第178号
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アジアの科学の先駆者たち:シャム・メイ・ハー

2021年07月16日 AsianScientist

 驚くほど好機に恵まれたキャリアを重ねた後、香港中文大学副学長代理に就任したシャム・メイ・ハーは今、新進気鋭の科学者たちの力を伸ばす研究風土を築いている。

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シャム・メイ・ハー 香港中文大学(CUHK)副学長代理(香港特別行政区)

 AsianScientist 脳内のニューロンあるいは血中の免疫細胞となる前の人体の特殊な細胞はすべて、その起源をたどると幹細胞に行きつく。幹細胞はどの方向にも進める交差点に立っているかのように、いかなるタイプの細胞にも発達できる無限に近い可能性を秘めている。しかし、最終的にはある経路に特定して進むことを決める。

 現在幹細胞を研究しているシャム・メイ・ハー(Sham Mai Har,岑美霞)博士は、この細胞と非常によく似ている。博士課程で植物の分子生物学を研究していたが、後に発生生物学に専念し、研究キャリアを築いていく。現在、シャム氏は、香港中文大学(Chinese University of Hong Kong:CUHK)の副学長代理を務めながら、生物医科学の李卓敏講座教授として自身の研究チームを率いている。同氏の幅広い研究は、生命の最初の段階を支配する分子機序を探究することにより、ヒトの先天性疾患や哺乳類の発達に対する理解を深めることに貢献してきた。

 シャム氏は研究室の中に閉じこもらず、さまざまな仕事を担当してきたことで、学界でのキャリアは充実したものとなった。CUHKに奉職する前は、香港大学(University of Hong Kong:HKU)で生化学部長、副学部長(研究担当)、副学長(研究担当)を務めてキャリアアップを重ねた。香港の科学教育の向上を目指して絶えず努力してきた彼女は、香港初となる生物医科学課程の学士制度を考案し導入した人物でもある。

 今回のインタビューでは、シャム氏が学術界で歩んできた独自の道のりを振り返りながら、CUHKでの研究に変革をもたらす彼女のビジョンやその先に見据えるものについてお伝えする。

1. 発生生物学を探究する動機づけとなったものは?

 博士号取得後、ロンドンにある英国国立医学研究所(National Institute for Medical Research)でポスドクのポジションに応募しました。その研究対象は、ホメオボックス遺伝子という、遺伝子クラスに焦点を絞ったマウスのゲノミクスの新たな領域に関するものでした。とても魅力的で、それまでは植物を研究していた私にとって、このような遺伝子の研究ははじめてでした。それが、私が発生生物学を始めたきっかけでした。

 あるとき、最初の恩師の一人がマウス胚の解剖中に「こちらに来て顕微鏡を見て」と言うので行って見てみると、そこには見事に拍動する心臓をもつ胚がありました。このとき生命というものを目の当たりにし、私は心を奪われてしまいました。

2. ご自身にとって最も誇り高い研究業績は?またその理由は?

 私は、神経堤細胞およびプラコード細胞と呼ばれる2つの細胞型の研究をしています。初期発生段階で、これらによりさまざまな組織型が生じますが、最も注目すべきは感覚器官です。私の研究チームは、プラコード細胞が組織幹細胞や前駆細胞に相当することを発見しました。このような基本的な細胞型を理解することから治療への応用に発展していく可能性は多々あります。

 私の研究室では極めて優秀な博士課程の学生を採用していますので、一緒に研究してきた彼らにも感謝しなければなりません。私が気づかなかったことを学生たちが彼らの観点から指摘してくれることがありました。新しいことを私たちは一緒に発見したのです。これは一つの業績であると同時に旅でもあり、非常に満足のいく経験でした。

3. 現在取り組んでいる研究プロジェクトは?

 この分野で実に興味深い、現在進展中のいわゆる単細胞化技術というインパクトの大きなプロジェクトです。前例がない方法で、単細胞の内側の分子事象を理解する力をもって細胞や細胞の関係性を研究できるのです。それにより、個々の細胞の特性を見分けることが可能になります。

 発生生物学の世界において、これには多くの意味があります。というのも、実際に移行細胞の段階やいわゆる前駆体を明らかにできるからです。生物学を分析する際には、特定の時間で物事を見るという固定した枠組みがあります。しかし、複数の細胞分裂期を示す細胞を採取してみると、一つの事柄が進む中で複数の事象をリンクさせることができます。私の研究室では、単細胞化技術を利用し、神経堤細胞やプラコード細胞を調べています。今はとても刺激的な時間を過ごせています。

4. 最近就任されたCUHKの副学長代理という立場から今後3年間で達成したいこととは?

 研究界での卓越性を維持するとともに、さらにその先を目指したいと思っています。本校では、学界での研究のインパクトも社会での研究のインパクトもかなり重視しています。

 また、技術移転や知識移転のために時間、エネルギーそして人的リソースを注いでいます。知識移転とは、いかに多くの特許を申請するかということだけでなく、大学内の風土を変えて、社会活動でのインパクトに対する意識を高める方向へと全員を導くことなのです。

 社会に真のインパクトを与えるために、大学が担う役割は技術革新、発見、そして基礎的な側面に特化したものでなければならないのです。技術革新の原動力となる基礎研究がなければ、将来について長期的に見たときに基盤となるものが何もないということになります。

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CUHKの副学長代理を務めるシャム氏は、社会のインパクトに重きを置く大学文化を今まさに培っているところである。写真:Sham Mai Har.

5. COVID-19が蔓延する中、特に高等教育での性別の多様性を推進するうえでCUHKがとった方法は?

 学術研究の現場では、昇進やテニュアなどの待遇を経験していきます。COVID-19が流行しているため、猶予を与える制度を設けて、大学教員の勤務評定を1年間延期させました。この制度により、特に自宅で子どもの世話をしなければならない女性研究者を支援できます。

 これは時間を多く与えるように配慮したものではなく、競争性に不公平が生じることがないように、また自らの目算に沿ってテニュアを取得できるようにするためのものです。女性研究者に対しても、同じペースで能力を伸ばすことができるように奨励し機会を与えるべきです。

6. 研究公正に関する世界会議(World Conference on Research Integrity Foundation)の一員として、研究現場でよく目にするギャップとは?

 研究では大量のデータが非常に速く生成されていくため、その管理はますます難しくなっています。データの適切な保管、検索、共有を図るためには、一つのシステム内で我々のデータを整理する必要があります。データが適切に保管し管理されていなければ、有益な情報や価値あるリソースにアクセスできる可能性を失うことになります。データ管理に対する需要は増える一方ですが、データ管理に対する教育には大きなギャップがあります。

 もう一つの方向性として、オープンサイエンスの実践があります。誠実さという点でいえば、分析結果だけではなく元々の生データもすべて示さなければならないため、データが信頼できるものである尤度は高くなっています。この2点は、信頼性のある研究の実施と非常に密接に結びつく重要な部分です。

7. アジア出身で高い志をもつ研究者へのアドバイスは?

 大きな向上心を持つ必要があります。アジアには多くのチャンスがありますが、それをつかみ取るのに十分な勇敢さが必要です。大きすぎることなどありません。ただ前進あるのみ!

 

原文記事(外部サイト):
●Asian Scientist
https://www.asianscientist.com/2021/05/features/asias-scientific-trailblazers-sham-mai-har/

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