第175号
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中国の鉄系超伝導材料研究―高磁場での応用に向かって進歩

2021年04月13日 陸成寛(科技日報記者)

10テスラの二極磁場でゼロ磁場に比べ80%以上高い高許容電流性能を実現

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画像提供:視覚中国

超電導材料の強電場・高磁場での応用を実現するためには、線材の性能の足かせとなる微視的メカニズムの問題を解決しなければならず、そのカギとなる製造技術のブレイクスルーを実現することによって、高磁場における高臨界電流、高い機械強度、安定した電気・磁気などの特徴を備えさせる必要がある----馬衍偉(中国科学院電工研究所研究員)

 国際学術誌「超伝導テクノロジー」に中国の科学研究者の鉄系高温超伝導関連の最新成果が掲載されたことが、中国科学院高エネルギー物理研究所(以下「高エネルギー所」)への2月22日の取材で明らかになった。

「高エネルギー所」と中国科学院電工研究所(以下「電工所」)の研究者が、100メートルの鉄系超伝導帯材をベースに開発した楕円系コイルは、10テスラの二極磁場で、ゼロ磁場に比べて80%以上高い高許容電流性能を実現し、ビッグサイズの鉄系超伝導コイルの高磁場における応用の実現が可能であることおよびその許容電流性能は、電場の強さにあまり敏感でない高磁場での応用の面で優位性があることが初めて検証された。

 これは、2016年に開発された初の100メートル級の鉄系超伝導帯材、2019年に実施したスモールサイズの鉄系超伝導ソレノイドコイルの24テスラ性能検証に続いて、同チームが上げたもう一つの重要な成果だ。

鉄系高温超伝導の研究で最先端を走る中国の科学者

 超伝導とは、特定の金属や化合物などの物質を非常に低い温度(臨界温度)へ冷却したときに、電気抵抗が急激にゼロになる現象のことだ。そして、そのような特徴を備えた材料は「超電導材料」と呼ばれている。超電導材料の2つの基本的な性質は電気抵抗ゼロとマイスナー効果だ。こうした特異な特性は、科学研究や情報通信、蓄エネルギー、交通輸送、バイオ医学などの分野で応用できる見込みだ。

 1968年、米国の物理学者・マクミラン氏は、従来理論に基づいて、超伝導転移温度は40ケルビン(K、1Khaは約マイナス273度)を超えないという予測を導き出した。この温度は「マクミラン限界温度」と呼ばれている。1986年、欧洲の科学者2人が、銅を主な超伝導体元素とする銅酸化物を発見して間もなく、中国の科学者を含む研究チームが銅酸化物の超伝導転移温度を、液体窒素温度以上に引き上げ、マクミラン限界温度を超え、学界ではそれが「高温超伝導物質」と呼ばれるようになった。

 銅系の高温超電導材料は、サーメット材料の一種として、加工が非常に難しく、総合的コストも相対的に高い。2008年2月、日本の材料科学者・細野秀雄氏は、超伝導転移温度が26Kの銅酸化物超伝導体を発見した。ただ、マクミラン限界温度は超えていないため、同材料が高温超電導材料かは確認できなかった。

 中国の科学者はこの分野の長期にわたる研究の経験に基づき、類似の構造の鉄・ヒ素化合物には転移温度がもっと高い物質が存在する可能性が高いと鋭く意識した。そして、2008年3月、中国科学技術大学の陳仙輝教授率いる研究グループと中国科学院物理所(以下「物理所」)の王楠林氏率いる研究グループが、鉄系の中から、超伝導転移温度が43Kと41Kの物質を発見し、マクミラン限界温度を超えており、鉄系超伝導材料が高温超伝導体であることを証明した。さらに、物理所の趙忠賢氏が率いる研究チームは、高圧合成技術を利用して、異なる元素で構成される鉄系超電導材料の開発に成功し、鉄系の物質の転移温度記録を55Kにまで引き上げた。

 中国の科学者は現在、鉄系超電導材料の研究の面で、世界最先端を走っている。「高エネルギー所」の研究員・徐慶金氏は、「以前の超伝導理論では、超伝導性と強磁性は共存できないと考えられていた。しかし、鉄系超電導材料が発見され、高温超伝導メカニズムの研究には巨大な未知の空間があることが分かった」と説明する。

鉄系超電導材料の実用化に向けて着々と前進

 国際物理学界に認められ、鉄系超電導材料は正式に新型高温超電導材料となった。そして、鉄系超電導材料には、臨界磁場が高く、異方性が小さく、結晶粒界臨界角が大きいなど、実用化に向けて一連のメリットがあることは、より重要な点だ。

 鉄系超電導材料が備えているメリットからして、その中・低温高磁場の分野で大きな応用のポテンシャルを秘めており、その臨界磁場が高く、異方性が小さく、製造コストが低いなどの優位性を十分に発揮させることができる。例えば、鉄系超電導材料をベースに製造した高磁場超伝導磁性材料は、磁性材料性能を大幅に向上させ、現時点では高価な高磁場磁性材料の価格を下げる見込みで、医療用核磁気共鳴(NMR)スペクトロメーターや先進的エネルギー、基礎科学研究装置、電力および交通などの分野において重要な応用への可能性がある。

 しかし、「超電導材料の強電場・高磁場での応用を実現するためには、線材の性能の足かせとなる微視的メカニズムの問題を解決しなければならず、そのカギとなる製造技術のブレイクスルーを実現することによって、高磁場における高臨界電流、高い機械強度、安定した電気・磁気などの特徴を備えさせる必要がある」と「電工所」の研究員・馬衍偉氏は指摘する。

 2016年、「電工所」は、100メートル級の鉄系超伝導線材を率先して製造し、鉄系超電導材料の実用化の扉を開いた。そして、2018年には、「高エネルギー所」が「電工所」と連携して、超伝導帯材のショートサンプルをベースに、鉄系超伝導内挿ソレノイドコイルを開発し、24テスラの強磁場下での高い臨界電流取得に成功。鉄系超電導材料の高磁場での応用の実現が可能であることを実験で証明した。また、2020年には、中国科学院強磁場センターの30テスラの強磁場の環境下で測定を行い、その結果がさらに裏付けされる形となった。

 また、「高エネルギー所」と「電工所」の合同チームは、100メートル級の鉄系超伝導帯材のビッグサイズ超伝導コイルをベースにした研究開発や高磁場での性能テストを開始し、最高10テスラの二極磁場の環境下で行われたテストの結果は、鉄系超伝導コイルの許容電流性能は、ゼロ磁場の環境下と比べて、損失が20%以下で、高磁場下で応用した時に独特の優位性があることを示していた。

次世代粒子加速器に応用へ

 徐氏は、「現在、私たちは高性能鉄系超伝導線材の面で、大きな進展を遂げている。しかし、相対的に見て、鉄系超伝導線材の実用化の研究時間はまだ短く、線材の性能をまだ大きく向上させる余地が残っている。製法の面でも時間をかけて、最適の構造やパラメータをさらに模索しなければならない。今回、ビッグサイズの鉄系超伝導コイルは高磁場での応用実現が可能であることや、その許容電流性能は、電場の強さにあまり敏感でない高磁場での応用の面で優位性があることが検証されたことは確かに励みとなる結果だ。研究チームが数年前から推進しているこの研究の方向性が間違っていなかったことが証明された。科学研究チームが力を合わせて取り組んだ結果でもある」との見方を示す。

 その他、この研究は、世界の同業者の間で高く評価されている。査読者は、この研究の重要な意義について、「この新成果は今後、超電導材料や磁性材料技術の分野に大きな影響を及ぼすだろう。鉄系超電導材料を次世代粒子加速器の発展に活用できる大きなポテンシャルが証明された」と評価している。

 馬氏は、「今後、順調にいけば、鉄系超電導材料は、次世代粒子加速器の発展に大きな影響を与えると期待されている。次世代の高性能、低コストの高磁場超伝導磁性材料を、理想から現実に変え、関連の基礎科学、ハイテク産業、国民の健康の質の高い発展をサポートするようになってほしい」としながらも、「現時点での結果は段階的な進展に過ぎない」と強調する。

 徐氏は、「研究チームは今後、それを踏まえ、鉄系超伝導線・帯材の許容電流および機械性能を大幅に向上させ、高性能鉄系超伝導高磁場磁性材料技術のさらなる模索とモデル検証を推進する。コストパフォーマンスを大幅に向上させた次世代高磁場超伝導磁性材料技術は、高性能粒子加速器や制御核融合などのビッグサイエンス装置の建設や関連の基礎科学の発展を推進できるだけでなく、エネルギー、医療、電力、交通などの民生の分野で幅広く応用される可能性を秘めている」と説明する。


※本稿は、科技日報「我国鉄基超導材料向高磁場応用邁進」(2021年2月25日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。