ST[32-33]、多機能核融合プロジェクト実験炉FDSMFXC[34]、磁気ミラー核融合炉FDS-GDTなどが含まれ、鉛冷却炉の応用に新たな中遠期的な応用の道が開かれた。現在、国家磁場閉じ込め核融合エネルギー発展研究などのプロジェクトの支援の下、ITER実験ブランケットモジュール計画と中国核融合プロジェクト実験炉計画に向け、液体鉛リチウムブランケットの設計・研究開発が進められ、技術発展の実行可能性と先進性の両方を考慮した鉛リチウム実験ブランケット案が提出され、「二重機能液体鉛リチウム実験ブランケットモジュール」(DFLL-TBM)と呼ばれている[35-37]。このほか多機能液体鉛リチウム総合実験ループ(DRAGONシリーズ)も建設され、ブランケット構造材料の研究開発、材料・冷却材の両立性や熱流体工学、冷却材の安全などの実験研究も積極的に展開されている[38-43]。
4 鉛冷却炉の発展の見通し
鉛冷却炉は、重要な発展の見通しを備えた先進原子力の方向として、核分裂炉にも適用されているし、核融合炉にも適用されている。臨界炉中でも応用できるし、未臨界炉中でも応用でき、鉛冷却炉を通じることにより、時間的には短中長期的な発展の需要をカバーし、応用分野の面では核融合技術と核分裂技術をカバーし、原子炉の機能の面ではエネルギー生産と核廃棄物の変換、核燃料の増殖をカバーした持続可能発展の技術ロードマップを形成することができる(図2)。
図2 原子力における鉛冷却炉の利用に向けた提案ロードマップ
Figure 2 Proposed Roadmap Of Lead-based Reactor in Nuclear Energy Development
エネルギーの分野で重要な役割を果たすだけでなく、その他の国民経済と国家エネルギー戦略の面でも多くの発展の見通しを備えている。
第一に、トリチウムを大規模生産する装置とすることができる。トリチウムは、未来の核融合炉の起動燃料であるが、トリチウムは自然界においては極めて少なく、直接的な利用もできない。鉛冷却未臨界炉は、トリチウムの生産の面で際立った優位性を備えている。一方で、鉛リチウム材料は、トリチウム増殖剤でもあり、冷却材とすることもでき、トリチウム生産原子炉の設計を簡略化できる。もう一方で、未臨界炉は、「固有の安全性」を備えており、トリチウムの大規模生産を保っても原子炉の安全性に影響を与えない。
第二に、トリウム資源の効率利用を実現できる。理論的に言えば、トリウムの地殻における存在度はウランの3、4倍である。中国のウラン資源は比較的乏しいが、トリウム資源は比較的豊富であることから、トリウム資源の利用の拡大は、資源の持続可能性に対して非常に重要である。鉛冷却炉は、良好な中性子経済を持ち、トリウム・ウラン転換に有利でトリウム資源の効率利用を実現できる。
第三に、クリーン二次エネルギーである水素を生産できる。水素は、クリーンエネルギーの一種で、発熱量が高く、汚染がないなどの特性を持っている。国際市場での水素の利用料はとても大きく、毎年8%を超える速度で増加し、さらに大規模に応用される可能性も持っている。鉛冷却高速炉は比較的高い温度で運転されることから、熱化学的な水素生産に適した3種の炉型の一つとなっている[44]。原子力と水素エネルギーの結合によって、エネルギー生産と利用の全過程のクリーン化をほぼ実現できる。米国やロシアなどの国はすでに、鉛冷却高速炉による水素生産技術の研究を展開している。米国の「STAR-H2」はすでに、関連する概念設計を終えている[45]。
第四に、艦船/潜水艦の動力として利用できる。ロシアの成功経検は、鉛ビスマス原子炉を艦船/潜水艦の動力として使うことには多くの優れた特性があることを証明している。小型化に適しているだけでなく安全性も高く高い速力と機動性を備えている。また鉛ビスマス原子炉は自然循環力が高いため、艦船または潜水艦の巡航の際、ポンプではなく自然循環での駆動を用いることで、機械音を引き下げ、ステルス性を高めることができる。
鉛冷却炉はさらに、海洋開発/小型グリッド電気供給などのその他の面にも応用できる。海洋開発は一般的に大陸から離れ、エネルギー供給が不便であるが、鉛冷却炉はエネルギー密度が高く、小型化にも適しており、海洋開発の理想的なエネルギー供給プラットフォームと言える。電力の需要が比較的小さい一部の国・地域は、大型原子炉の開発には適しておらず、小型原子炉はこうした国・地域においても明るい見通しがある。
5 まとめ
冷却材としての鉛ベース材料の利用は、中性子経済や熱流体工学的特性、安全性などの面で独特の強みを持ち、第4世代原子力システムや未臨界炉、核融合炉において重要な候補となり、現在の先進原子力システム研究における重要な方向性を示している。未来のエネルギー生産や核廃棄物変換、核燃料増殖、核融合エネルギー利用においても、極めて大きな役割を果たし、トリチウム生産や水素生産、トリウム資源利用、艦船/潜水艦動力などの面でも非常に大きな潜在力を持っている。鉛冷却炉の研究は、すでに60年余りの歴史を持ち、大量の研究の経験と成果が世界的に蓄積され、非常に良好な応用の土台ができており、近い将来に大規模利用される潜在性を備えている。
中国科学院戦略先導科学技術特別プロジェクト「未来の先進核分裂エネルギー―ADS変換システム」や国家磁場閉じ込め核融合エネルギー発展研究などのプロジェクトの強力な支援を受け、中国の鉛冷却炉の研究はすでに、急速な発展の道に入り、核分裂と核融合が相互に支え合い、相互に促進する優れた発展モデルを形成し、短中長期発展の良好な結合を実現し、異なる鉛冷却材料の間の技術の共有を通じて、最良の科学研究投資效率を実現し、中国の原子力科学・技術事業の進歩や国家のエネルギー安全、原子力の持続可能発展に大きく寄与している。
謝辞
本研究は、国家自然科学基金(91026004)、中国科学院戦略性先導科学技術特別プロジェクト(XDA03040000、XDA03010100)、国家磁場閉じ込め核融合エネルギー発展研究特別プロジェクト(2013GB108005、2015GB108005)の支援を受けた。FDSチームのその他のメンバーが本研究の順調な進行に与えた支持と協力に感謝する。
(おわり)
参考文献
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※本稿は呉宜燦,王明煌,黄群英,趙柱民,胡麗琴,宋勇,蒋潔瓊,李春京,竜鵬程,栢雲清,劉超,周涛,金鳴,FDS団隊「鉛基反応堆研究現状与発展前景」(『核科学与工程』第35巻第2期,2015年6月、pp.213-221)を『核科学与工程』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司