第156号
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海外市場で苦戦する中医薬―そのカギは「標準化」

2019年9月26日 過国忠(科技日報記者)

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視覚中国より

 現在、西洋の主流医薬市場を見てみると、米国では未だ中医薬が薬品として登録された例は1件もなく、EU(欧州連合)諸国でも、その例は数えるほどしかない。米国では、中医薬がダイエタリー・サプリメントに分類され、カナダやオーストラリアでは、健康食品に分類されている。

 中国伝統医学で扱われる薬である中医薬の採取や加工処理には、数千年もの歴史がある。改革開放(1978年)以降も、中国の中医薬事業は、伝承され、それが発展し、革新され続けており、海外でもますます多くの国で病気の予防や治療、健康な体作りのために、中医薬に注目し、それを採用されている。最近、中国の製薬企業が提供する高品質の中医薬の調合済み錠剤が、初めてドイツの薬局で販売されるようになり、ドイツのメルケル首相が祝辞を送ったというニュースも報道されている。

 現在、中医薬には「海外進出」の基礎ができているのだろうか?中医薬がさらに多くの国で販売されるためには、どのようなことに取り組まなければならないのだろうか?

 その質問の答えを探すために、筆者は先頃、業界内の関係専門家や中医薬生産企業の責任者を取材した。

海外の薬品市場になかなか進出できない中医薬

 長年、製薬の研究に携わっている常州工程職業技術学院化学化工学院の李樹白院長は、「1990年代初め以降、常用中医薬の飲片(刻み生薬)の研究や薬品の形状の改革、テストプロジェクトを通して、中国の中医薬は、すでに服用が便利で、吸収が早く、計量が正確に、安全、清潔、携帯も便利で、煎じたり、煮たりする必要のないようになっている。そういう意味で中医薬には『海外進出』の基礎ができていると言えるだろう」との見方を示した。

 国薬集団江陰天江薬業有限公司の鄒増強・副総経理は取材に対して、「現在、海外市場では、中医薬の需要が非常に高まっている。長年、中国も、中医薬の海外における発展を積極的に推進してきた。世界には中医師、鍼灸師が約50万人いる。米国だけでも鍼灸師が4万人おり、その多くが非中華系米国人だ。西洋医学は、証拠を重視し、中医は全体を重視する。現在、中医薬に夢中になる人がますます増えている。それも、中医薬が発展し、『海外進出』を加速させる新たなチャンスとなっている」との見方を示した。

 ただ、鄒副総経理は、「中国の中医薬には既に、『海外進出』の基礎ができ、一定の成果も挙がっているものの、今のところ中成薬(調合済みの中医薬)、中医薬材の最大の市場は依然として中国だ。原料を中国から輸出して、海外で加工されているケースが多い。ほとんどの国では中成薬や中医薬の飲片をダイエタリー・サプリメントや健康食品に分類しており、薬品としては扱われていない。また、主に、一部の華人や現地の人が開設した中医館、鍼灸院などで必要な人が服用するために提供されているケースがほとんどだ」と説明する。

 業界関係者によると、現在、西洋の主流医薬市場を見てみると、米国ではまだ中医薬が薬品として登録された例は1件もなく、EU諸国でも、その例は数えるほどしかない。鄒副総経理によると、米国は中医薬製品をダイエタリー・サプリメントに、カナダやオーストラリアなどは保健食品に分類している。薬品として登録するためには、米国やEU諸国では、法律法規の非常に高いハードルを超えなければならない。

 2018年、中国の中医薬の輸出額は約39億ドル(約4,200億円)で、中医薬の抽出物がその約60%を占めている。一方、中医薬の調合済み錠剤の海外市場における販売量は依然として非常に少ない。例えば、現在、天江薬業が生産している中医薬の調合済み錠剤は600種類以上あるものの、世界の30ヶ国・地域における販売量は、同社の売上高のわずか2%を占めるにとどまっている。このため、中国の製薬企業が提供する高品質の中医薬の調合済み錠剤がドイツの薬局で販売されるようになったというのは、珍しいケースだと言わざるを得ない。海外市場における中医薬の推進は、いまだハードルが高いのが現状だ。

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2018年中国の中医薬系製品の輸出入総額
出典:前瞻産業研究院

西洋諸国で認められる科学的基準が不足

 では、何が中医薬の海外進出の足かせになっているのだろうか?業界関係者は、原因は数多くあるものの、その中でも最大の問題は、西洋諸国でも認められる統一した科学的基準が不十分な点であるとの見方を示す。

 中医薬は、効果が表れるのに時間がかかり、長期間服用しなければならないという特徴があるのに対して、西洋の薬は「即効性」がその特徴である。また、中医薬の薬材は草や木など自然にあるもので、煎じたり、煮たりして服用する必要があるのに対して、西洋の薬のほとんどは化学製剤で、注射するか、直接口に入れる。そして、中医薬は「根本から治す」ことを重視するのに対して、西洋の薬は「症状を治す」ことを重視する。このように、二者の理念は全く相容れず、中国の中医薬分野の発明特許はブレイクスルー型の進展を遂げていないほか、中医薬の成分や作用は、西洋の薬のように科学的に証明することが難しいため、海外では中医薬が市場で販売されるためのハードルが非常に高くなってしまっている。鄒副総経理は、「中医薬は中国伝統の中医が扱う薬で、海外ではそれぞれの国の法律法規、理念、認識などの課題に直面する。そのため、数千年の歴史を誇るものの、西洋の主流市場への進出は依然として果たせていない」と指摘する。これは現実的な問題であり、中医薬が突破しなければならない関門でもある。

 統一した科学的基準が不足しているほか、中国は中医薬の海外における宣伝・PRに十分力を注いでいるとは言い難く、海外の市場に信頼し、受け入れてもらうには至っていない。

単に「自然薬品」とうたうだけでは本当の海外進出は果たせない

 海外の高いハードルに直面している中医薬は、どのような面で改善を図れば、海外の政府や機関などに認めてもらえるようになるのだろうか?生産企業の責任者や専門家は、中医と西医は、全く違う体系で、中医薬を本当の意味で海外進出させるのは、決して現在一部の生産企業がしているように、単に中医薬を「自然薬品」として海外市場で販売するということではないと指摘する。生産企業は、国際市場でも認められる整った技術体系と基準を、自ら構築し、中医薬が、合法的に海外市場に進出できるようにしなければならない。

「自然薬品」に対する注目が高まっているのは、西洋の人々が化学合成薬品の副作用などを心配するようになっているためだ。西洋の医薬界は今、新しい薬を探すために自然界に目を向けるようになっている。そして、研究を通して、動植物から特殊な薬用成分を科学的に抽出し、薬を作り、臨床に使うというのが、薬学研究の発展の方向になっていることに疑問の余地はない。実際には、「中医薬」と「自然薬品」というのは同じ概念ではなく、二者には共通点もあれば、違いもある。自然薬品とは、自然の動植物から採集し、直接服用することができる薬品を指す。一方、本当の意味での中医薬とは、薬剤を加工処理した各種飲片のことで、多くの自然薬品は中医薬を参考にしている。このように、自然薬品イコール中医薬ではなく、流行を追うかのように、「新しさ」を売り文句にして、それを中医薬と関連付けてもならない。

 中国の中医薬が海外進出において直面している共通の課題をめぐり、天江薬業は中国国内の有名大学、研究機関と連携して、中医薬の調合済み錠剤と中医薬の原料の米国薬典基準を制定し、さらに、国際標準化機構(ISO)とも連携して、製品の認証、企業の認証などの業務を展開している。

 鄒副総経理は、「私たちの目的は、一連の取り組みを通して、中医薬産業のさらなる革新を促進し、中医薬の調合済み錠剤がさらに多くの国や国際社会で認められるようになり、中国国内の中医薬製品を合法的に海外進出させ、臨床に使ってもらうことだ」と語る。

 業界関係者は、「国際市場に目を向けるなら、企業の努力だけではどうにもならない。政府が政策によるサポートをさらに強化しなければならない。また、業界の生産企業もコンセンサスを築き、特に共同で技術革新や国際基準の制定に参加し、長期に渡って中医薬の国際学術交流活動や中医薬の知識の普及などに力を入れて取り組み、中医薬の文化が世界で異彩を放ち、人類の健康に寄与するようにしなければならない」と指摘する。


※本稿は、科技日報「市場難入識知難塑 中薬出海,標準化是"通行証"」(2019年9月5日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。