第1章 中国ハイテクパーク・サイエンスパークの全体像
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第5節 中国サイエンスパーク・ハイテクパークの今後の動向

第1項 関連政策に関する最新動向

 2008年12月15日、「中国タイマツ計画実施20周年記念イベント」が北京人民大会堂にて開幕され、中国国務委員・劉延東、科学技術部部長・万鋼、科学技術部副部長兼党書記・李学勇をはじめ、中央関連官庁の要人、各地方のハイテク産業関係者などが出席した。

 李学勇の司会のもとで、劉延東は重要なスピーチを披露した。中国におけるハイテク産業の育成や振興に貢献してきたタイマツ計画の20年間の多彩な成果を評価すると同時に、今後も中国経済の構造調整に資するなど、引き続き産学官連携の下で、タイマツ計画の更なる展開を推進し続けていくと語った。その後、万鋼は、タイマツ計画の20年間の活動に関する事業報告を行い、「新時期におけるタイマツ計画の主な任務」について、「1つの環境を整備すること、2つの事業を実施すること、3つのアクションを推進すること、4つの能力を向上させることである」と総括した。

 ここで言う「1つの環境を整備すること」とは、国家ハイテク産業開発区の集積、牽引、波及効果を増強させるハイテク産業の更なる発展へ向けた有益な環境作りを指している。実施する「2つの事業」とは、①「2次創業」事業と、②「企業インキュベーション」事業である。また、「3つのアクション」とは、①技術移転促進アクション、②科学技術による貿易の振興アクション、③科学技術関連の金融アクションを指し、「4つの能力」とは、①関連企業の自主的なイノベーション力、②ハイテク産業の国際競争力、③ハイテク産業の波及力、④ハイテク産業の経済発展に対する基盤力を指す[1]。このように、万鋼の講話は中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークに関する関連政策の方向性を示したものと理解できる。

 2006年以降に以下のような関連政策が策定・発表されている。2006年2月に中国国家中長期科学技術発展規画綱要、2006年11月に国家大学サイエンスパークの認定管理規則、2008年4月に国家ハイテク企業の認定管理に関する規則が公表されている。また、2008年8月の方針に沿って、「国家ハイテク産業化及び環境整備(タイマツ)に関する第11次5カ年発展綱要」、「国家ハイテク産業開発区に関する第11次5カ年発展規画綱要」、「中国技術型インキュベータに関する第11次5カ年発展規画綱要」が策定された。

 一方、タイマツ計画以外では、バイオ産業関連政策、帰国留学人員関連政策、知的財産関連政策についても、中国国家中長期科学技術発展規画綱要に示された方針に沿って、それぞれの具体化や明文化の検討が継続されている。それぞれの政策の策定機関や目的、具体的な内容が異なっていても、後述する国家ハイテク産業開発区の「四位一体」と言う、新たに位置づけられた「中国ハイテク産業」の観点から、すべてのサイエンスパーク・ハイテクパークが制度的、事業的、立地的といった要素のいずれかにおいて繋がっているとされた。

 2008年12月10日、中国国家発展改革委員会の張暁強副主任が「深センハイテク成果交易会」に参加し、「ハイテク産業化を一層推進する」と述べた。

 国家発展改革委員会は、2008年までの10年間に、経済構造調整にかかわる約3000のハイテク産業化モデルプロジェクトを実施し、情報、バイオ、農業近代化、民間航空・宇宙航空、新エネルギー、新材料、海洋経済、循環経済など、多くの分野をカバーしてきた。同委員会は、ハイテク産業化推進10周年として、深センハイテク成果交易会で「国家ハイテク産業化10周年テーマ展覧」を催し、国家ハイテク産業化プロジェクト100件に賞を与えた。

 張暁強副主任は、中国は一層良好な環境を整備し、科学研究機関と企業の共同によるハイテク産業化の展開や革新的な産業への投資を奨励すると同時に、投融資、財政、税収政策などの面でテコ入れし、ハイテク産業化に寄与する政策体系の構築に努めることを強調した[2]

 前述したように、中国において多様なサイエンスパーク・ハイテクパークが相次いで設立された最も重要な背景として、「中国におけるハイテク産業の育成、振興、集積、発展」と言うことが挙げられる。中国のサイエンスパーク・ハイテクパークの今後を探る上で、このような考え方は不可欠であるが、これに関連して、重要と考えられる主要政策の関係を下図(次頁)に示した[3]

図2.2 サイエンスパーク・ハイテクパークの関連政策の例示[4]

図2.2 サイエンスパーク・ハイテクパークの関連政策の例示


[1] 科技日報「記念国家火炬計画実施20周年大会在京挙行」2008年12月17日。

[2] 中国駐日本大使館経済商務参賛処HP記事「中国、政策の強化によりハイテク産業化を促進」2008年10月13日( http://jp2.mofcom.gov.cn/aarticle/chinanews/200810/20081005836828.html )。中国「タイマツ計画」の重要内容としての、国家ハイテク産業開発区をはじめとする多様なパークの組織化や運営推進等に関しては中国科学技術部タイマツハイテク産業開発センターが中心的な役割を担っているが、よりマクロ的なハイテク産業政策の立案や策定等に関しては国家発展改革委員会が行っている。

[3] 中国におけるハイテク産業が発展した背景と現状、そして、中国ハイテク産業の発展がもたらす対外的な影響を中心に考察を行う参考文献の一例として、橋田坦著『中国のハイテク産業―自主イノベーションの道―』(白桃書房、2008年)がある。

[4] 張輝「中国ハイテク産業と知的財産政策の現状及び最新動向」(NTT主催セミナー、2007年2月23日)。

第2項 中国のサイエンスパーク・ハイテクパークが向かう今後の方向

 近年、技術革新を持続的に引き起こすための社会的な仕組みづくりが、世界的に大きな関心を呼んでいる。その背景として、経済活動のグローバルな展開と冷戦終結後の新たな国際秩序を模索する中で、自立的にして競争力のある新しい地域経済圏の確立、雇用の確保、地域間格差の是正、などが世界各国で急務となっていることが挙げられる。

 技術革新を持続的に引き起こしていくためには、基礎研究から始まり、応用研究、研究開発、研究成果の商品化・産業化へと続く、いわゆる科学技術機関の川上から川下に向けた多様な開発や、組織的な連携による一つの社会システムとしての枠組みづくりが重要であることが、強く認識されるようになってきた。

 これは科学技術政策研究所による「サイエンス&テクノロジーパークの開発動向に関する調査研究」と題する研究レポート[5]によって指摘されたことであるが、中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークが向かうであろう今後の方向を探る際にも参考となる。

 中国におけるハイテク産業の高成長は今も続いており、中国的事情を踏まえた上で、ハイテク産業体系の形成、発展メカニズムの構築、持続的な成長に必要な環境が整備されてきた。特に基盤的なパークと位置づけられる54の国家ハイテク産業開発区の合計面積は中国国土の1万分の3にも満たないが、この地域で生み出されたGDPが中国全体の7.1%を占める程、大きな成果が得られている。同時に、持続的なイノベーションを可能とする環境、雰囲気、精神ができあがりつつある。

 一方、中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークの更なる発展に向けて、多くの課題が横たわっているのもまた事実である。例えば、自主開発の知的財産を創出する実力の向上、地域的な優位性を生かした差別化の維持、国内から国外への国際化アプローチの展開、などの諸問題の解決が急がれている[6]

 まず、自主開発の知的財産を創出する実力の強化についてであるが、第1節で触れたように、中国においては、外資導入の結果としての「生産輸出モデル」の成功によって高成長が続いてきた。しかし一方で、ハイテクも含め外資系企業に頼る部分が大きく、自らの知的財産の創出に繋がる効果がそれ程見られないと言う点が指摘されてきた。技術的に支配されるのではなく、自らの知財創出で持続的な成長を追求していくことが、至急解決すべき課題となっている。

 次に、地域的な優位性を生かした差別化の維持についてであるが、中国では東部沿海地域が外資導入を梃子に輸出志向型の高成長を遂げる一方、中西部地域の外資導入は思ったような成果をあげられずにいるのが実情である[7]。これは、東部沿海地域以外の地方にも共通する課題であると言える。

 外資系企業の投資の2006年末時点における地域別割合は、東部が78.5%、東北が8.1%、中部が7.3%、西部が6.0%と、東部が圧倒的に高く、そこから地理的に離れる程低くなっている。2000~2006年の純増分でみても「東高西低」に変化はない。地理的条件の不備もあり、輸出産業の育成と言う東部沿海地域の成功体験の焼き写しが、他地域では簡単に通用しないためである。ここでより重要なのは、地域の産業発展戦略の差別化(外資導入における産業選別化)である。もともと地域的な特色を生かして発展したハイテク産業の開発であったが、現在、多くの開発区は情報技術やバイオなどといった類似分野に取り組んでいるのが実情である。これでは外国投資家の判断を難しくしてしまうと同時に、望んでいない競争に自ら落ちてしまう可能性もある。

 最後に、国内から国外への国際化アプローチの展開についてであるが、これは「ハイテク産業の国際化」と言う、タイマツ計画の目的の一つに密接にかかわる問題である。更に、これは経済だけではなく、技術のグローバル化にも求められる課題でもある。

 これらの課題解決も含めて、中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークの向う今後の方向は、①国家ハイテク産業開発区を基盤とした多様なパーク間のシナジー効果の検証や最大化、②国際化アプローチの本格的な実現に必要な差別化、意識改革、③世界一流パークを目指した「創業、創新、創意」の最速化などであろう[8]

 まず、国家ハイテク産業開発区を基盤とした多様なパーク間のシナジー効果の検証や最大化についてであるが、「中国ハイテク産業」と言う観点から見た場合、中国におけるすべてのサイエンスパーク・ハイテクパークは制度、事業、立地といった要素の何かの点で繋がると言うことは前述した通りである。既存の産業構造の改革や調整、中国産業の戦略的なシフト、イノベーションシステムの更なる構築、知的財産などの国際的なビジネスルールへのアプローチなど、技術開発や産業開発を生かした都市開発などにとって不可欠な「ハイテク産業の更なる発展」は、今後も中国において期待される重大なテーマである。

 一方、中国「タイマツ計画」を基軸に置きながら、多様な国家機関が異なる政策的な背景の下で認定してきた多彩なサイエンスパーク・ハイテクパークは、複雑な関係の中に存在している。中には、異なる機関からの認定とはいえ、重複して各種のパークに認定されているケースも見られる。また、パーク内外にさまざまな特色を持った関連パークが存在する場合もある。このような状況の中で、国家ハイテク産業開発区を基盤とした多様なサイエンスパーク・ハイテクパーク、及び関連パーク間のシナジー効果を検証し、その効果を最大限に引き出すことが、今後の更なる発展のために求められよう。

 次に、国際化アプローチの本格的な実現に必要な差別化、意識改革についてであるが、これは中国科学技術部部長の万鋼が「新たな時期の任務」の中で具体的に指摘した内容を具現化する上で必要なことである。タイマツ計画を20年にわたって実施してきた結果、程度の差はあるにせよ、各サイエンスパーク・ハイテクパークは、それぞれの特徴や優位性を生かして、国際的にも注目される大きな成果を収めてきたと言える。

 しかし、国家ハイテク産業開発区に代表されるように、各地域のサイエンスパーク・ハイテクパークが中期的に取り組む主な分野や制定される外資導入関連政策において、その地域の特色を生かした差別化が不鮮明になってきていることが危惧される。国の外資導入政策の方向転換[9]によって国内ハイテク産業の活性化が一層重視される中で、本報告書では調査対象としていない50数カ所の「経済技術開発区」も場合によってはハイテク関連企業の誘致を増強することが想定されるなど、結果的に地域間の外資導入競争の激化に繋がることが予想される。

 このような状況を踏まえると、「2次創業」の展開や「自らが研究開発を行うハイテク企業」の認定など、国際化アプローチの本格的な実現に必要な差別化要素を持つ企業の育成が、中国のサイエンスパーク・ハイテクパークが更なる発展を遂げ、グローバル社会でも強く生き残るための、今後の方向の一つとなりうるであろう。また、このような差別化を図っていく中で、各パークの特色がより一層色濃く現れ、後述する国際イノベーションパークを目指すパークが今後ますます増えてくるであろうと予想される。

 ただし、ハイテク技術力だけでは、グローバル経済社会の舞台に立つことは難しい。いまだ国際的にも指摘されることの多い知的財産権保護への運用面における取り組みや法令遵守、ビジネスルールの理解といった分野での意識改革を実現することが、真の国際イノベーションパークに求められている。国家ハイテクパーク・サイエンスパークは、中国国内でのこのような意識改革の先駆者として成功し、その意識を国内に浸透させる役割を担っているとも言えよう。

 最後に、世界一流パークを目指す「創業、創新、創意」の最速化についてであるが、これは、前述した「国家ハイテク産業開発区を基盤とした多様なパーク間のシナジー効果の検証や最大化」や、「国際化アプローチの本格的な実現に必要な差別化、意識改革」の中に浸透されるべき基本的概念であるとも言える。政府主導から政府支援への変化と、戦略的な産学官連携の更なる進化によって、ハイテク産業の主役候補となる技術型ベンチャーに対する政府の役割は、戦略的・継続的な「創業」支援から、「創新」(イノベーション)の創出支援へ、そして、「創意」の活発化、文化創意産業の振興まで広がる方向にある。

 今日、中国において「文化創意産業」[10]がブームとも言われるが、他社とは違う、従来とは違うといった「創造性を追求する創意」は、文化産業に限られるものではない。宇宙開発や携帯・光通信の独自規格開発、半導体開発などの分野でも例示される通り、これらも創意あってのイノベーションであり、創意は世界一流パークへの最速化を実現するのに必要なものである。30数年前の世界最貧国から、今や世界第3位の経済大国 [11]にまで成長した中国が直面する課題の一つは、ある意味で「模倣」中心の先進国の下請け工場から脱却し、より「創造」的な社会や経済システムを構築することである。これは、中国が国際社会との摩擦を回避し、持続可能な発展を成し遂げるために選択した国策でもあると言えよう。

 世界一流パークを目指す「創業、創新、創意」の最速化は国家ハイテク産業開発区を基盤とした多様なパーク間のシナジー効果の検証や最大化を刺激し、本格的な国際化アプローチの実現に必要な差別化、意識改革に直結するものと考えられる。これまでは世界一流パークを参考にして取り組み、今後は世界一流パークを目指して取り組んでいくが、決してそれらと同一のパークを造るのでなく、中国の事情や実態を踏まえて創造的に構築していくと言う考え方を基本に据えることが、中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークの今後の方向性を左右するものとなろう[12]


[5] 吉澤純一、小山康文、山本長史、権田金治「サイエンス&テクノロジーパークの開発動向に関する調査研究」NISTEP Report No.38。

[6] 中国ハイテク産業発展における制度的問題点については、橋田坦著『北京のシリコンバレー―中国ハイテクのキャッチアップは可能か―』(白桃書房、2000年)p191を参照されたい。

[7] 齋藤尚登「中国の地域別産業・外資導入政策における差別化戦略の重要さ」大和総研、2008年6月9日。

[8] 張輝「中国におけるハイテク産業パークの背景、現状及び最新動向」(独)科学技術振興機構中国総合研究センター第13回研究会講演レジュメ(2009年01月30日)の趣旨より。

[9] この点に関して、日本の企業にとって参考となる文献の一例として、向山英彦・佐野洵也「中国における外資政策の変化と外資企業の対応」日本総研(環太平洋ビジネス情報RIM)2007 Vol.7 No.26 参照。

[10] これはもともとイギリスで最初に提起された概念で、2003年4月、イギリス駐中国大使館及びイギリス文化協会が上海、広州、重慶にて「創意英国」(Think UK)を題するイベントを開催してから、中国コンテンツビジネス業界、次に中国文化業界、そして中国ハイテク業界へと広がっていったものである。文化中国「全球文化創意産業巡覧」2007年7月5日。中関村創意産業に代表されるように、アイディアだけではなく、また、コンテンツビジネスに限定もせず、一貫して「市場のニーズを満たす」と言う方針のもとで展開されてきたハイテク産業の更なる展開にも刺激や示唆を与える文化創意産業は、中国のサイエンスパーク・ハイテクパークの一部を構成しその地位を確立しつつある。

[11] 人民網「中国、ドイツを抜き世界3位の経済大国に」2009年1月15日。

[12] 中国サイエンスパーク・ハイテクパークの最新動向を知る情報源の一例として、中国科学技術部タイマツハイテク開発センターとも提携協力関係にある、日中テクノビジネスフォーラム(JCTBF)公式HP「中国ハイテク産業の窓」 http://www.jctbf.org/jp/CHBW/top.htm を参照されたい。