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【14-020】李克強改革は何を目指し、中国経済はどこに向かうか(その2)

2014年11月28日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)

その1よりつづき)

李克強首相の言葉に、目指す改革の狙いが見える

 しかし「管理せず、放置する」経済は裏経済と腐敗を拡大させ、エネルギー以上の損失も社会に与える。それを正すのが李克強改革である。

 李首相が語る「定向調控」「微調整」「微調控」「合理区間」「経済構造戦略調整」「簡政放権」の言葉から、その改革の狙いが見える。「定向調控」は主導権を持ち、方向を見据える意味で、「市場活力の刺激」「公共商品の有効供給」「実体経済の支持」の三つに方向を定めている。

 さらに李首相は、マクロ経済政策は総合的目標を持ち、雇用と物価安定を重視し、個別指標の変動で大きな調整はしないとも語る。当面は、必要な鉄道建設などのインフラ整備、保障性住宅建設、スラム開発等で「微調整」に徹する方針だ。欧州や日本の経済状況を考えた時、成長率低下も想定内、「合理区間」で、無理せず「適時、適当」の微調整で、政策の連続性、安定性が重要との考えである。

 中国の住宅市場は調整期にある。成長率低下もその影響が大きい。9月の70都市新築住宅価格は、前年比で58都市が下落した。8月より39都市増えた。住宅が低迷すれば、鉄鋼、セメント、家電など影響を受ける産業は多い。

今年8月の銀行新規貸付額は前年より減少した。同月の保険や証券を含む社会融資額は9574億元で、昨年の1兆5841億元に比し、大幅に減少している。M2(通貨供給量)増加率も13%程度で昨年目標と同水準である。9月になり銀行新規貸付も社会融資額も増加の兆しは見られるものの、李首相は大胆な金融緩和には慎重である。

図1

 中国の銀行はネット金融の急拡大や影の銀行、地方債務の影響で、預金流出の緊張下にあり、貨幣流動性への緊張も高い。緊張に対処するため、中央銀行は今年度、7000億元のSLF(短期流動性ファシリティ)資金を投下し、公開市場操作や預金準備率の引き下げで緩和を進める。

 しかし安定した通貨政策の基本スタンスは変えていない。大胆な金融緩和は、悪徳経済を利し、構造改革を遅らせると考えているようでもある。政府が無理な介入をせず、市場にまかせる方が改革は進むと考えているようだ。

 これは、日本の経済政策との対比で見ると解りやすい。今の日本経済は「豊かな人はさらに豊かに」の経済にも見える。豊な人のお金が一般人にも回るなら、それも一理ある政策だが、今はそれが見えない。

 一方中国は、お金の供給を抑えて悪徳、不健全経済の退治に向かい始めた。従来の政策でお金を増やせば、豊かな人をさらに豊にするだけで、後の人にお金が回る限界を感じたのかも知れない。バブルとカジノにすがる日本経済と中国経済は、お互い背中を向けて走り出したようでもある。

李克強改革が目指すのは「経済構造戦略調整」

 李克強改革が目指しているのは「経済構造戦略調整」である。投資主導経済の修正、産業構造転換、新技術の創造革新、環境対策と安全な社会の建設、土地改革と内陸都市開発など、経済の重要課題は構造改革である。

 外資投資が減少し、中国企業の海外投資がそれを抜く時代が来る。1999年の対外経済統計年鑑では、対外直接投資は統計にもなかった。その中国で、2012年までの10年間、海外直接投資額は年平均41.6%増加した。2012年末の直接投資累計額は5319.4億米ドルで、179の国家、地域に及ぶ。2013年の非金融企業の直接投資額の前年増加率は16.8%で経済成長率をはるかに超え、第三次産業の投資が増加している。今年の6月までの6年間に、海外不動産投資は200倍の増加である。さらに今年9月までの中国企業の海外Ⅿ&A(合併買収)取引総額は408億ドル、件数は176件、前年比31%の増加だ。しかも民間企業の動きが活発である。

図2
図3

 10月29日の国務院常務会議で李首相は、市場の力を引き出して消費拡大と産業高度化を指示した。同時に6大領域での消費促進を示した。それにはネット販売や緑色商品(環境に良い商品)の拡大、都市駐車場の整備、新エネルギー自動車の普及、保障性住宅の促進、旅行や娯楽経済の充実、医療サービスの充実、農村旅行の推進、教育改革と私立学校の整備、中外合作学校の拡大、老人健康サービスの充実などが含まれ、これらの分野の消費拡大を実体経済の成長に繋げようとしている。

「経済構造戦略調整」に取り組まざるを得ない3つの理由

 なぜ「定向調控」「微調整」で「経済構造戦略調整」を進めるのか。ここに李克強改革の狙いがある。理由は三つある。

 理由のひとつ目はこれまでの成長モデルの「安価な人件費」との決別である。賃金が上がらなければ、産業を高度化しなければ、成長は維持できない。

 次に挙げられる理由は、「欲望の解放経済」からの決別である。賃金が上がれば行政費が上がり、財政を圧迫する。小金庫のように、パイプから漏れる水は裏経済を肥らせ国庫に回らない。パイプの穴を塞ぎ構造改革を進めるには、政策を出す頭と手足が同じ動きをしなければならない。

 李首相の「微調整」は「微調控」に通じる。大きな調整はしない「微調整」と経済のミクロ管理、手足のコントロールの「微調控」である。手足は行政末端とそこに集まる民である。

 対外投資が外資投資を抜くことは、新グローバル時代への突入で、国際社会との調和が課題となる。今年は英国で人民元建て債券も発行されている。

 欲望の赴くままに手足が勝手なことばかりして、いつまでも腐敗や食の安全、目方を偽るために水を注入した羊肉が新聞紙面を賑わしていては、恥ずかしく、肩身が狭くて中国経済は世界に羽ばたけない。「管理し、放置しない」経済、「微調控」できる経済に転換しなければ、将来の成長はない。

 三番目の理由は政権安定のためだ。もうひとつ、李首相の注目すべき言葉に「改革配当」がある。「銭権交易」社会は、権利を買える人が豊かになる社会である。パイプから抜かれる水が多ければ、水は下流に流れない。つまり「改革配当」は行き渡らない。それは腐敗によって富に富が集まり、富二代で子や孫に受け継がれる不公平な社会でもある。

パイプの小穴を塞ぐことは容易でない

 だがパイプの小穴は国の隅々にある。それを塞ぐのは容易でない。

 中国は大きな政府で、仕事せず、管理せずの役人も多い。例えば水を入れて目方を増やす羊肉などは、10年も続くが今も解決できない。工場の排気問題に環境局が動くのは、住民苦情が起きてからだ。

 仕事をしないので時間に余裕がある。その時間を使い悪さをする。二十年前は、役人が役所に籍を留めて起業を認めた。その制度は無くなったが、今も家族や友人名義で個人事業に関わる役人も多い。管理せず、権力を持ち、役人の数が多い。それが問題である。腐敗の誘惑に遭遇する表面積がそれだけ広いということでもある。

 行政末端、「微」の部分にも多額のお金が動き、誘惑も多い。それが「小官腐敗」となる。

その象徴は土地だ。グラフは中央腐敗巡視組が、21の省、市と12の中央部局、国有企業の腐敗審査で判明した腐敗の内容別発生数を比率にしたものである。

 プロジェクト建設と土地に絡む腐敗が圧倒的多数を占める。中には役職昇進に絡む悩ましい腐敗もある。

図4

 経済成長は都市成長でもある。都市の発展過程は、旧い街と村、農地が市街地になる「城中村」つまり都市中の村の改造過程でもある。

 「城中村」の土地の多くは農村集体土地だ。前に日中論壇で中国の住宅問題を取り上げた際、農村で建設される「小産権房」の問題を述べた。「小産権房」は郷鎮政府や村民委員会が開発に関与し、村の書記や特定幹部に権限が集中する。「小産権房」は一般住宅のように「房屋産権」(住宅権利証)が無く登記もできない。農民の集体権利の土地に建設され、権利関係が明確でないからだ。そのため開発過程に不透明さがつきまとう。

 農民の同意を装い、「城中村」の一部の幹部が多くを決める。幹部の目の前には、かつて見たこともない大金が動く。

 「小産権房」すら、政府の管理が弱く、不法開発が全国的な問題となっている。土地開発は当然不透明になる。不動産会社から賄賂を受け、譲渡費用を低くし、帳簿を改ざんして価格を誤魔化す不正が絶えない。ミクロ改革は、民も関与して行政の隅々で起きている腐敗への対処である。

「簡政放権」は銭権交易を防止し、市場活力を高める

 どうすればパイプの穴を塞ぐことができるか。一つは銭権交易の根を断つことだ。権力を無くせば銭権交易も無くなる。中央の権力は地方に移す。地方の審査項目も削減する。そして与えられた権限と与えられてない権限を公表し、監視のもとに置く。役人は監督に徹する。これが李首相の「簡政放権」である。

 李首相は政府の職能改革を「受け取る」「手放す」「管理する」の三つで表現している。「受け取る」は、地方は中央から委譲の審査事項をしっかり受け取る。「手放す」は不要な権利、不正な権利を手放す。「管理する」は成すべきことをしっかり成すである。

 これまでの中国の行政は、審査に時間を掛けた。時間を掛け、印鑑を押すことで仕事をしているという形ができた。中央、省、市、区、街道と政府通達の文書が通るルートも長く、文書リレーだけでも時間が掛かる。だが審査後は監督しないので問題が起きる。

 行政審査改革は、既に温家宝首相時代から進んでいる。2001年からの行政審査批准制度改革で、中央審査批准項目は、昨年10月までに、およそ4300から1700ほどに削減された。李首相は今年にかけ、さらに改廃を進め、投資関連、企業の事業認可、社会組織活動事項、個人資格許可事項、行政事業費用徴収項目などで300を超える審査項目が取消または地方に委譲された。

 問題の「城中村」改造も、政府が地上げに絡まず、使用権売買を直接非農地市場でできるように「土地管理法修正案」と「集体土地売買改革法案」が検討されている。

 「簡政放権」による行政審査改革は政府と市場の関わり方の改革であり、同時に市場活力を引き出し、銭権交易の防止を目指す。パイプの穴の修復、「微調控」である。

その3へつづく)