第158号
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豚肉価格高騰を追い風に飛躍する人工肉

2019年11月19日 李明子(『中国新聞週刊』記者)/吉田祥子(翻訳)

アメリカの人工肉メーカー、ビヨンド・ミートとインポッシブル・フーズ。アメリカで巻き起こった人工肉旋風が中国にも上陸している。高付加価値、低コストを武器に植物肉は動物肉にとってかわることができるのか。中国の人工肉事情を追う。

 人工肉はいまやシリコンバレー投資界の新たな寵児だ。今年5月、アメリカの人工肉メーカー、ビヨンド・ミート(Beyond Meat)が上場すると、株価は見る見るうちに6倍近く跳ね上がった。その数日後、競合するインポッシブル・フーズ(Impossible Foods)がビル・ゲイツや李嘉誠〔香港の大富豪〕、ツイッター共同創業者のエヴァン・ウィリアムズといった各界の大物から3億ドル〔約320億円〕の資金を調達したと発表した。同社はファストフード大手のバーガーキングと提携し、植物由来の代替肉〔以下、植物肉〕を使ったハンバーガー「インポッシブル・ワッパー」を全米7,200余りの店舗で販売している。

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写真①:ビヨンド・ミートが製造した人工肉ハンバーガー。写真/視覚中国

 太平洋の向こう側で巻き起こった風はたちまち海を渡り中国に吹いてきた。8月16日に開かれた淘宝造物節(タオバオ・メーカーフェスティバル)のメディア発表会で人工肉の肉団子が披露されると、すぐに会場中の注目の的となった。また、北京のフードテック企業「珍肉(Zhen Meat)」は「人工肉月餅」を9月に発売すると発表した。

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写真②:8月16日、浙江省杭州市で開かれたアリババグループのタオバオ・メーカーフェスティバル発表会で展示された人工肉。写真/視覚中国

 古くから「素食〔精進料理など中国伝統の菜食様式〕」の文化を持つ中国人にとって、人工肉はさほど目新しいものではないが、いまでは現代のハイテクノロジーによって高級な舶来品に様変わりしている。エネルギーや環境の危機がたびたび叫ばれ、世界的に豚肉の価格が高騰している今日において、人工肉の登場は未来から届いた一筋の光のようだ。しかし、この光が本当に現実を明るく照らすことができるのか、まだ疑問が残る。

「素肉バージョン2」なのか

「中国初の人工肉導入店」と銘打ったレストラン「青苔行星(PLANET GREEN)」が深圳でオープンしてすでに1年余りになる。創業者の1人、呉雁姿氏は2017年に香港でインポッシブル・フーズとビヨンド・ミートに接し、科学技術と伝統食品産業の融合が彼女の目を引いた。また、人工肉に込められた「環境保護」や「動物愛護」といった意義にも大いに賛同し、深圳に戻ると親友の陳穂文氏と共同で青苔行星を開業、中国の大陸部で初めてインポッシブル・フーズの人工肉を導入した。このレストランで販売するのはただの食べ物ではなく、未来なのだと陳穂文氏は言う。

 学術的に人工肉は、「植物肉」と動物の細胞からつくる「培養肉」に分類される。植物肉は大豆・エンドウ豆・小麦などの作物から抽出した植物性タンパク質を原料とし、押し出しなどの工程を経てタンパク質の含有量と食品の質感を高め、さらに植物性の風味物質を添加することで食感と風味をより本物の肉に近づけたものであり、培養肉はラボで動物の幹細胞を培養して生産する肉である。現在、市場に出ている人工肉はすべて植物肉だ。

 中国農業農村部食物・栄養発展研究所の劉鋭主任は「植物肉は素肉〔素食用に大豆などを加工した肉〕とも言える。昔から人々がよく知っている素肉に比べ、最新の同類製品は成分の由来や加工レベル、風味の面でより高度な科学技術が反映されているに過ぎない。現在の植物肉はアップグレード版の素肉と考えてもよい」と話す。

 中国人のなかで菜食主義者は珍しい存在ではなく、植物性タンパク質に対する研究も中国には20年余りの歴史がある。中国の素食レストランでよく見かける「素肉」とシリコンバレー生まれの植物肉はどう違うのだろうか。

 中国植物性食品産業連盟の薛岩事務局長は「主な違いは背後にある科学技術の活用度」と述べ、伝統的な素肉は分離大豆タンパク質の一次加工製品で、自動化レベルが低く、もっぱら「手仕事」に依存していると説明する。例えば「素鶏」は、湯葉を重ね合わせてから筒状に巻いて細い紐で固定し、蒸煮・成形・乾燥を経て、調理の過程でさまざまな調味料を加えて豆臭さをカバーし、鶏肉の味に似せる。薛岩事務局長は「中国の素食産業は数十年さらには100年もの間大きな進化がなく、科学技術の活用度が低い」との見方を示す。

 インポッシブル・フーズは目下、業界公認の最も高い科学技術を誇る植物肉メーカーの1つだ。看板商品である「インポッシブル・ミート(Impossible Meat)」の秘密兵器は「ヘム」と呼ばれる動植物の細胞内に偏在する含鉄物質であり、植物肉の血色を良くし、ジューシーにする効果がある。

 インポッシブル・フーズの創業者でスタンフォード大学生物化学部名誉教授のパトリック・ブラウン氏は、ヘムは血流に乗って酸素を運搬するだけでなく、動物の肉を食べたときにおいしさを感じさせる主な要因でもあることを明らかにした。大豆の根にも類似のヘムが含まれており、ブラウン氏と研究チームは大豆ヘムの遺伝子を酵母細胞に組み込んで「植物性血液成分」〔大豆レグヘモグロビン〕を量産しようとしている。

 同社が開発した植物肉ハンバーガーについて、アメリカの科学技術サイト「CNET」やイギリスBBCの「グッドフードショー」などでは「牛肉そっくりの味わいだ」といずれも高く評価している。一方、ビヨンド・ミートはビートジュースなどの植物成分を代用して動物の血の風味と視覚効果を生み出している。

 植物肉の味は、この業界が最も着目しているポイントである。イギリスの市場調査会社ミンテルは、アメリカの消費者が植物性タンパク質食品を選ぶ際の主な決め手は味であり、健康・環境・動物愛護といった要素を上回っていると指摘する。

 北京工商大学食品・健康学院の李健准教授は、植物肉の味わいをより本物の肉に近づけるには主に2つの方法があると説明する。1つは豆製品特有の臭みを取り除く方法、もう1つは肉に似た風味物質を添加する方法で、分子レベルの抽出物または普通のネギ・ショウガ・ニンニクなどでもよい。「後者の方法よりも、現在の研究ではいかに豆臭さを取り去るかということに重点と難しさがある。アルデヒド類を主とする臭気物質は植物性タンパク質と緊密に結合しているため、臭みを除去するとタンパク質含有量が低下しかねません」

 李健准教授のチームは植物肉の成分解析と風味の研究をすでに2年余り続けており、食品のパッケージを開けた瞬間だけ鼻を打つ香りではなく、持続性があり立体感に富む風味物質を天然の植物から開発したいと言う。

 風味と質感は植物肉製造技術上の二大難題だ。劉鋭主任は、「質感」がより重要であり、搾油後の大豆油カスを植物肉に変身させるカギの1つとみている。加熱・加圧・撹拌・切断などの方法によってばらばらの砂粒のような天然構造の植物性タンパク質を改質し、押し出して生成した組織化タンパク質のなかの含水量が高いものを「繊維状タンパク質」と呼ぶ。このとき本物の肉の質感に極めて近くなるため、これを原料にブロック肉やミンチ肉をつくり、食品メーカーや外食企業がその後の加工をおこなう。

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写真③:インポッシブル・フーズの人工肉バーガー製造ライン。写真/IC

 輸入植物肉がすべて中国のものより技術が高いとは限らない。中国伝統の素食は、ビヨンド・ミートの植物肉と製造技術上の本質的な違いはなく、どちらも撹拌・蒸煮・冷却などの方法を用いているが、インポッシブル・フーズの植物性血液成分に関する研究や応用に比べれば、まだかなりの開きがあると薛岩事務局長はみている。

 昨年末に中国食品工業協会栄養指導工作委員会と国家食物・栄養諮問委員会弁公室の指導のもとで中国植物性食品産業連盟が設立された。その主な目的は、産業の発展を推進し、中国伝統の一次加工食品業界により多くの科学の遺伝子を注入するよう支援することである。

未来を見据えて

「2035年までに植物肉は動物の肉に取って代わる」。インポッシブル・フーズ創業者のパトリック・ブラウン氏はこれまで何度もこう公言し、その実現のために、十数年にわたり奮闘してきた。

 ブラウン氏は菜食主義者で、「食」のあり方を変えることで環境保護に貢献できると信じている。国連食糧農業機関(FAO)は、畜産業が大気汚染、水資源の浪費、土地の破壊〔森林伐採や土壌の劣化〕など多くの環境問題の主な発生原因であると発表した。気候変動を例にとると、畜産業が排出する温室効果ガスは全体の18%を占め、運送業が占める割合を上回る。また、人口増加により肉類や乳製品に対する需要は拡大し続け、2050年には需要量が倍増する見通しである。

 この報告に触発されたブラウン氏は、2009年に55歳で「畜産業を消滅させる」方法の研究に着手した。家畜の飼育は全世界の45%の土地と40~50%の穀物を占有し、直接穀類で人類を養うために消費する資源よりもはるかに多い。問題はいかに「環境に優しく」肉食を実現するかだと考えた。2年後、50人余りの科学者・エンジニア・農民・調理師を含むインポッシブル・フーズ研究開発チームを設立し、彼らの開発した植物肉ハンバーガーが2016年にアメリカで販売開始した。

 2018年4月、ブラウン氏は『TIME(タイム)』誌の取材に対し、「畜産業が生産する牛肉に比べ、我々は20分の1の土地と4分の1の水資源しか使っていない」と語った。「代替肉」の研究開発には、ビル・ゲイツやグーグルのセルゲイ・ブリンらシリコンバレーの大物企業家が積極的に投資している。

 2013年、細胞培養肉からつくられたビーフハンバーガーが登場し、センセーションを巻き起こした。しかし、開発したオランダ・マーストリヒト大学の血管生物学者マーク・ポスト博士は「この人工牛肉の商業化生産を実現するには少なくともあと20年かかる」と述べた。培養肉は家畜の体から幹細胞を採取しなければならず、また、幹細胞は繰り返し使用できないので、畜産を完全に代替することはできないのではないかと、その当時疑問を呈する科学者もいた。

 植物肉のほうが量産性と代替性の面で明らかに優れているうえ、動物細胞培養肉が抱える監督管理や倫理面での多くの問題を回避できる。

 ビヨンド・ミートは、植物性タンパク質を原料にハンバーガーやミンチ、ソーセージを製造し、食品チェーン店・ファストフード店・スーパーなどを通して販売している。同社は「人工肉」業界初の上場企業として今年7月に第2四半期の財務諸表を公開、当期純利益が前年同期比の3倍近く増加し、当初の予想をはるかに上回った。

 中国国内投資家向けA株の「人工肉」関連株もこれに牽引されて高騰している。中国大手食品メーカーの双塔食品がタンパク質原料を代理店経由でビヨンド・ミートに供給していることを明らかにすると、これを受けて株価が急騰した。8月に公開された上半期報告書によると、双塔食品は前年同期比で約40%増益となっている。

「5月にビヨンド・ミートがアメリカで新規上場してからというもの、中国国内で類似の新会社が毎月平均3~4社登録され、北京・上海・広州・深圳及び東南沿海地区に集中している。植物肉を製品とするスタートアップ企業は現在すでに全国で10社ほどある」(薛岩氏)

 8月16日に新規登録して設立されたフードテック企業の珍肉は、同社初の製品――エンドウタンパクを主原料とする牛肉風味の「植物肉月餅」を中秋節〔9月中旬の伝統的祝日〕の前後に発売した。創業者の呂中茗氏は「月餅は最初のステップにすぎず、今後も市場の反響を見ながら製品の風味や形態を改良していく」と強調した。

 だが、これは呂中茗氏が初めて手掛けた事業ではない。2015年、米国留学から帰国した呂氏はスポーツ栄養食品ブランド「腹愁者」を立ち上げ、中国でいち早くプロテインバーを発売した。その頃に植物肉のことを耳にし、「高タンパク・低脂肪・コレステロールゼロのグリーン食品〔安全で環境に配慮した食品〕で、将来必ず趨勢を占めるに違いないと思ったが、当時はまだ創業の機が熟していなかった」と語る。

 薛岩事務局長は、「長年にわたる政府の指導と市場教育により、消費者の食品購買行動に量から質へという変化が現れ、もはや空腹を満たすことは目標ではなくなり、ヘルシーで天然植物由来の食品がますます重視されている」と述べ、こう続けた。「これに資金面での後押しも加わり、植物肉や植物ミルクといった食品の現在の発展ぶりは、『天の時、地の利、人の和』の3条件が揃った結果と言える」。呂中茗氏もこのチャンスを捉えたのであり、「金儲けだけが目的ではなく、未来を掌握し、世界を変える」と述べている。

 イギリスの大手銀行バークレイズは5月に発表した研究報告で、10年後の世界の食肉市場の規模は1兆4,000億ドル〔約150兆円〕に達し、そのうち「代替肉」の市場シェアは現在の1%未満から10%に拡大、1,400億ドル規模になると予測している。

 一方で、「人工肉」のバブルを疑う声も絶えず存在する。先ごろ、『中国証券報』は、ビヨンド・ミートの株式の約51%が空売りされていると報じた。金融分析会社S3パートナーズによると、ビヨンド・ミートはすでに米国株式市場で空売り銘柄ランキングのトップ10にランクインしている。

「人工肉初の関連株」という輝かしい名のもとで、ビヨンド・ミートは創業から10年間ずっと赤字状態にある。同社の目論見書によると、2018年の赤字幅は前年に比べて縮小したが、まだ3,000万ドル近い損失を計上しており、これも今年の第1四半期の財務諸表公開後に株価が一時下落した原因の1つだ。

「バブルは確かに存在するが、ほとんどの人は株価の極端すぎる高騰を疑問視しているのであって、植物肉そのものを否定するものではありません。植物肉はいまも資本が最も評価する事業の1つです」(珍肉の共同創業者、洪小斉氏)

「目下、国内の植物肉に対する融資はすべて1,000万元クラス内に収まっており、スタートアップ企業はまだ始動段階にある。バブルはもちろんあるが、メリットのほうが弊害よりも明らかに多い」という薛岩事務局長の見方はあながち間違いではない。アメリカの市場調査によると、バーガーキングは「インポッシブル・ワッパー」販売後、来店客数が18%増加している。

挑戦

 パトリック・ブラウン氏の壮大な志と比べ、中国の事業者はかなり保守的だ。取材に対し多くの事業者が、「フレキシタリアン〔ゆるい菜食主義者。フレキシブルとベジタリアンを合わせた造語〕」のために別の「肉」を提供して食事の選択肢を増やすことしか考えておらず、動物の肉に代替するものを追求しているわけではないと回答している。

 価格が高すぎることも植物肉がすぐに畜肉に取って代われない原因の1つかもしれない。アメリカにおけるビヨンド・ミートとインポッシブル・フーズの人工肉パティの値段は中国の通常の牛肉の2~3倍する。青苔行星の「スーパーハンバーグ」は食材にインポッシブル・フーズ製植物肉を採用し、販売価格は88元〔約1,300円〕だ。

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写真④:インポッシブル・フーズの人工肉バーガーパティ。写真/IC

「国内の食品工業は成長の鈍化が何年も続いているため、高付加価値製品である植物肉はまさに待ち望んでいた成長分野」と薛岩事務局長は指摘し、今年の5月より中国の大手老舗食品企業が続々と市場調査を開始し、植物性タンパク質製品市場の空白を埋めようとしていると説明する。老舗企業は生産と販売チャネルにおいて優位性があり、手ぐすね引いて参入の機会を待っている。

 海外に比べ、中国産植物肉は伝統的な豆製品の加工という基礎がある点で有利だ。薛岩氏は、「産業チェーンは完備しているし、生産面では量産化や集約化が可能なのでコストを引き下げることができる」と述べ、その一例として、山東省だけで大豆タンパクの加工量は世界の40~50%を占めており、エンドウタンパクの加工生産量も80%以上を占めるはずだと紹介した。

 昨年の中国植物肉製品の市場規模は50万t、輸入大豆は9,000万t、搾油後の油かすは約7,200万tであり、その植物性タンパク質含有量を50%として計算すると、3,600万tが純植物性タンパク質である。これを全部使って植物肉に加工すると、現在の市場規模の70倍を超えるため、市場の成長余地はかなり大きいと言える。

 業界関係者は「植物性タンパク質の価格は約20元/㎏で、人工肉を大量生産すればコストはさらに下がり、本物の肉類よりも低価格というベースが整う」と話す。今後5年以内に世界の植物肉の平均価格は指標とする一般的な肉類よりも60%近く安くなると呂中茗氏は見込んでいる。

 もう1つの課題は監督管理である。素肉は長い間ずっと豆製品の監督管理範囲に区分されており、食品の安全衛生は国家食品薬品監督管理局が担当している。「植物性食品産業連盟の植物肉専門委員会は、業界の自主管理を呼びかけるとともに、関係部門と協力し、政府に製品の規格、原料の基準、定義と判断基準などを含む規定を制定するよう呼びかけている」(劉鋭主任)

 今年6月、陳穂文と呉雁姿の両氏はさらにフードテック企業を共同で設立し、植物肉スタートアップのブランド「スターフィールド(Starfield)」を立ち上げた。同社は素食用食品メーカーの鴻昶生物科技(蘇州)有限公司と提携することに合意し、製品は9月に市場投入予定と発表した。スターフィールドはすでに青苔行星を含め20余りのレストランから注文予約を受けており、レストランのシェフは新しい植物肉メニューの開発を始めている。「最初のうちは企業顧客向けの製品を取り扱います。ミンチの形状で提供することで、シェフは必要に応じて、ミートソーススパゲティーやピザ、ポークソテー、ハンバーグといったさまざまな料理をつくることができます」と陳穂文氏は言う。

 年末までに人工肉製品を扱う企業は少なくとも50社に達すると薛岩事務局長は予想している。「何と言ってもこの風が吹くのをみな待っていたのですから」


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年12月号(Vol.94)より転載したものである。