1万メートルの深海を「滑走」する「海燕」
2020年8月17日 陳 瑜(科技日報記者)
1万メートルの潜水が可能な水中グライダー「海燕-X」(画像提供:天津大学)
潜水深度世界記録を樹立した水中グライダー「海燕--X」
水中グライダーによる深さ1万メートルの観測を実施した科学調査チームがこのほど、無事帰還した。
報道によると、6日間にわたる総合科学調査において、青島海洋科学・技術試行国家実験室と天津大学が共同開発した1万メートルの潜水が可能な水中グライダー「海燕--X」2台が、断面的観測を実施し、45の断面データを取得した。うち、3,000メートル級、6,000メートル級、7,000メートル級の断面データがそれぞれ1つ、1万メートル級の断面データが3つ。最大潜水深度は1万619メートルで、水中グライダーの世界新記録を更新した。「海燕--X」には、CTDや深海高耐圧カメラなど、さまざまな要素のセンサーが搭載されており、深層熱塩、溶存酸素などに関する大量の貴重なデータを収集した。それらは、海洋深層科学研究の面で、重要な応用価値を有している。では、「海燕」の深海における安全で自由な活動を、一体どのように実現できただろうか? これについて専門家に聞いた。
「海燕」の安全な"滑走"を可能にする高度計
2005年、「海燕」研究開発チームの中心メンバーである天津大学准教授の楊紹瓊氏が在籍するチームは、海面と海中の温度差を利用して推進する第一世代の水中グライダーの開発に成功した。作業深度は100メートルだった。その後、2009年には、温度差を利用したエンジンとバッテリーのハイブリッド推進型の第二世代水中グライダー「海燕」の開発に成功し、作業深度は500メートルとなった。楊氏らが開発した水中グライダーが正式に「海燕」と命名されたのはこの年のことだった。
楊氏は、「水中グライダーが衛星と通信できる状態になると、尻尾が上に向く。水中グライダーの状態に関する情報を受信したり、ミッションセンサーが海水環境データを収集したりすると、衛星は情報を海岸拠点にあるコントロールプラットホームに送信する。その後、情報はコントロールセンターに送信される」と説明する。
「海燕」が従来型の魚雷のような流線形であることについて、楊氏は「そのような外形により、航行中の抵抗を低減することができる」と説明する。
楊氏によると、水中グライダーは内部のコントロールシステムを通じて、マルチセンサーが協働してコントロールする技術と組み合わさり、合理的にセンサーの取り付け位置、作業の流れが分配され、リアルタイムで現場の海洋環境パラメータを収集し、制御装置内部のストレージに保存される。
作業の過程では、水中グライダーの現在位置と海溝の相対距離に注意する必要があると同時に、水面の海流の速さや向きも考慮しながら、スマート軌道計画アルゴリズムを通して、水中グライダーが深さ1万メートル以上の深海で連続してグライディングの断面を観測できる。
青島海洋科学・技術試行国家実験室コントロールセンターのディスプレイ画面上では、黄色い「魚」の形をしたマークで、「海燕」のリアルタイムの位置が表示されている。「海燕」で異常が発生したり、見失ったりした時は、緊急時用装置を使って探し出すことができる。
「海燕」が航走中に海底にぶつかってしまうことはないのだろうか?楊氏によると、水中グライダーは高度計が搭載されている。高度計は、周辺の環境情報を察知することができる。例えば、設定高度が10メートルであれば、高度計が海底から10メートルの位置まで来たと察知すると、「海燕」は、浮力制御機能や姿勢調整装置が作動して姿勢を変え、浮上するという。
「海上試験の過程のどの部分も極めて重要で、一つの部品でも問題が発生すると、試験全体が失敗に終わってしまう。そのため、試験の過程全体で、外観のチェック、通信テスト、デッキのインテグレーション、パラメータ設置、配備・回収など、全ての部分を、エンジニアはカギとなる部分と見なしている」と楊氏。
魚のように自由自在に潜り浮上する「海燕」
「海燕」はどのように自由自在に、潜水し、浮上しているのだろう?
楊氏によると、それは、水中グライダーの浮力駆動ユニット、つまり浮力駆動システムのおかげだ。
水中グライダーは、フロントデフレクター、前キャビン、中キャビン、後キャビン、機尾の浸水キャビンなど5つの部分に分けることができる。前キャビンには浮力駆動ユニットが搭載されている。主に、耐圧機体の内側に搭載されているサーボモーター、油圧ポンプ、電磁弁、内ブラダ、耐圧機体の外側に取り付けられているブラダで構成されている。
自由自在に収縮するブラダは、魚の浮き袋に似ている。魚は水中で、浮き袋の内のガスの量を調整して、浮いたり沈んだりする。「海燕」の浮力駆動ユニットも同じ原理だ。
潜水が必要な時、ブラダの体積は小さくなり、それに伴い浮力も小さくなり、重力が浮力に勝って、水中グライダーは潜水する。反対に、ブラダの体積が大きくなると、浮力も大きくなり、水中グライダーが浮上する。
「海燕」は、浮上したり、潜水したりして、「之」の字型になって前に向かって「滑走」する。この種の浮力駆動は、エネルギー消費が少なく、「海燕」が海中で長時間にわたり広範囲に活動することを可能にしている。
2005年に作業深度100メートルを実現し、2009年に深度500メートル、2018年に8,213メートルと順調にその深さを伸ばし、最終的に今年は深度1万メートルを突破した。水中グライダーがどのくらい深くまで潜ることができるかを決めるのはどんな要素なのだろう? 深度1万メートル越えの難度を高くしているのはどんな要素なのだろう?
楊氏は、「潜水深度は、水中グライダーの浮力調節量によって決まる。水中グライダーは潜る時、自身の重力がその浮力を上回らなければならない。深いところに達するにつれて、海水密度は高まり、深さ1万メートルに達すると、その密度は水面の密度の約105%に達し、水中グライダー自体の浮力が増す一方になるため、その大きな密度の変化に合わせて調節量を増やさなければならない」と説明する。
深さ1万メートル以上の深海で水圧が極めて高くなる状況下で浮力を調節するという難題を克服するため、天津大学と青島海洋科学・技術試行国家実験室の研究者から成る「海燕」チームは、排気量が高く、高精度の浮力調節システムを開発した。
1万メートル以上潜るうえでの別の難題は、全ての部品が1万メートル以上の深海の水圧に耐えられる能力を備えていなければならない点だ。言い換えれば、1平方メートル当たり、約107キロの重さに耐えなければならない計算になる。
極めて高い水圧に耐えることができない金属を、1万メートル以上潜る水中グライダーの耐圧機体に使うことはできない。そこで、「海燕」チームは設計段階で、新型軽質セラミック耐圧複合材料を使用するという画期的な方法を採用し、水圧に耐える能力を備えている上に、より多くのエネルギー、ミッションセンサーを搭載できるようにした。
楊氏は、「今後、『海燕--X』は、その性能をまだまだ向上させることができる。機体の設計、エネルギーモジュール、浮力補充方法、浮力調節方法などの最適化によって、航続距離や観測の性能を引き続き向上させることができる。その他、さらに小型化、軽量化することもでき、コストを抑制して、操作性や経済性を向上させることも可能である」と説明する。
「海洋解明」計画のためにデータを蓄積
水中グライダー「海燕」は現在、航続距離、作業深度の面で、系統化した発展を実現している。楊氏は、「作業深度の系統では、200メートル、1,000メートル、1,500メートル、4,000メートルおよび深海があり、航続距離の系統では、1,000キロ、1,500キロ、3,000キロがあり、今後は5,000キロ、さらには10,000キロの目標を実現したい。航続距離の長さは、機体に搭載されているエネルギーの制約を受ける一方で、水中グライダーの外観の抵抗低減設計やコントロールシステムの低エネルギー消費設計、浮力システムの駆動ストラテジーなどのキーテクノロジーと関係がある」と説明する。
搭載されているセンサーを見ると、海水の塩分、水温、圧力(深度)を計測するセンサーで構成された観測装置・CTD、溶存酸素などの生化学センサー、ハイドロフォンなどの音響センサー、電磁変換器、急流速計などが搭載されている。
それぞれの機能が違うため、「海燕」シリーズの長さ、短さ、太さ、細さもそれぞれ違う。例えば、「海燕--200」はスリムで、深度200メートル以内の海域で観測を行うことができる。「海燕--L」は細長く、約5ヶ月連続で航走することができ、長時間の観測が必要なミッションの遂行を担当する。
海の面積は地球の71%を占めており、人類が探索した海は5%にも満たない。海洋に対する理解を深めるために、海洋試行国家実験室は、「透明の海(透明海洋)」という概念を打ち出し、「海洋のモノのインターネット」を構築し、海洋の立体総合観測を行っている。「透明の海」とは、現代の海洋観測・探索技術を活用して、海洋の状態、過程、変化を透明化するプロジェクトだ。透明化を実現するためにはデータによる下支えが必要だ。
中国は現在、南中国海海域において、水中グライダー「海燕」シリーズを海中および深海に駆け巡らせており、搭載されている熱塩深、溶存酸素、急流、光学などのミッションセンサーが、海洋環境のマルチな要素のパラメータ観測を行い、収集した海洋情報を、リアルタイムで数千キロ離れた青島海洋科学・技術試行国家実験室に伝送し、「透明の海」プロジェクトを推し進めている。
※本稿は、科技日報「万米深海,有隻"飛翔"的"海燕"」(2020年7月28日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。