第179号
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全工程が水中作業―海底100メートルの高速鉄道トンネル建設

2021年08月03日 矯 陽(科技日報記者)

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珠江口トンネルの虎門側トンネル入口の完成予想図(写真提供:取材先)

1.06メガパスカル(MPa)
珠江口トンネルは、鉱山のトンネル掘削工法とシールド工法を組み合わせた設計を採用して施工されている。鉱山のトンネル掘削工法が採用された区間は深さが最大115メートルに達し、シールド工法が採用されたトンネルの水圧は最大1.06MPaと10標準気圧(=1MPa)を超えている。これはかの有名なトルコのボスポラス海峡横断鉄道トンネルの水圧に相当する。

 中国鉄路広州局集団公司江門プロジェクト建設指揮部が6月10日に明らかにしたところによると、粤港澳大湾区(広州、仏山、肇慶、深圳、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、澳門〈マカオ〉両特別行政区によって構成される都市クラスター)の重大交通プロジェクトである深圳と江門を結ぶ高速鉄道(以下、「深江高速鉄道」)の重要制御型プロジェクトの工事が始まって約1年になり、獅子洋を跨ぐ珠江口トンネルのプロジェクトは順調に進んでいる。斜坑は20~30メートル掘削され、シールドマシンによる掘削は11月から工事が始まる計画だ。

 深圳と茂名を結ぶ高速鉄道の一部である深江高速鉄道は、深圳、広州、東莞、中山、江門の5都市を通過し、その全長は116キロ。珠江口から川底トンネルに入り、東莞と広州の間にある珠江から海底に入る。トンネルの全長は13.69キロ、設計速度は時速250キロ、予定工期は56カ月となっている。

 全過程の設計を担当する中国中鉄第六勘察設計院集団有限公司の隧道院(以下、「中鉄六院隧道院」)の責任者・賀維国氏は、「珠江口トンネルは、鉱山のトンネル掘削工法とシールド工法を組み合わせた設計を採用して、施工している。鉱山のトンネル掘削工法が採用された区間の深さは最大115メートルに達し、シールド工法が採用されたトンネルの水圧は最大1.06MPaと10標準気圧(=1MPa)を超えている。これはかの有名なトルコのボスポラス海峡横断鉄道トンネルの水圧に相当する」と説明する。

 ではこれほど大きな水圧に対し、深江高速鉄道の珠江口を跨ぐ全区間で水底トンネルが採用されたのはなぜなのだろうか? そしてその技術的難題を設計プランではどのように解決しているのだろうか?

橋かトンネルか? 比較検討に10年

 深江高速鉄道は、南北・東西方向各8ルートからなる中国の高速鉄道網「八縦八横」のメインルートのうち、沿海ルートの重要な部分を構成しているだけでなく、粤港澳大湾区重大交通インフラでもある。完成すれば、粤港澳大湾区では、高速鉄道による30分生活圏と経済圏が実現することになる。

 川や湖、海をまたぐ部分は通常、橋梁もしくはトンネルを通すか、橋梁とトンネルの組み合わせ、また橋梁・島・トンネルの組み合わせなどが採用される。

 では、深江高速鉄道の珠江口・獅子洋を跨ぐ全区間で、川底トンネル、海底トンネルが採用されたのはなぜなのだろうか?

 賀氏は取材に対して、「深茂(深圳―茂名)高速鉄道の江門と茂名を結ぶ区間は2018年にすでに開通していた。江門と深圳を結ぶ区間は、珠江口・獅子洋の海域を跨がなければならない。地理環境は非常に複雑で、様々な経済的、技術的要素を考慮すると、鉄道道路併用橋、単一橋、トンネルといったプランにはそれぞれに特徴があることが分かる。しかし、どれを採用するのが最も良いかについて、確かな結論はまだ出ていない」と話した。

 計画図によると、深茂高速鉄道の鉄道道路併用橋は、東莞の虎門(沙角炮台の向かい)から始まり、獅子洋を跨いで広州南沙と繋がっている。

 賀氏は「橋梁とトンネルのプランの論証を10年かけて比較検討した」という。

 多くの専門家は、鉄道道路併用橋を採用するプランなら、両地を繋ぐことによる経済効果が増すものの、都市計画、通航、水害防止などの面には一定の影響があるとの見方を示す。また、橋脚の施工は、一定の海洋汚染をもたらし、完成後の運営、メンテナンスの段階でも、橋梁は海洋環境や荒天などに対する抵抗力に劣り、運営・メンテナンスコストがかさむことになる。

 長い時間をかけて、科学的な比較検討を行った結果、2017年8月、国鉄集団は初の「鉄路深圳茂名鉄道深圳江門区間建設の環境アセスメント」を発表し、深江高速鉄道の珠江口を跨ぐ区間は、虎門鉄道道路併用橋からトンネルを採用するプランに変更されることが決まった。

新旧の工法を組み合わせて複雑な作業環境に対応

 珠江口トンネルは、深江高速鉄道の制御型プロジェクトで、海域区間の長さは約11.05キロメートル。鉱山のトンネル掘削工法とシールド工法を組み合わせた工法で施工され、2025年に完成して開通する計画だ。

 賀氏は、「大湾区には現在、広湛高速鉄道湛江湾海底トンネル、汕汕鉄路汕頭湾海底トンネル、深江鉄路珠江口トンネルと、海底トンネルが3本ある。このうち、珠江口トンネルが最長・最深で、技術的難度も最も高い。このトンネルプロジェクトは水文的、地質的に極めて複雑で、周辺環境の水の腐蝕性が非常に強い」と説明する。

 資料によると、現時点で中国国内で最大級の鉄道水底シールドトンネルは、仏莞(仏山―東莞)都市間鉄道の獅子洋トンネルで、深さは最大で64メートル、最大水圧は0.78MPaだ。

 賀氏は、「深さが非常に深く、水圧も高いため、プロジェクトの難度は非常に高く、大きなリスクも伴う。少しでもずれがあると、想像がつかないほど深刻な結果になってしまう」と指摘する。

 珠江口トンネルは、汚泥や柔らかい砂の層、極めて硬い基盤岩の突起など、複合型の地層を開削していかなければならない。鉱山のトンネル掘削工法の区間は、断層がたくさんあり、出水の可能性もある。非常に高い水圧がかかるため、事前の補強や支保工も至難の業だ。それだけでなく、巨大な水圧や複雑な地質環境は、シールドマシンなどの設備に対する要求もより高くする。

 プロジェクト着工までの約3年間、中鉄六院集団隧道院は、専門の科学研究難関攻略チームを発足させ、鉱山のトンネル掘削工法とシールド工法を組み合わせた工法を編み出した。鉱山のトンネル掘削工法は、地下坑道を掘る作業を通してトンネルを作る工法で、伝統的な施工方法だ。一方、シールド工法は、大型のシールドマシンを使って施工する近代的な工法となっている。

 賀氏によると、プロジェクトにおける全ての難関、カギとなるポイントに焦点を合わせて、設計プランの分析を行い、専用のプランを策定している。

 複数回にわたる内外部門による評価と審査を重ねた珠江口トンネルの設計プランは、「非常に長い海底トンネルの工法、水圧が非常に高い海域におけるシールド工法トンネル外水圧力デリファレンス、連結部の防水、深く厚い汚泥地層での大直径シールドマシンの圧力不足下での発進、鉱山のトンネル掘削工法におけるトンネル内での大直径シールドマシンの回収、解体などの技術の面で、ブレイクスルーを実現している」とされた。

抗水圧・防腐対策でトンネル内の安全な走行を保証

 珠江口トンネルの施工現場は虎門、南沙、万頃沙の3エリアに分かれている。2020年7月2日、この3エリアで施工が本格的に始まった。

 虎門エリアと万頃沙エリアの開削工法が採用された区間の基礎の下部は、ほとんどが深く厚い汚泥の層の中にあり、圧縮性が高く、キャパシティーが低く、施工の過程では、基礎部分の変形を抑制するのが非常に難しい。賀氏は、「完成後、高速鉄道が安全に走行できるよう、設計プランでは、沈下を抑制しなければならないことを重点的に考慮し、高精度の指標の要求を制定している」と説明する。

 設計プランによると、シールドマシンの発進立坑が完成してから、大直径のシールドマシン2機が東莞虎門と広州万頃沙から発進して、掘進する。セグメントの外径は12.9メートルで、シールドマシン1機の掘削の長さは最大で3,590メートルに達する。

 賀氏は、「これはつまり、高水圧下の地質の悪い場所で、シールドマシンのカッターを交換しなければならないということだ。それは、水の中で窓を開けるようなもので、非常に危険な作業となる。その点、設計上では、さらに信頼性の高い常圧カッターヘッド+エアクッションスタイルのカッター交換技術を採用するよう求めている。また、掘進のリスクが極めて高い区間では、シールドマシンに、相応の高精度切羽前方探査機能を搭載し、前方の地層を予測分析する」と説明する。

 水底でカッターを交換する問題のほか、さらに至難の業となるのが掘進終了後、シールドマシンをどのように回収し、解体するかという問題だ。

 賀氏は、「シールドマシンは長距離の掘進を行った後、海の中で地下室を拡大させて回収しなければならない。それは、海の中で、針の穴に糸を通すような作業で、設計時に、十分の余裕を持たせなければならず、シールドマシンの掘進の過程の動態抑制に対する要求も極めて高くなる。さらに、シールドマシンを回収する時に、絶対に水が漏れることがないようにしなければならない」と説明する。

 賀氏は、「設計プランでは、坑内外で連携して測量を行い、シールドマシンが正確に方向を定めて掘進を行うようにしている。地質調査や高精度切羽前方探査を通して、前方の地質条件をはっきり見極め、シールドマシンの掘進パラメーターや姿勢をリアルタイムで調整し、シールドマシンが正確な方向に向かって掘進するよう確保し、大型の回収用地下室を設置し、回収サイドに、余裕を残して、一定の許容範囲がある、回収口と止水システムを設置し、シールドマシンが直接入ることができるようにする」と説明する。

 設計プランにおいて、厳格な審査、チェックを行うほか、新たな工法、材料、技術が採用されていることも珠江口トンネルの目玉となっている。

 海は、塩素イオンの主な源だ。塩素イオンは、コンクリートの内部にまで染み込み、鉄筋の表面の保護膜を破壊する。そうなると、鉄筋はさびてしまい、鉄筋コンクリートの構造性能が劣化し、構造の使用寿命が短くなる。そのような腐蝕の問題を解決するために、設計では、浸入型シランカップリング剤を採用して、セグメントの腐蝕防止効果を強化している。

 一般的な海底のシールドトンネルプロジェクトでは、水圧が低い環境で行われるため、主に、コンクリートの強度や水密性基準を強化することによって塩素イオンによる腐蝕防止を検討する。一方、賀氏によると、珠江口トンネルでは、シランを利用した小分子構造を通して、シリコーン分子をセグメントの表面や試掘坑道にしっかりと付着させ、緻密な保護層を作っている。それにより、通常の防腐剤が、セグメントを組み立てる際、シールドマシン後部が接触して破損するといった問題も解決できる」と説明する。

 構造の防腐対策のほか、構造の連結部分の防腐対策も非常に重要となる。設計プランでは、抗水圧効果を増強するために、セグメントの連結部分に、エチレンプロピレンジエンモノマーの弾力性のある密封クッションが2つ採用され、トンネルの安全性を保証している。

 業界の専門家は、「珠江口トンネルプロジェクトには、▽鉱山のトンネル掘削工法とシールド工法を組み合わせた工法の技術的難度が高い▽高い技術が求められる地層のシールドマシンによる掘削の距離が長い▽汚泥の環境下の施工はリスクが高く、防災、避難、救援が難しい▽非常に高い水圧下での同様のプロジェクトは世界にも前例がない―などの特徴がある」と指摘し、「完成すれば、世界的なスーパープロジェクトとなり、世界の海底トンネルプロジェクトに技術上のサンプルと貴重な経験を提供できる」としている。


※本稿は、科技日報「全程水下作業把高鉄隧道建在百米海底」(2021年6月16日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。