第161号
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江蘇省「科学技術改革30条」―研究者が安心して研究に取り組める環境づくり

2020年2月28日 張曄(科技日報記者)

 2020年1月17日、中国鉱業大学の王勃副研究員と研究グループの教員2人および大学院生の5人は、山西省介休市の大仏寺煤業公司から、疲労困憊といった様子で江蘇省徐州市に戻った。

「炭鉱で浸水事故の復旧作業をしていた時に、また新たな浸水事故が起きた。当グループのメンバー全員がすぐに炭鉱に向かい、命の危険を冒して坑内に入った。10日後、ついにF6断層で大量の湧水の源を発見し、問題を解決した。」

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実験室で研究を行う中国鉱業大学の研究者(画像提供:中国鉱業大学宣伝部)

 教員になってまだ7年目の王さんは今、校内で「時の人」となっている。2019年11月、王さんは研究グループと共に、大仏寺煤業公司と総額6,309万元(約9.9億円)の契約を結んだ。これは同大学にとって、ここ10年で最大規模の横断的科学研究プロジェクトとなった。

 以前なら、このような市場の横断的科学研究プロジェクトの場合、縦断的科学研究課題を参考にして管理しなければならなかった。そして、経費の使途を自分たちだけで決めることはできず、また昇進の際にも経歴として考慮されることは無かった。そのため横断的プロジェクトは、大して役には立たないが捨てるには惜しい「鶏肋(鶏がら)」のような存在だった。

 2018年、江蘇省は「科学技術体制・メカニズム改革の深化と高品質の発展推進に関する若干の政策」を発表した。「科学技術改革30条」と呼ばれるもので、ウィークポイントやボトルネック、難点に焦点を合わせ、新たな政策を通して、科学技術人員に関心を示し、科学研究者たちは束縛から解放され、安心して研究することができるようになり、最終的に、テクノロジー発展の面でたくさんの成果が生まれるようになった。

経費関連の事務から科学研究者を開放

 2019年10月22日午後5時、王さんがまもなく退勤というときに、突然、大仏寺煤業公司からの電話を受け、「坑内で水害が発生した」と伝えられた。介休市は、世界で2ヶ所しかない質の高い原料炭の産地の1つで、水害の発生によって、極めて深刻な損失を被ることになる。

 王さんは、すぐさま要請に応じ、荷物をまとめ、翌日午前7時の列車に乗って、現場に向かった。当時、坑内は非常に危険な状態で、作業員らは既に避難していた。王さんは同僚2人と危険を冒して坑内の深さ約300メートルの所まで行き、調査、測量、分析を行い、第一段階の判断を下した。

 王さんは取材に対して、「このプロジェクトを実施するよう私を突き動かしたのは、改革を行うことにより、横断的科学研究が重視されるようになり、研究者の立場が向上し、経費の使途も自分たちで決めることができるようになったからだ。例えば、今回のプロジェクトでは、坑内での仕事の一部を第三者に任せる必要があった。以前の縦断的科学研究課題の管理では、入札を実施しなければならなかった。入札には1ヶ月から2ヶ月はかかり、それを待っていたら、炭鉱は水没してしまう。一方、今は第三者と契約を交わせば、作業グループに坑内に入って作業をしてもらうことができる」と説明した。

 江蘇省の「科学技術改革30条」では、横断的経費管理の実行は財政科学研究経費の分類管理方式とは異なり、大学・研究機関が自ら使用範囲や基準を決めることができるが、その組織の予算には計上しないとしている。

 縦断的課題実行総合予算の制定管理は、科目数を大幅に簡素化し、省級プロジェクトの場合、全ての予算科目を自分たちで調整することができ、割合が制限されることはない。間接的費用は、成果に関する支出に用いる場合、30%以上の賞与を35歳以下の青年科学技術人員に支給することになっている。

 経費の使用に関しては、直接的費用を費用に計上できる範囲が拡大した。例えば、定年退職者の再雇用や定員外人員関連の費用支出を労務費に計上することができ、横断的経費の余剰部分は、主に研究グループが使うことができる。

 近年、複数の国家重大プロジェクトを先頭に立って担当してきた南京工業大学の合成生物学専門家・姜岷教授は、「以前の科学技術経費の管理方式下では、私たちは往往にして経費予算や財務の精算業務などに多くの体力、気力、時間を費やさなければならなかった」とし、「どのようにうまく経費を使えばいいかと、いつも頭を悩ませていた」と振り返る。

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科学実験を行う南京工業大学の研究者(画像提供:南京工業大学宣伝部)

 しかし大学は現在「文書の精神」に基づいて、科学研究の「放管服(行政のスリム化と権限委譲、緩和と管理の結合、サービスの最適化)」を進め、経費精算の事前審査を事後監督管理に変え、精算のプロセスを簡素化できるようになった。精算審査のための証明資料は、プロジェクトの責任者がサインするだけでよく、何人もの大学幹部のサインは不要となった。姜教授のチームも、科学研究財務助手を雇用し、必要な費用をプロジェクト経費に計上できるようになった。臨機応変に経費を使用できる政策により、専門スタッフが配置できるようになり、科学研究者は煩わしい事務手続から解放されて、安心して、科学研究に集中できるようになった。

論文だけでなく社会への貢献なども考慮した人事考課

「以前の大学の役職(職階)の評価・審査条件では、『正高級』の役職に格付けされるための評価・審査を受けることはできなかった。しかし、職務格付け任命弁法が打ち出されたことで、私と同じようなたくさんの研究者が希望を抱けるようになった」。

 南京工業大学の教員・夏霆氏は今年、同大学の社会サービス型教授に任命された。夏氏は、役職の評価・審査制度改革の受益者の一人となっている。

 江蘇省の「科学技術改革30条」では、省内の大学約150校に役職の評価・審査の権限を与え、教職者20万人以上がその恩恵を受けている。大学・研究機関の事業制定統一使用の仕組みを作り、ハイレベル人材、またはすぐに補充が必要な人材について、直接審査するスタイルで、募集・採用を行うことができる。業績審査や役職の評価・設定についても、横断的プロジェクトは縦断的プロジェクトと同等の待遇を受けることができる。

 2018年末、南京工業大学は、専門技術の職務評価・審査弁法を改正し、社会サービス型の一連の役職が新たに設置された。主に、社会・経済的効果や実際の貢献を考慮し、科学技術研究成果の実用化に携わる教員の役職をランクアップさせることができるようになった。2019年、同大学では、5人が社会サービス型の役職の評価を受け、最終的に3人が「ハイクラス」の専門技術の役職を与えられた。

 夏教授は主に、都市の水生態修復理論・技術、藻類の多い水源地の給水確保技術を研究しており、2011年以降、省内外で、多くの「川や湖の健康状態のアセスメント報告」をまとめてきた。そして、その科学研究経費は合わせて約800万元に達し、地方の生態環境の構築に寄与してきた。

 同大学科学技術処の責任者は、「社会サービス型の役職は主に、科学研究を基礎として展開している社会サービスの経済建設や社会発展、学科発展に対する貢献度に基づいて与えられる。柔軟に評価・選出を行えるようになり、論文や課題だけを評価して、人材を選抜することはなくなった」と説明する。

 取材では、多くの大学が査定するポストの総量において、ポストの構造・割合、基準に基づいて、教員の専門技術職務を自ら評価・審査でき、自らポストの構造・割合、基準を確定できることが分かった。人材招聘の分野を見ると、江蘇省環境科学研究院は直接審査するスタイルで、一度に博士4人を招聘した。起業の面においては、常州工学院はイノベーション起業学院を設置し、イノベーション・起業教育と専門教育の一歩踏み込んだ融合を促進し、起業の実習・訓練、実践を強化し、大学生の起業が非常に活発になっている。中には、売上高が1,000万元(約1.6億円)以上になっているアーリーステージの企業もある。今年の科学研究院所が報告した江蘇省「大衆による起業・革新(イノベーション)計画」の数を見ると、2019年の博士(世界の名門校)、チームが大幅に増え、その増加幅はそれぞれ167%と22%になっている。

失敗が許容され研究者の大胆な取り組みが可能に

「経費をどのように使うか自分たちで決めることができるようになったほか、プロジェクトの失敗も許されるようになり、心配がなくなったので新しいアイデアも増えた」。

 江蘇省農科院農産品加工所の李瑩研究員は昨年、栄養・健康チームを立ち上げた。同所の新興学際融合学科である栄養・健康チームは、南京医科大学と連携し、「特色ある雑殻ミール・リプレースメントのコア技術のイノベーション」プロジェクトを申請した。

 同院の科学技術処の責任者は取材に対して、「当院は、毎年、基本科学研究業務費として1,300万元(約2億円)を計上し、研究者が模索的な研究をするよう奨励し、チームを立ち上げて、自分たちで研究の方向性を定め、そのルートを設定し、目標を設置し、審査することができるようサポートし、一方、プロジェクトの失敗も許される」と説明した。

 研究成果の技術移転に10年以上取り組んでいる南京工業大学の丁毅教授は、「当初の権利も利益も国が所有する『持権持利』から、大学側が代理で管理する『代権代利』、そして大学側に権利も利益も移譲する『還権還利』へと変化してきた。研究成果の技術移転における、私たちの権益は向上し続けており、俄然やる気が出る」と、進歩を深く実感している。2019年、同大学は、「まず権利確認をし、その後で技術移転する」というスタイルを採用し、教員らに、学科型企業を立ち上げて研究成果の技術移転を奨励している。「大学は教員に成果の価格査定を行い、株主となって学科型企業を立ち上げるよう奨励している。大学は査定に基づいて資金を投じ、90%の株式の所有権を奨励として成果を挙げた当事者に賞与として支給する。残りの10%の株式の所有権は、大学が所有し、企業を立ち上げて3年後に、成果を挙げた当事者に、その所有権を買い戻すよう奨励している。この奨励政策は今までで一番優れている」としている。

 このメカニズムは、新たな成果をもたらしている。2019年上半期、省全域の大学・研究機関の技術契約登録は前年同期比91.27%増の6,092件に達した。うち、大学の技術契約登録の増加幅が225.4%に達し、大学・研究機関の技術契約の総額は48.6億元(約763億円)に達した。そのうち研究機関の技術契約総額が11倍増となり、科学技術政策の効果が現れ始めている。


※本稿は、科技日報「江蘇科技改革30条:一攬子新政回応科研人員関切」(2020年1月23日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。