第186号
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中医薬材料学:ナノスケールで治療効果の高い薬を開発

2022年03月03日 陳 曦(科技日報記者)

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画像提供:視覚中国

 中医薬ナノ材料は伝統的な中医薬よりも、有効成分がより明確で、より高い抗菌性、抗ウイルス活性を持ち、より正確に薬剤標的を定め、より高い治療効果を得ることができる。

呉水林 天津大学材料科学・工学院教授

 中医学の薬草には数千年の長い歴史を持ち、その独特の薬効は世界の医学界でも重要な地位を占めている。しかし、伝統的な薬草の化学成分は複雑で、抽出物の薬理データや薬剤標的は不明確で、治療効率、バイオセキュリティはさらなる向上が待たれる。これらの課題は、薬草の幅広い使用や発展の足かせとなっている。

 天津大学材料科学・工学院の呉水林教授が率いるチームは、初めて「中医薬材料学」という概念を提起し、材料学を活用して、薬草をナノレベルのバイオ機能材料に処理した。この材料は、特定のメカニズムを通して、ウイルスや細菌といった病原体を根絶することができるため、ウイルスと細菌の同時感染による混合感染型肺炎の治療に効果がある。同研究成果は世界的な科学誌「物質」にオンライン掲載された。

薬草と材料科学が融合

 材料は、そのスケールによって異なる物質的特性を示す。ナノテクノロジーは、人々の物質に対する認識や改造を、分子、原子レベルにまで拡大している。

 過去20数年の間、ナノテクノロジーは飛躍的に発展した。ナノテクノロジーの科学的価値が少しずつ知られるようになり、ナノ材料製造技術が成熟し続けるにつれて、ナノテクノロジーは、薬草分野の研究においても注目されるようになっている。

 呉教授率いるチームが提起した中医薬材料学では、材料学を活用して、薬草をナノ級生物機能材料に処理して、伝統的な中医薬の各種疾病の治療における効果を増強、改善することを目指す。

 呉教授は、「今回の研究では、異なる種類の中国茶を選んで中医薬の原料とし、約3ナノスケールの顆粒の天然茶に調合、合成している。ソルボサーマル合成法を採用し、摂氏80度という特定の温度、1.6標準大気圧という条件下で、6時間反応させ、粉末にした茶葉のカテキン分子8種類から、水素結合、π-π相互作用、ファンデルワールス力などを通して、粒径約3ナノのナノクラスターを作り出す。その後、高速遠心や透析などの純化操作を通して、高純度の茶のナノスケールの顆粒を得ることができる」と説明する。

 上記の方法のほか、現時点で、ナノ造粒、ナノドラッグデリバリーといった調合ルートを通しても、中医薬ナノ材料を得ることができる。

 ナノ造粒は主に物理的方法に基づいて、薬草の有効な部分を顆粒の状態に加工し、顆粒の大きさをナノレベルにすることだ。ナノ造粒の一般的な方法は、高温気流中に薬から抽出した液状物質を噴霧させて瞬間的に乾燥させ、固体のナノ薬物微粒子を得る方法と、高エネルギーボールミルと呼ばれる方法がある。前者の技術では、薬草を粉砕することなく、ダイレクトに小粒径の薬物微粒子を得ることができる。一方、後者は、メカノケミストリー法とも呼ばれ、材料をナノレベルにまで調合する重要な方法だ。粉砕機の摩擦力と振動力で媒質が薬物と物理的に衝突し、研磨、ミックスされ、薬物をナノレベルの粒子にまで粉砕することができる。

 一方、ナノドラッグデリバリーは、物質がナノスケールの時に生まれる、粒子サイズ効果や表面効果、量子サイズ効果、シナジー効果といった一連の物理化学的性質を薬草の負荷、伝達に応用し、形成する新たなドラッグデリバリー体系だ。ナノドラッグデリバリーには、ドラッグデリバリー量が多く、カプセル化率が高く、コントロール可能な粒径の分布が広く、体内循環時間が長いといった優位性がある。研究者は現在、ナノ粒と脂質ナノ粒を合わせてキャリヤーとし、薬草を溶解、包埋し、またはナノ粒の表面に吸着させている。

中医薬ナノ材料は薬理データや薬剤標的がより明確

 呉教授は、「この研究の中で、中医薬ナノ材料は伝統的な中医薬よりも、有効成分がより明確で、より高い抗菌性、抗ウイルス活性をもち、より正確に薬剤標的を定め、より高い治療効果を得ることができる」との見方を示す。

 呉教授のチームは茶のナノスケールの顆粒を調合すると、高い抗菌効果と抗ウイルス効果があることを発見し、またその抗菌、抗ウイルスメカニズムをさらに一歩踏み込んで発掘した。

 まず、研究チームは茶のナノスケールの顆粒の耐性黄色ブドウ球菌感染症(MRSA)に対する抗菌メカニズムを研究した。そして、茶のナノスケールの顆粒は時間が経つにつれて、ゆっくりとMRSAの表面に大量に集積するようになり、菌のアミノ酸代謝に影響を与え、膜の構造を破壊することで、殺菌の目的を達成できることが分かった。

 また、同チームは茶のナノスケールの顆粒のH1N1流感ウイルスに対する抗ウイルスメカニズムも研究した。呉教授によると、茶のナノスケールの顆粒はH1N1型インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼ活性部位と密集した水素結合ネットワークを形成し、その水素結合ネットワークがH1N1ウイルスの活性を効果的に抑制し、ウイルスを死滅させることができるという。

 このほか、同研究チームは、薬物の配合・選別を通して、茶のナノスケールの顆粒と、それと分子構造が似通っている中医薬成分・ルテオリンを混ぜ合わせると、抗ウイルス効果、抗菌効果とうまく作用しあうことを突き止めた。茶のナノスケールの顆粒とルテオリンは元々抗酸化、抗炎症、抗菌、抗ウイルス効果が高いため、マウスを使った混合感染型(H1N1ウイルスとMRSA)肺炎の実験では、茶のナノスケールの顆粒とルテオリンを結合させた後、噴霧するタイプの治療を行うと、マウスの死亡率が大幅に低下し、臨床報告の療法と比べるとより大きな優位性を示した。

 呉教授は、「今回提起した中医薬材料学プランは、伝統的な中医薬に存在する問題をある程度克服し、より明確な薬物構成を通して、高純度の薬物活性成分を得て、さらに高い治療効果を得ることができる。その治療メカニズム研究の面で、薬物作用のターゲットに対する精度もさらに高くなる。応用の面を見ると、中医薬ナノ材料は、抗菌、抗ウイルス、抗炎症性などの効果が高いため、今回研究した致命的な混合感染型肺炎の治療のほかにも、その他の細菌・ウイルス性感染症の治療にも応用できるポテンシャルを秘めており、発掘が待たれる。例えば、細菌性傷感染、細菌性敗血症、インフルエンザウイルス感染症、B型肝炎、ヘルペスなどがある」と説明する。

中医薬材料学の発展のためには独自の模索が必要

 呉教授は、「薬草及びその抽出物の化学成分は非常に複雑であるため、その薬理データや薬剤標的を明確するのは非常に難しい。このほか、その治療効率やバイオセキュリティのさらなる向上も待たれる。そのため、有効成分が一層明確で、治療効果が一層高く、薬剤標的の精度がより高い中医薬ナノ材料の研究開発には重要な意義がある」と指摘する。

 中医薬ナノ材料の研究開発の主な難点は、調合法の開発だ。すなわちいかに現有のナノテクノロジーを活用して中医薬材の有効成分をナノレベルでコントロールし合成するかが課題なのだ。また、中医薬ナノ材料を産業化するためにも、調合法の工業化大規模生産、合成中医薬ナノ材料の純度、製品の品質、中医薬ナノ材料の臨床人体実験の安全性、治療効果などをめぐる問題があり、調合法の課題は山積みだ。

 呉教授は、「今後の中医薬材料学の発展のために、中医薬ナノ材料の調合法という面で、さらにオリジナルの模索が必要だ。ある程度普遍性がある技術を開発し、調合・製法を規範化し、品質の基準を制定し、異なる種類の薬草のナノ材料の合成のために、ガイドラインを提供する。また、ナノスケールでの薬草の薬効学、薬理学、毒理学などの問題を網羅的で深く研究し、バイオセキュリティ、治療効果の評価において、臨床応用をめぐり人体実験評価を展開する必要がある」と指摘する。


※本稿は、科技日報「中薬材料学:把薬材身量変小療效放大」(2021年11月18日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。