第180号
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複数の入力を関連付けするシナプストランジスタを開発 香港大学など

2021年09月08日 AsianScientist

 光と圧力とを関連付けることで、新たな装置が、ヒトの脳のように同時に情報を処理、保存する技術を可能にする。

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 AsianScientist 香港と米国の研究者らがイワン・パブロフの画期的な条件付け実験を現代風にアップデートし、関連付けで学習できる脳型コンピューティングデバイスを開発した。この研究結果は、Nature Communications で発表された。

 20世紀初頭、パブロフは、唾液分泌が学習反応であることを提示して心理学に革命をもたらした。イヌの消化機能を研究していたパブロフは、給餌の際にベルを鳴らすことで、その音と餌とを結びつけるようにイヌが条件づけられることを観察した。やがてイヌは、ベルが鳴ると、餌が目の前に出されるか否かにかかわらずよだれを流すようになった。

 この行動は連想学習と呼ばれ、イヌやヒトのような生物には自然に備わっているが、コンピュータシステムにとってはきわめて難しい。一般に、コンピュータは情報の保存と処理を個別に行うため、連想学習のようなデータ量の多いタスクは大量のエネルギーを消費することにつながる。一方、ヒトの脳は両方の働きを同時に実行することができる。

 香港大学のパディ・チャン准教授(Paddy Chan)とノースウェスタン大学のジョナサン・リブナイ准教授(Jonathan Rivnay) の研究チームは、従来のコンピュータの欠点を克服するために、脳からヒントを得て新しい装置を開発した。脳内では、ニューロンが、シナプスを介して神経伝達物質と呼ばれる小分子を渡すことで相互に信号を伝達している。

 このプロセスを再現するために、研究者らは、有機電気化学トランジスタ内で導電性のプラスチック材料を最適化し、イオンを捕捉した。彼らの「シナプストランジスタ」内では、イオンが神経伝達物質のように働き、端子間で信号を送信して人工的なシナプスを形成する。捕捉したイオンからの保存済みデータを保持することにより、このトランジスタは、過去の刺激を記憶して、記憶に基づく経時的な連想学習が可能となる。

 新たに発見されたこの装置の能力を実証するため、研究者らは、シナプストランジスタを圧力センサーと光センサーを備えた回路に接続した。回路に光を当てた後、すぐに圧力を加えることで、約100年前にパブロフの犬が行ったように、無関係な2つの物理的入力を関連付けるよう徐々に回路を条件付けていった。ただし、このシナリオでは、光がベルであり、圧力が餌となる。

 1回のトレーニングサイクルの後、回路で光と圧力が初めて接続し、センサーが両方の入力を検知した。5回のトレーニングサイクルの後、光を当てただけで、信号を発することができた。

 脳に似た能力を持つこの新しいトランジスタと回路は、エネルギーを消耗するハードウェアや、複数のタスクを同時に実行する能力に限りがあるなどの、現在のコンピュータの限界を克服できる可能性がある。

 このシナプス回路は、柔らかいプラスチックのようなポリマーで作られているため、ウェアラブル機器や、生体組織あるいは脳に直接接続する埋め込み型装置にも容易に組み込める。

「私たちの応用は概念実証だが、提案した回路は、さらに拡張し、より多くの感覚入力を含めたり、他の電子機器に統合してオンサイトで低電力計算を行ったりすることも可能である。また、生体環境との互換性があるため、この装置は、次世代のバイオエレクトロニクスにとって不可欠な生体組織との直接整合も行える」とリブナイ准教授は語る。

 

発表論文等:Ji et al.(2021) Mimicking Associative Learning Using an Ion-trapping Non-volatile Synaptic Organic Electrochemical Transistor.

原文記事(外部サイト):
●Asian Scientist
https://www.asianscientist.com/2021/06/tech/pavlov-brain-learning-computing-device/

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Source:Northwestern University.Photo credit:Northwestern University.Disclaimer:This article does not necessarily reflect the views of AsianScientist or its staff.