第128号
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本草ゲノミクス(その3)

2017年 5月31日 陳士林(中国中医科学院 中薬研究所),宋経元(中国医学科学院 薬用植物研究所)

その2よりつづき)

3 本草ゲノミクスの実践応用

 本草ゲノミクスは先端科学であり、非常に強い理論性を持つ。同時に同学科のかかわる技術方法と理論は、中医薬の実践に大きな指導的意義を備えている。例えば漢方薬構造ゲノムに基づいて開発されたDNAバーコーディング分子同定技術は、国際誌『Biotechnology Advances』に"A renaissance in herbal medicine identification: From morphology to DNA"(草薬同定の形態からDNAへのルネッサンス)とのタイトルで発表され、伝統的な中薬の同定に革命的な影響をもたらした。漢方薬機能ゲノムとエピゲノムに基づく研究は、道地薬材の形成メカニズムを明らかにし、高品質の中薬の生産・栽培技術の改良を指導するものとなる。本草ゲノミクスに基づいて構築された遺伝子データベースや代謝物データベース、タンパク質データベースなど、またこれに基づいて開発されたバイオインフォマティクスの方法は、中薬薬理学や中薬化学、新薬開発などに戦略的資源を提供するものとなる。合成生物学技術に基づいて目標の産出物を実現する非相同生産は、環境に優しく、エネルギー消費が低く、排出が少ないなどの長所を備えており、天然薬物の研究開発にまったく新しい方式を提供するものと考えられている。

3.1 道地薬材の生物学的本質の研究

 道地薬材は、高品質の薬材の代表であり、遺伝的要素のコントロールを受けると同時に、環境条件の影響も受ける。オーミクス技術は、道地薬材の分子メカニズムを解明するための有用なツールを提供するものとなる。例えば「砂漠人参」と呼ばれる道地薬材のニクジュヨウCistanche deserticolaは、中国で最も特色ある乾燥地帯の絶滅危惧の薬用植物であり、カギとなる品種である。新疆と内蒙古はその重要な主要生産区であり、伝統的な道地生産区である。研究によると、内蒙古の阿拉善と新疆の北疆は、ニクジュヨウの生育に適した2大生産集中区(2類生態型)である。黄林芳ら[45]は、2大生産区のニクジュヨウの化学成分と分子地理マーカー、生態因子を考察した。UPLC-Q-TOF/MS技術を応用し、ニクジュヨウのフェニルエタノイド配糖体類とイリドイド配糖体類の成分を分析した。psbA-trnH配列に基づき、異なる産地のニクジュヨウの分子認識と分析を行う。「中国气象科学数拠共享服務網」(中国気象科学データ共有サービスネット)を通じて、温度や水分、日照などを含む2大生産区の生態因子データを獲得する。生物統計や数量分類などの分析方法を用いて、ニクジュヨウの生態型の区分を行う。UPLC-Q-TOF/MS分析によると、内蒙古産と新疆産のニクジュヨウは明らかに異なり、16種の成分が同定された。このうち2-アセチルアクテオシドは、2大生産地のニクジュヨウを区分する指標成分とすることができる。psbA-trnH配列アラインメント分析によると、ニクジュヨウの異なる産地間では配列部位に差異が存在する。新疆産ニクジュヨウの191部位はG、内蒙古産はAである。NJ tree分析によると、ニクジュヨウの2つの産地は明らかに分かれ、顕著な差異がある。また生態因子データによると、ニクジュヨウの地理的分布は2大気候エリアへの分布を示している。これは、異なる生態地域における中薬の生態型と品質の変化の生物学的な本質の研究に一種の新たな考え方を提供し、道地薬材の理論研究の深化に重要な土台を築くものとなった。

 このほか同一の薬材の異なる地域での栽培をめぐっては、漢方薬エピゲノムの研究を展開し、異なる生産地域における遺伝変異を明確化した。とりわけ薬材のエピジェネティック対する異なる環境の修飾作用の研究が展開され、これには、DNAメチル化修飾や小型RNAシーケンシング分析、クロマチン免疫沈降分析などが含まれる。このほか土壤微生物も道地薬材の生長環境における重要な要素である。メタゲノムを利用した土壤微生物の群集の分析は、土壤微生物と薬材生長の相互作用の掲示に根拠を提供するものとなる。

3.2 中薬分子マーカーの中薬品質制御への利用の研究

 本草ゲノムと機能ゲノムの研究は、薬材分子マーカーの開発に豊富な遺伝資源を提供した。ゲノムに基づく分子マーカーにはAFLPやISSR、SNPなどがあり、トランスクリプトームに基づく分子マーカーにはSSRなどがある。現在、国際的に最も注目されている分子マーカーはDNAバーコーディングである。標凖操作プロセスとデータベース、同定ソフトウェアがすでに構築され、中薬企業や薬局、研究院、高等教育機関などでの幅広い応用が可能となっている。中薬材のDNAバーコーディング分子同定の指導原則はすでに『中国薬典』に盛り込まれている。植物薬材はITS2配列を中心とし、psbA-trnHを補助配列とする。動物薬材はCOI配列を中心とし、ITS2を補助配列とする。この土台の上で、プラスミドゲノムをスーパーバーコードとした近縁品種または栽培品種の同定を開発した。この体系は、中薬材の種や苗、中薬材、中薬超微小細胞壁破砕せんじ薬、中成薬(漢方製剤)などの同定に幅広く応用され、すでに専門書として、『中国薬典中薬材DNA 条形碼標凖序列』(中国薬典中薬材DNAバーコーディング標凖配列)と『中薬DNA条形碼分子鑑定』(中薬DNAバーコーディング分子同定)が出版されている。

3.3 本草遺伝資源の保護と利用

 本草ゲノム研究の発展に伴い、本草遺伝情報は急速に増加している。霊芝ゲノムの論文は、ウェブサイト『Nature China』によって中国の最優秀研究に選ばれている。すべてのオーミクスデータを統合する汎用的なプラットフォームが求められている。すでにいくつかの草薬データベースが構築されている。例えば草薬ゲノムデータベース(http: //herbalgenomics.org)、トランスクリプトームデータベース(http: //medicinalplantgenomics.msu.edu)、草薬DNAバーコーディングデータベース(http: //tcmbarcode.cn/en)、代謝経路データベース(http: //cathacyc.org)などが挙げられる。だがこれらのデータベースは長期的なメンテナンスを欠いており、使用者には一定のバイオインフォマティクス技能が要求される。このためDNAとタンパク質配列、メタボローム成分情報を統合した、使用に便利なビッグデータベースがすぐにでも必要となっている。生物情報分析方法をさらに向上させ、ゲノムと化学組成の情報をより良く利用し、二次代謝産物の生合成経路を解析することは、植物・真菌薬物の有効な設計と探求を後押しするものとなる。

 簡略化ゲノムシーケンシング技術を利用することにより、万単位の多型マーカーを得ることができる。ハイスループットシーケンシングと情報分析を通じて、ハイスタンダードな変異マーカー(SNPs)をスピーディーに同定することはすでに、分子育種や系統進化、遺伝資源同定などの分野に幅広く応用されている。この技術を利用することにより、耐病株の特異SNPs部位を選び出し、三七の耐病品種をふるい分ける遺伝マーカーを打ち立てることにより、系統育成を補助し、育種年限を有効に短縮することができる。系統育成の方法で得られた耐病グループと、RAD-Seq技術を利用してふるい分けた耐病株のSNPs部位は、ゲノム育種に遺伝マーカーを提供し、三七の育種年限を有効に短縮し、育種プロセスを加速した。クソニンジンの生産量に影響する遺伝子部位の遺伝地図を利用した識別はブレークスルーを実現し、論文は、『サイエンス』[7]に発表された。同論文は、トランスクリプトームと農地の表現型データに基づき、遺伝地図の構築を通じて、アルテミシニンの生産量に影響する部位を識別した。クソニンジン株の表現型の変異は、ArtemisのF1系統に出現し、高水準の遺伝変異に合致している。Grahamら[7]は、アルテミシニンの濃度にかかわるQTLはLG1とLG4、LG9(C4に位置)であることを発見した。マーカー部位を開発して育種に用いると同時に、Grahamらは、2万3000株の植物のアルテミシニンの含有量を測定した。これらの植物株は、クソニンジンのF1種子をメタンスルホン酸エチルによる突然変異誘発を経て温室で12週間培養したF2、F3代である。その結果、突然変異誘発を経た後の材料は約4.5Mbごとに一つの突然変異を生じた。その変異率は、Artemisの塩基対のSNP多型の1/104を下回った。この方法は、有益な変異を持つ個体(メタンスルホン酸エチルによる突然変異誘発処理を由来とする)を識別できると同時に、遺伝的背景の向上した個体(自然変異によってもたらされる有益な対立遺伝子から分離した個体)を識別することもできる。Grahamらは、高収量のF2代株のアルテミシニンの含有量の測定も行った。F2の植物株のヘテロ接合性は比較的低いが、そのアルテミシニン含有量は、UK08 F1グループの植物株の含有量よりも高かった。このほかGrahamらは、農地試験に基づいて獲得された、アルテミシニン含有量にかかわるQTLが、温室で栽培される高収量株において効率的に発現されることを検証した。同時に、大量の分離ひずみが有益な対立遺伝子(C4 LG1に位置し、アルテミシニンの産出量とかかわるQTL)に有利であることも発見した。これらのデータは、アルテミシニン産出量に対するQTLの影響を裏付けると同時に、温室と農地で栽培されるクソニンジン材料に対する遺伝子型の大きな影響を証明するものとなった。

3.4 中薬合成生物学の研究

 複雑で多様な中薬薬用活性成分を構築することは、中薬材の薬効発揮の物質的な土台となり、新薬発見の重要な源泉となる。だが多くの中薬材は往々にして、開発と使用の過程において、一連の難題に直面している。これには、▽多くの薬材の生長は環境要素の大きな影響を受ける、▽一部の貴重薬材は生長が遅く、人工栽培が難しい、▽ほとんどの薬用活性成分の中薬材における含有量は微量で、構造は複雑で、化学合成が困難である――などが挙げられる。伝統的な天然抽出または人工化学合成の方法は、科学研究と新薬開発のニーズを満たすものではなく、中薬合成生物学は、この矛盾を解決する有効な経路となる。中薬合成生物学は、本草ゲノム研究を土台とし、中薬の有効成分の生合成にかかわるエレメントのマイニングとキャラクタリゼーションを行い、工学原理を利用してその設計と標凖化を行い、シャーシ細胞における組み立てと統合を通じて、生合成経路と代謝ネットワークを再構築し、薬用活性成分の指向的で効率的な非相同合成を実現し、中国の革新的薬物の研究開発能力と医薬産業の核心的な国際競争力を高めた[40]

 ハイスループットシーケンシングに基づく漢方薬構造ゲノミクスとトランスクリプトミクス研究の急速な発展に伴い、バイオインフォマティクス技術と機能ゲノミクスの方法を利用し、大量の中薬原品種の遺伝情報から、特定の二次代謝経路の酵素エンコード遺伝子を選出・同定することは、二次代謝経路の解析プロセスを大きく加速し、中薬合成生物学の研究に堅固な土台を築くものとなると考えられる。コドンバイアスの改善や腫瘍酵素エンコーディング遺伝子の発現量の向上、代謝バイパスの低減や抑制などの方法を通じて、非相同代謝経路を改善・改造し、人びとの実際のニーズに照らして薬用活性成分を取得する[40]

3.5 中薬のターゲットと個別化医療

 中薬プロテオミクスにおけるプロテオミクス技術の中薬研究分野への応用は、中薬の予想されるターゲットの探求や中薬の有効成分の作用メカニズムの解明に重要な意義を持っている。例えば蒋建東教授の研究チームは、ベルベリンによる血中脂質の低下の研究において際立った成果を上げている[46]。またPanら[47]は、プロテオーム技術を利用して、子宮頸がんCaski細胞に対するタンシノンIIAの抑制作用を分析し、C/EBP相同タンパク質とアポトーシスシグナル調節キナーゼ1がタンシノンIIAのがん抑制作用にかかわることを発見した。中薬の復方(調合薬)の作用ターゲットについても報告がある。Nquyen-Khuongら[48]は、キカラスウリと大豆、五味子(ゴミシ)、ユッカ・シジゲラの抽出物からなる混合物がヒトの膀胱がん細胞に作用した後のプロテオームの発現プロファイルの変化を検討し、エネルギー代謝や細胞骨格、タンパク質分解、腫瘍抑制にかかわる多種類のタンパク質を同定した。

 アルテミシニンとその誘導体のアルテスネイトは、体内外における際立った抗腫瘍活性を示すが、その抗腫瘍の分子メカニズムは明確でない。研究者は、遺伝子チップ(マイクロアレイ)技術を採用し、転写レベルでアルテスネイトの抗腫瘍にかかわる遺伝子を解析した。さらに発現プロファイルデータをパスウェイ解析と転写因子解析に導入した。その結果、c-Myc/Maxが、腫瘍細胞がアルテスネイト効果に対応する遺伝子の転写制御因子となっている可能性が示された。この結果は、異なる個体への異なる治療方針の採用を指導するものとなり得る[42]。イチョウには、CYP2C19の活性を誘導する際立った効果がある。異なるCYP2C19遺伝子型を持つ中国人の健康な被験者の研究を通じて、イチョウとオメプラゾール(omeprazole、幅広く使われるCYP2C19の基質)に漢方薬と西洋薬との潜在的な相互作用関係があるかが検討された。その結果、イチョウは、CYP2C19遺伝子型モデルの依存するオメプラゾールのヒドロキシ基化反応を誘導し、5-ヒドロキシオメプラゾールの腎クリアランスを低めることがわかった。イチョウとオメプラゾールまたはその他のCYP2C19基質の同時服用は、その薬効を大きく減少させる可能性がある。この研究にはさらなる証拠が必要となっている[49]。この研究は、個別化治療においては、人体の遺伝子の差異に基づくことで、より良い治療効果を発揮することを裏付けるものとなった。

(おわり)

参考文献

[7]. Graham I A, Besser K, Blumer S, et al. The genetic map of Artemisia annua L. identifies loci affecting yield of the anti-malarial drug artemisinin [J]. Science, 2010, 327: 328.

[40]. 陳士林, 朱孝軒, 李春芳, 等. 中薬基因組学與合成生物学[J]. 薬学学報, 2012, 47 (8) : 1070.

[42]. Sertel S, Eichhorn T, Simon C H, et al. Pharmacogenomic identification of c-Myc/Max-regulated genes associated with cytotoxicity of artesunate towards human colon, ovarian and lung cancer cell lines [J]. Molecules, 2010, 15(4) : 2886.

[45]. 黄林芳, 鄭司浩, 武拉斌, 等. 基于化学成分及分子特征中薬材肉蓯蓉生態型研究 [J]. 中国科学: 生命科学, 2014, 44(3) : 318.

[46]. Kong W, Wei J, Abidi P, et al. Berberine is a novel cholesterollowering drug working through a unique mechanism distinct from statins [J]. Nat Med, 2004, 10(12) : 1344.

[47]. Pan T L, Wang P W, Hung Y C, et al. Proteomic analysis reveals tanshinone ⅡA enhances apoptosis of advanced cervix carcinoma CaSki cells through mitochondria intrinsic and endoplasmic reticulum stress pathways [J]. Proteomics, 2013, 13(23 /24) :3411.

[48]. Nguyen-Khuong T, White M Y, Hung T T, et al. Alterations to the protein profile of bladder carcinoma cell lines induced by plant extract MINA-05 in vitro [J]. Proteomics, 2009, 9(7) : 1883.

[49]. Yin O Q, Tomlinson B, Waye M M, et al. Pharmacogenetics and herb-drug interactions: experience with Ginkgo biloba and omeprazole[J]. Pharmacogenetics, 2004, 14(12) : 841.

※本稿は陳士林,宋経元「本草基因組学」(『中国中薬雑誌』第41卷21期、2016年11月、pp.3881-3889)を『中国中薬雑誌』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同 方知網(北京)技術有限公司