第168号
トップ  > 科学技術トピック>  第168号 >  オープンソースのプラットフォームを構築しAIの「未踏領域」を探索

オープンソースのプラットフォームを構築しAIの「未踏領域」を探索

2020年9月29日 華 凌(科技日報記者)

image

(画像提供:視覚中国)

脳・認知・コンピュータ、3つの分野の高いレベルでの融合

 現在では、ビッグデータ+ディープラーニング+大演算能力がAI(人工知能)の主な発展モデルとなっているが、より多くのデータや強化された演算能力、改善されたアルゴリズムは必ずしもAIを賢くするとは限らない。専門家のなかには、AIの今後の発展の鍵は単純な演算能力の向上やデータの増強ではなく、知能モデルの再検討にあると指摘するものもいる。

 古代ギリシアの哲学者、デモクリトスはかつて、「私は因果性の解釈を見つけ出したとしても、ペルシア王にはなりたくない」と語ったように、推理能力は人類の知能の重要な体現である。現在、AIは音声や画像認識等の特定の分野や特定のタイプにおいて、その水準はすでに人類と肩を並べるばかりでなく、人類を超えてもいるが、日常生活で起きる事象への推理に関しては、AIは手も足も出ない。

 たとえば、映画『ゴッドファーザー』では、マフィアがパン屋の主人に対し「この店は大変美しく、火をつけて燃やしてしまうには惜しい」と語るシーンがある。このセリフの裏の意味は消火器の準備を勧めているのではなく、主人を脅して手数料の支払いを迫っているのは明らかで、人間ならこれがはっきりとわかる。しかし、AIには理解が難しい。また、別の例としては、たとえば張三という人物が「最近、忙しい?」と尋ねたのに対し、李四が「目のくまがひどくてパンダになりそうだよ」と答えたとしても、AIにとっては、二人の会話は全くかみあっておらず、風馬牛も相及ばないようなものだ。

現時点では、AIは因果を推理する能力に欠ける

「現在、AIが学んでいるコーパスではデータ相互間の関係率にしか触れられておらず、データ間の因果関係は存在しない。また、さらに重要なのは、AIのアルゴリズムには推理のモジュールがほとんど含まれていない」。8月24日、清華大学心理学系の脳・知能実験室の劉嘉教授は北京智源人工智能研究院で開催された重大研究テーマ「人工知能の認知神経の基礎」の発表会において、「人の大脳には専門の認知構造があり、推理を行い、因果関係を模索している」ことを発表した。実際に、人類はいつでもどこでも物事の因果関係や解釈を追究しており、まったく無関係な物事を相互に関連付けたりもする。つまり、因果関係の推理は、人の本能的な行為の一つなのである。

 さらに、現在のAIはビッグデータ+ディープラーニング+大演算能力から構成されるが、将来のAIはむしろより多くのデータや強化された演算能力に加え、改善されたアルゴリズムによって成り立つという人もいる。だが、この説明は正しいのだろうか。「これでは真に問いに答えたことにはならず、直線的な思考に過ぎない。顔認識等の分野ではディープラーニングが大きな進展を見せているが、その根本的な欠陥も明らかになってきている。このため、AIの今後の発展の鍵は単純な演算能力の向上とデータの増加ではなく、知能モデルの再検討にあるといえる」と北京大学コンピュータ科学技術系の教授であり、北京智源人工智能研究院の院長でもある黄鉄軍氏は話す。

 それでは、知能とは何であろうか。黄氏の考えでは、「知能とは、システムが情報の取得と加工によって獲得した能力であり、それによって単純から複雑への深化を実現できることをいう。たとえば、動力システムについていえば、自動車や飛行機はガソリンと電気等のエネルギーによって運動するが、それは知能ではない。あるシステムが情報を取得でき、かつ、その情報を加工することによって能力を向上させられるとすれば、それは知能である」。

 また、黄氏によれば、「知能の媒体であるシステムは有機の生体でもよいし、コンピュータ等の無機の機械でもよい。有機体をよりどころとする知能を生物知能といい、機械を媒体とする知能を機械知能という。しかし、AIを『人工的に設計され、製造された知能』と理解するのは偏った考えだ」。

生物知能を参考に研究の方向性を開拓する

「生物知能の研究は脳科学の一部であり、自然科学の範疇に属する。他の自然科学と同様に、大脳を研究対象とする基本姿勢は変わらないが、人類の進化を見ると数十年、数百年の単位では大きな変化はない。大脳は既知のシステムのなかで最も複雑なものであるため、脳科学は往々にして自然科学の最後の境地といわれる」と黄氏は説明する。

 一方、機械知能は技術科学の最先端であり、黄氏の理解では、「AIというシステムの複雑性は、人類による設計、開発と環境との相互作用によってさらにその複雑さを増すため、機械知能の研究対象は拡大と変化を続ける対象である。したがって、知能科学は技術科学において無人に解放された境地である」。

「生物の大脳は何億年もの進化による産物である。機械知能はその進化の歴史を最初からたどるのは不可能であり、その必要もない。それどころか、生物の大脳を基盤として、前向きに発展していかなければならない」と黄氏は続ける。たとえば、現在のマシンビジョンでは、CCDカメラとコンピュータのアルゴリズムによって良好な効果を得られてはいるが、計算の複雑度が高く、コストが高いという問題がある。黄氏の研究チームが開発した新型の視覚センサのチップでは生物を模倣してパルス方式を採用して視覚情報を表示するため、大演算能力を必要とせずに超高速な視覚タスクを全うできる。この成果によって、構造とメカニズムの面で生物の大脳を模倣し、光電気システムの特性を通じて性能を大幅に高めることが、将来のAIの発展における重要な道筋であることが示された。

 説明によれば、北京智源人工智能研究院は2019年に発表した5つの研究テーマのうち、「AIの認知神経の基礎」を2020年の第一の重大研究テーマとする。その目的は神経科学、認知科学と情報科学を相互に融合させ、AIと脳科学の相互作用とスパイラル的な発展を強め、生物知能システムの精細な構造と作動メカニズムを解明することにある。脳模倣型の機能を持ち、脳を超える性能を持つ知能システムを構築し、視覚等の機能や典型的なモデルの動物を参照物として知能水準の試験を行うことは、AIの今後の発展を模索する上で可能性のある方法である。

 劉氏によれば、認知神経の面から考慮するなら、知能の理解には3つの階層がある。それは、ハードウェアの階層、特性・アルゴリズムの階層、そして計算ターゲットという階層である。これを生物知能に対応させると、それぞれ脳神経の構造と機能、生物ニューラルネットワークモデル、そして認知モデルということになる。研究チームは、生物の基礎、ネットワークモデル、生物の視覚という3つの面から研究を行った。このうち、「生物の視覚における認知神経の基礎」については、脳の様々な画像を用いる方法で大脳の精細な構造を探求し、生物の視覚認知機能と計算構造を解明し、「AIの脳解析」を行い、認知神経科学の研究方法を利用してAI(ディープラーニングネットワーク)のブラックボックスを開いた。こうして「脳模倣型のAI」を模索し、生物の視覚認知の研究成果に基づき、脳模倣型の視覚情報処理モデルとアルゴリズムを構築した。

「認知神経を基礎として、AIは新たな発展の軌道に入る。解決すべき技術課題が多いため、その発展は想像するほど早くはないかもしれない。しかし、方向性さえ正しければ、スピードは速くなる」と黄氏は語る。「生物に類似した知能を実現したいなら、どのようなAIでも、その模索の道筋は、最終的には生物の大脳モデルに収れんされるだろう」。

3分野の融合により、生物知能の本質を探る

 自然界では、生物の知能によって多くの目標が実現される。それでは、生物の知能はどのように働いているのだろうか。

 生物界では、線虫のニューロンは302個しかないが、ショウジョウバエは25万個、ゼブラフィッシュは1千万個オーダーあり、マウスは1億個近く、マーモセットは10億個オーダーで、アカゲザルは約100億個オーダー、人は860億個のニューロンがあることがわかっている。これら生物の間のニューロン数の差は1億倍にも達するが、いずれも食物を獲得し、危険を回避し、後代を繁殖するといった生存のための必要を満たすことができる。劉氏によれば、生物どうしでは知能の高低という差はあるが、ニューロンが数百個しかない線虫から何百億個も持つ人類まで、いずれもAIが夢にまで追求する共通の知能がある。したがって、生物知能の視点から見れば、そのような共通の知能は非常に多くの数のニューロンによって実現するのではなく、ニューロンのある規則性を持った組み合わせによって実現するのだ。

 それでは、生物知能の根底に流れる規則性とは何か。それは、まだはっきりわかっていない。「その規則は研究で明らかになるだろう。過去数十年間、研究者たちは三つの異なる視座から知能の本質を探ってきた。その一つ目はボトムアップの生物学的視座であり、それは生物の神経基盤のシミュレーションを忠実に行ってきた。二つ目はボトムアップで抽象的な認知モデルの構築を行う手法であり、認知科学を核心とする。そして三つめは最近の折衷案的な道すじであり、ディープラーニングのニューラルネットワークを代表とするシミュレーションとモデルとの間のコンピュータ科学の手法である」と劉氏は強調する。

 劉氏によれば。今後の研究の方向性は、神経科学、認知科学とコンピュータ科学を深く交差させることである。AIのブレイクスルーはこれら三つの分野の交差点にある可能性がある。それは誰も足を踏み入れたことのない「無人エリア」で、技術面でもパラダイムの面でも未知の点が多く、課題も多いが、希望に満ちている。この交差点を切り開くには底辺からのサポートが必要である。それはつまり、生物知能のオープンソースプラットフォームだ。

 具体的には、研究者たちは多くのスケール、精度、モジュールを持つオープンソースのプラットフォームを構築し、生物のニューラルデータ、行動パターンのデータ、認知プロセスおよび特徴のデータ、それに対応する生物や計算、認知モデル等を入力する準備をしている。このプラットフォームなら、知能の本質を模索し、知能の理論を構築するのに、より多くの人々を引き付けるだろう。


※本稿は、科技日報「建開源開放平台探索人工智能"無人区"」(2020年9月16日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。