第184号
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「九章」と「祖冲之」のアップグレード―量子コンピューティングの未来

2022年01月17日 呉長鋒(科技日報記者)

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(画像提供:視覚中国)

超伝導量子コンピューティングには、ソリッドステートの量子コンピューティングプログラムとして、拡張性が高く、量子ビットのコヒーレンス時間が長く、操作スピードが速く、忠実度が高く、加工技術が成熟している等の長所がある。一方、光学システムには、光子の制御が容易で、量子デコヒーレンスが小さく、室温下で運用でき、長距離通信への使用が可能等の長所があるため、両者は量子情報分野で関心を集める物理的プラットフォームとなっている。

 このほど中国科学技術大学(以下、「中科大」)の潘建偉教授の研究チームは、プログラム可能な66ビット超伝導量子コンピュータのプロトタイプ「祖冲之(そ・ちゅうし)2号」の開発に成功した。「祖冲之2号」はランダム量子回路サンプリングのタスクで量子超越性を実現しており、そのタスク実行の難度は2019年にGoogleが開発したプロセッサ「Sycamore(シカモア)」より2~3オーダー高い。

 また、潘教授の研究チームが開発したアップグレード版の量子コンピュータ「九章2号」でも量子超越性が大幅に向上された。ガウシアンボソンサンプリング問題に関しては、1年前に開発された試作機「九章」では1分間で実行されたことが、世界最高のスーパーコンピュータでは1億年の時間を必要とし、今回開発の「九章2号」では1分間で実行されたことがスーパーコンピュータでは100億倍の時間を要する。加えて、「九章2号」では、一部にプログラム可能な能力を持つ。

 「九章2号」と「祖冲之2号」の登場によって、中国は2つの物理体系において量子超越性を達成した世界で唯一の国となった。

量子超越性の実現のためのメイントラック

 量子コンピューティングの強大な計算能力によって、人類社会に画期的な変化がもたらされた。しかし、量子状態は脆弱でデリケートであり、周辺環境のノイズに非常に影響されやすいため、実際の物理体系において、充分な量子ビット数があり、制御の忠実度が高い量子コンピュータを構築することは大きなチャレンジである。

 2012年、カリフォルニア工科大学の教授で物理学者のジョン・プレスキル(John Preskill)氏は、汎用的な量子コンピューティングという遠大な目標を達成する前に、2つの段階的なマイルストーンを置く必要があると提唱し、その1つが量子超越性であるとした。

 そこで当初、科学者たちが量子超越性を明白に示すのに利用する特定のタスクは、入念に設計され、量子コンピュータがその計算の潜在性を発揮するのに特に適したタスクである必要があった。このタスクには必ずしも実質的な価値は必要とされなかったが、要は量子コンピューティングの大きな潜在力を証明するのに用いられ、同時に、技術的にも理論的にも、その後の発展のために道をつけられるものである必要があった。

 科学者たちはさまざまな物理体系と技術路線に基づき、それぞれの体系の特性と長所を利用して量子コンピューティングの研究を行っている。なかでも、超伝導量子コンピューティングには、ソリッドステートの量子コンピューティングプログラムとして、拡張性が高く、量子ビットのコヒーレンス時間が長く、操作スピードが速く、忠実度が高く、加工技術が成熟している等の長所がある。一方、光学システムには、光子の制御が容易で、量子デコヒーレンスが小さく、室温下で運用でき、長距離通信への使用が可能等の長所があるため、両者は量子情報分野で関心を集める物理的プラットフォームとなっている。

 現時点で、量子超越性の問題を実演するのに利用される可能性が最も高いものは、ランダム量子回路サンプリング、ボソンサンプリング、IQP回路等である。このうち、ランダム量子回路サンプリングは、二次元構造の超伝導量子コンピューティングチップ上での実演に適している。

 ボソンサンプリングおよびその「バリアント」であるガウシアンボソンサンプリングのタスクは、光学体系に非常に適したものだった。実際に、ボソンサンプリング実験は非常にチャレンジングなミッションで、光子源、光学干渉計、単光子検出器のいずれに対しても厳しい要求が突きつけられた。

複数のブレイクスルーで量子コンピューティングが強化

 「『九章2号』は、その計算規模と複雑度のいずれにおいても『九章』に比べて明らかに改善されており、量子超越性が大幅に向上している」と、中科大の陸朝陽教授は言う。「九章」に比べ、「九章2号」は主に次の3つでブレイクスルーを実現している。

 第一に、「九章」の総システム効率は低く、約30%であり、なかでも主なエネルギー損失は光源によるものだった。そこで、レーザー原理からインスピレーションを受けて、研究者が誘導圧縮光源を開発したところ、高圧縮量、高純度と高収集効率を同時に満たす圧縮光源を得ることができた。

 第二に、ガウシアンボソンサンプリングは多くの分野で実用価値の潜在性があるとされており、量子化学、機械学習、グラフ最適化(graph-based optimization)、量子誤り訂正符号等の分野で運用可能である。しかし、現在の技術条件下では、プログラム可能で、エネルギー損失が低く、充分に規模の大きい光学干渉計を製作するには、まだ大きな課題がある。ガウシアンボソンサンプリングの問題においては、演算のための変換マトリックスは、干渉計のみならず圧縮光の圧縮パラメータや位相とも関係する。そこで、光源の位相制御を通じて、「九章2号」では一部にプログラム可能な能力を備えた。位相の調節が可能なガウシアンボソンサンプリングは、一定の潜在的な応用能力を備えているため、今後、干渉計の調節が実現できれば、実際の多くの分野で能力を発揮できるだろう。また、「九章2号」の干渉計の規模も、これまでの100モードから144モードに向上された。

 第三に、「九章2号」は光子113個、144モードのプログラム可能なガウシアンボソンサンプリングを実現しており、ガウシアンボソンサンプリング問題における量子超越性に関しては、著名なスーパーコンピュータ「太湖之光」の1,014倍から1,024倍に大幅に高まっている。また、「九章2号」の出力状態空間の次元が1043オーダーに達したことで、問題の複雑度が大幅に高まり、新たな規範的なアルゴリズムでのシミュレーションが難しくなった。

 超伝導量子システムにおいて大規模な量子ビットアレイを構築し、かつ、各量子ビットについて極めて高い精度のコヒーレンスの制御を実現することは、非常に困難である。

 「祖冲之2号」では、56量子ビットに精緻な制御を行い、ランダム量子回路サンプリングのミッションにおいて量子超越性を実現した。これは、現時点で公開されている最大の量子ビット数による超伝導量子体系であり、かつての「祖冲之」の62量子ビットと2019年に発表されたGoogle「シカモア」の53量子ビットを上回るものである(原文ママ)。その重要なアップグレードは、第一に、調整可能なカプラーを導入したことであり、プロセッサの単一量子ビットゲートの忠実度と複数量子ビットゲートの忠実度が大幅に高まった。第二に、フリップチップ実装技術を採用したことであり、二次元配置の量子チップ上の配線問題を解決し、信号の混線を大幅に減らすことができた。

 アップグレードにより、プロセッサ全体の総合的なコンピューティング性能が量子超越性の条件を示せるまでになった。T1寿命は、量子ビットのデコヒーレンスを測る重要指標であり、T1寿命が長いほど量子ビットにより多くのコヒーレンスの操作を行い、より複雑なコンピューティングのタスクを実行できることを意味する。「祖冲之2号」のチップでは全てのモジュールが正常に作動し、66ビットの平均T1寿命は31マイクロ秒に達し、「シカモア」の16マイクロ秒より高かった。

五つの候補プログラムの競争

 量子コンピューティングをめぐる最大の関心事は、最終的にどの技術路線が勝利を収めるかである。現時点では、充分な検証を経た主に5つの技術路線の争いとなっている。それは、超伝導、イオントラップ、光量子、半導体量子ドット、冷却原子である。いずれのプランも1990年代の画期的な物理実験とその実現において開発され、提唱されたものである。

 超伝導量子コンピュータによるプログラムは現在、国際的に最も進展の早いプログラムで、最も多くの技術的追随者を擁し、IBMとGoogleがその厚い技術蓄積と資金力によってこの分野で急速に発展している。中国における量子コンピューティングの各路線の中で、海外と比べて超伝導量子コンピューティングによる実験のスタートは遅かったが、その発展ぶりには勢いがある。長期的に見れば、この技術路線は将来的に大規模化を容易に実現するだろう。

 イオントラップ技術路線の長所はコヒーレンスの良さにあり、量子もつれの可能な量子ビット数が多く、論理ゲートの忠実度が高い。イオントラップシステムは、米国政府による資金助成の最も多い2つの量子コンピューティングの研究テーマの1つであり、もう1つは超伝導システムである。この技術路線は、量子コンピュータに加えて量子化学、相対論量子力学、量子熱力学等の分野における量子シミュレーション研究に広く応用されている。イオントラップによる量子コンピューティングには、これまでに20年余りの発展の歴史があり、これは超伝導量子コンピューティングと同等である。国際的には、ハネウェル(Honeywell)やIonQ、AQTがイオントラップ量子コンピューティングの商業化の分野で急速に進展している。しかし、中国におけるイオントラップ量子コンピュータの実験・研究は、10年未満の歴史しかない。

 中国は、光量子コンピューティングの研究で世界最先端レベルにある。光量子は、超伝導量子コンピューティングとイオントラップ以外で研究の進展が比較的速い技術路線であり、国際的光量子コンピュータの開発メーカーでは、XanaduとPsiQuantumの2社が良好な成長を示す。

 半導体量子ドットコンピュータは現在の半導体産業の技術との結びつきによって成り立つため、将来的に産業化を加速できるだろう。また、半導体量子ビットは体積が小さいため、超伝導の技術路線と光量子の技術路線よりもチップ化を容易に実現できる。しかし、現時点では半導体量子ビットの数が少なく、コヒーレンスも弱い。世界的には、米国のインテル、オランダのデルフト工科大学およびQutech、オーストラリアのSQC社、日本の理化学研究所(RIKEN)でシリコンスピン量子ビットをテーマとした研究開発が行われている。

 喜ばしいこととしては、中科大の郭光燦院士の研究チームがシリコン半導体ゲルマニウムナノワイヤ量子チップの研究で重要な進歩を実現した。同研究チームの郭国平教授を筆頭とする本源量子公司から、第2世代のシリコンスピン2ビット量子チップである玄微XWS2-200が発表されている。

 冷却原子の技術路線では、量子シミュレーションの分野で明らかな強みがある。世界的には、フランスのPASQAの研究チームが2011年に中性原子アレイを用いたプログラム可能な量子シミュレータを作製した。中国にもこの分野の研究は存在するが、手がけている機関は全体的に少なく、研究の歴史も短い。

 理論研究によって、一部のタスクにおいては、量子コンピューティングのほうが典型的なアルゴリズムよりも計算が速く、タスクを効果的に実現できることが証明されている。現在の物理学では、量子コンピュータはこれまでのコンピュータの完全な代替となることはできないが、特定の難度のある一部の問題では一般的なコンピュータに取って代わるだろうという考えが共通認識になっている。


※本稿は、科技日報「"九章""祖沖之"双升級 量子計算的未来来了嗎」(2021年11月2日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。