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【14-003】自黒(ツーヘイ)―ことばから見る中国社会

2014年12月25日

河崎みゆき

河崎みゆき:上海交通大学日本語学科日本語教師、
応用言語学(文学)博士

略歴

國學院大學文学部大学院修士、華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得
1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科日本語教師。専 門は日本語教育および中国社会言語学。

 今年をしめくくる漢字として「国家語言資源監測・研究センター」及び商務印書館、人民ネットが共催で選ぶ2014年の漢字は「法」と決まった [1] 。今年は共産党四中全会でも「法治」がメインテーマで討議され、また反腐敗、綱紀粛清が積極的に進められ、「今年のことば」には「反腐」が選ばれている。

 確かに、無法地帯だったネットの映画も、去年までは自由にできたダウンロードができなくなったと学生たちが言っているし、海 外ドラマに翻訳をつけネットにすぐアップしてきた字幕組という語学ボランティア団体の解散も噂され、ここから見ても著作権の管理が厳しくなったことを感じる。

 また、腐敗の一つの表れとして、贅をつくした豪華な宴会を目の当たりにしたことがあるが、報道にあるように、地味なものになってきた。つ い数日前の大学国際交流センター主催の外国人教師への慰労パーティでも例年に比べると品数が減り、食べ残しはほぼ消えた。指導が行き届いていきたことは、宴会自体を削減するため、日 本の大学の先生たちの講演会さえ行われなかったことにも表れている。無駄をなくすことはいいことだが、貴重な学問の機会まで減らすのはいかがなものかと思うが、過渡期は致し方ないのだろう。

 さて、今学期は教え子たちが出張だといっては、あるいは上海で就職したといっては会いにきてくれた。かれらの近況を聞く中で、い くつか浮かんできたことばがいまのエリート卒業生たちを取り巻く状況を教えてくれるので、いくつか紹介したい。

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写真1 上海のレストランにおかれた標語
「節約で徳を養おう、マナーのあるテーブル、おかずを残さない、ご飯を残さない」

場妹(チャンメイ)、卡斯特姆斯公司(カスタムス会社)

 9月の終わりの休みの日、上海近郊の江蘇省昆山(クンシャン)で働く華中科技大学時代の教え子2人が会いにきてくれた。一人は税関員、つまり公務員だ。優秀な彼女は新聞記者志望だったが、公 務員試験に合格し、やはり親御さんの勧めで公務員の道を選んだ。もう一人は某日系電機メーカーをやめて昆山のアメリカ企業に勤め、日本語より英語を使って仕事をしている。

卡斯特姆斯公司(カスタムス会社)

 つまりcustom、税関だ。中国の名門大学の学生の英語力はおそらく日本の学生を遥かに超えている。卒業時にはCET英語4級(日本の英検二級レベル)の取得が義務づけられているし、もう一つ上の6級( 英検1級程度)を持っている学生もかなりいる。つまり他に専門がありながら英検1級を持って卒業するのだ。職場では英語が飛び交うのだから、職場名を英語音訳で呼び合ってもおかしくない。T Vドラマなどでもエリートは英語をさしはさむよう描かれている。

場妹(チャンメイ)

 本来は「工場で働く娘」という意味。昆山は上海から地下鉄も伸びて上海経済圏の一部になっており、台湾企業の工場が数多く進出し、工場に勤める男性は「場弟(チャンディ)」、女 性はチャンメイと呼ばれている。本人たちはそう呼ばれることが好きではないそうだ。大卒のエリートの彼女が「わたしですか、チャンメイですよ」と自己紹介で使ったりするのだそうだ。

屌糸(ディアオス)

 ダメ人間。マイクロソフトからベンチャーの海に乗り出したS君のことば。すでに何千万円ものゲーム事業を請け負い、自社のゲーム開発もしている彼が「ダメ人間」というのは自嘲。会社で利益を得たら、社 会に還元してねと余計なアドバイスをすると、「もちろんです」と答えてくれるような人だ。

嬰児水泳(インアルヨウヨン)、伝銷(チュアンシアオ)

 自嘲げな上記三つのことばと違って、保険会社に勤務するZH君のそばにいまある言葉。彼が勤める損保は、上海の陸家嘴の東方明珠(テレビ塔)の向かいに立派な本社が聳える。営 業力と中国損保の時代も彼を後押しし30歳になる前に主任(課長クラス)、月給は数万元だと言う。

 今後の展望は最近結婚したばかりの年上の彼女が「嬰児水泳(インアルヨウヨン)館」を始めたからそれを応援すること。嬰児水泳、つまり赤ちゃんプールのこと。

嬰児水泳(インアルヨウヨン)

 5―6年前に教え子の一人がお産をしたのでお祝いに産院に駆けつけると、「日本式」という触れ込みの「赤ちゃん水泳」をしている携帯画像を見せてくれた。ま だ首も座っていない生まれたての赤ちゃんが首に浮き輪をして水の上に浮いているから、びっくりした。子供を思う親ごころを利用した産院のオプションでそんな必要は感じられないし、日本で流行も嘘だろう。

 どこの産婦人科でもオプションで人気だし、大きなプールを経営するのは大変だが、赤ちゃんプールならマンションの一室で開けるから、他にもやっているという人がいるのを聞いたことがある。首 の坐らない赤ちゃんに必要かどうかちゃんと調べた方がいいねと彼にいうと今まで事故はなかったようですが調べてみますと言った。

伝銷(チュアンシアオ)

 日本でも形を変えては現れてくるネズミ講のこと。投資者の権益が保障されないため、すでに1998年に中国政府が全面的に禁止したようだが、お 金が多少だぶつくとこうして儲けないかと声がかかってくるらしい。

土豪金(トゥハオチン)

 土豪はすでに新語として日本のメディアでも紹介されている。成金のこと。成金は金のものが好きというということで成金趣味とでも訳せるだろう。

 上海の日系企業に勤めるH君は30代半ば前でやはり主任(課長)だ。中国人の雇用(現地化)と優秀な人材の欲求を満足させるために、中国は昇進が早い。奥さんも銀行員の共稼ぎであるため、車、家...と 持ち物も豊か。H君に後輩の会社への紹介を頼まれ双方がうまくまとまったから、同級生も含めて4人で上海の名店で食事をした。H君はすでにiPhone6を持っていてしかもそれが金色だったから、H 君の部署に入社した後輩の女の子が揶揄して言い放った言葉だ。

自黒(ツーヘイ)

 新卒の同級生の男子も自分を「屌糸」と表現した。これは自分で自分を悪くいう「自黒(ツーヘイ)」という自己突っ込みなのだと教えてくれた。自分を自分で黒く塗る。謙 遜よりちょっと面白味を持たせた言い方。

 自黒(ツーヘイ)は来年あたりもっと流行って来そうな気がする。学生たちの順調な出世を喜ばないわけはないが、しかし場妹(チャンメイ)を嫌だと思う人がいることは無視できないことだと思う。

 来年はひつじ年、音はYang。同音であるYang「陽」で、社会のいろいろな人たちに光が暖かく降注ぐ一年になるよう祈りたい。

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写真2 「吃貨們」は食いしんぼうたちという意味。
昨年あたりからやはり始めたことばだが、市民権を得てきているようだ。


[1] 人民網日本語版「今年の漢字、中国は『 法』 日本は『税』」