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現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その1)
核融合研究施設「EAST」

2012年 8月8日

寺岡 伸章

寺岡 伸章(てらおか・のぶあき):(独)日本原子力研究開発機構 核物質管理科学技術推進部 技術主席

 1956年熊本県八代市生まれ。東京工業大学電子化学専攻修士課程修了。1982年科学技術庁(現文部科学省)入庁。科学技術庁大型放射光施設推進室長、タイ国家科学技術開発長官顧問、国立極地研究所事業部長、(独)理化学研究所中国事務所準備室長(北京)などを経て現職。個人ブログで中国ハイテク論等を展開中。

1.世界の核融合研究

 核融合とは、重水素と3重水素を1億度まで加熱してプラズマ状態とし、原子核を融合させる反応である。核融合発電は、核融合反応で得られるエネルギーを、水、ヘリウムなどの冷却材で取り出し、タービンを回転させて電気を得ることであり、1グラムの核融合反応によって得られるエネルギーは石油8トン分のエネルギーに相当する巨大なものとなる。

 1980年代、日欧米の三大トカマク実験装置であるJT-60U(日本原子力研究開発機構)、JET(EU、英国カラム研究所)、TFTR(米国プリンストン大学プラズマ物理研究所)を使った実験によってプラズマ挙動の基礎研究が大きく進展し、JETは1991年、JT-60Uは1996年にそれぞれ臨界プラズマ条件をクリアした。

 日欧米の研究により、核融合反応が持続する自己点火条件の実現の見通しができるようになったため、自己点火条件の達成を目指した国際熱核融合実験炉(ITER)計画が日欧米露中韓印の7極により合意され、現在、フランスで建設が進められており、運転開始は2020年、核融合反応の実現は2027年の予定である。

2.中国の核融合研究

 中国の核融合研究は主に、安徽省の合肥の科学院プラズマ物理研究所のEASTで行われている。EASTは実験「Experimental」、先進「Advanced」、超伝導「Superconducting」、トカマク「Tokamak」の頭文字を組み合わせたものである。直訳すると「先進実験超伝導トカマク」である。

 EASTは、世界で初めて超伝導技術を用いたトカマク装置である。2009年、核融合実験装置のコイルを超伝導化し、中国は世界に意地を見せつけた。中国は核融合研究の後発組であるがゆえに、最先端の超伝導技術を導入することができたともいえ、僥倖というべきものであろう。この超伝導による装置を実現した意義は大きく、ITERの設計にも活かされることになっている。また将来的な核融合の実用化においては、超伝導技術の使用が不可欠と考えられることから、超伝導に関連する各種技術で世界に一歩先んじたことは、大いに評価できる。

 しかし、中国は、先進国と比較して実験装置の開発の着手が遅れたため、プラズマ加熱技術、プラズマ計測診断技術などの基盤的な要素技術で10~20年遅れている、ともいわれる。

 プラズマ物理研究所によると、EASTの製造部品の9割は研究所の自主開発技術であり、残り1割のうち、装置の設計はプリンストン大学と米GA社の協力を得、超伝導材はロシアから導入してケーブルにしたという。EASTは今でも、プラズマ条件の大幅な実験変更にはプリンストン大学の支援が必要といわれているように、完全に自立した装置とは言い難い。

 EASTを構成する機器や資材の開発は、中国の民間企業の技術力が満足すべき標準に達していないことや、予算上の制約から、研究者自ら実施してきた経緯がある。今でもプラズマ物理研究所内には、超伝導導体の製造等の工場があり、研究者と技術者が協力しながら作業を進めている。

 EASTの目標は、プラズマ安定運転モードに関する科学及びエンジニアリングの達成である。EASTは独特な非円形切断面、超伝導、冷却内部構造の三大特性を兼ね備え、プラズマの安定的な実験運転に有利である、とされる。EASTの特徴は、廉価なコストで建造され、安全・安定運転が実現できていることである。

 核融合の実現には、プラズマの超高温(1億度以上)、高密度、長閉じ込め時間の三要素の実現が重要である。EASTは2011年、プラズマの持続時間100秒、プラズマ温度4,000万度を達成し、次の目標は持続時間400~1,000秒、高効率加熱を受けた場合のプラズマ温度は1億度に設定している。

図1 代表的なトカマク装置のプラズマ断面

図1

出典:日本原子力研究開発機構核融合研究開発部門提供

 プラズマ研究にもっとも大きな影響を及ぼすのは、実験装置の炉心容量である。図1から分かるように、EASTは日欧米の実験装置と比較して一回り小さい。原子核の動きを超高速度にして、相互のクーロン力による反発を超えて原子核を衝突させ、核融合反応を起こさなければならない。

 コップのお湯より風呂のお湯の方が冷めにくいように、容量が大きいほど温度が高く、優れたプラズマ状態を実現でき、研究の大きな進展をもたらす。容量を大きくするためには真空容器を大きくするだけではなく、磁場を作るコイル、プラズマを超高温にするビーム加熱、高周波加熱、プラズマ計測システムなど各種基盤技術の開発が必要である。日欧米は世界三大トカマク実験装置の開発に果敢に挑戦してきたため、これを支える基盤技術も並行して進展してきたのだ。

 図2に示すように、日米欧のトカマク型核融合研究では、プラズマ温度、密度、閉じ込め時間等実験装置の性能が、1969年代から10年毎に1桁ずつ高くなっている。中国のEASTは最高の性能を発揮しても、日米欧が1990年代に記録した性能を実現するのが限界であり、プラズマ臨界条件の達成は難しい、と言われている。

図2 EASTの最大性能

図2

出典:日本原子力研究開発機構核融合研究開発部門提供

3.今後の核融合研究計画

 中国の核融合研究は、日欧米に遅れてスタートしたこともあり、キャッチアップに専念してきた経緯がある。これがある程度功を奏し、EASTの完成にみられるように、世界的にみても日欧米に次ぐレベルに達しつつある、と考えられる。しかし、課題はこれからである。世界の先頭を走る者は、必死の試行錯誤により研究開発に取り組むこともあって、自ら未知の分野を開拓する手法を取得していると考えられるが、追いつこうとする者は、ややもすると他国の技術の模倣や単純な導入に走ってしまう恐れがある。また、中国の研究論文の質は、各種国際会議などでの論文発表で見る限り、現時点では主要先進国に追いつきそうなレベルにあるとは言い難い。

 ITER計画に参加することにより、中国は世界最高水準のプラズマ関連のデータを入手することができ、かつ実験経験も蓄積しうるため、ITER計画が本格的に動き出す2020年代後半には、実験炉を構成する炉工学の基盤技術は別としても、中国のプラズマ研究は世界レベルに達する可能性が高いと思われる。

 中国は経済成長を支えるためにエネルギーを得たいという強い動機から、核融合で発生した高速中性子をウランやプルトニウムに照射して、その核分裂から熱を得るハイブリッド炉を開発する可能性が指摘されている。核融合反応のみによる発電方式は、安全性が高く、高レベル放射性廃棄物を生成せず、核兵器に利用されないといったメリットを持つが、ハイブリッド発電の場合には核分裂反応も併せ利用するため、このメリットを放棄することにつながるので、慎重な判断が必要となる。

4.核融合研究の課題

 中国は先進国へのキャッチアップを目指し、急いで核融合研究を行ってきたため、時間と手間をかけてきた先進国の日欧米と比べれば、深いところまで達していない。中国は、若手を一人前の研究者に教育できる段階に達しておらず、海外の大学や研究所に派遣して核融合の関連技術を習得させている段階にある。また、核融合分野に限らないが、先進国にあるような学会が中国国内で十分に活動していないため、大学院生や若手研究者が研究成果を発表し、議論を戦わせる場が乏しく、人材育成上、大きな損失を生んでいる。

 中国の核融合研究の歴史が短いことは、中国の研究水準や技術レベルのハンディの大きな原因となっている。ただし、中国の核融合戦略と豊富な人材、潤沢な研究費の投下は低く評価されるべきではない。現在、中国で核融合研究を担っている人材で、世界トップレベルに達している人は少ないかもしれないが、欧米で活躍している中国人が多数帰国するようになれば、飛躍的な研究の進展が実現できよう。

 欧米の研究機関等において世界レベルの中国人研究者が活躍しているが、中国国内の研究環境や子女の教育問題などを改善するための中国政府による帰国奨励策がうまく機能していない、とも聞く。これを補うものとして、外国との共同研究や短期間の研究指導などにより海外の知見や技術を吸収する努力が行われていることに留意すべきである。

 今回の調査(2012年1月)で気になったのは、日中両国の政策担当者や研究者の発想の違いである。その違いは歴史的、文化的背景にも依存しているが、政治体制の影響も無視できないと思われる。中国は共産党の一党独裁国家であり、政治経済を含めて共産党の指導が大前提となっているため、自由な発想と自由な議論が十分に保障されているとは言い難い。

 科学の発展には自由な発想と自由な議論が不可欠であるのは言うまでもないが、中国人の学生や研究者が自由な発想の下で教育され、自由に議論を行う環境が整備されているのかどうか、懸念されるところである。自由な発想と自由な議論が無い環境では、既存の技術や知的権威に果敢に挑戦することで実現するイノベーション(創新)を期待することは難しい、と考えられる。

5.今後の日中協力

 中国側の最大の関心事項は、テストブランケットモジュールの開発における日中協力の可能性である。日中ともに開発を行ってきたヘリウム冷却固体増殖方式のみならず、日本独自の概念である水冷却固体増殖方式、さらには日本が開発したブランケット構造材料についても、中国側は協力への希望を表明している。特に、日本独自のブランケット関連技術はハイブリッド炉に極めて有効なものと考えられるため、ハイブリッド炉による早期の発電を狙っていると思われる中国への協力には留意が必要である。

 一方、日本側から希望する協力課題としては、超伝導トカマクEASTに日本人研究者が参加して、超伝導方式特有の炉心制御技術を習得すること、超伝導方式で真空断熱容器に装置全体が覆われているため困難度が増す配管類・ケーブル類などの修理、真空漏れなどの保守技術を習得することなどが想定され、世界初の超伝導トカマクであるEASTでの共同研究を通じてこれらの技術ノウハウ習得に期待がかけられている。

 また、将来的な原型炉の開発には、高速中性子による炉材料の劣化を検証することは不可欠である。日欧は協力して国際核融合材料照射施設IFMIFの工学実証及び工学設計を進めているが、これに中国の研究者の招聘も検討するべきと考えられる。

 アジアの科学技術大国である日中両国が協力し、核融合発電をアジアにおいて最初に実現する日を望んでいる。

図3 EAST炉心の実物大の断面模型(右が筆者)

図3

[編集部注]

中国が世界に誇るトップレベルの研究開発施設を日本の専門家、研究者が訪問し、その状況を調査した。調査期間は2011年12月~2012年3月。科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)の海外動向報告書「中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」(2012年6月刊)にまとめられた成果を基に、執筆者にリライトしてもらい、当ウエブサイトで紹介する。(中国総合研究センター 鈴木暁彦)


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