王伝福-中国電気自動車産業のパイオニア
2017年11月14日
陳 選(チン セン):フリーライター
略歴
1982年、吉林大学日本語科卒、1986年、中国社会科学院大学院日本研究所修士課程卒、中国国際信託投資公司(CITIC)勤務。1989年来日、北海道大学法学部大学院修士課程卒、大 手商社長年勤務。中国自動車メーカーのビジネスアドバイザーでもあった。
中国では「BYD」というブランドの車が国中を走っている。「BYD」とはBulid Your Dreamsという英語の略字である。BYD(比亜迪股份有限公司)は1995年に深センで設立された民間企業で、創業当時、二十数人しか居なかった零細企業から、二十数年の歳月を経て二十数万人の従業員と十数ヶ所の大規模工業団地を擁するまで拡大した。BYDは常に時代の流れの先を読み取り、携帯電話電池メーカーから自動車メーカーへと進化し、さらに電気自動車を中心とした新エネルギー産業にも進出している。現在では、この三大産業を柱として、多くの国に拠点を持つグローバルな企業に、また香港および深セン株式市場にも上場する有力な企業に成長した。
BYD深セン坪山にある自動車製造工場
公務員から民間企業の起業家へ
中国のその他の民間自動車メーカーと同様で、BYDは創業者で現在、総裁である王伝福さんにより育てられた。王さんは安徽省の田舎の生まれで、大学と大学院を出た高学歴の秀才とも言われる。1990年、大学院修了後、北京のある国有研究機関に入り、順風満帆の日々を送っていた。大学院時代で電池について研究していたキャリアが買われ3年目に電池開発研究室の責任者に抜擢され、翌年、勤務先の研究機関が設立した電池開発生産子会社の総経理に任命された。王さんは自分が没頭していた携帯用電池分野に巨大な投資機会が潜んでいることに気付き、遂に1995年に辞職しBYDを設立した。当時、携帯用電池産業では日本の大手企業が圧倒的に強かった。王さんは知人から借りた250万元を資本に携帯用電池製造設備の自主開発を行い、「人海戦術」で独特な生産スタイルを確立し競争力を高め、国外企業によって独占されていた局面を打開した。1997年のアジア通貨危機の際に世界市場の携帯用電池の価格が暴落し、圧倒的に優位に立っていた日系電池メーカーの経営が圧迫されていた中、BYDのコストパフォーマンスが評価され、世界の一流企業の大口発注が数多く入ったため、僅か三年間で世界の携帯用電池市場の約40%のシェアを占めるようになった。王さんはこの成功に満足せず速やかにイオンリチウム電池の開発に着手し、専門会社を設立し、現在では、世界のイオンリチウム電池市場でも大きなシェアを占めている。
携帯用電池メーカーから自動車メーカーへの華麗な転身
王さんは、携帯電池事業を進める一方、ずっと新事業分野への参入を考えていた。2003年1月に突如、無名の秦川自動車有限責任公司を買収しBYD自動車有限公司と名付け、自動車業界に参入した。携帯用電池製造等を本業とした民間企業にとって自動車製造は簡単なことではなかったが、BYDはコスト抑制、人材不足、経験不足のため、自主開発等を行わずにボディは他社のものに倣ってコピーし、部品などは有り合わせのものを使い、最も原始的な組立方法で乗用車を作り市場で発売した。当時の中国はモータリゼーションに入ろうとしたところで、車は安ければいくらでも売れる状況であった。安価なBYDブランドの乗用車は爆発的に売れて、2010年までに連続5年間、売上がほぼ毎年前期比で倍増した。しかし、このような絶好調は長続きしなかった。2009年以後、販売不振が起こり、BYD自動車販売会社の社長が辞職し、数多くのディーラーがBYD製の自動車販売を中止し、店舗が整理され人員削減も余儀なくされた。BYDの自動車部門は設立以来最大の危機に直面した。これをきっかけに王さんは深く反省し三年をかけて販売を中心とした経営方針を変え、製品の品質を最優先にし、経営陣の刷新や販売店の再構築、ブランドイメージの向上等の施策を実行した。その結果、2012年に入ってからBYDは危機を克服し、2013年上半期、乗用車の販売台数が前期比三割近く増加し、再び成長の軌道に戻った。
王さんは世界の一流自動車メーカーが中国市場に参入し熾烈な競争を展開しているため、自動車製造の後発国として中国メーカーがこのようなサバイバル競争の中で生き残るには、自分なりの成長過程を歩まなければならないと悟り、長年携帯用電池製造に携わっていたBYDの長所を生かすように新エネルギー車の開発製造にも早くから注力した。2003年にBYDは自動車産業に入ってからすぐ電気自動車研究部を設け、三年後、電気自動車研究所を設立した。王さんとBYDは中国で新エネルギー車の開発製造に早くから取り組んでいるため、世界に注目されている。2008年に世界でもっとも成功した投資家と言われるバフェット氏が18億香港ドルでBYDの10%の出資持分を購入し、BYDの戦略投資家になったことは、世界の自動車業界で大きく報道された。翌年開催されたBYDの株主総会では、バフェット氏は王さんについて「本当のスター」と称賛し、独特な管理運営能力と「先見の明」のある管理者として彼の経営管理の下で、BYDはイノベーションを絶えず行い、活気の溢れる会社であると高く評価した。
BYD総裁王伝福さんとバフェット氏
また、BYDは2010年にメルセデスベンツと電気自動車開発製造の合弁会社である深センBYDメルセデスベンツ新技術有限公司も設立した。
王伝福さんとメルセデスベンツCEOツアイチュ博士
その後、BYDは内燃機関の伝統的な自動車を製造する一方、新エネルギー乗用車の製造に一層注力している。伝統的な自動車の売り上げ台数は国内で上位にならなかったが、各タイプの新エネルギー乗用車は長年国内でナンバーワンの座を保っている。
BYD製PHEV「唐100」
今年6月までにBYD「唐100」、「秦100」、「宋DM」など新車種が相次ぎ発売され、PHEVとEVのラインナップが一層充実し、新エネルギー車の販売台数が34,634台に達した。乗用車の他、純電気バス等もBYD新エネルギー車戦略のもう一本の重要な柱として国内外で販売台数を順調に伸ばしている。
BYD自動車の目玉商品-純電気バス
BYDは世界最大規模の純電気バスメーカーでもあり、現時点でBYD製の純電気バスは累計20,000台が輸出され、50の国と地域、240以上の都市で走っており、日本や欧米先進国を中心に需要が伸びている。
幾つか例を見てみよう。
2015 年 2 月 23 日、BYDのK9型公共交通乗合バス5台が京都で走るようになった。
2015年10月、習近平国家主席はイギリス訪問中、ウイリアム王子夫婦が同伴の上、BYDが製造した二階建て大型電気バスを見学し、翌年、5台のBYD二階建て大型電気バスの運行がロンドンで始まった。
習近平主席と王伝福さん
2016年末、イギリスのノッティンガム市議会はBYD製12メートル大型電気バス13台および関連充電設備を同市が導入すると発表した。
2016年はBYDの大型電気バスがイタリア市場に参入する画期的な一年であった。12メートル大型電気バス19台および関連サービスを含む総額1000万ユーロというトリノ市の大型電気バスプロジェクトを落札した。
2017年6月中旬、パリに本社がある欧州の大手公共交通運営会社のRATPとBYDは、ロンドンでRATPがBYD製大型電気バス36台を購入する契約を締結した。この契約が実施されると、ロンドンで走るBYD製純大型電気バスは100台を超えることになる。
2017年7月29日には、ロサンゼルス大都会交通局(LAMetro)がBYD製大型電気バスを60台購入すると発表した。契約総額は約4,496万ドルとなる。
2017年10月6日、南カリフォルニアでBYDが単独で2.3億ドルを投資した大型電気バス工場の稼働式が行われた。この工場では大型電気バスを年間1,500台生産する計画である。
ハンガリー工場で製造された欧州向けのBYD中型・大型電気バス
中国国内でもBYD製電気バスの売れ行きは好調である。2016年12月5日に、BYD製二階建て大型電気バスのデビューセレモニーが深センで行われた。将来、深センでは30台の純電気二階建ての大型バスが観光路線に使われる予定である。また2017年中に、全市の15,000台の公共交通用乗合バスを全て電気バスに置き換えることを計画し、順次実行している。
更なる挑戦-軌道交通産業への参入
2016年10月13日、BYDが5年間をかけ50億元を投入し開発した「スカイレール(雲軌)」と呼ばれるモノレールが深センでデビューした。「スカイレール」は立体化交通を構築し、世界の大都会を悩ませている交通渋滞を解決するためにBYDが提案するツールのひとつである。
「スカイレール」と呼ばれるモノレール
「スカイレール」は運輸力が1-3万人/h(片道)、最高速度が80km/hで、工事費用が地下鉄の約5分の1に抑えられ、建設周期も地下鉄の3分の1程度になり、中小規模の軌道交通としてコストパフォーマンスに優れている。しかも登坂能力が高く、カーブの半径を小さくすることができるため、地形の適合性が抜群であり、騒音も少なく都市の建築物の間を通って走れるものである。BYDが目指している地上のバス、地下を潜る地下鉄、空中を走るモノレールという三位一体のエコ立体化公共交通システムが、地元の深センで現実性を帯びるようになったのである。
2014年1月20日にUAEのアブダビで開催された第6回世界未来エネルギーサミットで、王さんは「Zayed Future Energy Prize」に入賞した。「フォーチュン」は「都会の公共交通機関の電気自動車化」を掲げるBYDを「2016年、最も称賛すべき中国の会社である」と賛辞を送った。
これからもBYDは単なる携帯用電池メーカーでも自動車メーカーでもなく、軌道交通や新エネルギー産業も手掛け、未来の人類生活の青写真を描くひとつのエコ産業複合体としてイノベーションを不断に行い、さらに進化していくであろう。
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- 2018年07月04日 「 兵器産業から転身した長安汽車」
- 2018年06月08日 「 国有自動車メーカーの名門―東風汽車集団有限公司」
- 2018年05月28日 「 第一汽車―中国で最も歴史の長い自動車メーカー」
- 2018年04月24日 「 上海汽車集団(SAIC)―中国自動車業界のトップメーカー」
- 2017年11月14日 「 王伝福-中国電気自動車産業のパイオニア」
- 2017年10月20日 「 中国自動車業界の風雲児-李書福さんと彼の吉利自動車」
- 2017年09月25日 「 長城汽車=着実に成長してきた民営自動車メーカー」
- 2017年06月09日 「 中国自動車市場概要」