「一体化」を目指す長江デルタ地域―範恒山氏インタビュー
2020年3月26日 徐天(『中国新聞週刊』記者)/脇屋克仁(翻訳)
長江デルタ地域発展の新たな戦略が打ち出された。キーワードは「一体化」と「質の高い発展」だ。「なにか決まった段取りや方法があって、それに従って進んでいけばできるというものではない」と語る範恒山氏。目指すところは中国経済全体の牽引役になることだ。長江デルタの発展に長く携わる同氏に話を聞いた。
このほど中国共産党中央および国務院は「長江デルタ一体化発展計画綱要」〔以下、「綱要」〕を発表した。対象とする地域は、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省の全域、総面積は35.8万㎞2におよぶ。
党中央が目指すところによれば、上海市がリーダーとして牽引的役割を果たし、江蘇・浙江・安徽の3省が各々の強みを発揮することで「長江デルタを影響力と牽引力を最も備えた、力強く活力のあふれる成長の極にしていく」ということだ。
今回、国家発展改革委員会の元副事務局長で経済学者でもある範恒山氏に、長江デルタ地域の一体的発展戦略の重要性を話していただいた。長江デルタ地域のポジションは特別で、その一体的発展は大局にかかわるうえ、モデル的性格、牽引的性格が非常に強いという同氏。長江デルタ一体化戦略は国が進める地域戦略の新たな高みを体現しており、国および地域の経済成長や社会の発展を新たなステージへと飛躍させるエンジンであり牽引役だという。
「中国ひいては世界の、質の高い発展のモデルになるべき」
記者: 長江デルタ一体化が具体的に目指しているもの、その核心は何だとお考えですか。
範恒山: 現在の中国経済全体のなかで、長江デルタは最も活力があり、開放度が高く、イノベーション力が強い地域の1つです。さらなる発展を実現していくうえでスタートラインが非常に高いという強みと条件を備えています。求められる目標が「質の高い発展」というのも当然だといえるでしょう。全国の質の高い発展の重要な推進源になるというだけではありません。中国、ひいては世界の質の高い発展のモデルになるべきだということです。
そのためには、成長の安定を維持すると同時に、2つの仕事に全力で取り組む必要があります。1つは経済構造の最適化を一体的に推進することです。特に産業構造の最適化です。高い付加価値と強い競争力を備えたハイエンド、ハイスマートな産業構造を作らなければなりません。もう1つは経済の原動力の転換、つまり資源駆動からイノベーション駆動への転換を進めることです。中国の場合、これは単にオペレーションコストの削減と経済効率のアップというだけにとどまりません。発展の質を向上させるという意味合いもあるのです。資源駆動からイノベーション駆動への転換は、「灰色発展〔環境破壊をもたらす経済成長〕」からクリーンな発展への転換でもあるし、単一の発展から融合的発展への転換でもあります。インターネット、ビッグデータ、人工知能などの最新科学技術と実体経済との深いレベルでの融合の推進もそこに含まれます。
長江デルタ地域の一体化を推進するうえでカギになるのは、世界トップレベルのビジネス環境を一体的に創造することです。そこで一番重要なのは、体制とマネジメントのイノベーションです。
もうひとつカギになるのは、「都市と農村の融合的発展を実現する麗しい故郷」を中心目標に据え、公共ガバナンスの改革を進め、基本的な公共サービスの改善をはかることです。
地方のかかえる一番大きなテーマは都市と農村の格差です。融合がうまくいけば格差は解消にむかってかなりの程度前進しますし、そうなれば他の多くの問題も自然と解決に向かうでしょう。都市と農村の融合は、成長空間と成長エネルギーだけではなく、成長の質、成長のビジョンをもたらしてくれます。それは美しい中国をつくるための盤石な基礎になるでしょう。
都市のイノベーション的発展について言うと、それは都市単体の在り方を変えていくことでもありますが、同時に、都市群全体の在り方を創造していくことでもあります。ただし、ここでいう都市群はいくつかの都市の単なる組み合わせ、寄せ集めではありません。そうではなく、各都市の緊密な連携、深いレベルでの融合、合理的な分業、相互補完的なものであるべきです。
農村のイノベーション的発展については、域内農村の全面的振興を実現するということです。単純に農村を取り巻く環境をよくすればいいという問題ではなく、農村の制度改革がより重要です。一連の制度刷新を通じて農村の生産力を加速度的にアップさせ、近代化の水準を絶えず引き上げていくことです。そのためには公共ガバナンスの最適化と基本公共サービスの改善が必要です。なかでも一番重要な課題が都市と農村の融合だということです。都市と農村の二極化構造を打破し、両者のリソースの対等な取引・交流を実現し、基本公共サービスの均等化を進めていかなければなりません。
「一体化の本質はリソースの自由な流通」
記者: 地域発展の全体戦略という次元でみた場合、今回の「綱要」をどう理解すればいいでしょうか。
範恒山: 「綱要」の発表は、国の地域戦略の発展が新たな高みに到達したということだと思っています。
長江デルタ一体化戦略のキーワードは「一体化」です。一体化とは何か。一体化の本質は、リソース流通の障害をなくす、つまりリソースの自由な流通であり、域内の全方位的な開放と協力の実現です。一体化戦略は、なにか決まった段取りや方法があって、それに従って進んでいけばできるというものではありません。生産の発展と生活の改善を通常通り進めていけばよいというものでもありません。それは根本的なシステムの変革、いままでにない創造的試み、旧弊にとらわれない挑戦です。言い換えると、認識の向上から利益の調整に至るまで、また、外形的プレゼンセンスから内実の創造に至るまで、さらには、ハード建設からソフト改修、構造の最適化から原動力の全方位的転換に至るまで、すべてのプロセスにおよぶシステムの変革と全面的なイノベーションです。
なぜ一体化なのか。一体化の長所は多方面にわたります。不正競争を克服できるというのもそうですし、「錯位発展〔域内各都市がそれぞれの優位性を発揮して発展していく〕」と共同発展の実現、強みをより「強く大きく」できるというのもそうです。優良なリソースを集め、域内の最高水準をもってイノベーション力、創造力を形成することもできます。競争優位を形成し強化するには、長江デルタをグローバルイノベーションの拠点にするには、そして世界的な発展の高地にしていくには、一体化が一番の近道なのです。
普通に考えれば、一体化には2つの基本条件が必要です。1つは関係地域全体が比較的高い経済発展水準とそれなりの経済的実力をもっていること、もう1つは域内の協力基盤がすでにあって、カギとなる多くの分野ですでにマッチングと融合ができていることです。長江デルタ地域はこの2つの条件を備えているので、中国における一体的発展のモデル地域になったのです。一体化というのは分類指導〔各地区の特性と強みをのばしていくこと〕にとどまりません。一体的連動について言うと、それは一種の高次の形態であるともいえます。したがって、地域発展戦略の推進という観点からみれば、長江デルタ地域の一体的発展というのは、国の地域戦略が新たな高みに達したことの表れなのです。
記者: 長江デルタ地域の発展については、これまでにも国や関連部門から何度も公文書や計画が出されています。今回の「綱要」とそれらとの違いを話していただけますか。
範恒山: 国はこれまでに幾度となく的確な指導方針を出してきましたし、その時々にみあった重要な戦略文書や地域計画を策定してきました。わたしもそのほとんどに携わっています。2008年9月16日、国務院は「長江デルタ地域の改革開放と経済社会発展のさらなる推進に関する指導指針」を出しました。2年後の5月には、これに基づき国家発展改革委員会が「長江デルタ地域計画」を策定、2016年6月には同じく国家発展改革委員会が「長江デルタ地区都市群発展計画」を発表しました。
出たばかりの今回の「綱要」はこれらと相互に関連していますし、過去の公文書・計画の継承という面がはっきりとあります。それらの精神を脈々と受け継いだものと言っていいでしょう。同時にそれだけではなく、新たな情勢、新たな任務要請に基づいて、いままでの文書や計画をより完璧にしたもの、刷新版、新バージョンと言うこともできます。みれば分かりますが、「綱要」に至る一連の公文書・計画には、インフラ建設、産業体系構造、資源節約や環境保護などの主な内容編成という点で共通性があります。たとえば産業分野では、先進的製造業やハイエンドサービス業の発展に重点的に取り組むことがずっと変わらずに強調されています。しかし、具体的内容になると、その時々の特徴や将来的に求められることが反映されています。いわゆる「十大領域」が課題になったときは、国家級の戦略型新興産業基地を建設し、世界レベルの製造業群をいくつか形成することが提起されています。それが「十大重点領域」というふうにより課題が絞られると、国際競争力を備えたリーディングカンパニーの養成が提起されます。「八大領域」が目前の課題になったときには、「未来企業」の育成、その陣形づくりを急ピッチで進めることが提起され、「九大サービス業」がテーマになると、高水準サービス業集中エリアとイノベーションプラットフォームを共同で創出することがいわれる......といった具合です。
他にも、それぞれの文書・計画には重点の違いがあります。今回の「綱要」の重点は、いままで話した一連のキーワード、つまり、「一体化」と「質の高い発展」にあります。しかも、求められているのは「力強く活力のある、中国全体の発展の成長の極」になることです。
過去に出された文書や計画はいずれも長江デルタ地域の改革開放と現代化建設に重要な役割を果たしてきました。今日こうして新たなプランと方針を策定して一体的発展を推進していけるのも、過去の方針が有利な条件をつくり、しっかりと土台を固めてくれたおかげです。この点は強調しておく必要があります。
「各地区の強みは非常に明らか」
記者: 長江デルタ地域のもつ強み、主な課題および解決の基本的道筋についてお話いただけますか。
範恒山: 第1に、この地域の発展基盤は堅実で、経済的実力も強固です。一体的発展で必ず必要になる関連コストを賄うのに非常に有利だということです。第2に、先進的な市場システムが形成されていることです。これはリソースの自由な流通と偏りのない配置にプラスに働きます。第3にこの地域には良好な協力基盤があることです。数十年にわたる交流と協力で、相当深いレベルの地区間協力、地区どうしのマッチングがすでに多くの分野でなされています。加えて、「統分結合、三級運作〔官民の区別と連関、中央―省―市の連携〕」という優良な協力システムがあります。いうまでもなく、一番重要なのは人々の改革意識が非常に強く、信用モラルが高水準だということでしょう。誰もが一体的発展を切実に求めています。これが最も重要な基盤です。
各地区の目立った強みは産業発展の分野以外にもあらわれています。上海市は情報面を含め総合的にインフラが優れており、イノベーション力が高く、試験的プラットフォームも数多くあり、高い国際水準を誇っています。江蘇省は製造業が発達しており、科学教育資源が豊富で、開放度が高いですし、浙江省はデジタル経済の発展が進んでおり、生態環境が優良で、民営経済の比重が高く、制度システムも活発に活用されています。安徽省にはイノベーションの十分なポテンシャルがあり、生態資源が豊かで広大な内陸地を擁しています。これらの強みはそれぞれの地区内部で相互に支えあい、補いあっているだけではありません。地区間でも相互に補いあい、推進しあっています。次のステップでは各地区の強みをさらに強化していかなければならないわけですが、その際、各地区がその強みを発揮することを一体化の名で抑制、ときには圧殺することがあってはなりません。そんなことをすれば、長江デルタ地域の継続的発展の基盤は失われてしまうでしょう。この点では、引き続きそれぞれ自身の強みを強化し、その基礎の上にたって地域全体の強みを強化していくこと、それを受けて地域全体の強みを国家の競争優位に高めていくこと、そして最終的に、さらなる努力を通じてグローバルな競争優位にたつこと、これがわれわれのとる道です。
一体的発展で忘れてならないのは方向性の堅持です。目下のところ、各地区には考え方から発展の基盤、ハードからソフトにいたるまで、ばらつきが存在する状況です。したがって、まずは考え方というところから始めて、一体的発展の妨げになる各種システムや制度を一掃しなければなりません。狭い短絡的な利益に捕らわれることなく、全体をみわたす高い観点からルールをつくり、ことを進めていかなくてはなりません。弱点を見据え、短所を補う力をつけ、一体的発展を通じて、発展の不均等を全力で解決していかなければならないのです。
記者: 一体的発展戦略を進める重要な基盤として、良好な協力体制を挙げておられましたが、具体的に紹介していただけますか。
範恒山: わたしの知る範囲では、ここ数年の地道な努力と試行錯誤を通じて形成されてきた「三級運作、統分結合」システムがあります。これは一体化戦略にとって非常にプラスです。
資料によると、すでに1992年に、長江デルタ都市経済協調会の前身である「都市協作部門主任連席会議」が地方政府の機運醸成のもとで自発的に発足しています。都市経済協調会が正式に発足したのが1997年、メンバーは15都市から次第に増えて2013年以降は30都市になっています。組織の枠組みとしては、政策決定レベル、調整レベル、執行レベルが共同で運営していくシステムがとられています。「主要幹部座談会が明確な任務の方向性を打ち出し、連席会議が調整の役割を担い、連席会議弁公室と重点特別テーマグループが具体的な実行を担う」ということです。長江デルタ地域の協力は当番制が採られており、毎年1つの省(市)が当番になります。
中央レベルでは、長江デルタの一体的発展を推進する指導グループがあり、重要事項を適時検討し方針を決定しています。下部組織の弁公室は実務の推進と調整を担当しています。また、長江デルタの3省1市は地域協力弁公室を共同で設立しました。それぞれが専門職員を派遣し、合同で実務を行っています。上下の協力を実現する組織的枠組みは、長江デルタ地域の一体的発展戦略を着実に力強く進めていくことになるでしょう。
範恒山氏。撮影/『中国新聞週刊』記者 董潔旭
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年4月号(Vol.98)より転載したものである。