第150号
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アフリカの携帯電話市場を席巻する無名の中国メーカー

2019年3月5日

須賀 昭一(すが しょういち): 伊藤忠経済研究所

略歴

2003年、内閣府入府。北京大学大学院(政治経済学)留学、「月例経済報告」の中国経済分析担当の参事官補佐、国家戦略会議フロンティア分科会委員などを経て、2015年から現職。主に中国の経済・産業の調査分析に従事。

 アフリカと緊密な関係を築きつつある中国。「一帯一路」を掲げた政府間外交ばかりに注目が集まるが、すでにアフリカの人々の生活に根付いている中国企業の存在はほとんど知られていない。進出から10年でアフリカの携帯電話市場を制した「伝音」の知られざる軌跡をたどる。

 中国メーカーがアフリカの携帯電話市場を席巻している」と聞いて、本稿の読者で驚く人は少ないかもしれない。ただ、それが日本でも知名度が高いファーウェイやシャオミでもない、中国人ですら聞いたことがない無名のメーカー、だったらどうだろうか。

 アフリカの携帯電話市場でトップのシェア(2017年、57%)を誇る携帯電話メーカーが、伝音控股(英語名Transsion、以下、伝音)だ。伝音の主な市場は、ナイジェリア、ケニア、タンザニア、エチオピアなどのアフリカ諸国で、研究開発拠点も中国に加えてアフリカに設けるなど、本腰を入れてアフリカ市場に向き合う中国メーカーである。近年は、中東やインド、パキスタン、インドネシアなど幅広い新興国市場にも進出しているが、中国本土市場では販売していないため、中国人でも伝音を知っている人はほとんどいない。

 伝音は、もともと中国の中堅携帯電話メーカーに在籍していた竺兆江氏が2006年に独立し、香港(現在の拠点は広東省深圳市)で設立した企業である。

 当時、いわゆる「山寨(模造・海賊版)携帯」が乱立しつつあった中国の携帯電話市場よりもアフリカ市場に商機を見出した竺氏は、設立の翌2007年にはナイジェリアに進出した。

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 伝音がアフリカ市場に着目した一番の理由は、大陸全体で見れば、中国やインドと並ぶ市場規模を持ちながらも、携帯電話普及率はそれらの国よりも圧倒的に低かったためだ。

 また当時、多くのメーカーが参入し、競争が激化していた中国とは対照的に、アフリカの携帯電話市場はNokiaの独壇場だった。ただ、Nokiaはアフリカ市場を重視しておらず、他の外資メーカーでも、腰を据えてアフリカ市場に向き合っていたメーカーはほとんどなかったという。そこには、巨大な市場を擁する一方で、整備されたサプライチェーンがなく、市場の状況も国によってばらばらというアフリカ市場の難しさが背景にあった。

 そうした中でアフリカ市場に乗り込んだ伝音は、現地のニーズを徹底研究し、独自の機能を搭載しつつも低価格の携帯電話を打ち出した。

 そのうち代表的なものがSIMカードを複数枚装備可能な携帯電話だ。アフリカでは、異なる通信キャリア間での通信費用が高額なことや通信キャリアによって電波のカバー範囲に差があることから、複数のSIMカードを持つ消費者が多いと言われている。そのため、伝音の携帯電話は当時としては画期的で、アフリカの消費者から大きな歓迎を受けた。

 また、アフリカ人の肌を綺麗に撮影する「美白」ならぬ「美黒」撮影モードや、暑いアフリカでの使用を想定して汗による汚れや故障を防ぐ機能、音楽好きな消費者のために4つのスピーカーを備えた音楽携帯電話など、アフリカの消費者の嗜好に合う機能を次々に打ち出した。

 また、伝音はテレビCMに加えて、街中では建物の外壁一面にペンキで広告を描いたり、農村では、携帯電話を詰めた大きな箱を背負って販売員が行商して巡るなど、地域によって異なる宣伝・販売戦略を打ち出している。伝音が、アフリカ進出わずか10年足らずで大きなシェアを握った背景にはこうした地道な宣伝・販売活動の効果もあったと言えよう。

 ところが、独自の販売戦略でアフリカ市場を席巻してきた伝音の勢いに最近は若干の陰りが見られつつある。

 その背景の1つが、薄利多売モデルの限界である。例えば、2017年、ファーウェイの携帯電話出荷台数は1.53億台で売上げ額は2372億元(約3.49兆円)だった(1台あたりの売上額は1,550元)。一方、伝音の出荷台数は1.2億台とファーウェイに迫る勢いであるにもかかわらず、売上げ額は200億元(約2900億円)程度、1台あたり売上額は166元と、10倍近い差がついている。これは、言うまでもなく伝音の主力は単価が安いフィーチャーフォンであることが原因である。

 また、アフリカ市場においても、スマホの出荷台数がフィーチャーフォンを上回りつつあるなど、スマホ需要が徐々に高まっていることも要因の1つである。スマホを得意とするサムスンやファーウェイがアフリカ市場での存在感を高めていることに加え、インド市場を制したシャオミもアフリカ市場に進出するという。アフリカの携帯電話市場は、かつて伝音が敬遠した中国市場のような戦国時代に入ろうとしており、伝音の成功モデルは大きな変革を迫られている。

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 「一帯一路」を掲げ、アフリカと緊密な関係を構築しつつある中国。だがそこには、政府の意図と関係ないところで果敢にアフリカ市場に挑み、根を張っている中国企業の存在もあることは知っておくべきだろう。


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年4月号(Vol.86)より転載したものである。