第180号
トップ  > 科学技術トピック>  第180号 >  孟祥飛:スパコン「天河」が産業イノベーションをバックアップ

孟祥飛:スパコン「天河」が産業イノベーションをバックアップ

2021年09月07日 陳 曦(科技日報記者)

image

スパコン「天河」の計算機室で同僚と技術について語り合う孟祥飛氏(写真左、写真提供:取材先)

「当チームは現在、 100ペタFLOPS級の新世代スーパーコンピューター(以下、「スパコン」)・天河スパコンをめぐるイノベーション、難関攻略に取り組んでいる。目標はすでに『高速』ではなくなっており、現在最も重要になっているのは、超高速計算能力を強大な生産力に変えることだ」
孟祥飛(国家スパコン天津センター応用研究開発チーム責任者)

 7月1日に天安門広場に立ったことについて、国家スパコン天津センター応用研究開発チームの責任者・孟祥飛氏(42)は感慨深げに、「天安門広場で行われた中国共産党創立100周年祝賀大会に出席し、習近平総書記の談話を聞くことができたことは、一生忘れられないことだ」と語った。孟氏はその少し前に、「全国優秀共産党員」という栄誉称号を授与された。

 同日、中国国防科技大学が研究開発し、国家スパコン天津センターに配置されているE級(100ペタFLOPS級)の「天河」のキーテクノロジーである検証システムが、国際的なランキング「Graph500」の単一始点最短経路(SSSP)とビッグデータグラフ探査性能の部門で世界一という快挙を遂げた。

 喜ばしいことが重なったものの、孟氏は、「科学技術に携わる者はテクノロジーの急速な発展を目指すという初心を決して忘れてはならず、科学技術イノベーションの果たすべき役割を堅守し、科学技術の最先端に向かって突き進み、科学技術が国家の重大ニーズを解決し、現代経済システムを構築する強力な原動力となり続けるようにしなければならない」と落ち着いた表情で語った。

目標:中国人が研究開発したスパコンを使えるように

 スパコン分野においては「老兵」である孟氏は、中国共産党に入党して20年になる。そして国家スパコン天津センター応用研究開発部の部長でもある孟氏は、中国の「第13次五カ年計画(2016‐20年)」の第一期「国家重点研究開発計画」における高性能コンピューター分野における最年少プロジェクト責任者だ。

 背が高く細身で、笑顔が素敵というのが孟氏の第一印象。しかし、スパコンをめぐる「夢」を追いかけてきた経験を話し始めると、真剣な目つきに変わった。なぜなら、中国はスパコンの分野では長年、「追走」の状態にあるからだ。

 孟氏は南開大学の博士課程で学んでいた時について、「私が博士課程で専攻していたのは物理で、その物理研究には大規模コンピュータープラットフォームの下支えが必要だった。あの当時、中国国内のスパコン資源は非常に限りがある状態で、米国に行ってスパコンを使わせてもらい、課題研究を展開するしかなかった」と振り返る。課題研究を展開するために、米国に公費で留学していたのだ。当時、スパコンの分野で中国は米国に大きく水を開けられており、その状況に大きなショックを受けた孟氏は、「中国人が研究開発したスパコンを使えるようにしなければ」という強い使命感に燃えるようになったという。

 2008年、孟氏が米国で行っていた物理の課題研究はさまざまな大きな成果を挙げていたものの、帰国して学んだことを活用して祖国のために尽力したいという信念もますます強くなっていた。そのため、孟氏は米国の非常に恵まれた研究環境を後にして、帰国することにした。

 そして大きなチャンスに巡り合うことになる。2009年に、天津浜海新区に、中国初の国家スパコンセンターが建設中で、孟氏は中国初のペタFLOPS級スパコン「天河一号」の研究開発や初の国家級スパコンセンターの建設に参加したのだ。

 孟氏は、「その時は、本当に『裸一貫』で事業を起こす状況だった。オフィスビルといっても、壁も床もコンクリートむき出しの状態で、ケーブルやインターネットケーブルもむき出しで、使える状況ではなかった。そのため、従業員用の宿舎で計画策定をした」と振り返る。

 このような厳しい環境の中で、チームのメンバーは計算機室を作り、ケーブルを設置するなどの力仕事から始め、1トン以上あるキャビネットを、ずれがないようにきっちりと、自分たちの手で設置したという。気温は約40度と非常に暑い部屋で、孟氏とチームのメンバーらはキャビネットの下の60センチしかないスペースに潜り込み、通信ケーブルを設置した。作業は毎回、何時間もかけて行われたという。

 急ピッチで作業を進めるために、「天河一号」システムの稼働が始まったばかりの頃は月曜日から日曜日まで24時間体制で働いた。そして、「天河一号」が安定して稼働できるように、孟氏は、日中は他のメンバーと共に技術的難関の攻略に取り組み、夜も仕事を続け、疲れ果て、目も開けられないほど眠くなると、その場に段ボール箱を敷いて横になっていた。

 昼夜問わず奮闘するという日々を7カ月間過ごし、孟氏が属するチームは他の国なら1年以上かかるような仕事をやり遂げ、「天河一号」のシステムは安定して稼働するようになった。

成長:「天河一号」が花も実もあるスパコンに

 2010年11月、「天河一号」は、2570ペタFLOPSの性能を達成し、世界最速のスパコンになった。

 当時、「天河一号」が世界一になったというニュースに多くの人が歓喜の声を上げる中、中国国内外の一部の専門家やメディアからは、「中国が作ったのはランキングでトップになるための大型ゲーム機に過ぎない」などといった懐疑的な声も続出していた。しかし、よく考えてみると、もし、「天河一号」の速度がどんなに速くても、イノベーションや産業の分野に応用できないのであれば、確かに単なる飾り物に過ぎない。

 懐疑的な声に、「本当に腹が立った」と話す孟氏は、「『天河一号』の応用を実現できなければ、荷物をまとめてここを去る」と心に誓ったという。「応用できるようにしなければ、中国のスパコンは世界のスパコンの分野で足元を固めることはできない。それは、世界の強国との競争におけるカギだ」と孟氏。

 こうして、孟氏の新しい難関攻略の旅が始まった。しかしその出鼻をくじかれるかのように、「天河一号」と応用ソフトウェアの交互性をいかに実現するかという大きな壁にぶち当たることになった。

「当時、世界で最も普及していた薬物研究開発ソフトウェアを『天河一号』で稼働させることができなかった。そのソフトウェアのコード行数は数十万行あり、問題点を見つけるというのは、大海の中から針を見つけるようなものだった」と孟氏。その難題を解決するために、孟氏は、日中はデバッグを行い昼夜問わずに20日以上かけて、コンパイラ、デバッグ、スクリーニングを何千回と繰り返し、ついに数十万行のソフトウェアのコードから決して目立たない確率変数を見つけ出した。そして、「天河一号」の薬物研究開発の分野への大規模応用のために強固な基礎を築いた。

 所属する党支部の書記や応用研究開発の責任者を務める孟氏は、チームの各党員に、「努力するたび、イノベーションを実現するたびに、中国に力を与えることができる。それもまた、我々が党員として負わなければならない責任だ」と繰り返し話している。

 孟氏が筆頭となり、チームはイノベーション、ブレイクスルーを次々と実現し、「天河一号」を武器に、核融合エネルギーの実用化を目指す国際熱核融合実験炉(ITER)計画の重大プロジェクトに参加し、世界初の大規模異種並列シミュレーションソフトウェアを開発した。また、中国初の高解像度の煙霧予報プレ業務化プラットフォームを構築し、「天河一号」は花も実もあるスパコンになった。

開拓:テクノロジーや産業発展にイノベーションの原動力提供

 事業が進展を続けるにつれて、孟氏は、「天河一号」が産業のイノベーションに、さらに良い形でサービスを提供できるようにするためには、コンピューターに注目するだけでは全く不十分で、具体的な応用の分野に対する理解を深めなければならないと、強く感じるようになった。孟氏は、「『天河一号』を応用する分野について、私たちも学ばなければならない。天文だけでなく、地理、そして、中間の大気にも通じなければならない。勉強、勉強、そしてさらに勉強しなければならない」と笑顔で語る。

 通勤や出張の途中は、孟氏の「自習」の時間だ。出張に行く際、孟氏のスーツケースには本がぎっしり入っている。また、所属する党支部の党員全員が新しい知識を学ぶよう企画し、学際的イノベーション能力を強化し、マトリックス式のイノベーションチームを構築している。さらに、自身も各分野の専門書を100冊以上読み、専門資料150万字以上をまとめた。

 研究開発を展開すると同時に、孟氏は、さらに多くの企業や教育機関・大学、科学研究機関が「天河一号」のユーザーになるように、「営業マン」になり、1年に40-50都市に足を運んでいる。

 孟氏ら科学研究者がたゆまない努力を重ねた結果、「天河一号」は現在、「頂天立地」を実現している。「頂天」とは、科学研究サービスを指し、国家テクノロジーイノベーション能力を向上させている。「立地」とは、産業発展にサービスを提供することを指し、経済建設の急速な発展を後押ししている。

「天河一号」は現在、宇宙の形成や進化の計算のほか、原子一つ一つが組み合わさって新材料になるプロセスのシミュレーション、航空・宇宙飛行、遺伝子テクノロジー、先進的製造といった数十の分野で幅広く応用されるようになっている。そして、サポートしてきた中国の各分野の重大イノベーション、ブレイクスルー、成果は2,500件以上に達している。

 孟氏は、「当チームは現在、100ペタFLOPS級の新世代スーパーコンピューター・天河スパコンをめぐるイノベーション、難関攻略に取り組んでいる。目標はすでに『高速』ではなくなっており、現在最も重要になっているのは、超高速計算能力を強大な生産力に変えることだ。チームのメンバーは新材料やバイオ医薬品、人工知能などの分野に重点を置いて、オープンソース、開放的なイノベーション能力プラットフォームを構築している」と説明する。

 そして、「『天河一号』が『スーパーブレイン』となり、中国が自立自強という目標に向かって一歩一歩進めるようサポートできるようになってほしい」と自信に満ちた表情で語った。


※本稿は、科技日報「孟祥飛:引"天河"之水潤沢産業創新」(2021年7月12付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。