充実・徹底・ダイナミック 余杭区の「ユニコーン企業」育成政策
2018年10月25日 霍思伊(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)
巨額の利益をもたらすポテンシャルがある企業に対し、ベンチャーキャピタルの投資家によってその名がつけられたユニコーン企業。中国でも政府の後押しが6月号の成都に続き、杭州余杭区の取り組みを紹介する。
今年6月6日、余杭区にある杭州未来テクノパーク(海創園)のビルの壁一面に巨大なポスターが貼り出された。ポスターには、長い角を持つユニコーンの躍動感溢れる姿が描かれている。
これは中国(杭州)ユニコーンパーク定礎式兼ユニコーンインキュベーションパーク開園式の様子だ。この日、余杭区政府は通称「ユニコーン10条」と呼ばれる
「ユニコーン、準ユニコーンの育成加速化に関する若干の政策意見」を公布した。「ユニコーン企業」という概念の登場から5年、中国初のユニコーンパークはこの杭州市余杭区に設置されることとなった。これまでと異なり今回余杭区政府は、ユニコーンに加えて準ユニコーンおよび「準独角獣培育企業」と呼ばれる準ユニコーン予備軍にも注目している。
「ユニコーン10条」
筑家易の創業者である楊斌(ヤン・ビン)氏は、「ユニコーン10条」がこれほど速やかに公布されたことに驚きを隠せなかった。彼はつい一週間前、余杭区政府が実施した新政策についての最後のヒアリングに参加したばかりだったからだ。
「ユニコーン10条」の第1条には、ユニコーン、準ユニコーンが研究開発人材の確保、設備購入、認定済み研究開発サービスの外部委託などをおこなう場合、投資額が1億元以下の企業に対しては20%、1億元以上の企業に対しては25%を余杭区が負担し、最高1億元を補助すると明記されている。
「ユニコーン」は成長著しいベンチャー企業にはよく知られた概念であり、アメリカの著名投資家アイリーン·リー氏により2013年に初めて提唱された。起業から10年以内という比較的短い期間で、投資家または企業の価値が10億米ドルを超えた未上場のベンチャー企業を特にこう呼ぶことで、潜在的な将来性に着目したものだ。
ユニコーンに対する中国政府の支援は非常に手厚い。中国証券監督管理委員会は今年3月、ユニコーン向けのIPO特例措置を設定した。インターネット、人工知能、環境保護、バイオテクノロジーという四大ニューエコノミー分野に属する上場予定のユニコーンについて、審査期間と収益基準を緩和し、申請と同時に審査を始めることで待機期間をなくした。審査期間はわずか2~3カ月とのこと。
中国科学技術部が今年3月23日に公表した「2017年中国ユニコーン発展レポート」によると、昨年の中国のユニコーン数は合計164社で、一昨年に比べ33社増加した。中国19都市に点在するユニコーンのうち、84%は北京・上海・杭州・深圳に集中している。内訳は北京市が70社と最多で、これに上海市36社、杭州市17社、深圳市14社が続く。
昨年の全ユニコーンの企業価値総額は6284億米ドル、平均38億3700万米ドルに達した。都市ランキングでは、アント・ファイナンシャル(750億米ドルで全ユニコーン中1位)、アリババクラウド(390億米ドルで4位)という超巨大企業を抱える杭州が、合計1419億4000万米ドルで上海を抜いて北京に次ぎ全国2位となっている。とりわけeコマース、インターネットファイナンス、スマート製品、モビリティ分野にユニコーンが集中している。
昨年以降、余杭区のユニコーンは一種の社会現象となりつつある。海創園管理委員会の趙喜凱(ジャオ・シーガイ)・常務副主任はこれについて、「従来の政策ではもはや異業種融合的な新業態の受け皿となれない。ユニコーン自身がこのように認識し始めたことが、新政策誕生のきっかけとなった」と述べている。
趙氏は大捜車を例に挙げた。自動車のリテール兼ファイナンスサービスを提供する同社は、通常のディーラーとは全く異なるビジネスモデルを採用している。「自動車販売に加え、保険やファイナンスリースとも繋がっているため、特殊な審査が必要。従来の政策では全く対応できなかった」
大捜車はファイナンスリースの資格を有していなかったため、浙江省金融業務弁公室への申請が必要だった。資格取得は非常に急を要したが、通常なら審査は厳格なうえ手続に長い時間がかかる。
「これがニューエコノミーの発展と旧概念との間の壁であり、新たなニーズと古い政策とが矛盾するところ。ユニコーンの数は増加し続け、当地域に集中してきていたため、昨年以降はこの問題が顕在化する一方だった」。余杭区経済情報化局の龔玉根(ゴン・ユーゲン)副局長はそう語る。
科学技術部の昨年のランキングをみると、余杭区にはすでに釘釘、菜鳥、大捜車、同盾科技、草根網絡と5社のユニコーンがあり、準ユニコーンも20社を越えている。
科学技術部に認可されたこれらのユニコーン以外にも、企業価値が10億米ドル以上の企業は6~8社、1億米ドル以上の企業は20社以上あり、向こう2~3年でユニコーンまたは準ユニコーンに成長することが有望視されている。趙喜凱氏は「政府はこうした状況に対し、一刻も早く何らかのアクションを起こし、対応策を打ち出す必要性に駆られていた」と言う。
準ユニコーンの概念について、「ユニコーン10条」は杭州市の基準を参考とし、「新技術、新ビジネスモデル、新業態、新産業領域において、設立から原則10年未満、2 度以上のエクイティファイナンスを実施し、国内外の著名ベンチャーキャピタルが資本参加しており、エクイティファイナンス額が株式資本の20%以上で未上場、企業価値が1億米ドル以上の急成長型ベンチャー企業」と明確に定義している。
杭州市が今年3月のベンチャー企業向けフォーラムで初公表した「準ユニコーンランキング」には105社のユニコーンがランクインし、そのうち20社以上が余杭区の企業だった。
「ユニコーン10条」ではさらに「準ユニコーン予備軍」という新しい概念も打ち出された。基本的な条件は準ユニコーンと同様で、企業価値が3億人民元以上の企業をこう定義している。
企業価値について3段階の基準を設定した余杭区のユニコーン政策だが、趙氏によれば「余杭区のユニコーンを宣伝することが目的ではない。現時点では規模も知名度も低いものの、今後2~3年でユニコーンまたは準ユニコーンになる可能性のある企業を奨励し、前進するためのモチベーションを提示することが狙い」だという。
「産業生態圏の完全な高度化」と趙氏が解説するとおり、資金や場所、人材の提供のみならず、システマチックな政策となっていることがアドバンテージの1つとなっている。
審査制度
これらユニコーンの審査に関し、余杭区政府は厳格なメカニズムを定めている。
新たに設立された評価委員会には各政府機関が参加しており、審査会議は四半期に一度開催される。審査員は毎回「人材プール」からランダムに選出され、会議では最新の企業リストをもとに、各企業の適格性を審査する決まりだ。
前述の龔氏によると、目下最大の課題は具体的な評価基準の設定だという。「柔軟性と慎重さのバランスが難しい」
ユニコーンまたは準ユニコーンの認定には、企業価値だけでなく実際の研究開発能力にも注目する必要がある。立派なビジネスモデルだけでは資本投入後の成長は望めない。
さらに評価体系の柔軟性という面でも工夫を凝らしている。多くの都市は、「直近3年の年平均成長率(CAGR)が40%以上」という深圳のユニコーン基準を参照している。しかし、製品ライフサイクルや研究開発機関が長く、初期投資に多額の資金を要する業界もある。「このような企業に対して、政府は長い目で資金援助することにしている」
このほか、「ヒドゥン・チャンピオン(The hidden champion)」と呼ばれる優良企業も見逃せない。ソーシャルキャピタルからの評価、同業種におけるシェア、将来性を加味し、ユニコーンに認定可能かを考慮している。
委員会はこの審査業務に加え、政策の実行実現も担当している。区内の各部門が参加する連携メカニズムを構築することで、企業から提起された新たな問題をタイムリーに検討・解決し、的確なサービスが提供できている。
「政策に実体が伴わなければ失敗したも同然。実行可能なものであるべきだ」。趙氏は「ユニコーン新政策」の原則についてそう述べている。
余杭区には、実はこれまでにも別の支援制度があった。昨年の政策をみると、「補助は開発段階で最高600万元、産業化段階で最高500万元」となっており、今回のユニコーン政策の規模が桁違いだということが分かる。
人工知能、VR(バーチャルリアリティ)、バイオ製薬などのハイテク分野は「ユニコーン」を輩出しやすい業界として有望視されている。写真/視覚中国
ユニコーンの波に乗れ
ユニコーンが規模を拡大していくなかで、自力では解決不可能な問題が3つある。人材、資金、市場だ。余杭区の政策はこの最も基本的なニーズにしっかりと寄り添ったものとなっている。
まず人材の集積力に強みがある。取材を受けた多くの創業者は、余杭区の優位性の1つにアリババを中心として形成されたイノベーション・起業環境を挙げている。杭州に本社を構えるアリババは7万人の雇用を抱え、人材の流動性も高い。これがユニコーンの人材確保に貢献しており、「アリババ生態圏」ともいえる地域に拠点を置くことで、企業のポテンシャルが高まっている。
また、スタートアップ企業が厳しい過渡期を乗り越えるための実際的なサポート政策も充実している。
「ユニコーン10条」は、営業場所の保障や人材関連措置についても定めている。ユニコーン、準ユニコーンが借用する生産・経営場所について、3000㎡以内では3年間賃貸料全額補助(最高で1㎡あたり2.5元/日以内)、3000㎡以上5000㎡以下では1㎡あたり1元/日の補助が3年間受けられる。購入の場合は販売価格の20%が補助される。
また人材向けの住居も提供され、子供の就学に関しては「1対1」パーソナルサービスなどの待遇も受けられる。
杭州市余杭区はこのほか、企業と社会の人材集積に関する発言力を高めたいと考えており、その方法についても検討している。
次に資金面では、ユニコーン、準ユニコーンに対する支援として、主に政府が保証する方式により、多くの社会資本の投入を誘導している。
余杭市のある金融サービス企業の副董事長によると、政府の産業誘導ファンドは主に2つの方法で運用しているという。最大の方法は市場化したサブファンドへの投資で、「同股同権(全ての株主に平等の権利を付与)」モデルを採用し、社会資本が優良ベンチャー企業をスクリーニングして投資するよう誘導している。もう1つは利益還元型の株式投資方式を採用している。政府が株式という方法でベンチャー企業を支援し、3年後に企業が株式を買い戻すことを許可している。
「この方法により、企業が一定の規模まで成長した後も、創業者側は株式の支配権を保持でき、利益も大幅に希薄化されない。企業からはこの政策が最も歓迎されている」
一昨年以降、余杭区ではすでに3度の利益還元型の株式投資をおこない、合計32件のプロジェクトに投資してきた。趙氏は政府の役割を「足場作り、橋渡し、仲人」だと定義している。成長初期段階にあるユニコーンは融資を受けにくいという問題がある一方で、投資対象に悩む機関も少なくない。「両者の行き違いをなくすこと、それが政府の果たすべき責任だ」という。
ユニコーンに認定済みの釘釘や菜鳥のような企業にとって、最大の難点は資金ではなくむしろ市場だ。つまり科学技術成果の実用化と製品のローンチが課題となっている。
核心的な技術をもつ企業にとって一番の悲劇は製品が売れずに破綻することであり、まさに企業の生死を分ける分かれ目といえる。
ある専門家によると、ユニコーン、準ユニコーンが自主開発し、知的財産権をもつ製品やサービスを初PRする際、優先的に政府の入札目録に追加するのだという。
これまで政府が調達する製品の敷居は高く、有名メーカーの商品でなければならず、かつ過去の成功事例やデータを求められていた。今では政府による調達が初回の広告のような役割を果たしている。
「初期の営業場所の保障、中期の研究開発を支援する資金投入と社会融資、後期の製品・サービスのローンチと市場化の推進。大変ロジカルな政策となっている」。龔氏はユニコーン政策をそう概括した。
大捜車の姚軍紅(ヤオ・ジュンホン)CEOによると、政府機関とはメッセンジャーアプリ微信のグループでやり取りしているという。問題が生じたときはメッセージを送れば、各部門の担当者が速やかに対応してくれる。「とある会議で余杭区政府トップの毛渓浩(マオ・シーハオ)書記と名刺交換をしたところ、その5分後に毛書記本人から『何か問題があれば私に連絡を』と電話がありました。さすがに驚きましたよ」
毛書記は新政策への期待を込めてこう語っている。「私は準ユニコーン予備軍を特に重要視している。余杭区のユニコーンと準ユニコーンは順調に成果を出してきており、彼らに準ユニコーン予備軍の成長をリードしてもらうことで、区全体のベンチャー環境も促進される。
※本稿は『月刊中国ニュース』2018年11月号(Vol.81)より転載したものである。