抗マラリア薬アルテミシニン類の研究開発(その3)
2017年 5月31日 郭宗儒(中国医学科学院薬物研究所)
(その2よりつづき)
4.3 アルテスネイト
アルテミシニンの水溶性を高めて注射溶液への使用に資するために、桂林制薬廠の劉旭はジヒドロアルテミシニンを原料に、10個あまりのC10カルボン酸エステルを合成した。そして、そのうちのコハク酸モノエステル (コード804) について、赤外線、核磁気共鳴スペクトル、質量分析およびX線回折法によって構造を確定したところ、そのナトリウム塩には水溶性があり、注射による投薬に適していることがわかった。(劉旭「青蒿素衍生物的研究」薬学通報, 1980, 15: 39; 濮金竜、陳栄光、蔡金玲「青蒿素衍生物的結構測定」広西薬学会第二届年会学術討論資料, P 82, 1979 年10 月,「青蒿琥酯的研究与開発、劉旭主編」桂林: 漓江出版社, 2010:52−53から引用)。
臨床前研究の結果、アルテスネイト(34, artesunate)には強い抗マラリア作用があり、クロロキン耐性のネズミマラリア原虫に殺傷作用があることがわかった。また、アルテスネイトのナトリウム塩によるラットのLD50は1003mg·kg−1であり、イエウサギとイヌの静脈注射による亜急性毒性試験においては、体重、食欲、ヘモグラム、肝機能・腎機能および心電図に明らかな影響はなかった。そのナトリウム塩(静脈注射前に炭酸水素ナトリウム溶液で溶解)は静脈注射後に体内でただちにジヒドロアルテミシニンに転化する。ラット体内の血漿における半減期は15.6min。イヌの血漿における半減期は10~45 min。アルテスネイトの内服・静脈注射後の半減期はそれぞれ41.35min、33.96minである。絶対的な生物学的利用能は40%である。臨床研究の結果、三日熱マラリア、悪性マラリアおよび脳性マラリアのいずれにも効果を示した。1987年に中国で新薬としての販売が承認された。(楊啓超、甘俊、李培青ら「青蒿素衍生物—青蒿酯的抗瘧活性与毒性」広西薬学院学報, 1981, (4): 1−6, 「青蒿琥酯的研究与開発、劉旭主編」, 桂林: 漓江出版社, 2010: 56−63から引用)。
4.4 即効性と強い効力を発揮させ、効力の短い薬品と合成—複合製剤
アルテメーテルとアルテスネイトは、いずれも効果が高く、即効性があることから、多くの種類のマラリア原虫への感染を抑制できるが、血漿中で迅速に分解され、半減期が短いために、患者の体内のマラリア原虫が完全に除去されず、再燃してしまう。このため、アルテメーテル、アルテスネイトまたはジヒドロアルテミシニンは往々にして他の薬効の長い抗マラリア薬と併用される。これが、アルテミシニンの固定投与量に基づく併用療法(ACT)である。その代表性的な合剤は以下のとおりである。
①複合アルテメーテル錠は、アルテメーテル(13)とルメファントリン(35,lumefatrine)の合剤である。ルメファントリンは中国の研究者、鄭蓉仙らが発明した抗マラリア薬であり、薬効が長いという特徴がある (鄭蓉仙、余礼碧、張洪北ら「抗瘧薬的研究α-(烷氨基甲基)- 鹵代-4-芴甲醇類化合物的合成」薬学学報, 1981, 16: 920−924)。1984年に鄭蓉仙、寧殿璽らの研究グループが作製した複合アルテメーテル錠には、1錠あたりアルテメーテル20mg、ルメファントリン120mgが含まれる(李国橋ら『青蒿素類抗瘧薬』北京:科学出版社, 2015: 18)。臨床研究を経て1992年に生産が承認された。英語の商品名はCoartemで、1日に1錠を服用する。2002年にWHOはCoartemを必須医薬品リスト(第12版)に入れた。2009年にFDAにより、アメリカでの販売が承認された。
②アルテスネイト(34)とアモジアキン (36, amodiaquine)の合剤はアルテスネイト・アモジアキン錠と呼ばれ、1錠あたりアルテスネイト100mg、アモジアキン270mgが含まれ、商品名はCoarsucumである。1日に2回服用する。2007年に販売された。
③ジヒドロアルテミシニン(9)とピペラキン(37, piperaquine)の合剤には、ジヒドロアルテミシニンとピペラキンがぞれぞれ20mgおよび160mg、または40mgおよび320mg含まれる2種類の規格がある。商品名はEurartesimである。
4.5 アルテミシニン類医薬品の作用機序
アルテミシニン類医薬品の抗マラリア作用では、マラリア原虫の膜構造とミトコンドリアに影響を及ぼすことによって核膜と小胞体に腫脹と配列の攪乱を生じさせ、原虫の栄養摂取を阻害することによってアミノ酸飢餓を生じさせる。また、オートファゴソームを急速に形成させ、絶えず体外に排出させることによって、原虫は細胞質を失い、死に至る。化学および生化学的機序を分析した結果、ヘモグロビンのFe2+による介在によって過酸化基の分裂が生じ、フリーラジカルが産生され、作用するものと認められた。原虫メロゾイトが赤血球に進入し、トロフォゾイトのヘモグロビンによって触媒されたヘモグロビンからヘムとFe2+が放出される。アルテミシニンはFe2+による触媒下で過酸化基が分解し、酸素と炭素のフリーラジカルが生成される。これらの活性中間体によって、消化液泡の生体膜とシステインプロテアーゼが抑制される。図4にアルテミシニン(および関連医薬品)が鉄イオンによる触媒下でフリーラジカルを経た2つの反応プロセスを示す。その生成物は四角い囲みで示す(Robert A,Dechy-Cabaret O, Cazelles J, et al. From mechanistic studies on artemisinin derivatives to new modular antimalarial drugs. Acc Chem Res, 2002, 35: 167−174)。
図4 アルテミシニン(アルテミシニン類医薬品)の作用における生化学的機序
また、アルテミシニンの作用標的はマラリア原虫のカルシウムATPプロテイン6(PfATP6)の抑制である、とする報告もある。PfATP6は、SERCAタイプの酵素タンパク質であり、ATPを消耗することによってマラリア原虫の細胞質内におけるカルシウムイオンの濃度を調節し、カルシウムレベルの安定を維持する。アルテミシニン類医薬品はPfATP6を抑制することによって、マラリア原虫の細胞質内におけるカルシウムイオン濃度の上昇を誘発し、マラリア原虫の殺傷作用を生じる。研究によれば、マラリア原虫がPfATP6遺伝子の突然変異によってアルテミシニン耐性を生じることは、上記の機序を証明する根拠となる(Dondorp AM, Yeung S, White L, et al. Artemisinin resistance: current ststus and scenarios for containment. Nat Rev Microbiol, 2010, 8: 272−280)。
5 その他のアルテミシニン類抗マラリア薬に関する研究
5.1 アルテモチル
アルテモチル(14, artemotil,またの名をarteetherという)はジヒドロアルテミシニンC10-β-エーテルであり、オランダのBrocacef社により開発され、2000年に販売された(Brossi A, Venugopalan B, Dominguez Gerpe L, et al. Arteether a new anti-malarial drug: synthesis and anti-malarial properties. J Med Chem, 1988, 31: 645−650)。アルテモチルは、ゴマ油から作製された製剤で筋肉注射に用いられ、悪性マラリア原虫の患者の治療に用いられる。3~12時間で血漿中のピーク濃度に達し、血漿中の半減期は1~2日で、肝臓においてCYP3A4酸化により脱エチル化されるとジヒドロアルテミシニンが生成される。ジヒドロアルテミシニンはグルクロン酸によってグリコシド化され、胆汁により排出される。アルテモチルはフォローアップ的な医薬品であり、その治療効果はアルテメーテルを上回らない。
5.2 Artemisone
バイエル社と香港科技大学の協力によって開発されたアルテミシニン類医薬品であり、既存医薬品における薬物動態学の改善を目標とした。アルテメーテル、アルテモチルおよびアルテスネイト等の医薬品は血漿中で迅速に加水分解されてジヒドロアルテミシニンを生成するが、後者はグルクロン酸によってグリコシド化され、排除されるため、薬効時間が短くなってしまう。また、ジヒドロアルテミシニンには一定の神経毒性がある。作用時間を延長させ、ジヒドロアルテミシニンの生成を減らすために、代表的な化合物38~45を合成し、抗マラリア活性を評価した。表4にこれら化合物の物理化学的特性と抗マラリア活性を示す(Haynes RK, Fugmann B, Stetter J, et al. Artemisone − a high active antimalarial drug of the artemisinin class. Angew Chem Int Ed, 2006, 45: 2082−2088)。
表4 化合物38~45の構造、物理化学的性質と抗マラリア活性を示す。
[a]P. bergheiとP. yoeliiは、マウスに感染させた当日に皮下注射または胃内注入によって薬剤を投与し、4日目に末梢血中の原虫を計数し、ED90を算出した。[b]ED90(アルテスネイト)/ED90(被験化合物)、数値が高いほど活性が強いことを示す。[c]対照薬アルテスネイトの活性は、実験によって変移を見せた。
表4によれば、化合物38、39、41、43、44は活性が非常に強いが、体外培養の結果、神経毒性を示した上に、溶解性が劣った。41と42はマウスで非調和的な様相を呈した。一方、40は良好な物理化学的・薬理学的性質を示したことから、大規模な動物実験に進んだ結果、その安全性と有効性が証明されたため、Artemisone (artemisone)と命名されて臨床研究に進んだ。現在、第II相臨床試験が行われている。
6 結論
アルテミシニンの発見と関連医薬品の発明によって、マラリア治療に新たな領域が開拓されることとなった。中国の科学者によって発明されたアルテミシニン類の単剤と合剤は悪性マラリア治療に使われる世界の標準的医薬品となり、多くの患者の命を救った。アルテミシニンの発見者、屠呦呦は2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。
アルテミシニン類医薬品が世界に認められ、大いなる成功を収めたのは、当時の中国における全国的な「523任務」によって、化学、生薬、医薬品化学、薬理学、毒理学、薬剤学、臨床医学、製造技術研究および工業領域における1000名近い科学技術者たちが組織され、努力が重ねられた成果である。また、「523任務」の組織と行政管理を担った人々(張剣方、周克鼎ら)による懸命の業務とも切り離しがたい。研究が行われた時期は「文化大革命」という特殊な時代背景にあったため、物資や技術・設備が著しく不足した中での研究はさらに困難だったに違いない。このような特殊な組織や実施モデルを模範とし、再現性を持たせる必要性は今や存在しない。それに、知的財産権や市場シェアに関して遺憾な面も多々残されてはいるが、いずれにしても、人類にとって重大な貢献であるこの研究のプロセスに関しては、客観的かつ科学的な論評が行われるべきであろう。公開されているオリジナルデータが不足していることから、本稿では医薬品化学のみの視座からアルテミシニン類医薬品の発見・発明プロセスについて簡単に述べた。幸いなことに、当時の主な功労者にはそれぞれ著作が存在し、当時の様子と全てのプロセスが再現されているため、読者はさらなる研究が可能である。重要な著作は以下のとおり。①李国橋、李英、李沢琳、曽美怡ら『青蒿素類抗瘧薬』科学出版社,2015年,北京。②劉旭主編『青蒿琥酯的研究与開発』漓江出版社,2010年,桂林。③屠呦呦編著『青蒿和青蒿素類薬物』化学工業出版社,2006年,北京④張剣方『遅到的報告—五二三項目与青蒿素研発紀実』羊城晩報出版社,2006年,広州。
さて、特殊な骨格構造を持つアルテミシニン類医薬品には、さらなる研究の余地がある。例えば、その作用標的および抗マラリア機序に関しては、さらなる解明が待たれている。また、薬物動態学的特性の改善およびアルテミシニン耐性原虫に対する次世代医薬品の模索についても、さらなる努力が必要である。このほか、アルテミシニンの持つ効果の広範性も、その他の治療分野における医薬品開発に手がかりを提供するものであろう(Crespo-Ortiz MP, Wei MQ. Antitumor activity of artemisinin and its derivatives: from a well-known antimalarial agent to a potential anticancer drug. J Biomed Biotechnol, 2012: Article ID 247597; Wang JX, Tang W, Zuo JP. The anti-inflammatory and imunosuppressive activity of artemisinin derivatives. Int J Pharm Res, 2007, 4: 336−340; 李洪軍、汪偉、梁幼生「双氢青蒿素抗寄生虫作用研究進展」中国血吸虫病防治雑誌, 2011, 23: 460−464)。
(おわり)
※本稿は郭宗儒「青蒿素類抗瘧薬的研制」(『薬学学報』2016年第51卷1期、pp.157-164)を『薬学学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技 術有限公司