抗マラリア薬アルテミシニン類の研究開発(その1)
2017年 5月31日 郭宗儒(中国医学科学院薬物研究所)
新薬の発見および研究例の分析
新薬創製は複雑な知的活動であり、科学研究、技術開発、製品開発、治療効果等の多分野にかかわる科学的・技術的な活動である。どの医薬品にもそれ特有の開発の経緯が存在するが、その中でも化学構造の構築は最も重要な段階である。なぜなら、それによって薬効、薬物動態学、安全性および生物薬剤学等、医薬品の性質が網羅されるからである。本稿では医薬品化学の視点から、代表的な医薬品創製の成功事例について、分析および解説を行う。
40数年前に、中国でアルテミシニンが発見され、それに次いでアルテスネイト、アルテメーテル、ジヒドロアルテミシニン等の成分が発明されたことは、世界のマラリア治療における画期的な変革となり、あまたの患者の命を救い、健康に寄与した。この新薬の研究は文化大革命という特殊な時期に全国的な体制で行われたために、その開発モデルは再現が難しいものとなった。多くの研究者たちが広範な物質を対象にスクリーニング試験を行う中で、屠呦呦らは古代中国の伝統的な医薬関連典籍からインスピレーションを受け、最初にアルテミシニンの分離に成功し、その抗マラリア活性を確定した。この功績によって、アルテミシニンによる薬物治療という新たな分野を開拓し、2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞したことは、同賞の名に恥じないものと言えよう。その後の研究開発で、構造の確証、化学的合成、構造の最適化、創薬技術研究および臨床研究等の各段階で中国の他の科学者たちが見せた類まれな貢献により、アルテミシニンの誘導体による新薬、すなわちアルテスネイト、ジヒドロアルテミシニンおよびアルテメーテルが開発され、臨床応用が可能であることが確認され、世界中で使用されたために、これらは抗マラリア薬の中心的地位を占めることとなった。本稿では、化学および医薬品化学の視座から、青蒿(セイコウ)からアルテミシニンが発見されるまで、そしてアルテミシニンからアルテメーテルおよびアルテスネイト等の有効成分が導かれるまでの経緯を簡単に述べる(以上、編者による注釈)
1 アルテミシニン研究の背景
1.1 全国的体制による抗マラリア薬の研究
1960年代にアメリカはベトナム戦争を開始した。ベトナム現地ではマラリアが猛威をふるい、マラリア原虫はすでに既存薬物への薬剤耐性を持っていたことが、戦力の著しい減退につながっていた。そこで、ベトナムが中国に効果的な抗マラリア薬の提供を求めたことを受け、中国は抗マラリア新薬の全国規模での開発を決め、1967年5月23日に研究プロジェクト、略称「523任務」を立ち上げた。「523任務」には研究機関60ヵ所あまり、研究者500人以上が関わった。そして、研究の開始から臨床実験、応用に至るまでの開発プロセスは、特定の研究機関に固定されることなく、すべて「523任務」によって統一的に管理されることとなった(張文虎「創新中的社会関係:囲繞青蒿素的幾個争論」自然辯証法通訊. 2009, 31: 32−39)。
1.2 漢方生薬および民間薬から薬効成分またはリード化合物を発見
「マラリアの民間療法における有効な薬物療法の重点的な調査研究」は、「523任務」の多くの研究プロジェクトの中のテーマの一つであった。この研究グループは、多くの端緒をつかんでいた。その例に、オウソウカ(鶯爪花)から分離された抗マラリア成分Yingzhaosu A、Polyphia nemoralisから分離されたポリアミン亜鉛の金属化合物、BETA-Febrifugine構造の改造、そしてアルテミシニン等がある。
1.3 青蒿(セイコウ)とアルテミシニンの発見
中国中医研究院中薬研究所は1969年に「中医中薬専門グループ」に参加した。グループリーダーの屠呦呦と研究員の余亜綱らは中国医薬典籍から生薬リストを収集した。そして、その数百種類の処方の中から、余亜綱と顧国明は青蒿(セイコウ)が高い頻度で登場することを見いだした(唐代から明代にかけての医学典籍や本草学、民間薬関連のいずれにおいてもマラリア治療作用が示されていた)。広範囲での実験やスクリーニングを受けて、青蒿のエタノール抽出物に照準を合わせた結果、マラリア原虫に対する抑制率は60%~80%に達した。この際の活性の再現性は劣っていたものの、後の研究に価値ある参考となった(李国橋ら『青蒿素類抗瘧薬』北京:科学出版社, 2015: 3)。
その後、屠呦呦は東晋の葛洪による『肘後備急方』における青蒿の用法に関する記述、すなわち「青蒿一握、以水二昇漬、絞取汁、尽服之」(青蒿ひと握りを水2升にひたし、その汁を絞り服用する)からインスピレーションを得て、「低温圧搾による『搾り汁』を服用する」ということは高温加熱に適さないという原理からではないかとひらめいた。また、有効成分はその親油性成分にあるのではと考え、抽出法をエーテル使用へと変更した。こうして、1971年10月に酸性成分を除去した中性抽出物から分離した白色固体を用いたところ、マウス中のマラリア原虫の抑制率は100%に達した。搾り汁から低温下での抽出を連想したのは理解できるが、水に浸した後の低温圧搾液(通常は水溶性成分が含まれる)から、どのようにしたら脂溶性成分を推察できたのだろうか。これは、文献からは考証できない。そうとはいえ、抽出溶媒にエーテルを選択したことがアルテミシニンの発見に繋がり、アルテミシニン類による薬物治療の重要な一歩となったことは疑いようもない。
黄花蒿(クソニンジン)からエーテルを用いて分離されたセスキテルペン化合物は、アルテミシニン(1, artemisinin)以外の成分も同定されている。それには、アルテミシン酸 (2, arteannuic acid)、アルテアンヌインA (3, arteannuin A)、アルテアンヌインB (4, arteannuin B)、アルテアンヌインC (5, arteannuin C)および6,アモルフェン (6, amorphane) 等がある。これらのセスキテルペンは2が酸性化合物である以外はいずれも中性成分で、クロマトグラフィーでモノマーを分離した後に構造を確認したところ、抗マラリア活性はまったくないか、非常に弱いものであった(屠呦呦,倪慕云,鐘裕容ら「中薬青蒿化学成分的研究」薬学学報, 1981, 16: 366−370)。
2 アルテミシニンの化学構造の確定
2.1 アルテミシニンの一般的性質
アルテミシニンは白色針状結晶で、融点151~153℃、元素分析および質量分析による分子式はC15H22O5、水に溶けず、アセトン、エタノール、エーテル、石油エーテルおよびアルカリ性水溶液に溶け、NaOH溶液滴定で1mol当量を消耗する。定性分析の結果、酸化FeClまたはNaIによる呈色反応を示し、トリフェニルホスフィンによる定量分析で等モル量の酸化生成物を生じたため、アルテミシニンには酸化性官能基が含まれることが示唆される。
2.2 分光学的挙動
紫外スペクトルでは芳香環の共役体系があることは示されていない。赤外スペクトルではδラクトン型カルボニル基のピークがあることが示されている。13C核磁気共鳴スペクトルでは15個のC原子信号があることが示され、第一級炭素から第四級炭素はそれぞれ3、4、5、3個である。このうち、1個の第四級炭素がカルボニル基として存在し、他の2つのピークが低スペクトルの79.5と105ppmであることは、酸素原子がその上に繋がっていることを示している。高スペクトルの5個の第三級炭素は二重ピークである。1H核磁気共鳴スペクトルでは5.68ppmに単峰があることは、-O-CH-O-断片の存在を示している。セスキテルペンの由来により、共用の4つの酸素原子によるケタール、アセタールおよびラクトン構造が含まれることが推察されるが、第五級酸素原子の帰属は難しい。
1975年当時、中国医学科学院薬物研究所の「523任務」グループに所属する徳泉は、また別の抗マラリア活性成分であるYingzhaosu Aの構造を報告し、過酸化基の化学成分が含まれるとした(梁暁天、于徳泉、呉偉良ら「鷹爪甲素的化学結構」化学学報, 1979, 37:215−230)。これは、アルテミシニン構造の同定における大きな啓示となり、定性分析と酸化性分析の結果、アルテミシニン構造にも過酸化基が1つ含まれることが示唆された。そこで、以下の3つの可能性が推察された(1, 7, 8)。
その後、この過酸化基の位置を確定したのは、中国科学院生物物理研究所の「523任務」研究グループであり、X線回折法によって結晶体を分析した後に旋光分散法(ORD)により分析を行い、最终的にアルテミシニンの化学構造および絶対配置を確定した。(中国科学院生物物理所抗瘧薬青蒿素協作組「青蒿素晶体結構及其絶対構型」中国科学, 1979, (11): 1114−1128; 劉静明、倪慕云、樊菊芬ら「青蒿素 (arteannuin) 的結構和反応」化学学報, 1979,37: 129−142; 青蒿素結構研究協作組「一種新型的倍半萜内酯――青蒿素」科学通報, 1977, 22: 142)。
2.3 化学反応によるアルテミシニン構造の証左
アルテミシニンをPd/CaCO3による触媒下で水素化し、過酸化基をエーテル基に還元した生成物は還元アルテミシニンと命名された。推測される反応機序は図1のとおり。還元アルテミシニンは、自然界に存在するアルテアンヌインC(5)と構造が同じである。
図1 還元アルテミシニンの生成機序
低温下でアルテミシニンはNaBH4と反応し、C10のカルボニル基が半アセタールの形式で存在するカルボニル基化合物(9)に還元される。これをジヒドロアルテミシニンという。しかし、Lewis酸の存在下でNaBH4を用いて処理すると、C10のカルボニル基は還元されてメチレン化合物(10)となる。乙酸−硫酸作用下において炭素損失と転位が生じ、化合物11が生成される。化合物11の生成の際の反応プロセスは図2のとおり。
図2 酸により触媒されたアルテミシニンの炭素損失・転位反応
2.4 アルテミシニンの全合成:構造の確証
中国で最初にアルテミシニンの全合成に成功したのは、上海有機化学研究所の許杏祥らで、アルテミシン酸(2)がその出発物質であった。もともとの原理に基づけば、2がアルテミシニンの生物学的合成における前駆体であり、クソニンジンにおける2の含有量が比較的多いのがその証左である。図3に合成プロセスの略図を示す。アルテミシン酸2がエステル化されると2aが得られ、水素化ホウ素ナトリウムによって環外二重結合が2bに還元され、オゾンが酸化・開環されると単環のアルデヒド・ケトン物質2cが得られる。ケトン基を選択的にDimercaptopropaneにより保護すると2dが得られ、2dのアルデヒド基をオルトギ酸トリメチルで処理するとエノールエーテル2eが得られ、保護基としてのスルフィド基を除去して得られた2fからは、O2下での光酸化によって重要中間体であるアセタール過酸化物2gが得られる。2gを酸加水分解すると、カスケード接続において開ループ反応が生じてエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)、環状エーテルおよびラクトン環が形成され、アルテミシニン1が生成される(Xu XX, Zhu J, Huang DZ, et al.Studies on structure and syntheses of artennuin and related compound. 10. The stereocotrolled synthesis of artennuin and deoxy artennuin from arteneuic acid. Acta Chim Sin (化学学報), 1983, 41: 574−576)。また、Schmid とHofheinzも、異なる合成方法によりアルテミシニンの全合成に成功した(Schmid G, Holheinz W. Total synthesis of Quinghaosu. J Am Chem Soc, 1983, 105: 624−625)。その後、さまざまな合成プロセスや改良方法が相次いで報告された。アルテミシニン全合成の成功は、化学構造に対する最終的な確証となり、工業生産の実現に向けて道を開くものでもあった。
図3 アルテミシン酸を原料としたアルテミシニン合成プロセス
(その2へつづく)
※本稿は郭宗儒「青蒿素類抗瘧薬的研制」(『薬学学報』2016年第51卷1期、pp.157-164)を『薬学学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司