第181号
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電力システム「データ崩壊」の克服―中国国産チップ「伏羲」による解決策

2021年10月28日 葉 青(科技日報記者)

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画像提供:視覚中国

11.5億元―
チップ技術をベースにして研究開発したチップ化保護装置は既に、多くの業界で大規模に応用されているほか、10カ国以上に輸出され、経済効果は11億5000万元に達している―。

 マスターコントロールチップは二次側電源の中核コンポーネントで、電力工業制御システムの「脳」に当たり、超大規模の送電網のカギとなる装置だ。しかし、中国の送電網においてカギとなる保護継電器設備の中核チップのほとんどは輸入に頼っていた。「一部の輸入中核チップの中国国内市場シェア率は約90%で、もし輸出が禁止されれば、中国国内の保護継電器の分野に大きな影響を及ぼすことになる」。南方電網数字電網研究院有限公司(以下「南網数研院」)の李鵬総経理はこう指摘する。

 そのような技術的ジレンマを解消するために、李総経理が率いるチームは8年の歳月をかけて、中国初の命令セット、カーネル、独自知的財産権を持つハードウェアを採用した完全国産の電力専用マスターコントロールチップ「伏羲」を研究開発した。

「南網数研院」をこのほど取材したところ、チップ技術をベースにして李総経理のチームが研究開発したチップ化保護装置は既に、多くの業界で大規模に応用されているほか、10カ国以上に輸出され、経済効果は11億5,000万元(約195億5,000万円)に達していることが分かった。このような成果を挙げたことは、中国の送電網における中核設備が外国に依存しない完全な独自開発の方向に向かっていることを示しており、保護継電器技術の飛躍的発展を促進している。「電力チップ保護キーテクノロジー難関攻略、コアデバイス国産化」プロジェクトは、2020年度広東省テクノロジー進歩賞一等賞を受賞したという。

輸入チップに勝る性能

 スマホやコンピューターのチップとは異なり、工業制御システムの分野のチップには通常、特殊なシーンへの応用が求められる。

 李総経理は、「送電網は、リアルタイム制御システムで、発電、送電、電気使用を瞬間的に行わなければならず、ストックしたり、一時的に移動したりできない。そのデータ量は膨大で、送電網が故障したり、干渉を受けたりすると、『データが一気に雪崩れ込んで崩壊する』危険がある。『データが崩壊』した時に、速やかに対処する能力があるかは、工業制御システムにおけるマスターコントロールチップのデータ処理能力にかかっている」と説明する。

 しかし、中国では長期にわたって、工業リアルタイム制御という特徴に適した専用チップは海外の技術や製品頼りで、それらの制約を受けた状態だった。そのため、中国の電力技術の急速な発展の足並みに付いて行くことができないだけでなく、中国の工業システムのサプライチェーンの安全性にとって大きな脅威となり、サイバーセキュリティや送電網の安定性などにおいて重大な潜在リスクさえ存在していた。

「オーダーメイド型の開発を行い、マスターコントロールチップに強大なデータ処理能力を持たせ、『データ崩壊』に対応できるようにして、送電網の安全性を確保する必要があった」。2013年、南方電網公司は専門チームを立ち上げ、工業制御システムに適した専用の中核チップの設計と研究開発に着手した。この研究開発の重責を担ったのが、李総経理率いるチームだった。

 チップの国産化と各シーンに対応できるチップの実現が、同チームのチップ研究開発の主な目標となった。李総経理は、「チップレベルで従来の電力設備の全機能を実現するテクノロジー・ロードマップを模索し、チップの命令セット、チップカーネル、チップの専用高性能ハードウェア電気回路、チップのセキュリティ対策設計を含めた完全国産化技術を採用した。そして完全独自開発による初の電力専用マスターコントロールチップ『伏羲』を開発した」と語る。8年の歳月をかけ、同チームは目標を達成した。

「伏羲」シリーズのチップは現在、保護継電器、送電網自動化、計量自動化、エッジコンピューティングなどの分野に応用されている。コンピューティングの性能を見ると、「伏羲」は同類の輸入競合チップより約1.5倍速い。

「カメとウサギが息を合わせて走れる」チップを実現

 チップの設計や研究開発は決して簡単なことではない。開発チームが乗り越えなければならなかった壁は、想像を絶するものだった。

 チップの構造をどのように設計すれば、工業制御システムが求めるスピーディーさと柔軟性を同時に満たせるのだろうか? 李総経理はこの状況を、「ウサギとカメが同じトラックで走っていて、しかも、互いに秩序正しく息を合わせ続け、互いに協調しなければならないようなもの」という例えを使って説明した。試行錯誤を数え切れないほど重ね、最終的に高性能、リアルタイム、安全、かつ信頼性あるヘテロジーニアスマルチコアシステム構造の「伏羲」の開発に成功。1つのチップで、マイクロ秒級のリアルタイム業務処理を実現するとともに、ミリ秒級の管理シグナル処理も実現した。

 もう一つの大きな壁は、工業制御システムに求められる迅速性だった。送電網に故障が発生するなどの劣悪な環境下では、チップにはデータが雪崩のように押し寄せてくる。そのような時、チップが迅速に反応し、処理できるよう保証しなければならない。

 李総経理は、「通常、この部分には外付け式電気回路を採用する。今回、当チームは外付け式電気回路を、ナノ級のチップ内部の電気回路を通して実現し、ハードウェアIPに固定し、広く普及させやすいようにした。この技術は非常に画期的で、全力を尽くした成果」と語る。

 もう一つの壁は安全性だった。チップを設計する過程で、開発チームはチップ電気回路レベルのサイバーセキュリティ対策設計を採用し、国家暗号アルゴリズムを集積した。これは、「伏羲」が完全に独自の技術で開発されたことを体現するカギとなる指針だ。

 中国東部の沿海地域から、西部の高原地域、さらに熱帯雨林、極寒地域まで、中国が独自の技術で開発した初の電力専用マスターコントロールチップである「伏羲」シリーズチップは、設計や研究開発の過程で、多くの過酷な環境的試練を経験し、その信頼性が十分に確かめられた。

「イノベーションというのは非常に骨が折れるプロセスだ。長期にわたり、当チームは試行錯誤を重ね、さまざまな問題を発見し、調整を行い、より良い解決策を探し、少しずつアップデートし、独自の科学研究成果を挙げた」と李総経理は語る。

「伏羲」は世界一流の性能を誇り、特に工業系制御システムにおける並列計算能力を見ると、「伏羲」の能力は海外の同類のチップよりも明らかに優れている。李総経理によると、「成果の応用や実用化の面で、当チームは『伏羲』を活用して、一連の高性能のチップ化電力保護装置を開発した。その性能は非常に高く、チップ化装置の体積は、従来の装置の40分の1にまで縮小し、消費電力は6分の1に減ったのに対し、作動速度は20%アップし、保護継電器装置の性能とスマート化の水準が向上した」という。

産業への大規模応用の条件整う

 送電網の発展において、スマートグリッドへの移行は必然的な流れであり、それは今後の新エネルギーを主体とした新型送電網のベストな形態でもある。スマートグリッドの発展推進には、独自の電力チップや人工知能といったキーテクノロジーのブレイクスルー実現が不可欠だ。

 李総経理は、「今後の送電網全体のデジタル化という局面において、チップはデジタル化の末梢神経のようなものだ。なぜなら、デジタル化された送電網の端末において、小型化され、高度に集積されたチップを通して、デジタル化された情報認知や処理、執行の能力を提供しなければならないからだ。『伏羲』の研究開発の成功は、送電網のデジタル化技術の成果を示すものであり、今後の送電網技術のデジタル化発展の重点でもある」との見方を示す。

 スマートグリッドにおいて、サイバーセキュリティは特に重要だ。李総経理は、「『伏羲』は、送電網の安全性のために、強固なイントリンシックセキュリティの基礎を築くだろう。今後の送電網のセキュリティ対策は、『チップ--設備--システム』がマルチレベルで連動する対策に頼るようになり、セキュリティホールが絶えず塞がれるようになるだろう。送電網の安全性という観点から見ると、『伏羲』は、非公開の国産命令セットを採用しており、輸入パーツや輸入IPに潜んでいるバックドアからの攻撃を効果的に回避すると同時に、ハッカーの攻撃も効果的に防御できる」と説明する。

「伏羲」をベースに、開発チームはシリーズ化されたチップ保護装置も研究開発し、産業への大規模応用ができる条件が整いつつある。李総経理は、「当チームが確立したコア技術は、広く普及・応用できる可能性を秘めており、多くの分野と共同でイノベーションに取り組む局面が既に形成されており、川上や川下のさらに幅広いイノベーションチェーンを活性化し、発展させるうえでも役立っている。その他、チップ化装置は、エネルギーや土地、材料をかなり節約できる。これは、中国のカーボンニュートラル、二酸化炭素(CO2)排出量ピークアウトの発展目標とも合致しており、中国のグリーン発展の重要な対策を促進するだろう」と強調する。

 8年にわたる研究開発を振り返り、李総経理は、「プロジェクト推進の過程で、科学技術部(省)や広東省広州市のサポートを得た。中国工程院の李立浧院士を筆頭とした院士や専門家も技術的指導を提供してくれた。そして、顧客も改善のための意見をフィードバックしてくれ、チェーン全体で動いた」と感慨深げに語った。

 そして、「広東省は近年、戦略性支柱産業や新興産業の発展に力を入れている。ハイエンド半導体コンポーネントの発展を新世代電子情報戦略支柱産業に組み入れ、半導体と集積回路、ハイエンド設備製造を戦略的新興産業に組み入れ、『チップ・カーネルの不足』という問題をほぼ解決することを目標にしている。こうした省の施策は、当チームがチップの設計と研究開発に取り組み続けるために、非常に大きな自信を与えてくれている。当チームの目標は、国産の独自チップを突破口として、テクノロジーの難関攻略に取り組む分野をさらに拡大させ、スマートセンサーやハイエンド設備などの面で、さらに多くの成果を挙げることだ。また、産業面での推進にも力を入れ、『得意分野』において新しい産業を育てていきたい」と語った。


※本稿は、科技日報「降服电力系统"数据雪崩" "伏羲"芯片带来中国方案」(2021年9月8日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。