第156号
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環境汚染対策をテコにEV大国へ―そして始まる壮大な社会実験

2019年9月17日

中根 哲也

略歴

東京外国語大学中国語学科卒業後、清華大学公共管理学院で修士号を取得。北京にて環境ビジネス専門コンサルティング会社で5年勤務。留学から足掛け12年の北京生活を終え、2017年より愛知県在住。

世界一の自動車大国・中国は、世界で最も厳しい排ガス規制で大気汚染対策を行う傍ら、EV普及を推進している。自動車業界が直面する世界的な技術革新期、中国は「CASE」に代表される次世代自動車社会をリードするEV大国、そしてAI大国を狙う。

 自動車生産販売台数世界一をひた走る中国。しかし、その一方で2013年の大気汚染報道以降、すっかりメジャーワードとなった「PM2.5」に代表される大気汚染のイメージは根強い。北京、上海といった大都市における自動車などの移動発生源からの排ガスがPM2.5の主要発生源の1つであるという研究結果も出ており、排ガス規制とより環境に優しい自動車の普及が喫緊の課題となっている。

 まず、排ガス規制であるが、2019年7月より北京、上海、広州、天津など17省市で、世界で最も厳しいとされる国家第6フェーズエンジン車大気汚染物排出基準(国6基準)排ガス規制が施行される。「国6」は車両メーカーの準備期間を考慮して規制値をa、bの二段階に分けている。これが、欧州で運用されている「ユーロ6」基準よりやや厳格な「国6a」基準と、米国最新基準Tier 3で定める2020年平均値に相当する水準の「国6b」であり、それぞれ2020年、2023年までに全車両に適用するとしている。先行して施行される重点都市では、各地の実情を踏まえた導入時期を定めており、河南省では今回a基準を導入する一方で、天津では直接b基準を施行している。従来型のガソリン車に対する排ガス規制は世界先進水準となっており、これに対応するべく中国国内市場では中国系、外資系ともにメーカーがしのぎを削る。

 一方で、中国は電気自動車(EV)へのシフトを鮮明に打ち出している。国際エネルギー機関(IEA)が発行した「Global EV Outlook 2019」によれば、2018年末時点のEVおよびプラグインハイブリッド車(PHEV)保有量では、中国が65万台で世界一であり、2位の米国56万台、3位の日本15万台を引き離して、一国で世界保有量の45%を占めるという。

 更に注目すべきは、中国で販売されるEV車種の半数は、北京自動車(BAUC)や比亜迪(BYD)など中国メーカーブランドが名を連ねているという点である。先進国によって開発・普及した従来型のエンジン車系統の技術を舞台として追い付け追い越せではなく、EV、NEVを軸にした次世代技術で先手を打って勝ちを取りに行くという明確な意志と攻勢が窺える。

 名実ともに世界で最もEV普及が進む中国では、2019年から国内における年間生産・輸入台数3万台以上の自動車メーカーに対して生産販売台数の一定比率を新エネルギー車(NEV)(EV、PHEV、燃料電池車〈FCV〉を指す)とすることを義務付けている。中国政府は、この政策によってEV普及を更に推し進める狙いで、メーカーは自社で輸入・生産販売する自動車のうち、NEVの割合を2019年に10%、2020年には12%とする必要がある。未達成の場合は、達成したメーカーから余剰分をクレジットとして買い取るか、販売制限の罰則を受ける。

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世界で最もEV普及が進む中国は環境汚染対策をテコにEV大国への道を邁進している。

 また、この規制はメーカー平均燃費とも連動することから、二重クレジット管理制度と呼ばれており、燃費クレジットはグループ企業間での譲渡や翌年への繰越しが可能であるが、新エネクレジットは取引自由で燃費および新エネクレジットのマイナス値との相殺が可能であるものの、翌年への繰越しはできない。このため、新エネ車生産・販売で先行するBYD、上海汽車などの中国勢が優位に立っており、逆に外資は苦戦を強いられている。しかし、ここにきて大気汚染の解消をはじめ環境対策待ったなしの状況となっており、中国政府はこれまでガソリン車と同等扱いとなっていたハイブリッド車(HV)も「低燃費車」とみなし、主軸の1つに数えるという方針転換を打ち出した。これは4月にHVなど電動車の特許を無償提供すると発表したトヨタなど日系メーカーにも中国市場での追い風となるという観測も出ている。

 今現在、自動車業界は100年に一度の大変革期にあるが、その変革は自動車のみに留まらない。EVをはじめとする「CASE」(C : Connected〈つながる、スマート化〉、A : Autonomous〈自動運転〉、S : Sharing & Service〈シェアリング・サービス〉、E : Electric〈電動化〉)は、まちや生活のあり方を大きく変えていくキーワードとなるだろう。中国は2017年に「次世代人工知能発展計画」を公布し、国策としてAI事業を進めることを打ち出しており、その対象は教育、医療、環境、都市計画など広範にわたる。こうした中で、自動運転の分野では、「中国のグーグル」と呼ばれる百度を技術プラットフォーム機関とした「アポロ計画」が進められている。同計画には、中国の中核的自動車メーカーである第一汽車、東風汽車、長安汽車、奇瑞汽車、「中国のテスラ」の異名を持つ新興EV企業上海蔚来汽車(NIO)、バス大手の金龍客車などのほか、独フォルクスワーゲン、独ダイムラー、米フォード、日本からはホンダ、トヨタなどの大手が名を連ねている。部品メーカーや半導体メーカー、その他関連技術メーカーなどが揃っており、世界最大の自動運転プラットフォームとなる可能性が高い。現在中国の23都市で自動運転の実証実験がおこなわれ、技術・経験の蓄積が進められているが、これもまた一党独裁体制のアドバンテージを最大限活用した実装実験と言えよう。

 このように、中国は党政府の強力なトップダウンによる推進力により、汚染対策という課題をテコの1つとして、世界的技術革新の波を超えて世界をリードする自動車「強国」、AI大国となるべく、中長期的な計画を着々と進行させている。錚々たる顔ぶれの「アポロ計画」の陣容を見る限り、近未来社会に向けて中国が重要な位置を占めることに疑いを挟む余地はないようだ。


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年10月号(Vol.92)より転載したものである。