第173号
トップ  > 科学技術トピック>  第173号 >  蘇州高新区「日系企業集積地」の新たなかたち

蘇州高新区「日系企業集積地」の新たなかたち

2021年02月19日 周建琳 張彪/文 神部明果/翻訳

蘇州高新区は長江デルタ地域で最も代表的な「日系企業集積地」として、区内に591社の日系企業を抱え、操業再開率は100%に達している。

 新型コロナにより生じた「工場稼働停止」をはじめとする問題は、中国に進出する日系企業のサプライチェーンの安定性に対する日本側の懸念を呼び覚ました。中国にある日系企業はこれにどう対応したのだろうか。

 先日、長江デルタ地区で最も代表的な「日系資本の集積地」である蘇州国家ハイテク産業開発区〔以下、蘇州高新区〕を視察した。取材の結果、開発区内の日系企業591社の操業再開率は100%であることが明らかとなった。2020年1~6月における日系企業の払込済み投資額の伸び率も前年同期比390%となっている。

image

蘇州高新区の全景。写真は蘇州高新区工作委員会宣伝部の提供

中国事業を大きく育てる

 蘇州高新区に外商独資企業として初めて入居した日本電波工業株式会社(NDK)には中国との深い縁がある。1972年9月に日中の国交が正常化した後、10月24日に日本電波の創業者である竹内正道社長は日本技術交流団の団長として中国を訪問し、周恩来元総理との直接面会と写真撮影に臨んだ。

「中国は広大であり、そこには必ず大きな市場が存在する。絶対に中国に進出しよう」。こうした信念のもと、1994年1月に正道氏の長男で現会長の竹内敏晃氏は決断を下し、蘇州高新区に蘇州日本電波電子工業有限公司〔以下、蘇州日本電波〕を独資で設立した。

 26年という歳月のなかで、蘇州日本電波は蘇州高新区の発展とともに大きな成果を収めてきた。設立当初の登録資本金は15億円、総投資額は25億円だったが、その後6度の増資を経て、登録資本は4,720万ドル、総投資額は9,070万ドルに達している。

「蘇州日本電波は従来の単純な輸出加工から販売部門を段階的に増設してきました」。2006年から蘇州日本電波の董事長兼総経理を務める藤原信光氏は、日本電波は現在、蘇州高新区と共同で「在中国総合本部」という概念を提起しており、中国進出企業の商流や物流の統合を計画していると語ってくれた。

 蘇州高新区鹿山路に位置する蘇州松下半導体有限公司の総敷地面積は13万㎡以上、約3,000人の従業員を抱え、パナソニックの車載カメラモジュールや車載マイクモジュールおよび半導体製品の重要な生産拠点となっている。

 蘇州松下半導体の志賀康紀総経理によれば、同社は蘇州高新区への進出からすでに10年以上が経過し、当初の生活用品の生産から自動車工業領域分野にシフトした後、さらに自動車製造のオートメーション化、新エネルギー電池、自動運転の関連製品に舵を切ったという。

 2018年4月、パナソニックグループは新たな経営戦略を発表し、同グループで中国唯一の車載カメラの研究開発センターを蘇州高新区に設立し、その後パナソニック中国財務共有センターやパナソニックAISの研究開発本部などを相次いで設立した。これにより、パナソニックグループは蘇州高新区に相次いで7社の関連企業を設立したことになり、累計総投資額は35億元超、合計年間売上高は約75億元に達している。

 統計データによると、26年の歳月のなかで、蘇州高新区ではパナソニック、キヤノン、三井住友銀行、エプソン、富士フイルム、日本ガイシ(NGK)、積水化学など、世界企業番付のフォーチュン・グローバル500に名を連ねる多くの企業や有名多国籍企業により、投資規模が大きく波及力も高いハイエンド事業への投資が相次いで実施されてきた。それと共に企業の研究開発能力も急速に向上し、95%の日系企業が区内に研究開発機関を設けている。

「我々蘇州日商倶楽部が入手した情報によれば、同区の日系企業はいずれも安定的に成長しており、中国市場を有望視し、現在の投資を維持することを望んでいる」。日商俱楽部の事務局長を務める西本記朗氏によれば、1994年設立の同俱楽部は630社の法人企業会員および少数の個人会員を抱え〔記事執筆段階〕、日系企業間の重要な交流の場となっている。

 長期にわたり中国の日系企業にサービスを提供してきた西本氏は、中国で労働集約型産業に従事する日本企業は東南アジアなど人件費のより低い地域に流れていくだろうと分析している。一方、一定の技術と経営モデルを備え、人件費をはじめとする各種要因による影響を克服できる日本企業は中国に留まることを選び、それにより市場シェアの拡大を狙うという。蘇州における日系企業のサプライチェーンは充実しているうえ、蘇州のビジネス環境は非常に優れていると西本氏は力強く語ってくれた。

ソフト面の環境も充実

 8月27日夜、日本の成田国際空港を出発し、蘇州高新区に戻る日系企業幹部を乗せたチャーター機が蘇南碩放国際空港に無事着陸した。積水中間膜(蘇州)有限公司の松本学副総経理は今回、チャーター機のおかげで家族5人揃って蘇州に戻ることができた。

「今回のチャーター機の手配を通じて、弊社本部は蘇州高新区が確かにわれわれ企業の差し迫った状況を考慮してくれていることをより一層理解できました。ピンチに差し伸べられる支援ほど有り難いものはありません」。積水中間膜の張俊(ジャン・ジュン)総経理はこう話しており、日本の幹部が真っ先に蘇州に戻れたことで、同社が顧客の現場で実施する新製品の技術サポートにおいても問題を回避できたという。

 積水中間膜は積水化学工業株式会社の投資により蘇州高新区に2004年に工場が建設され、2009年には生産拡大のための追加投資も実施された。現在は防音膜、HUD用くさび形中間膜などのミドルレンジ~ハイエンド製品を主力とし、市場を牽引している。

「最も重要なのはやはり高新区の政府部門の各種政策が実際的であり、日常に落とし込まれている点。例えば技術向上のための特別支援に加え、定期的に企業を訪れ意見交換を実施している」。これらは現地政府による投資誘致・促進政策の安定性や一貫性を反映しており、企業の長期的な経営と持続的な発展に関する戦略と理念に合致すると張氏は考えている。

 優れたビジネス環境は日系企業の構造転換と高度化にどう寄与しているだろうか。蘇州高新区はこれに関し、日本人学校の設立、日系銀行の誘致(三井住友銀行)、日系百貨店の誘致(イズミヤ、イオンモール)、日本人を対象とした森茂診療所の誘致、東京での蘇州高新区日本事務所の設置および日本食レストランが集積した日本人商業街の建設を重要措置として講じている。

 日本の教育体系は中国や欧米と異なり、海外でビジネスに携わる日本人にとって子供の教育は一大問題であることは間違いない。2005年には主に高新区および周辺地区の日本人児童を対象とした待望の蘇州日本人学校が開設された。

 蘇州日本人学校に新たに着任した虻川康士校長は、蘇州高新区が今年手配した操業再開のためのチャーター機がなければ、スムーズに蘇州に赴任できなかったと語っている。生徒や保護者もみな虻川校長のタイムリーな入国を喜んだ。

 調べによると、蘇州日本人学校を卒業した生徒が日本に帰国した後に受験する全国試験の平均点は日本全体の平均点をはるかに上回っているという。ハイレベルな教育水準に加え、生徒たちの生きる力や生活力もここで全方位的に養われている。

 高新区が誘致した森茂診療所の総投資額は600万元超、敷地面積は300㎡以上にのぼる。診療所には内科、小児科、婦人科および中医科が設けられており、海外旅行保険に加入している日本人は保険証を持参すれば受診が可能だ。安心して治療を受けられる場所ができ、蘇州生活での心配はさらに払拭されたといえるだろう。

 中国では「高新区」の名が付くと、工場が林立するばかりで生活感のない場所だと誤解されることが多い。しかし蘇州高新区に足を踏み入れると、往々にしてここが工場団地であることを忘れてしまう。蘇州高新区が商業も盛んで交通の利便性が高く、人と自然が調和した住み心地の良い場所だからだ。

 日没後、蘇州高新区にある淮海街を訪れると、ネオンが瞬き人々がしきりに行き交い、いかにも日本らしい縦型のネオン看板がずらりと軒を連ねる様子が目に入ってくる。全長約550mのこの通りは2010年に「国家級著名・特色商業街」に選出されており、150店あまりが入居する。長江デルタ地区では習慣的に「日本料理街」と呼ばれ、大量の日本料理店や居酒屋が密集するエリアとなっている。

 蘇州高新区初の日系独資企業である蘇州日本電波が正式に設立された1994年、現地政府はこの年に「日本料理街」の構想を提起し、「ソフト環境」を十分に整えることで継続的に日系企業の投資や開業を呼び込めるようにとの望みをかけた。

 日本風の鳥居、機械じかけのトキ、淮海小劇場、桜公園...... 昨年9月末にリニューアルした淮海街には多くの見どころが新たに増え、日本的な要素であふれている。設計チームはこうした雰囲気を醸し出すため、何度も日本に足を運び参考にしたという。

 淮海街は単なるレストラン街ではなく、日本文化と蘇州の特色ある文化が溶け込んだ場所であると前掲の西本氏は考えている。「リニューアル後はイメージがさらに良くなったと思います。日中両国の文化融合の象徴になればいいですね」

image

蘇州高新区淮海街。写真は蘇州高新区工作委員会宣伝部の提供

日中経済協力は新たな段階に

 昨年9月下旬、尼得科(蘇州)有限公司蘇州開発センターの開所式が実施された。同社は日本電産株式会社(NIDEC)が全額出資した研究開発拠点の一つであり、蘇州開発センターを世界トップクラスの車載用モーター開発センターに育て上げていくという。

「中国は世界最大の新エネルギー自動車市場。日本電産グループ車載事業部の中国市場における最も核心的かつ重要な開発センターとして、蘇州開発センターは主に新エネ車専用の三位一体型電気駆動モーターや集積電気駆動モーターシステムの最先端の開発に尽力していく」。尼得科(蘇州)有限公司の加藤明利総経理はこう語った。

 日本電産はコロナ禍のなかでも最も重要な開発センターを中国に設立したが、このことは日系企業の対中投資の方向性の大きな変化を反映している。中国経済は目下、高度成長の段階から質の高い発展の段階に移っており、外資活用の構造も調整されつつある。

 蘇州富士フイルムは2010年以降、医療機器分野における模索を続けている。同社は蘇州高新区での設立から20年以上が経過する老舗日系企業であり、ここ数年にわたり新たな事業を模索し続けてきた。現在、同社の主要事業は光学・電子映像、フォトイメージングおよび医療機器の「三者鼎立」状態となっている。

 蘇州富士フイルムの稽瑞康(チー・ルイカン)副総経理は、中国の医療機器や医療バイオテクノロジーなどの産業には幅広くかつ長期的な発展性があるとみている。「当社はまさにこの市場を見据え、超音波診断装置や内視鏡といった中国市場向け製品の研究開発を強化してきた」

 蘇州高新区は2020年30周年を迎えた。これまでの発展の歴史を振り返ると、産業の高度化、イノベーションの牽引、開かれた発展は蘇州高新区の開発と建設における重要な座標軸となってきた。

「蘇州高新区では現在、新旧産業の転換を加速させ、医療機器・バイオメディカル、インダストリアルインターネット、デジタルエコノミーをはじめとする最先端産業の育成に取り組んでいる。日本は半導体、医療機器およびバイオメディカルなどの領域で世界トップクラスにおり、今後は日本と密接に連携し、日本のハイテク産業・技術を導入し、サプライチェーンをさらにレベルアップさせ、ウィンウィンを実現したい」。先日開催された日系企業サロンイベントにて、蘇州高新区の共産党工作委員会副書記で虎丘区の毛偉(マオ・ウェイ)区長は日系企業のモデルチェンジとイノベーションをめぐる大きなチャンスを後押しした。

 戦略的新興産業はしばしば知識の集約、資金の集中、学際的、グローバル化といった特徴を備えており、サプライチェーン全体における配置や育成を必要としている。イノベーションの大本へのサポートが不足すれば、企業の失敗リスクが高まることは間違いない。

 蘇州高新区はこれに関し、イノベーションをめぐり国家レベルの重要イノベーション機関を呼び込み、その先導的役割を十分に発揮させている。現時点で区内には中国科学院蘇州バイオメディカルエンジニアリング研究所、浙江大学工業技術研究院、中国科学院蘇州地理科学・技術研究院、清華大学蘇州環境革新研究院など100を超える「有名研究機関」が入居済みだ。

 高度なイノベーションのリソースにおいて欠かせない部分が人材の呼び込みといえる。2020年9月、南京大学蘇州キャンパスの建設工事が正式に始動した。同キャンパスは世界一流大学をベンチマークとし、将来的に1,000人の優秀な教師陣を募集するほか、学部、修士、博士課程の学生を1万2,000人、将来的には2万人の募集を計画している。

 蘇州高新区共産党工作委員会書記、虎丘区党委員会書記の方文浜(ファン・ウェンビン)氏によれば、蘇州高新区は国内および国際の「双循環〔習近平政権の新たな経済発展モデル〕」という新たな枠組みに焦点を定め、「日中イノベーションバレー」「日中のグリーン産業イノベーション提携モデル区」などの重要プラットフォームの建設を重点とし、日系企業ごとに「一企業一政策」「一企業一文書」からなる専門プランを作成し、日系企業に対するサービスの質を絶えず向上させ、より高度な開放の構図を構築していくという。

 イノベーションの舞台である蘇州高新区が日系企業の注目の的となっている。「積水化学は都市建設、モビリティ、ハイテク素材、医療テクノロジーという四大事業領域を抱えており、新たな提携のチャンスを積極的に模索できると確信している。ビジネス環境の成熟・拡大および長江デルタ一体化の推進に伴い、我々グループ本部の今後のリソース統合や関連するイノベーショングリーン事業の創設にプラスとなっている」(張俊氏)

 中国が引き続き開放を拡大し、経済のモデルチェンジとアップグレードを進めていくなか、蘇州高新区は区内の日系企業が科学技術の革新に向かって絶えず発展するよう背中を押し、日中の経済協力が新たな段階に歩みを進めるようリードするだろう。


※本稿は『月刊中国ニュース』2021年3月号(Vol.109)より転載したものである。