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書籍紹介:『脱「中国依存」は可能か-中国経済の虚実-』(中央公論新社、2023年1月)

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書籍名:
脱「中国依存」は可能か-中国経済の虚実-

  • 著 者: 三浦有史
  • 発 行: 中央公論新社
  • ISBN: 978-4-12-110133-4
  • 定 価: 1,980円(税込)
  • 頁 数: 304
  • 判 型: 四六判
  • 発行日: 2023年1月10日

書評:『脱「中国依存」は可能か-中国経済の虚実-』

大西康雄(アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー)

 コロナ感染症の世界的流行や米中経済摩擦の激化を契機として、中国経済に依存するリスクが強く意識されるようになっている。しかし、リスク意識から発する議論はややもすれば一面的であり、現実から乖離しがちである。「デカップリング論」はその代表であり、まずは中国経済との相互依存の実態をよく把握した上で議論すべきであろう。本書はまさにそうした問題意識から出発したものである。著者は、日本貿易振興機構(JETRO)を経て日本総合研究所調査部上席主任研究員を務めるエコノミストであり、全体を通してデータに基づきながら脱「中国依存」の可能性(不可能性)について実証的分析を展開している。

 全体は四部から構成される。まず第一部の第1章から第4章において、中国経済が国際経済との強い相互依存関係を築きながら発展し、米国に次ぐ世界第二位の経済大国となったプロセスが活写される。それは、世界が中国依存を深めていくプロセスでもある。米国はまさにここに危機意識を抱き、勃興した中国を抑え込む意図をもって、懲罰的関税賦課により対中国貿易赤字の削減を図ろうとしたわけだが、その意図は実現できていない(第1章)。それどころか、中国が中間財の内製化を進めたことで海外企業は以前にもまして中国を震源とするサプライチェーン寸断のリスクにさらされていることが明らかとなる(第2章)。サプライチェーンのデカップリングは容易ではない。

 次いで、習近平政権が中国を米国に伍する「強国」に仕立て上げようとしていることが「中国製造2025」、それを受け継ぐ第14次5カ年計画の産業政策の中身を検討することにより示される(第3章)。こうした動きは、国内需要・国内産業に依拠した発展を目ざすものであり、結果的に中国側からするデカップリングにつながる可能性がある。

 以上の分析を踏まえて米中対立の行方の展望が試みられる(第4章)。中国自身は、技術的自立を強める「自立自強」政策を追求しているものの、いまだ知的財産権の使用料支払いが受け取りより大きく技術の輸出入では入超状態となっている現状がある。他方、米国を含む世界の側にしても、グローバルな付加価値連鎖(GVC)に占める中国の存在を無視できない。中国とのデカップリングは容易なことではなく、中国も世界も相互依存を断ち切ることはできない。米中関係については、両者が衝突する「トゥキディデスの罠」論は当てはまらないだろうというのがここでの結論である。

 第二部にあたる第5章以下では、中国国内経済が分析される。選ばれたテーマは、不動産バブル問題(第5章)、それと関連し、国有企業問題の核心をなす過剰債務問題(第6章)、格差是正策として打ち出された「共同富裕」のゆくえ(第7章)、である。この三つは、国内経済運営上の課題であるに留まらず、経済、社会、政治の安定を左右する重大問題である。ただし、これらは中国経済のこれまでの発展が形成した構造的な問題であり、短期的な解決策はないことが示される。第二部は、脱「中国依存」を語る前提として中国経済の今後に注意を払っておく必要があることを再確認させられる分析となっている。

 第三部(第8章)では、中国の国際的影響力拡大の手段である対外融資の実態が整理されている。対外融資の急拡大は「一帯一路」政策と関連したものであるが、中国の国際収支悪化やコロナ感染症流行に伴い表面化した低所得国の債務危機によって転換点を迎えている。債務を負った側からすれば「中国依存」のあり方が問われているともいえ、「未熟な債権国」の段階にある中国がこの事態にどう対応していくのかとあわせて注目されよう。

 第四部(終章)では、最初の問にもどり、脱「中国依存」のために日本の製造業と政府が取り組むべき課題が検討される。分析の視角は付加価値貿易論である。現在の日本企業は「輸出で稼ぐ」から「投資で稼ぐ」に移行している。それを象徴するのが、製造業を中心とする海外直接投資と同収益の拡大である。さらに分析すると、同収益の40%超はアジアで得られている。アジア域内でのシェアは不明だが、直接投資の19.2%はASEANで、13.3%の中国を上回っている。こうした分析を踏まえるならば、脱「中国依存」を考える際に重視すべき地域はASEANである、というのが著者の提言となっている。

 本書が示しているように、単純な脱「中国依存」は不可能である。日本は、過度な依存を回避し、主体性を確保するための模索を続けることになろう。「あとがき」で筆者が述べているように、「これは安全保障を米国に依存しながらも、経済はその米国と対立関係にある中国に依存する日本人の宿命と考えるよりほかない」。本書は、そうした思考を始めるに際しての格好の入門書といえよう。