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書籍紹介:『チャイナ・イノベーションは死なない』(日経BP、2024年4月)

書籍イメージ

書籍名:
チャイナ・イノベーションは死なない

  • 著 者: 李 智慧
  • 発 行: 日経BP
  • ISBN: 978-4-296-00181-1
  • 定 価: 2,420円(税込)
  • 頁 数: 272
  • 判 型: 四六判
  • 発行日: 2024年4月22日

書評:『チャイナ・イノベーションは死なない』

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長)

 本書は全体が「イノベーションの主戦場」、「ハイテク分野の『鉄のカーテン』とチャイナ・イノベーション」、「デジタル・チャイナの現在地」の3部構成となっている。

 序章は冒頭からファーウェイによるスマートフォン「Mate60Pro」の驚愕の発売で始まり、米国の制裁を乗り越えた中国の強かな姿が描かれている。しかし注目の回路線幅7ナノメートルの高精細半導体の入手に至る経過は明らかにされなかったとされる。読者としてはファーウェイの研究開発に対する並々ならぬ意気込みを感じるが、中国が先進主要国の技術を追いかけてきた過去の歴史からは、いかにしてこのような技術をものにしたのか、関心を持たざるを得ない。

 第1部の「イノベーションの主戦場」では、その様子が存分に描かれている。一言で言えばファーウェイの技術人材と資金力であり、そしてその努力がOS「ハーモニー」の開発に至ったことは、今後米国のビッグテックに対抗していく上で切り札となっていくであろう。米国の制裁がむしろ中国の技術開発力を増強する後押しになっているという見方は強く、その実態が気になるところであり、このファーウェイの努力もその一端を示しているといえる。これが中国の今後を左右するイノベーション・エコシステムの構築にどのように通じるのか、非常に関心が持たれる。答えは一つではないであろうが、ファーウェイが2011年から設置、運営してきた、4万から5万人の研究者を抱える「2012実験室」の活動が興味深い。日本の民間企業が高度成長期を通じて「中央研究所」を設け基礎研究も含めて開発を進めてきたことはつとに有名ではあったが、この「実験室」は、中国出色の民営企業が単独で基礎研究から社会実装に至るプロセスを完成させていく、そういう場とも言えそうである。そしてこのエコシステムがいわゆる「新挙国体制」の中で中国全体に確立されていくこととなると、その力は侮れないといえる。

 第2部の「ハイテク分野の『鉄のカーテン』とチャイナ・イノベーション」では、米国の制裁に中国がどう対応してきたのかを検証している。他の文献のようにデジタル分野の論文数、特許件数の比較では中国がトップに躍り出る様子が描かれているが、過去10年間の米中の特許の価値比較は新しい視点を提供してくれており、依然として質的には米国が対中優位を維持しながらも、量で勝る中国が質でも猛追していると著者は見ている。まさに米中の技術摩擦の焦点ともいえる35のボトルネック技術の解消状況が紹介されており、これらの技術は半導体チップや産業用ロボットなどを米国等の制裁により輸入できなくなった中国にとって死活的に重要なものであり、これまでも高い関心を持って分析、評価されてきた。著者によれば、そのうち21の技術について「突破」あるいは「一部突破」されたという。しかし具体的な「突破」の姿は描かれておらず、今後その開発と実装の姿が気になるところではある。

 第3部の「デジタル・チャイナの現在地」は、中国がデジタル社会ガバナンスを強化する姿が具に、そしてふんだんに描かれ、マイナ健康保険証への移行でモタついている「デジタル敗戦」の日本を尻目に、社会・経済活動の隅々までデジタル化を進め、データ大国路線をひた走る中国の姿が活写されており、中国共産党、政府の並々ならぬ意気込みを感じさせる。一方、今回のコロナ禍で「データは価値を生み出すとともに個人の権利や自由を制限するためにも使用されることもあると、多くの中国人が実感した」とも記されている。多くの中国人が「個人の権利や自由」について何を実感したのか深く知りたいが、著者も運用ルール上の今後の課題と見ている。また産業インターネット・プラットフォームによる協業の効率化を図り、産業デジタル化を牽引役とし、デジタルインフラを建設する中国は、やはり米国の中国に対する先端技術規制によって「模倣と革新」戦略が維持できなくなってきたことから、データ価値化戦略を打ち出し、データの価値創造を通じてイノベーションを起こすという方針を執るとされる。イノベーションも様々ではあるが、データの価値化は、国・地域を問わず確かに今は「打ち出の小槌」になる勢いではある。

 上述のようにファーウェイが数万人規模の「実験室」を設けて長年の努力を重ねてきた道筋と同じように、この「データの価値化」という道筋が、イノベーションのもう一つの王道になろうとしているようである。データの自由な流通を大前提とする米国と、データの越境に神経を尖らす中国とでは、ゴールに到達する速度や到達点に違いが出るのであろうか。そしてよく言われる「権威主義的な国家にイノベーションは生まれない」という言説にも影響があるのであろうか。もう一度、研究開発の実態、現場に深く根ざしたイノベーション・エコシステムの分析、評価が俟たれる。

 

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