第159号
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国家ブレインバンク―神経科学研究のインフラ

2019年12月24日 張盖倫(科技日報記者)

―科学技術リソースを活用し、イノベーションの発展を支える

 医療用冷蔵ケースには観音開きの扉があり、内部には棚が設けられている。棚には透明な箱がやや詰め込み気味にいくつも積まれている。

 箱の外側には番号がふられており、よく見てみると、ホルマリン溶液に浸かっている。これはテレビや科学知識教育フィルムなどで何度も見たことのあるヒトの脳組織だ。

 冷蔵ケースのほかに、常に温度をマイナス80℃に保つ超低温冷蔵庫(ディープフリーザー)もある。

 ここは国家発育・機能人脳組織資源庫(以下、「国家ブレインバンク」)だ。中国の科学技術部(省)と財政部が共同で支援し、国家科学技術基礎条件プラットフォームセンターの指導の下、中国医学科学院基礎医学研究所の名義で設立された国家科学技術リソース共有サービスプラットフォームの一つである。

 国家ブレインバンクの責任者である馬超氏は筆者に対し、「国家ブレインバンクは神経科学の重要インフラだ。現在、この資源庫内には254例の完全な状態の脳組織がある。うち183例は生前脳疾患が見つかっておらず、34例には認知症の病歴があり、37例にはその他の脳疾患病歴がある」と語った。

ブレインバンクは「規範化」された保存を行うべき

 ヒトの脳は、現在自然界で知られているなかで最も複雑な構造を持っている。すべての中枢神経系の疾患はいずれも脳と関係があるが、大多数の神経疾患には現在のところ有効な予防と治療の方法はない。

 これは、私たちの大脳に対する理解がまだまだ不十分であることも意味している。ヒトの脳を知るには、脳を材料・対象として直接研究をしなければならない。2012年、中国医学科学院北京協和医学院は基礎医学研究所の名義の下でヒトの脳組織リソースバンクを設立し、規範化されたブレインバンクの構築をスタートさせた。

 いわゆる「規範化」とは、脳の採取、保存、基本病理検査手順などの面で統一的で標準化されたオペレーションを行うということであり、「保存すればそれで終わり」というぞんざいなやり方であってはならない。馬超氏は「各年齢層や性別、人種、地域、学歴など人口学的な分類と臨床病歴情報がはっきりしている人たちの脳組織を収集し、各タイプの神経系疾患のある脳組織を一通り収集し、さらにできる限り完全な状態で脳組織を収集できるのが望ましい」と説明した。

「脳組織を収集する際は、死亡してから採取までの時間を短縮する必要があり、24時間以内が望ましい。大脳の採取と保存も厳格に規範に従って行われるべきだ。もう一つ非常に必要とされている点は、大脳に対し神経病理学の検査や診断を行うことだ」と馬超氏は指摘する。馬氏は、「アルツハイマー病やパーキンソン病を含む神経系退行性疾患にとって、診断の『至適基準』となるのは神経病理学だ。つまり、脳組織を取得した後、スタッフがその固定やスライス、切片製作、染色を行ってはじめて、最終的に大脳の疾患状況を確認することができる。正確な病理診断により、神経系疾患の臨床と基礎研究、ブレインバンクのサンプルの科学研究が強力にサポートされる」と語った。

 現在、国家ブレインバンクはすでに国内17の科学研究施設および大学・専門学校を含む26の関連課題チームに対し、のべ4千例以上の組織サンプルを無償で提供し、その研究分野は老化や神経退行性疾患(主にアルツハイマー病とパーキンソン病)、脳血管疾患に及んでおり、少なくとも10本の研究論文が発表されている。

中国のハイレベルな研究成果を支える

 先進国の歴史発展経験に基づき、中国の人口学と流行病学資料統計傾向を考え合わせると、中国では年齢と相関性のある神経退行性疾患のピーク期が迫っている。それだけでなく、強い社会的プレッシャーも一部の情動的疾患や精神疾患の増加を促すとみられている。「中国がヒトの脳とその疾患に関する研究を全力で展開することは必然の流れだ」と馬氏は言う。

 現在、米国のNational Alzheimer's Coordinating Centerはヒトの脳を1万3千例収集している。また英国の多くの医学高等教育機関にはヒトの脳組織バンクがあり、全国ブレイン・リソース・ネットワークが出来上がっており、10施設のブレインバンクからなる共有プラットフォームが1万例のヒトの脳を収集している。オランダのブレインバンクは1985年に設立され、さまざまな神経精神疾患と対照用の脳3千例以上を保存している。

 海外と比べ、中国の国家ブレインバンクの設立はスタートが遅く、基盤が十分でないなど、多方面の困難に直面している。国内の多くの機関も積極的にブレインバンクの構築に取り組んでいるが、国際的に主流となっている基準・規範に合致するのはわずか数百例しかない。国外から脳サンプルを借りて研究を行っていたのでは、もはや科学研究のニーズに応えることができなくなっている。また、外国人の脳と中国人の脳では見られる遺伝子発現標的が異なることが考えられるため、多くの研究内容と方向性は必ずしも合致していない。ブレインバンクはヒトの脳研究における核心競争力であり、脳研究を支える基礎条件となるプラットフォームだといえるだろう。「これが不十分だと、飛躍的な科学研究成果を得ることは非常に難しい」と馬超氏は指摘する。

 以前は、伝統的な観念のため、一般の中国人は通常、遺体や器官を提供したがらなかった。しかし近年、献体登録者数は年を追うごとに増加している。1999年から2018年末までに、北京協和医学院献体ステーションに献体登録をした人だけでも1万3,500人以上にのぼり、実際に1,646人が献体を行った。全国のその他の医学系大学の献体希望者数も近年増加する傾向にある。

「中国は人口が多いため、献体される病例が少なくても、中国の国家ブレインバンクのリソースは比較的短期間でかなりの規模に達することができ、それによって中国の脳疾患研究の深刻なサンプル不足という受動的局面を迅速に変えることが可能だ。最も理想的な状況は、どの地区にも規範化されたブレインバンクが設立され、献脳希望者がスムーズに献脳できるようになることだ」と馬超氏は語った。

 ブレインバンクサービスは脳科学や脳疾患研究・教育に寄与するものであり、保存されたヒトの脳組織リソースを単にその機関だけが用いるというものであってはならない。国家クラスのリソースバンクを構築する上での初期目的はまさにここにある。つまり、リソースの共有の実現だ。国家科学技術リソース共有サービスプラットフォームの構築運営発展プランによると、国家ブレインバンクの構築と運営を通じて、専門人材チームを育成し、中国のヒト脳組織のリソース共有を推進し、中国内外のブレインバンク機関同士の協力を強化し、中国がハイレベルの神経科学と神経精神疾患の研究を行うための基礎を固めていくという。


※本稿は、科技日報「国家脳庫:神経科学研究的基礎設施」(2019年12月10日付4面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。