第158号
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研究成果を「1元」で譲渡―常識破りの実用化スタイルでウィンウィンを実現

2019年11月8日 劉垠(科技日報記者)

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視覚中国より

 大学の成果バンクから特許を1つ選び、それを実用化するとすれば、大学にライセンス料をいくら払わなければならないのだろうか? 国有資産管理という観点から考えると、科学技術研究成果のライセンス料設定には様々な課題が存在する。国有資産の管理リスクを回避するために、大学や科学研究院機関は通常、特許権譲渡を望む相手とライセンス料について話し合い、その後、第三者機関にその評価を委託している。

 一人でも多くの研究者が大学などの研究成果を活用した起業を展開できるようにするにはどうすればいいのだろう? そのためには、一般常識とは異なる道を歩まなければならない。例えば、上海交通大学は、科学研究チーム主導の成果の実用化の新メカニズムを積極的に模索し、「分割譲渡+成果評価」という実用化の新しいスタイルを編み出した。この方法では、協議を通して、知的財産権を1元の名目価格で分割すると約定し、大学と研究者が成果の所有権を共有し、その後、第三者に評価を委託して実用化の価値を確定させる。

 上海交通大学先進産業技術研究院の院長助理の劉群彦氏は、「科学技術研究成果の実用化が行われる際、知的財産権の一部の所有権を、名目価格1元(1元は約15.43円)で研究者に譲渡し、『1‐100』の奨励効果を発揮させる。もちろん、名目価格1元での分割は、譲渡のプロセスをスムーズに進めるための単なる取り決め事に過ぎず、研究者が成果を評価した後で、30%を大学側に支払うことになる」と説明する。

「科学技術進歩法」や「科学技術成果転化促進法」が言及する「利益分配」は、研究成果実用化後の奨励メカニズムだ。では、「事後奨励」を、「事前所有権帰属奨励」、または「事中所有権帰属奨励」に変えることはできないのだろうか? 中国科学院大学・知的財産権学院の唐素琴准教授は、「事前、事中の所有権帰属奨励スタイルを、中国の科学技術研究成果が活発に創出される地域が既に採用を試みている。それは、『西南交通大学スタイル』、『上海交通大学スタイル』と呼ばれている」と説明する。

分割譲渡+成果評価により書類上の特許を「現金化」

 2015年から2019年にかけて、上海交通大学は、「分割譲渡+成果評価」の実用化スタイルを通して、全て、または一部を研究者に譲渡した職務上の研究成果は200項目以上あり、譲渡後の評価価格は6億元、教員が創設した約40社の企業に使われ、社会投資20億元以上をもたらした。

 このような優れた結果を見て、そのモデルケースを採用する大学も増えている。上海交通大学の牽引の下、上海海事大学などの大学も教員や職員などのイノベーション・起業促進のために、少しずつこの成果実用化のスタイルの採用を試みている。

 2018年の大衆による起業・革新(イノベーション)ウィークに、北京術鋭技術有限公司(以下「北京術鋭」)はスマート手術システムを使ってブドウの皮を縫うデモンストレーションを行い、多くの人々を驚かせた。2019年、同社はシリーズAによる資金調達額が約6,000万元に達した。その資金は、主に研究開発チームや特許の世界における配置の強化、適応症の範囲拡大、臨床研究の展開などに用いられた。

 劉氏は、「ここ数年、北京術鋭が資金調達の目標を速やかに達成できたのは、『分割譲渡+成果評価』の実用化スタイルのおかげだ。研究成果を科学研究チームに譲渡するというのが、チームが知的財産権増資のスタイルで北京術鋭に資金を提供する必要条件」と説明する。この成果実用化の過程は4つのステップに分けることができる。

 まず、上海交通大学が「スマート手術システム」の研究成果を、「名目価格1元」、70%の比率で上海交通大学機械・動力工程学院の徐凱教授率いるチームに譲渡する。そして、第2ステップとして、上海交通大学と徐教授の委託を受けた第三者評価機関が、職務上の研究成果の市場価格を確定させる。第3ステップとして、大学側は上場取引を通して、徐教授のチームに研究成果の残りの30%の所有権を譲渡する。最後に、徐教授のチームが研究成果の全ての所有権を取得し、北京術鋭に出資する。大学の収益については、上海交通大学は科学研究チームが5年以内に、分割で30%の比率でライセンス料を支払うことを認めている。

職務上の成果の実用化と起業が直面している3つのハードル

 研究者が大学や科学研究院所などの職務上の研究成果を活用して、価格を定めて投資を実施し、成果の実用化やテクノロジーの分野での起業を実現していることは、研究成果の実用化を現実的な生産力にするための、最も直接的、かつ効果的なスタイルであることは注目に値する。中国の研究成果の実用化の実践において、社会の投資家は研究者と「抱き合わせ販売」することを望み、一方の研究者は、「自分の子供」のような存在である研究成果を、資本として企業の生産や経営に活用することを望んでいる。

 劉氏は、「研究成果と有形国有資産は、管理の面で同レベルにあるため、大学や科学研究院所は往往にして研究者に直接職務上の研究成果を譲渡することはできない」とし、そのような状態のデメリットとして、研究者が企業を立ち上げても、機関に報告することは少なく、報告したとしても認められることはないため、『地下企業』が大量に存在していること、研究者の起業の過程で、職務上の研究成果の特許出願は、企業によって行われるケースがほとんどで、結果、職務上の研究成果は「インターフェイスがはっきりしていない」状態になっていること、起業し大きな利益を上げるようになっても、往往にして資金調達が困難であるため、生産をそれ以上拡大できないことの3点を挙げている。

 2019年度に「求是傑出青年学者賞」を受賞した上海交通大学の特別研究院・盧策吾氏も、研究成果を活用して起業した教員の一人で、「このスタイルは成果の実用化を可能にしている。帰国した時に上海交通大学を選んでよかった!」と喜びの声を上げる。

 劉氏は、「イノベーションと市場の規律を尊重することを前提に、研究成果の実用化における不合理な決まりごとを取り払い、職務上の研究成果を研究者が直接活用して企業を立ち上げられるようにするというのが、上海交通大学がここ数年取り組んでいる成果の実用化における模索の重要な方法の一つだ。このスタイルがもたらす社会的意義は、研究成果の所有権を与えることで、研究者が研究成果を活用して起業できる点だ」と指摘する。

現有の管理規定の上を行く「事中権利奨励」

 唐准教授は、「上海交通大学の『事中権利奨励』のスタイルは、普遍的に研究者に研究成果の所有権を与えるという意味ではなく、職務発明者、またはチームが自ら実用化の意思を表した場合、協議するということ。そのような場合、研究成果の成熟度や研究者の実用化に対する熱意は強く、実用化の組織としての能力も整っており、成果の実用化は方向性がはっきりしているほか、効果も顕著である可能性が高い。また、価格評価、つまり協議を通して、機関が受け取ることができるライセンス料を明確にするという方法は、懸念されている国有資産の流失という問題をある程度解決できる」との見方を示す。

 劉氏は、「職務上の研究成果の実用化の前に、『知的財産権』という名目で『棚に放置』され、実用化が実施されていないほとんどの成果は、単なる書類上の権利となってしまっている」と指摘し、「『事中権利奨励』を特徴とした改革は、所有権奨励におけるブレイクスルーを実現している」との見方を示す。

 現行の国有資産管理をめぐる法律や政策の下では、大学の職務上の研究成果は無形の国有資産と見なされる。2019年に「事業機関の国有資産管理弁法」が改訂され、他人(研究者を含む)に譲渡する際、機関が文書を通して、評価価格に基づいて譲渡するかを決めると規定された。国有事業機関は、リスク回避のために、往往にして評価価格に基づいて譲渡する。

 劉氏によると、上海交通大学は「定価1元」のスタイルで、一部の所有権を研究者に協議したうえで譲渡し、その後、大学と研究者が共同で評価する。そして、大学は30%の取り分で、上場取引の方法を採用して実施する。この方法は、改訂後の『事業機関国有資産管理弁法』の上を行く、画期的なやり方だ」と評価する。

「事中奨励」の模索において、上海交通大学の研究者に所有権を譲渡するスタイルは、70%の奨励を、研究成果の所有権の奨励と見なし、この方法は、「科学技術成果転化促進法」の研究者に現金、または株式の取り分を50%以上とするべきという「事後物質奨励」のスタイルの上を行く、画期的な方法だ。

 ただ、唐准教授は「『上海交通大学のスタイル』は、合理的であるものの、基本ライセンス料『1元』の確定根拠や成果評価価格、個人と機関の間の分割の割合などが合理的か、妥当かなどは、今後もさらに議論と実践を通して検証しなければならない」と指摘する。

 国有資産管理の研究成果の実用化に対する足かせをどのように取り除けばよいのだろう? 唐准教授は、「根本的には、国有である研究成果の財産属性や管理スタイルの面でのブレイクスルーが必要。中国財政部(省)が最近可決した国有資産管理新規定は、授権をさらに強化し、研究成果を臨機応変に運用するべきというシグナルを発している」と分析する。

 劉氏は、「上海交通大学が研究者に職務上の研究成果の所有権を与えていることを見ると、研究者が研究成果を活用して企業の立ち上げに従事することの促進につながっており、政府の科学技術イノベーションの公共利益を害することもないことが証明されている」とし、「政府が大学や研究機関などの国有事業機関が、職務上の研究成果の所有権を研究者に譲渡することを認可することを望む。また、法律や政策の面から、研究成果と国有有形資産の性質を区別し、関連の法律、政策の改正を実施してほしい」と提案している。


※本稿は、科技日報「科技成果"1元転譲" 看似虧本的実用化模式実現多贏」(2019年10月25日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。