中国関連書籍書評
トップ  > 中国関連その他 中国関連書籍書評 >  書籍紹介:『新中国経済大全-資本主義と社会主義を超えて』(日本経済新聞出版、2024年12月)

書籍紹介:『新中国経済大全-資本主義と社会主義を超えて』(日本経済新聞出版、2024年12月)

書籍イメージ

書籍名:
新中国経済大全-資本主義と社会主義を超えて

  • 著 者: ジン・クーユー
  • 監 訳: 梶谷 懐
  • 翻 訳: 西川 美樹
  • 発 行: 日本経済新聞出版
  • ISBN : 978-4-296-11911-0
  • 定 価: 3,520円(税込)
  • 頁 数: 420
  • 判 型: 四六判
  • 発行日: 2024年12月17日

書評:『新中国経済大全-資本主義と社会主義を超えて』

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長)

 中国の目覚ましい経済発展を描く書籍は、専門書、一般書を始め数多く出版されてきたが、近年の米中対立による輸出入の低迷、人口の減少や高齢化がもたらす社会的な先行き不透明感、暗礁に乗り上げた不動産事業とそれに伴う地方政府の財政事情など、これまで予想しなかった状況の出現から、中国の経済がピークを打ったという視点からの分析、評価も目に付くようになった。

 本書は英語で書かれ、原題は"The New China Playbook, Beyond Socialism and Capitalism "である。イギリスのトニー・ブレア元首相、米国のローレンス・サマーズ元財務長官らが高い評価を寄せている。

 著者は1982年北京生まれ、14歳で渡米し米国で教育を受け、ハーバード大学で博士号を取得しイェール大学等で教鞭を執る経済学者である。副題が示すとおり本書は、ユニークな出自を持つ著者による中国の経済発展への「新しい視点」提供の試みである。第1章の「中国という謎」から始まり、第2章「中国経済の奇跡」、第3章「中国の消費者と新世代」、第4章「中国独自の企業モデル」、第5章「国家と市長経済」、第6章「中国の金融システム」、そして第7章「テクノロジーをめぐる競争」という題目で、この新しい視点が展開される。その後は、第8章および第9章で世界経済および金融市場での中国の役割がそれぞれ論じられ、最後第10章で「新たなパラダイムに向けて」と題してまとめが披露される。

 東西の視点を持つ新世代の経済学者とも評される著者の「新しい視点」とは、冒頭の「日本語版序章」で述べられているとおり、「政治的経済」という中国モデルとして提示される。すなわち、「市場メカニズムと国家による調整」、あるいは「産業界と政府との共生関係」が「経済の持てる力を強化すると同時に、これを破壊する恐れもある」というモデルである。この中国モデルを軸に中国経済の偉業と試練の実情が論考されている。また、著者ならではの興味深い視点としては、中々欧米の読者には理解しがたいだろうが、中国の文化的強みを「孔子」に求めたことではないだろうか。そして「中国が国民を指導し、管理しようとする傾向は、国の歴史と文化に深く根ざしたパターナリズムから生まれた」ものと性格付けをする。紀元前3世紀より政府の役人の選抜に能力主義が導入されたことも強調されている。これらのことから俄に今日の中国の発展基盤の理解に繋げることは容易ではないが、背景を描く一つの試みとしては理解できる。

 著者はこれら「新しい視点」を踏まえて、経済的な発展の奥に潜む「原動力」とは何か分析を進める。まず、第4章において、地方政府による地元経済を賦活する動機が、地域の成長と、地方政府関係者の政治的出世と繋がっていることが挙げられている。これが第5章で展開される「市長経済(mayor economy)」という「地元の先駆的な役人が漁村や農地をテクノロジーのハブや産業の中心地」に変える活動を生み出し、しかもこの活動が、土地の使用権を媒介とした資金源の獲得と相俟って、全国的な広がりを見せ、金融システムの発展にも寄与したという。この動きを有能な「中国独自の統治機構」が、国有企業の能力も活かし、巨大な国家企業に作り上げていったという描像が浮かび上がる。

 では、テクノロジーは中国の経済発展の「原動力」をどのくらい担ってきたのか。続く第6章で「中国は急速にキャッチアップし、リードしている分野もあるが、それでも西側諸国との間にはまだ大きな隔たりがある」と記載されている。そして「基幹技術の飛躍的前進のためには、市場、資金、人材が必要であるが、中国の弱点は人材である」という。STEM系卒業生は沢山いるが中々必要な分野に就職しないことを問題視している。さらに著者は、「(中央政府や地方政府の担当者が)政府幹部に見せる成果」を求めたり、「(党や政府が)研究者への厳しい監視」を行うことが、研究者の創造性を妨げていると断じている。この主張は、第10章「新たなパラダイムに向けて」でも、中国固有のイノベーションを促すために「地方政府も含めて国家は裏方にまわり、市場や起業家の働きに任せ」、上述の「パターナリズムは万人の民意が反映される政治に道を譲らなければならない」と強調されている。

 中国の経済的な発展とともに顕在化する格差問題、不動産不況、若者の就職難、影の金融、過剰な生産能力等、様々な社会問題を著者が「新しい視点」で一体どのように描写するのか関心を持って本書を手に取った読者は、いささか消化不良な読後感を抱くかもしれない。中国自身が抱えるこれらの問題が、資本主義的な性質にあるとするなら、中国が目指す「現代化社会主義強国」にこそ課題解決に挑戦する舞台の一つとなると著者が考えるところに「新しい視点」が見出されるのではないか。

 中国の権威主義によって構築されてきた社会主義市場経済が、欧米が主導する資本主義のシステムとどのように共存するのか。課題とされるSTEM人材の育成、研究者の創造性を育む自由な研究環境の整備を通じて、いかにして「0から1」を生む中国固有のイノベーションを創出していくのか。著者が予見するパラダイムシフトの可能性の評価には、今回、著者自身が控えた中国の政治的立場に対する分析もあるべきと思うが、それは次作に期待したい。

 
 

バックナンバー