第162号
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「野生動物保護法」改正待ったなし

2020年3月31日 黄孝光/『中国新聞週刊』記者 及川佳織/翻訳

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、専門家が野生動物との関連可能性について言及している。感染の広がりは「野生動物保護法」改正が待ったなしであることを示していると考える人は多い。しかし発生源やウイルス自体の詳細な調査には慎重に検討を重ねる必要があるだろう。

 2019年12月、野生動物保護ボランティアの劉懿丹さんは、武漢華南海鮮市場での食用動物販売が深刻だとの情報を受け取った。そのとき、劉さんは安徽省から水産物売買の名義で野生動物を買い取っている業者がいるとの通報を受けており、すぐに武漢へ出向くことができなかった。

 2019年12月31日に訪れたときには、「武漢で原因不明の肺炎が発生」との情報が事実と確認された直後だった。その日、市場は通常営業していたが、なかにはすでにマスクをしている人もいた。

 ネット情報では「華南海鮮市場は海鮮を売るとの触れ込みで、猫、犬、ヘビ、スッポン、キジ、マーモットなどを売り、さらにはシカ、生きたサルの看板さえある」。しかしどの店も「市場で生きているのは海鮮だけ」「ここは食肉解体禁止で、生きた鳥はいない」と言う。

 しかし、武漢で発生した新型コロナウイルスに関連する肺炎は全国に広がった。

 2020年1月22日、中国疾病予防制御センターの高福主任は、国務院新聞弁公室の記者会見で、新型コロナウイルスは華南海鮮市場から出たもので、野生動物がカギとなっていると述べた。国家衛生健康委員会専門家グループの鐘南山グループ長は、疫学的調査から見て、ウイルスの発生源はタケネズミやアナグマなどの野生動物の可能性が高いと述べた。

 感染の拡大に伴い、食用動物市場の実情に注目が集まった。長年、劉さんたちボランティアは東奔西走し、野生動物の違法な捕獲や販売と戦ってきた。今回の危機を目にして、できるだけ早く制度を改正し、違法な捕獲や販売と禁止とのいたちごっこを断ち切るべきだと考えている。

 続く感染拡大に、緊急の管理政策が相次いで出されている。2020年1月21日、中国市場監管総局、農業農村部、国家林業・草原局は、検査・検疫を強化し、タケネズミやアナグマなど野生動物の飼育場所を封鎖・隔離し、輸送や転売を禁止する緊急通知を出した。5日後さらに、1月26日から全国の感染拡大が終わるまでの野生動物売買が禁止された。

 しかし世論は、売買禁止は一時的措置で、問題解決の根本は『野生動物保護法』だと考えている。

 現行の「野生動物保護法」は1989年3月に施行され、これまで数回改正されている。しかし、この法律は利用重視・保護軽視で、違法な捕獲や売買を取り締まれないとの意見が根強い。疾病予防制御センターの劉暁宇博士は、「野生動物を発生源とする感染症が発生すれば、制御が難しいだけでなく、状況が深刻になる。法改正で、野生動物の食用を厳禁し、感染症を予防すべきである」と警告を発していた。

 その予感が当たった。感染の広がりは、「野生動物保護法」改正が待ったなしであることを示していると考える人は多い。

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(資料写真)湖北大学生命科学学院の大学生は、武漢九峰森林動物園で「野生動物愛護行動芸術展」の公益キャンペーンをおこなった。写真/新華社

「華南海鮮」の致命的ウイルス

 華南海鮮市場は武漢市江漢区にある。華中地域最大の水産卸売市場であり、敷地面積は約5万m2だ。これまでレイオフされた人を数百人以上、従業員として受け入れ、何度も「武漢市文明市場」の称号を受けている。

 実は、華南海鮮市場の環境は、長年、近隣住民から非難されていた。ある住民は人民日報サイト「指導者伝言板」に、市場は汚水が流れ、ゴミがたまり、悪臭が漂い、海鮮を運ぶ大型トラックが道を占拠していると訴えたことがあるが、回答は得られなかった。

 雑然たる環境は、食用動物の隠れた売買には便利だった。市場は東区と西区に分かれ、1000以上の売り場があるが、西区の一部で鳥類や野生動物の食材を売っていた。

 2004年には早くも、華南海鮮市場が堂々とハクビシンを売って騒動になったことがある。ネットユーザーの@麻辣小龍蝦さんは、当時中学生で、市場の前を毎日通っていたが「裏側に並んだ店では野生動物、ワニ、キジ、クジャク、ハクビシンや名前も知らない動物を売っていて、ほとんど生きていた」と話す。過去十数年、華南海鮮市場は何度もクレームを受けたが、野生動物の食用販売には変化がなかった。

 2020年1月1日、市場が閉鎖されると、感染症専門家が市場内の水産販売店の抜き取り検査をし、今回の流行と野生動物売買との関連を強く疑った。

 1月26日、疾病予防制御センターウイルス感染症予防制御所は、「華南海鮮市場の585点のサンプルのうち33点から新型コロナウイルスの核酸が見つかり、陽性標本からウイルスの分離に成功した」と発表した。これはウイルスが華南海鮮市場で売られていた野生動物から発生したことを示す。

 国家林草局の2018年のデータによると、湖北省では野生動物の飼育・繁殖企業が500社、60種類あり、年間売上高は3億元に上る。

 武漢では、食用野生動物を売るレストランが簡単に見つかる。香港路の「閑雲野鶴」の看板料理はオオカサントウ、ウシュウダなどヘビのコース料理で、さらにガチョウ、ハリネズミとコモンシャコのスープなどもある。

 公益組織「譲候鳥飛(鳥を空へ)」のボランティア岳樺さんは昨年武漢の天興洲の浜辺、武漢大学の旧アーチ付近、中心部に近い洞庭路などで野生動物を食べさせるレストランを見かけた。「街の中心部で食用動物が売られているということは、現地では野生動物を食べることが普通で、取り締まりがゆるいことを示している」と岳さんは強調する。

野生動物の教訓

 SARSの最初の11の病例では、患者のほとんどが野生動物との接触があった。これを手がかりに、すぐ野生動物市場のハクビシンの体内から、SARSウイルスと一致するウイルスが分離・検出された。

 ハクビシンがSARSウイルスの元凶とみなされたのである。2004年の初めに広東省は、野生動物市場向けのハクビシン捕獲の全面禁止、野生動物取引の取り締まり、野生動物市場閉鎖をおこなった。

 中国科学院武漢ウイルス研究所の石正麗さんは、ハクビシンはSARSの中間宿主にすぎなかったと考えている。「動物を発生源とする新しいウイルスは、必ずその大元、学術上で言う自然宿主を探す必要がある」。石さんのチームは13年かけて追跡し、雲南省の洞窟で同じコロナウイルスを持つコウモリを発見した。

 コウモリは哺乳類では唯一飛ぶことができ、進化の歴史は5000万年に及ぶ。長い進化の中で、コウモリは急速な新陳代謝とDNA修復能力を得て強い免疫力を獲得したことから、多くのウイルスを保有していても健康が確保できる。このため、コウモリはさまざまなウイルスの自然宿主となったのである。

 最近50年では、ニパ、ヘンドラ、エボラ、マールブルグ、SARS、MERS...... これらの致命的ウイルスの自然宿主はすべてコウモリである。

 新型コロナウイルスも同様だ。1月21日、『中国科学』誌は「武漢のコロナウイルスは、進化の近縁と外群がすべてコウモリから発見されており、自然宿主がコウモリであると推測できる」との見方を発表した。

 ウイルスはどのようにしてコウモリからヒトに感染したのだろうか。北京大学医学部病原生物学科の彭宜紅教授は、新型コロナウイルスは通常、コウモリなどの野生動物から哺乳類へ、さらにヒトへ感染すると言う。「病原体を保有する動物の分泌物は、呼吸器官の粘膜から人体に侵入する。たとえば手に病原体がついており、それで鼻をさわったり、目をこすったりすると、ウイルスが粘膜細胞で大量に増殖して体内に入る」

 コウモリはしばしば食卓に上る食べ物だ。インドネシアにはコウモリスープがあるが、煮る前に臭いを取るため、酢、とうがらし、にんにくなどの漬け汁に浸す。最大のコウモリであるジャワオオコウモリは、食べられてほぼ絶滅した。

 中国でコウモリは長い間、漢方薬材とされてきた。視力改善、せきとマラリアの治療に効果があると言う。このほかにも、コウモリ食用の情報はしばしば流れる。

 野生動物は自然界の病原体の貯蔵庫であり、歴史上、多くの疾患の発生源となってきた。中国医学科学院実験動物研究所の秦川・所長は「動物と新たな伝染病」という論文の中で、2001年以降WHOが確認した、世界に影響した伝染病1100のうち、70%以上が人獣共通感染症だったと述べている。

 論文では、コウモリ以外にもネズミ、鳥、ヘビ、カエル、貝類などが新たな伝染病でよく見られる宿主だとしている。

「野生動物食用について、人類は歴史から教訓をくみ取っていない」。復旦大学歴史学科の高晞教授はこう言う。1988年に上海でアカガイによるA型肝炎が発生し、30万人以上が感染した。昨年は、モンゴルで生煮えのマーモットの内臓を食べた夫婦が亡くなり、北京ではタルバガンに接触した旅行客2人が肺ペストに感染した。

 2003年のSARSの際、広東省では1万匹以上のハクビシンとアナグマが殺処分されたが、現地の食用動物市場が閑散としたのは一時期に過ぎなかった。

 同年5月にSARS収束が宣言されると、国家林業局は8月に商業利用のための飼育・繁殖技術が発達した陸上野生動物54種のリストを発表したが、ハクビシンはまたもその中に入っていた。

 広東省林業局はその後、この54種の動物は広東省で飼育と商業利用が許可されており、すでに商業利用の申請受理を開始したと述べている。

 その予感が当たった。感染の広がりは、「野生動物保護法」改正が待ったなしであることを示していると考える人は多い。

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2019年12月31日、武漢華南海鮮市場西区の店舗は通常営業していたが、翌日正式に休業処分となった。
撮影/『中国新聞週刊』記者 彭丹妮

法改正は待ったなし

 現行の「野生動物保護法」は1988年に通過し、翌年施行された。数回改正されており、2004年と2009年は微調整だったが、2013年は最も大きく、修正箇所が最も多いもので、2016年7月にやっと確定した。

 2016年の同法草案が公布されると、法学界と動物保護関係者から強い異議が唱えられた。草案は野生動物を依然として経済資源とみなし、「利用」の合理性を認めており、実質的には「保護法」ではなく「利用法」だというのである。

 具体的な利用に関して同法は、野外での捕獲、人工飼育、商業利用の3つの行為に言及している。具体的な条項では、国家重点保護動物であっても、そうでなくても(地方重点保護動物と生態・科学・社会的価値のある保護動物を含む)、規定の条件を満たせば、捕獲し、飼育し、商業利用できるとされているのである。上記のリストに載っていない動物については、明文化された規制がない。

 取材を受けた多くの人が、武漢の事件を踏まえ、教訓をくみ取って「野生動物保護法」改正を進めるのに一刻の猶予も許されないと考えている。

 1月23日、北京大学保護生物学科の呂植教授が発起人となり、各大学・研究所の研究者19名の連名で全国人民代表大会あてに、「野生動物保護法」を緊急改正し、公共の健康と安全を野生動物利用の条項に盛り込むよう提言した。

「法律と管理を変え、人々の行動を規範化し、指導することが最低ラインだ。しかし本当の改正は、人々の心から始まるのだ」。呂教授は、SARSから今回の新型肺炎まで、自然は人類に対して、絶えず畏敬の念を持てと警告し続けていると言う。人と自然、人と野生動物、さらには病原体とのバランスを壊してはならない。さもなくば、健康リスクは計り知れないものになる。

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2020年1月24日、武漢大学中南医院の重症隔離病棟にて、医療関係者が互いに励まし合う。写真/新華社

※本稿は『月刊中国ニュース』2020年5月号(Vol.99)より転載したものである。