第159号
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「ワクチン管理法」施行ヘ―武漢大学ABSL-Ⅲ実験室のアップグレード

2019年12月11日 張佳星(科技日報記者)

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バイオセーフティーボックスを使って動物サンプルに初歩的な処理を行う実験スタッフ(取材先提供)

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武漢大学A3実験室で、陰圧式アイソレーターの中の実験動物に実験操作を行う実験スタッフ(取材先提供)

 中国初の「ワクチン管理法」(正式名称「中華人民共和国疫苗(ワクチン)管理法」)が12月1日から正式に施行されることになった。新管理法は、人々が広く注目しているワクチンのコールドチェーン輸送、全過程トレーシングなどに焦点を当て、最も厳格な監督管理を行うことを明確にした。ワクチンのライフサイクルの最初の段階にあり、研究開発試作段階のカギとなるハイレベルのバイオセーフティー実験室に対しても、新管理法は明確な要求を打ち出した。

「ワクチン管理法」第11条は、「研究開発や生産、検査などの過程で健全なバイオセーフティー管理制度を確立、厳格にコントロールし、菌やウイルス株など病原微生物のバイオセーフティー管理を強化しなければならない」と規定している。そのうち、病原性の高い病原微生物に関連するワクチンの研究に対しては、必ずハイレベルバイオセーフティー実験室、すなわちバイオセーフティー三級以上の実験室で行うよう要求している。

 ハイレベルバイオセーフティー実験室はどのように新管理法の施行を迎えるのか?筆者は先ごろ中国初のハイレベルバイオセーフティー実験室である武漢大学ABSL-Ⅲ実験室(以下「A3実験室」)を訪問し、新管理法がバイオセーフティー研究の先端分野にもたらす変化について取材した。

SARSワクチンはこの実験室から臨床応用へ

 武漢大学A3実験室に入るための最初の手順は、安全防護服に着替えることだ。記者はスタッフの手助けでマスクとゴーグルをつけ、防護服を着用してから、密閉されたエアーシャワー室で数十秒間消毒を行った。実験室に入る人(或いは物)が細菌を持ち込み、実験室が汚染されることを避けるためだ。500平方メートルの実験室全体も実験の間はずっと陰圧状態にあり、安全処理をしてからでないと室内の通気ができないようにして、研究対象であるウイルスを「閉じ込める」。

 武漢大学A3実験室は2003年8月に設立されたが、中国は1年後の2004年になってようやく実験室認可制度をスタートさせた。中国実験室国家認可委員会の1年以上にわたる厳格な審査を経て、2005年、武漢大学「バイオセーフティー三級動物実験室」は中国初のハイレベルバイオセーフティー実験室となった。

 この実験室には、当時発給された認証番号「001」の認可証が今も保管されている。当時実験室主任だった武漢大学医学院の孫理華教授は、「バイオセーフティーレベルが三、四級の実験室が研究していたのは高い危険性のあるウイルスで、感染力が強いうえにワクチンはなかった」と当時を振り返る。ウイルス研究者たちの安全を保証するため、そしてウイルスが確実に「閉じ込められる」ようにするために、空気中の微生物ですら外に出られないようにしていたという。十数年前の武漢大学A3実験室は、その防護設備と措置がすでに四級実験室のレベルに達していた。

 研究者のセキュリティー制度の実行も容赦ないといっていいほど厳格だ。「羊を失ってから檻を補修する」というようなことは絶対に許されない。孫教授は今でも2003年11月の出来事を鮮明に覚えている。2003年11月18日午後4時、すでにSARSウイルスに感染させていた実験用のサルが檻の外側にある有機ガラスの扉を開けようとしていた。監視員がすぐに異常に気づき、迅速に実験室内のスタッフに知らせてその場で処理し、わずか数十秒の間に動物の逃走を防いだ。この件があった後、管理者は改めて24時間前までの監視カメラ映像を確認し、すべてのリスクや潜在的な危険を洗い出して排除した。こうして、SARS不活性化ワクチンの実験用サル18匹に対する体内実験が順調かつ安全に終了し、関連ワクチンが実験室での研究開発から臨床応用へと進むことを保障したのである。

生物医学実験の「セキュリティーの砦」を築く

 今回のアップグレードで、武漢大学A3実験室では重点的に生命維持システムを構築した。もともと外気を直接実験スタッフのマスク内に送っていた方式を、外気の温度と湿度を適切な状態に調節し、粉じんや異臭をろ過してから送り込む方式に向上させ、さらに送気管をより合理的かつ軽便で着用しやすいものにして、研究者が長時間実験室内で活動しやすいようにした。

 そのほか、既存の室内浄化保護構造をステンレス溶接の気密性保護構造に変更し、さらに実験室の安全性を強化し、効果的に汚染物の外部への排出をコントロールするようにした。特にエアゾール(空気)で伝播する病原性の高い病原微生物に対して、この措置は今後人間以外の霊長類を主とした感染動物実験を展開するのに役立つと考えられる。人間以外の霊長類動物はワクチン研究に欠かせない実験動物である。

 レスポンスが良く、オンラインかつリアルタイムのコントロールシステム以外にも、実験室全体に特別な「外部への漏れ防止」装置が備わっている。例えば陰圧維持装置は、実験室内の気圧を外部の気圧より低く保ち、空気が漏れないようにしている。しかも段階的な陰圧設定になっており、例えば実験動物を入れる檻のような最も危険な場所の気圧を最も低く設定し、その場所の空気が絶対に出ないようになっている。スタッフが試験エリアに入る際には何度もエアーシャワーを浴び、緩衝システムなどを経なければならない。

 不可抗力の状況でも安全を保証するために、武漢大学A3実験室の高さは16メートルであるのに対し、基礎は地下12メートルまで深く打ちこんであり、マグニチュード6クラスの地震に耐えることができる。また、実験室の壁の両面にはカラー鋼板が施されており、ほこりがつきにくくなっている。

生命科学の発展に寄与し、事故ゼロ記録を続ける

 ハード設備が絶えず高度化しているほかにも、武漢大学A3実験室は、設備の稼働状況や稼働記録、システム関連資料、人員の専門性といった「ソフト」面でも探求を続け、トップクラスにある。

 この20年間、この実験室で行われたすべての科学研究について、国家科学研究特別資金を用いた大きなものから、実験室の出入りや引き継ぎ記録等の小さなものに至るまで、すべてが克明に記録され、当事者が署名をした上でファイリング、保管されている。一冊一冊丁寧に装丁された紙の台帳には、当初の記録がデータで可視化されて一つ一つ残されている。こうしたソフトとハード両面の取り組みが、武漢大学A3実験室が何年も連続して事故ゼロで稼働することを可能にし、中国でこれから設立される多くのハイレベルバイオセーフティー実験室に貴重なノウハウを提供している。

 2018年、武漢大学A3実験室は、4回目となる国際資格「AAALAC完全認証」(実験動物分野で国際的に最高かつ最も全面的な認証資格)取得を果たした。担当責任者である李紅良教授によると、武漢大学A3実験室はすでに累計で1,300匹以上の人間以外の霊長類に対しエイズや結核などの実験を行っている。中国でこの10年来最も頻繁に実験を行ったバイオセーフティー三級実験室であり、世界でサルの感染動物実験を最も多く行った場所でもある。また、国家衛生計画生育委員会から国連に対して中国の生物兵器禁止条約「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」履行実験室として届け出がなされ、科学技術部(省)からは国家戦略備蓄資源に指定された。また、2003年のSARSの流行期間にはワクチンの研究開発を行い、2008年北京オリンピック期間にはオリンピック「百日」バイオセーフティー応急検査実験室に指定され、2012年には国家衛生計画生育委員会から国家MERS(中東呼吸器症候群)予防・抑制応急準備実験室に指定された。さらに、国家伝染病重大特別プロジェクト、科学技術部支援計画、国家基礎研究重点プロジェクト「973プロジェクト」など、国や省、部レベルの137の伝染病関連プロジェクト完遂のために強力な保障を提供した。

 李紅良教授は、「我々は新たな伝染病の脅威に直面していると同時に、従来の伝染病が撲滅されず再び蔓延する脅威にもさらされている。病原微生物の研究はいささかも気を緩めることはできない。基礎保障施設として、我々にはさらに重大な研究任務と感染症発生ケースに対しリスクのないサービスを提供する義務がある」と話す。武漢大学A3実験室はすでに3年近くに及ぶメンテナンスを行っており、設備・施設と管理に対する要求がさらに高くなっているが、国の病原性の高い病原の予防・治療とワクチン研究開発のために引き続きサポートを提供し、通常化・規範化され、国際基準に合った技術サービスを行うと同時に、科学技術のイノベーションを積極的に行い、生命科学の研究に革新的な技術サービスを提供していくという。


※本稿は、科技日報「《疫苗管理法》実施在即 我国首家高級別生物安全実験室提档昇級」(2019年11月27日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。