第153号
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二線都市人材争奪戦

2019年6月13日 胥大偉(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)

都市の発展を牽引するイノベーション、そのためには人材確保がキーになる。二線都市と言われる都市では、ハイレベルの人材不足を打開すべくあの手この手で人材誘致を展開している。都市ごとの政策やそれに連動する戸籍や住宅といった中国ならではの問題をつぶさに追う。

 二線都市〔経済的発展などを基準として各都市をランク分けした呼称。二線都市は省都や地級市が中心〕を皮切りに2年あまりにわたって続いてきた「人材争奪大戦争」が今年に入って再び熱を帯びてきた。

 2月27日、南京市は昨年3月1日から施行されている「大学本科以上の学歴を有する人材および技術技能人材の南京戸籍取得に関する実施弁法(試行)」を1年延長するとの文書」を発表した。

 南京にとどまらず、今年に入ってから多くの都市が今まで以上に人材政策を強化している。関連統計データによると、3月1日の時点で、今年1月以降に人材誘致と戸籍登録などに関する各種政策を発表した都市は20以上にのぼる。

 学歴戸籍〔一定の学歴を有する者に提供される戸籍〕の最低ラインは引き続き下げられ、「住宅購入戸籍」〔当該地の住宅を購入した者に提供される戸籍〕「投資納税戸籍」〔同じく投資した者、納税者に提供される戸籍〕などの取得要件も緩和の方向に向かっている。これに伴い、中国の戸籍制度は「改革の急成長期」に入ったといえる。

 国務院参事で中国人口・発展研究センターの馬力(マーリー)元主任は、都市の戸籍取得要件の緩和は必然的な趨勢と語る。「中国の人口ボーナスは段階的に減少し、高齢化が日増しに深刻になるなか、人的資本が経済成長を牽引する新たな原動力になっている。中国の今後の発展は人材ボーナスにかかっている」

 だが、こうした戸籍政策の規制緩和は人口増加をもたらす。その結果、多くの都市で住宅価格が上昇に転じている。はたしてこれは人材誘致なのかそれとも不動産市場刺激策なのか――便乗する都市が増えるにつれて、新たな人材政策も嫌疑にさらされている。

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写真1 二線都市では市を挙げて人材誘致に力を入れており、都市間の「人材争奪戦」が続いている。

「省都強化」戦略

 3月17日に発表された「西安市2018年国民経済・社会発展統計公報」は、西安市の常住人口が昨年末に初めて1,000万人を突破したと伝えている。

 人材誘致の規模が100万人に達するなか、人口の奪い合いが往々にして都市競争の新たな形になっており、西安市や鄭州市を代表とする新興二線都市のほとんどは市の総力を挙げて人材誘致に取り組んでいる。都市間の「人材争奪戦」は、ある意味においては人口争奪戦へと姿を変えている。各都市は住宅の賃貸や購入、生活面での補助金など、あの手この手でさらなる人材の呼び込みを図っている。

 省都をはじめとする二線都市の人材誘致は、今年に入り空前の規模になっているが、これは二線都市の「人材獲得への焦り」を体現したものとの見方もある。

 首都経貿大学都市経済・公共管理学院の張智新(ジャン・ジーシン)副教授は、二線都市のこのいわゆる「焦り」とは、本質的には経済や社会の発展に対する焦りだと述べている。まさにこの焦りが、二線都市を新たな人材誘致政策採用へと向かわせている。結果的にそれが経済成長や財政収入の面で手っ取り早い成果につながるからだ。

 GDPや企業誘致から人材確保へと競争のスタイルが変化した背景をみると、二線都市の産業モデルチェンジ、新経済や新業態の配置、高齢化への対応など、多くの現実的な難題が浮かび上がってくる。それだけではない。将来的な都市の発展は多くの場合、イノベーションによる牽引に依拠したものになるため、労働力と土地コストは二の次となり、人材確保が都市間競争の核心的要素になるからだ。

 各都市の人材ニーズにおいても一線と二線とで違いが生じており、一線都市に比べ、二線都市はハイレベル人材への訴求力という点で劣勢に立たされている。

 早い段階から「人材争奪戦」に加わった二線都市・南京市は、ハイレベル人材の不足が同市の人材リソースにおける際立ったウィークポイントになっていた。南京市で人材関連業務に携わる政府職員は、一般的な人材は、実は充足しており、本当に不足しているのはトップレベルのリーダー的人材だと話している。

 南京市委員会党校市情研究センターの王輝龍(ワン・フイロン)副主任は、ハイレベル人材は間違いなくひとにぎりの一線都市の間で流動していると語る。南京の現状としては、トップレベルの人材確保のために時間をかけて産業基盤を整える必要があり、そうしないと人材が集まったところで一級都市に匹敵する効果は得られないということだ。

 江蘇省社会科学院科学研究処の丁宏(ディン・ホン)・副処長兼研究員は取材に対し、南京市の人材不足の現状を語ってくれた。同市は豊富な科学教育リソースと基礎研究員を有するものの、産業発展やイノベーションに精通した人材がやや不足しているという。さらに、「世界のトップに立つことができる」科学者が今なお不足している。科学研究成果の実用化が可能なテクノロジー型企業家、特にニューエコノミー下の業態に対して影響力を持つリーダータイプの企業家も足りていない。

 南京市のある匿名の研究者は、ここ数年は省都が発展を牽引する新たな段階に入っており、合肥市、成都市、西安市などの省都はいずれも「省都強化」戦略によって台頭してきたと述べている。南京市が「人材争奪戦」に加わったのも、他の兄弟都市からのプレッシャーに直面したためだ。近年、成都、武漢、合肥、蘭州、貴陽など、省都が所在省の経済規模に占める割合は急速に拡大している。

 ところが江蘇省を見ると、ここ数年、南京市よりも蘇州市のほうがGDP総額でリードしている。報道によると、昨年の江蘇省全体のGDPに占める南京市の割合は13.8%であり、省GDPに占める省都の割合としては全国ワースト2ったという。南京市は総面積が相対的に小さく、民営経済と外向型経済が極端に弱いこと、また、蘇州・無錫・常州の3市が南京市の省都としての存在感を薄めていること、これらのことが南京の求心力や首位度〔以下で解説。日本語ではプライメイトシティなどと呼ばれる〕を引き下げていると分析する学者もいる。

 「省都強化」戦略を実施する条件は、中西部の省都のほうがより整っているようだ。湖北省社会科学院長江流域経済研究所の彭智敏(ポン・ジーミン)所長はメディアの取材に対し、「中西部地域と沿海部の先進地域では発展段階に差がある。中西部は工業化の後期段階に入る前に、周辺地域の発展を牽引する成長拠点が必要だ。各省のうち最も優れた研究開発、高等教育、金融などの要素やリソースは主に省都に集中する。このため省都の牽引力としての役割がきわめて重要」と分析した。

 データを見ると、中西部の省都の首位度は一貫して東部沿海地域の省都より高い。首位度とは、ある地域の人口第1位と第2位の都市を数値的に比較することで、第1位の都市がその地域全体に与える影響度を表した学術用語だ。

 広州市社会科学院の彭澎(ポン・ポン)研究員は、「地価や労働力などのコストが沿海の大都市より低いなどといった中西部の従来の後発的要素が、今ではアドバンテージに変わっている。多くの人材や労働力はコストパフォーマンスという面を考慮し、中西部に留まり近場で職を探す。その際に第一候補となるのが河南省鄭州市、湖北省武漢市、四川省成都市などの中西部の省都強化都市」と述べている。

 さらに、江蘇省鎮江市、湖北省襄陽市などを代表とする三線、四線都市も、今年の「人材争奪戦」に加わった。一線、二線都市の人材政策がますます強化されるにしたがい、これらの地域で、「人材プール」が形成され、三線、四線都市の人材流失が加速しているためだ。三線、四線都市での人材誘致は都市化の過程に必須のステップであり、農村の都市化に有利とみなされているからという面もある。

 とはいえ専門家や関係者は無計画で盲目的な人材誘致への便乗を避けるべきと呼びかけている。

 もちろん、首都経済貿易大学の土地資源・不動産管理学科の趙秀池(ジャオ・シウチー)教授のように、「人材大合戦に加わる都市が増加の一途をたどっているものの、これを単なる盲目的な追従と一方的にみなすことはできない。大きな趨勢を反映したもの」という見方もある。

 しかし、前出の張教授は言う。「現在の人材大合戦において一部の都市が発表した新政策は、指標達成のみを目的にしたもの、または『政績』をあげるための一時的な制度措置であり、後続の政策フォローや関連措置を講じなければ、長期的な人材確保は絶対に実現しない。今回の各都市の『参戦』は一種の政府行為であって市場行為ではないと見るべきだ」

人材流出を阻止

 ハイレベル人材の奪い合いだけでなく、大学生を主とした若者を戸籍提供の対象とし、人口拡大に躍起になる都市も増える一方だ。一部の二線都市は新たな人口急増期を迎えつつあり、将来的に都市の人的資源は大きく改善されると見られている。

 西安市は2月13日、ここ2年で7回目の改訂となる新たな戸籍政策を発表し、取得条件をさらに緩和した。一方、内モンゴル自治区のフフホト市、遼寧省瀋陽市、江西省南昌市ではかなり前に戸籍取得の学歴要件を中等専門学校まで引き下げている。

 さらに一部の都市は明確な数字目標を打ち出している。長春市は今年の戸籍登録者数の目標を8万人以上、増加率5%以上とした。また武漢市は昨年の大学卒業生40万6,000人の武漢在留に加え、今年はさらに、25万人の大学卒業生の確保を目標に掲げている。

 取材した複数の研究者は各地での戸籍取得要件の緩和が中国の戸籍制度改革をさらに後押しするだろうと見ている。

 中原不動産〔不動産仲介会社〕のデータによると、昨年の戸籍登録者数は南京、合肥、成都などの都市でいずれも10万人を超えている。加えて、長沙、武漢、西安、鄭州、合肥などの都市は今後5年で100万人の人材確保を目指すといずれも明確に宣言している。

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写真2 浜海新区の戸籍取得手続きに関する、他省からの問い合わせに応じる人材誘致連合審査窓口の職員。2018年5月、天津市浜海新区行政審査センターサービスホールにて。写真/視覚中国

 ここ数年、省都を代表とする多くの二線都市が、都市の規模や総合力を引き上げたいとの意向を示している。中原不動産の張大偉(ジヤン・ダーウェイ)首席アナリストは取材に対し、各都市が西安市のように「人口1,000万人達成」をねらうのは、都市人口がある程度の規模に到達すると、相応の指標をかかげることが許されるからだと語る。「つまり財政・税務面で生じるさまざまなメリットなど、リソース配分においても、それだけ有利になるということだ」。また、人口の増加は、都市にとっては、労働力資源と潜在消費力の獲得を意味する。都市の発展という点から見れば、人材誘致はすでに避けて通れない必須事項となっているのだ。

 公安部は2月21日に全国治安管理工作座談会を開催した。公安部の孫力軍(スン・リージュン)副部長は談話の中で、超大都市 〔都市部の常住人口が1,000万人以上の都市〕、特大都市〔同じく都市部の常住人口が500~1,000万人の都市〕の戸籍取得および省を跨いだ転籍に対して審査をおこなう制度に加え、現在住んでいる場所で戸籍を取得できる制度についても、試行を含めて積極的に整備していきたい、と述べた。

 現在、中心市街地の人口が1,000万人を超える北京市、上海市、広州市、深圳市が超大都市、さらに天津市、重慶市、武漢市、成都市、南京市、蘇州市、杭州市、瀋陽市が特大都市に指定されている。今後はこの12都市に加え、他の都市も日常居住地での戸籍登録制度を実施する可能性がある。つまりは、多くの二線都市で戸籍登録がさらに容易になるということだ。

 2014年に発表した国家新型都市化計画では、非戸籍人口〔居住地に戸籍登録がない人口のこと〕1億人の都市戸籍取得を実現するという目標を掲げていたが、これも前倒しで達成する可能性が出てきている。

 今年に入り複数の都市が人材誘致政策を再公布またはグレードアップし、包括的な人材誘致体系を構築するとともに、政策も次第に細分化してきている。ありとあらゆる手段を総動員し、戸籍取得、住宅購入手当、生活手当、その他の保障などの面から誘致力を強化している。

 南京市は人材の生活環境をさらに安定させるために、大学卒業生に対す家賃手当や研修手当の支給以外に、企業の博士号保持者に対する住宅保障手当を現在の毎月1,000元から2,000元に引き上げる予定だ。瀋陽市も大学卒業生への家賃手当の提供を開始しており、博士号取得者に毎月800元、修士号取得者に毎月400元、学士取得者に毎月200元を支給している。

 前出の王副主任は、都市間の「人材争奪戦」における政府補助金の意味合いは、対人材と対企業で同等ではないとの考えを示している。「政府が財政力に任せて企業を誘致しても、5年の免税期間を経過した途端に企業がその都市から撤退し、補助金をもらい逃げされる可能性がある。しかし人材は違う。彼らが1つの都市に留まるのは仕事や生活のためであり、補助金はよりいっそう大きな意味を持つ。1つの都市にとって、人材確保のための資金投入には意義がある」

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写真3 2017年3月、手続きが完了した転籍許可証明書を見せる陝西省西安市碑林分局の人民警察官。写真/視覚中国

不動産市場の制限緩和?

「経済観察報」紙の統計によると、中国では今年、少なくとも18都市で不動産市場に対する規制緩和が程度の差こそあれ各方面で実施されている。そのうち直接的な緩和方式には、頭金引き下げ、1軒目の住宅のローン金利引き下げ、販売・購入制限の撤廃などが含まれている。

 広東省仏山市はこのほど「控えめな」住宅市場関連政策を新たに発表した。一部の非購入制限地域における1軒目の住宅購入に関し、融資比率を最高で8割まで引き上げたのだ。この動きに関し、メディアは住宅市場雪解けのもうひとつの「突破口」と分析している。

 国家統計局は2月22日、大規模・中規模70都市の商品住宅販売価格変動状況に関する今年1月の統計データを発表した。西安市の上げ幅が最も大きく、新築の住宅販売価格は前月比で1.5%上昇している。

 西安市が「人材争奪戦」に参入して以降、新規戸籍取得者数はわずか2年足らずで100万人を超えている。昨年末の時点で同市の戸籍人口の平均年齢は38.07歳になり、新政策実施前より1歳低下、高齢化率も1%下がった。昨年の同市の住宅価格推移を俯瞰してみると、全体の平均価格は1.3万元/㎡前後であり前年同期比で15%増となっている。

 このため、各地の「人材争奪戦」が住宅市場を刺激しているのではとの疑問の声が上がり始めている。

 前出の趙教授は以下のように語る。「ますます多くの都市が戸籍取得要件を緩和しているが、これを住宅市場に対する形を変えた規制緩和とみなすことは可能だ。だが、その目標とするところはやはり都市の発展だ。住宅価格の本質は何といっても需給関係にあり、人口増加により住宅ニーズは必然的に増加し、これが間接的に不動産市場の再加熱を招いている」

 もう1つ注目すべきなのが、「住宅購入戸籍」や「投資納税戸籍」などの取得に設けられた条件や制限を二線都市が次々と緩和または撤廃していることだ。

 大連市は今年ポイント戸籍制度〔学歴や職業、住宅所有などをポイント換算し、一定の基準を満たすと現地での戸籍が得られる〕でポイント加算対象の住宅は戸籍取得後3年間抵当に出すことも譲渡することもできないとの規定を撤廃した。さらに、ポイント戸籍制度が利用可能になる社会保険加入年数を満1年から6カ月に引き下げた。一方で西安市は、「住宅購入戸籍」の社会保障要件を全面的に廃止した。社会保険加入期間だけではなく住宅購入時期、住宅面積などの条件も同時に撤廃された。さらに南京市はポイント戸籍制度の実施方法を改正し、住宅所有面積は1㎡当たりで1点とし、社会保険要件は「連続納付期間が2年」から「累計の納付期間が24カ月」へと変更した。

 戸籍取得要件の緩和、1軒目の住宅購入制限の廃止、さらには魅力的な住宅価格。これらは一線都市での厳しい人口制限や住宅購入制限とは対照的だ。二線、三線都市は発展のチャンスを迎えており、都市人口も急増していくだろう。

 張大偉氏は、現在、全国の都市が講じる人材政策のほとんどは条件を下げて人材を惹きつけることしか考えておらず、人材を引き留める措置にはなっていないと指摘する。このような状況では移住者の多くが住宅購入者となり、不動産投機目的の人々が人材政策を逆手に取って各都市で住宅を購入し、戸籍を取得する可能性さえある。そうなれば不動産市場の安定は損なわれるということだ。

 さらに同氏の分析は続く。「不動産価格が上昇した都市を見てみると、その大部分において人材誘致政策が交付されている。これが実質的に住宅購入制限の緩和になっており、誘致された人材は、本来なら需給構造が緊迫しているはずの不動産市場に投入されることになる。不動産市場の先行き上昇感が生じるのは明らかではないか」。市場においては、これが非理性的な判断を引き起こしかねない。張氏は「地方の人材政策を不動産の購入制限政策と紐付けるべきではない。真の人材に対しては住居そのものを提供すべきだ。単に人材を不動産市場に投入するだけでは市場の安定が簡単に損なわれてしまう」と提言する。

 前出の王副主任は以下のように考えている。「人材誘致は実のところ、人、資本、土地などの要素が新たに融合する過程であり、そのうち最も核心的な要素が人材だ。人材をめぐる新制度においては、産業がなければ人材の確保は難しい。単なる人口の増加はかえって都市の一種の負担となる」

 取材に応じた多くの研究者が、都市の人材誘致にとって重要な鍵となるのは、産業基盤のバックアップであると述べている。良好な産業基盤は人材集積効果を生む。人材の都市における役割は、主に産業の発展と高度化の推進であり、決して不動産市場に対する刺激であってはならない。


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年7月号(Vol.89)より転載したものである。