第169号
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中国の食糧問題は本当に危機的なのか?

2020年10月16日 杜鵬/文・写真

新型コロナウイルス、中米対立と貿易戦争、歴史的な豪雨・洪水災害、世界規模のバッタ大量発生による農作物への被害。今年は中国が食糧不足や食糧危機に陥るとの見方が広がった。さらに一部の人の間で、いままで富裕層にしか買えなかった日本のコメをこれから中国人バイヤーが大量に買い占めると懸念する声も上がった。しかし、本当にそんなことが起こりうるのだろうか

 私は特に農作物の生産と食糧の安全に注意を払っている」

 7月に中国の東北にある農業資源がもっとも豊富な省の1つである吉林省を視察するときに、習近平国家主席が食糧安全に関する重要指示を出した。

 今年は新型コロナウイルスの影響で、中国では食料品の価格が高騰し、噂による買いだめ行為が広がって社会ニュースになることが何度かあった。コロナショックに加えて、この夏に中国各地で80年ぶりとも言われる規模の豪雨・洪水災害が起きた。洪水被害で600万ヘクタールの農地が被害を受け、うち14.4万ヘクタールの収穫はほぼゼロだと言われている。また、バッタなどの大量発生による災害もあり、雲南省や湖南省などで被害が広がった。

 そして『月刊中国ニュース』2020年6月号でご紹介した中米貿易摩擦の先鋭化も中国の食糧安全にとどめを刺したと考えられる。こうした各種のマイナス要因に加え、冒頭のトップ談話が出たことで、中国は食糧危機に陥るのではないかと、一気に緊張ムードが高まった。

 これによって、全国各地で「忖度」とも言える過度な対応が始まり、各地のテレビや新聞でその奇妙な手段が報じられた。例えば、レストランが自主的に注文制限をかけ、10人で食事をする場合は8人分の食事しか注文できないようにする。もし食べ残しがあった場合は罰金を科す。さらに「体重計注文」制度を導入するレストランまで出てきて、お客さんの体重に見合ったカロリー計算表をもとにしたメニューを渡し、浪費や贅沢を防ぐ効果を狙っているという。そして、いままで大人気だった大食い食レポ番組もSNSや動画サイトから削除された。

 しかし、今年は新型コロナウイルスの影響が甚大であるとはいえ、本当に中国または世界各国が食糧危機に見舞われる可能性は果たしてあるのか。この点に関しては異なる見方もあった。

 近代農業では品種改良などによって、凶作の確率が昔よりかなり下がった。実際に中国は2004年から2019年まで、国内の食糧生産は16年連続で豊作が続いた。国家統計局の統計によると、2019年中国の食糧総生産量は約6.6億トンで、対前年比0.9%増加、過去最多を更新した。大豆など多くの作物は輸入に頼るしかないとはいえ、国内生産で5年連続6.5億トンを超える数字にはひとまず安心感を覚える。

 さらに、経済協力開発機構と国連食糧農業機関が発表した報告書『OECD-FAO農業OUTLOOK2020-2029』では、今後10年間、農産物の需要に大きな構造的変化は見込まれないと予想した上で、世界中で農産物の生産量が増加し、生産性の向上など価格の下落要因が資源の制約、人口・所得の増加に伴う需要増など価格の上昇要因を上回ることで、食糧価格の下落が見込まれると示唆している。

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中国に進出している外資系農業企業では最大の Wilmar International Limited(シンガポール)とシノケム(大手国営農業企業)が共同開発した穀物基地。

 次に日本から中国への食品輸出動向にも触れてみたい。

 今年は新型コロナウイルスをはじめ諸般の事情によって、当初春に予定されていた習近平国家主席の国賓訪日が実現できなかった。また、安倍総理の辞任で、現時点では年内訪日の可能性もほぼなくなった。

 中国はアメリカとの貿易摩擦がエスカレートするなか、アジア周辺国との関係を深めようとする意欲が高まっている。8月に外交担当のトップである楊潔篪(ヤン・ジエチー)国務委員がシンガーポールと韓国を歴訪し、コロナ禍がある程度収束すれば年内には習近平主席が外遊できるよう準備を整えたと見られる。

 2021年には東京オリンピック、2022年には北京冬季オリンピックが開催される予定で、さらに2022年は中日国交正常化50周年にあたる。日本の新たな首相が誰になっても、交流の機会を重視して、ハイレベルの要人往来や首脳会談を通じて待望の和牛輸出や10都県の食品輸出解禁に繋げてほしいと願ってやまない。

 中日両国の間では、節目の年になると友好交流や青少年交流、そしてスポーツなど文化交流イベントが多く開催されるようになる。実際に、中日両国の食文化はとても奥深く、美味しい食べ物を通じた新たな交流が友好関係を深めるきっかけを作ることもできる。また、日本の「食」の輸出は双方の経済利益にとってもプラスであり、食の分野の交流が活発になることによって、中日関係が前進することも期待できる。

 特に、日本側から見ると、中国の巨大消費市場の魅力は無視できない。近年、訪日中国人観光客や中国国内の日本料理店が急増するのに伴い、消費者の間で日本酒に触れる機会が増えてきた。中国では日本酒の認知度が高まると同時に、近年の健康志向によって、これまで親しまれていた白酒(穀物原料の蒸留酒)がアルコール度数が高いと敬遠されるようになってきた。その代わりに度数が低く、健康的なイメージを持つコメ由来の日本酒が好まれるようになったのである。日本国内でも入手困難で、今まで「門外不出」であった人気日本酒「十四代」も、ついにこの夏から高級日本料理店を狙って中国本土への輸出を始めた。

 このような海外戦略を展開するのは「十四代」だけではない。中国で尊敬されている日本の「匠の精神」の代表とも言える「酒造りの神様」、農口尚彦杜氏が作ったお酒も近々、中国の消費者たちが飲めるようになりそうである。日本酒の世界では伝説とまで言われる農口杜氏が引退後に再び復帰して人生の集大成ともいえる最後のチャレンジを始めた酒蔵が、限定出品で中国向けの輸出を始めた。農口杜氏の「魂の酒」が国境を問わず日本酒ファンを虜にすることができるのかどうか、ぜひとも見届けたい。

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高級ワインのようにヴィンテージ SAKE が注目されやすい。数量限定ならさらに人気が高まる。(農口尚彦研究所 Vintage 2017)

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「酒造りの神様」農口尚彦杜氏。近年中国では匠の精神が叫ばれている。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年11月号(Vol.105)より転載したものである。