第173号
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研究機関・企業間の「壁」を破る―政産学研連携の寧波北侖モデルの模索

2021年02月16日 洪恒飛、江耘(科技日報記者)

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中国科学院海西研究院のロボットアームを使ってトルクブースト制御アルゴリズムをテストする李俊氏の課題グループに所属するエンジニア・曾輝雄氏と朱文斌氏。画像提供:取材先

多くの大学や科学研究機関が地方に進出しているが、現地の産業との連携は不十分だ。研究機関の体制により、研究者は市場のニーズではなく論文を重視し、研究プロジェクトに対する注目度が低く、持続性がなく、企業に対するプラットフォームの開放度も低く、技術供給と産業のニーズがうまくかみ合わない状況が共通の課題になっている―。

 12月初め、中国科学院海西研究院寧波レアアース機能新材料協同イノベーションセンターの李俊副センター長は、筆者の取材に対して、「海西研究院と企業間の交渉を経て、当センターは最近、百琪達(寧波)、寧波江豊電子材料股份有限公司と共同で、テルビウム添加やターゲット材料の試作ラインを建設し、中国の高性能電気機械のニーズを満たし、国外の高性能ネオジム磁石製造技術との差を縮めるべく、磁性体の回転、積み重ねの機械化に力を入れている」と説明した。

 今年9月、中国科学院海西研究院の名を冠する寧波産業技術イノベーションセンター、寧波高分子複合新材料協同イノベーションセンターおよび寧波レアアース機能新材料協同イノベーションセンターが、寧波市北侖区に設立された。同研究院と北侖区政府は、双方の実際のニーズを結び合わせ、原有の連携を基礎に、研究機関と企業の間にある壁を打破し、人材を互いに招聘し合い、共同でイノベーション体系を構築し、イノベーション成果を共有できるよう取り組んでいる。

 寧波市党委員会常務委員で、北侖区党委員会書記を務める梁群氏は、3つのイノベーションセンターを設立した目的について、「機関の体制、メカニズム、企業の目先の利益だけを考える思考という『壁』を打破し、地域のイノベーションエコロジカル、企業のイノベーション体系を構築し、政産学研連携の『北侖モデル』を模索するのが目的だ」と説明した。

体制がネック:二重の壁がイノベーションのエコシステムの足かせに

 中国科学院の博士で、日本とカナダの名門大学の博士研究員である寧波能之光新材料科技公司の張発饒会長は、「企業のイノベーション、発展は、人材不足、イノベーション資源の不足、研究が手薄という3つの問題に直面している。これは企業の共通の問題だ」といい、企業の質の高い発展には、テクノロジーと人材の下支えが必要であると痛感しているという。

 この問題を受け、幾つかの地域の政府は、大学の研究機関を誘致する方法を通して企業をサポートしている。ただ、いくら多くの大学の研究機関が誘致されても、現地の産業との連携が依然として不十分であることは直視しなければならない。研究機関の体制によっては、研究者が市場のニーズではなく論文を重視し、研究プロジェクトに対する注目度が低く、持続性がなく、企業に対するプラットフォームの開放度も低い。そして、技術供給と産業のニーズがうまくかみ合わないという状況が共通の課題になっている。

 李副センター長は、こうした現象を痛感しており、「機関と企業の連携の多くは分散的で、大半の企業がプロジェクト終了後、提携の終了か、他のプロジェクト展開のための提携を選んでおり、連携は全体的に系統性、持続性に欠けている」と指摘する。

 中国レアアース業界協会の統計によると、2019年、希土類磁性材料の全国の総生産量約18万トンのうち、38.9%を寧波市の生産が占めている。寧波の中でも、北侖は希土類磁性材料生産の主要産地だ。

 李副センター長は、「現地の企業は、生産・製造の過程における技術的難題を解決するために、希土類磁性材料の分野の研究チームとマッチングし、連携することを切実に必要としている。当チームは江豊電子と提携して、『高純度低酸素特殊レアアース金属ターゲット材料の産業化』などのプロジェクトを実施し、プラットフォーム共同建設という連携スタイルを構築している。レアアースの精錬、生産の過程は、できるだけ低酸素の環境が必要だ。双方は、『作業員による酸素供給操作』の代わりに『ロボット作業』を採用する予定で、整ったスマート生産ラインを開発し、レアアースのターゲット材料の生産効率を向上させる」と説明する。

 北侖区科技局の周瑾局長は、「テクノロジーイノベーションプラットフォームは、体制・メカニズムの壁の制約を受け、研究成果が実験室に留まる傾向にあり、企業のニーズを理解しておらず、現地の産業や市場のニーズに応えることができていない。一方、企業は目先の技術や利益を重視する傾向が強すぎるし、また一部の企業は、コア技術の流出を懸念して、外部に対して警戒心を抱いている。それも、高い『壁』となっている」と分析する。

 周局長は、「そのような二重の壁が原因で、機関の技術供給と産業のニーズがバラバラの状態になっている。地方のテクノロジー関連当局は産業発展のイノベーションのエンジンに火を着け、壁を打破して、現地産業のテクノロジーや人材関連当局の幹部がテクノロジーマネージャーとしてリーダーシップをとり、プロモーション、融合を実施し、固有のメカニズム・体制を改革して、イノベーションのエコロジカルを形成しなければならないことを理解する必要がある」と指摘する。

人材の相互招聘:複合型人材の双方向流動

 中国科学院海西研究院が北侖に3つのセンターを設立することにより、張会長は、中国科学院海西研究院寧波高分子複合新材料協同イノベーションセンターの副センター長と中国科学院寧波都市環境観測研究ステーションの特別研究者という2つの肩書きを持つようになった。

 新たな肩書きを活用して、張会長は、ターゲットを絞って企業の発展のためのニーズに合致した博士・修士課程の大学院生を育成することができるようになり、今後の企業のハイレベル人材をめぐる課題を根本的に解決できるよう取り組んでいる。

 同様に、寧波能之光新材料科技公司の企業研究院は、寧波高分子複合新材料協同イノベーションセンターのセンター長を務める呉立新研究員を副院長として招聘した。

 中国科学院都市環境研究所の党委員会副書記を務める蘭国政氏は、「壁を打破するためには、まず、人材の交流を妨げている壁を打破する必要がある。今回、中国科学院海西研究院と北侖区の連携が強化され、現地の企業関係者が中国科学院の研究者として名を連ねるようになり、一方の中国科学院の研究者も企業でポストを担うようになっている。人材の双方向の流動によって、体制・メカニズムの改革を進めるのが狙いだ」と説明する。

 張会長も、「企業が人材を呼び込み、引き留めるうえでの最大の問題は、人材の学術上の昇進ルートが不十分であることだ。今回の取り組みによって、企業の人材不足の問題が根本的に解決されるだろう。同様に、体制内の科学研究者が企業の臨時ポストに就くことで、企業が市場にマッチした研究を行うことができるようになるだろう」と強調する。

 寧波能之光新材料科技公司の企業研究院の副院長を務める呉氏は現在、張会長率いるチームと、「バイオプラスチック製造のキーテクノロジーおよびその産業化」などのプロジェクトに関する研究開発に取り組んでいる。張会長は、「同プロジェクトの研究開発が成功すれば、企業は直ちに生産に入るだろう」としている。

 ほかにも、電子級超高純度アルミニウムや大型高品質アルミニウム合金新材料を研究開発、生産する寧波錦越新材料公司は、高純度研究開発の分野で世界トップレベルの博士を海外から誘致したいと考えていた。その博士は学術を重視しており、企業がハイレベルの機関と共同で企業研究院を設立していることを希望していた。そして、中国科学院寧波都市環境観測研究ステーション(寧波産業技術センター)と共同で企業研究院を建設し、人材の総合招聘を実現している情報を聞いて、すぐに海外の研究機関の職を辞し、寧波錦越新材料公司に加入した。

 同社の責任者は、「機関と企業の人材の相互招聘により、当社の大きな問題が解決した」と喜ぶ。

 北侖区党委員会人材活動弁公室の張盛傑・常務副室長は、「企業の人材が機関へ行き、機関の人が企業へ行く。人材の相互招聘のルートが切り開かれ、複合型人材が双方向に流動するようになり、物質的にも、精神的にも大きな収穫がある。最終的にイノベーション体系の構築が実現した。当区は今後、政策を打ち出してこの革新的な方法を全力でサポート、推進する計画」と述べた。

共同建設・共有 産学研の「仲間の輪」が拡大中

 3,000平方メートル以上の研究開発、パイロット生産工場、2,000万元(約3.16億円)以上のテスト分析設備、末端のエンジニアと作業員チーム......。人材の相互招聘が始まって以降、寧波能之光新材料科技公司は中国科学院海西イノベーション研究院に、自社の多くの資源を開放するようにもなった。

 李副センター長によると、壁がなくなるにつれて、機関と企業は一歩踏み込んだ連携を展開するようになり、企業の生産設備、生産ライン、生産のニーズ、工法プロセスなどが機関に開放された。一方の機関も技術研究開発の過程や検査設備などを開放し、双方が資源を共有するようになった。

 李副センター長率いるチームが現在、寧波江豊電子と提携して実施しているプロジェクト「高純度低酸素特殊レアアース金属ターゲット材料の産業化」を例にすると、寧波レアアース機能新材料協同イノベーションセンターの検査設備が全て企業と共有され、企業と機関の研究開発者が共同で研究開発を実施していることで、コスト削減につながっただけでなく、研究開発の効率も大幅に向上した。

 同時に、企業は協同イノベーションセンタープラットフォームを通して、川上・川下産業の資源や技術の統合を一層進め、結束して連携し、調和を取りながらイノベーション、発展を実現することができている。これにより、包頭レアアース研究院などのイノベーション機関の多くの専門家も寧波センターに集まるようになるなど、サイホン現象が既に起きている。

 これに対し、張会長は、「企業と機関がプラットフォームを共同で建設し、資源を共有することで産業チェーンの川上・川下の企業、科学研究機関などの提携につながり、1+1=2以上の良い結果になっている」と成果を強調する。

 最近、四川江銅稀土有限責任公司は実地調査を経て、寧波レアアース機能新材料協同イノベーションセンターと、希土類磁石の再生資源のエコな回收に新型CHON型薬剤を利用する研究開発プロジェクトを共同で実施することに合意した。そして、ネオジム-鉄-ホウ素廃棄物回収の実際の状況をシミュレーションし、希土類磁石の再生資源の回収技術モデルラインを新たに建設した。希土類磁石資源の低エネルギー消費、低コスト、高効率、エコ、高付加価値の回收を実現した。

 李副センター長は、「双方は1,000万元を投じて、プロジェクトの研究開発を下支えする計画。現在、後続のプロジェクトが実施されている」と述べた。

 周局長は、「中国科学院海西研究院の3センターは、異なる産業の分野に対応し、源流企業、製品メーカーの架け橋となり、北侖の複数産業の急速な高度化をバックアップしていく。今後、多くの業界における破壊的企業が生まれる可能性がある」と期待感を示す。

※本稿は、科技日報「打破院企"囲牆"探索政産学研合作北倉様板」(2020年12月17日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。