第61回CRCC研究会「英国人学者からみた日中関係」/講師:Edward Vickers(2013年6月12日開催)
演題:「英国人学者からみた日中関係」
Edward Vickers(エドワード・ビッカーズ)氏 :
九州大学大学院人間環境学研究院 准教授
略歴
1992年英オックスフォード大学卒。香港で公立中高校の教師を経験し、2000年香港大学博士課程修了。2000-03年北京の人民教育出版社(教育省教科書出版社)に勤務。ロンドン大学講師、准教授を経て2012年4月から現職。ロンドン大学時代の同僚、東アジアの研究者たちと東アジアにおける日本のイメージを研究している。著書に『In Search of An Identity: the Politics of History as a School Subject in Hong Kong, 1960s-2002 』(Routledge出版社, 2003年)『History Education and National Identity in East Asia 』(Routledge出版社, 2005年) 、『Education as a Political Tool in Asia』 (共編Routledge出版社, 2009年) など多数。英国政府の国際開発部署による2007年の報告書『Education and Development in a Global Era』で中国を担当。今年9月に九州大学で国際シンポジウム「東アジアから見た日本」を開催予定。
科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター主催の第61回研究会が、2013年6月12日、東京都千代田区のJST東京本部別館ホールで開かれ、Edward Vickers(エドワード・ビッカーズ)九州大学大学院人間環境学研究院准教授が「英国人学者からみた日中関係」と題する講演を行った。
ビッカーズ氏は「日本が東アジアの一員となり、近隣諸国と信頼関係を築かないと日本の将来は危うい」と指摘し、さらに中国語を日本の生徒、学生が学びやすくする環境の整備など、日本の教育は今こそ「脱欧入亜」すべきだ、と呼びかけた。
ビッカーズ氏の講演の概要は次の通り。
日本に来るまで、日本は中国と異なり、根本的にリベラルでオープンな国だと思っていた。例えば家永三郎氏の教科書検定違憲訴訟など教科書の検定をめぐる論争などを知っていたので、全く疑いを持たなかった。しかし、今は分からなくなっている。九州大学の学生に、南京事件を描いた中国映画「南京!南京!」(陸川監督、2009年)を授業で見せようとした。プロパガンダ(主義や教義の組織的宣伝)性はなく、いくつかの国際的な映画祭で賞を取った作品である。しかし、この映画(のDVD)は日本では手に入らず、英国から取り寄せざるを得なかった。
今年9月、「東アジアから見た日本」という国際シンポジウムを九州大学で開く。「右翼を刺激しないよう極端な議論は避けた方がよい」と同僚から助言された。「ホテルは会場を貸したがらないだろう」ともいわれた。しかし、近代の歴史について人々が議論することが、今まさに日本に求められていることではないだろうか。そうしないと日本人は何世代にもわたって、戦争に関して無知のままでいることになってしまう。その上、何十年もの平和教育によって、被害者意識を深く植え付けられている。
日本人は戦争となると、アジア特に中国での戦いより米国との戦い、つまりパールハーバー(真珠湾攻撃)から原爆投下に至る対米戦争が圧倒的に強調される。これはジョン・ダワーに代表される米国の現代日本歴史学者にかなり大きく影響されているためだ。ダワーのような左寄りの学者は、自国の外交政策を批判しがちで、韓国、ベトナム、イラクにおける米国の戦争を日本の帝国主義(に対する戦争)と比較する傾向がある。そして、戦後の日本が抱えるいくつかの問題は、米国の占領政策が原因だ、と指摘する。本来は必ずしも間違っていたとは限らないことでも、だ。
ダワーたちとは時代、イデオロギー的にも異なるライシャワーもそうだった。これら米国の優秀な日本学者たちは、米国の眼鏡を通して日本を見ているということだ。今の日本が注目しなければならないのは、外国人によるこのような見方ではない。「日本が特に謝罪すべきことはない」という日本国内の右寄りの主張に、皮肉なことに左寄りの米国人学者の思想が正当性を持たせてしまった、ということだ。米国がどう見ているかよりもっと大事なことは、中国や韓国が日本をどのように見ているかではないだろうか。
中国の歴史認識に欠けているのと同時に、現代中国についての知識も日本はかなり乏しいと言わざるを得ない。日本のメディアが伝える中国は、暴動、食品(の安全問題)、大気汚染、汚職問題ばかりだ。これは二重の危険をはらむ。一つは中国に対する無知、偏見が中国の人々の反日感情をさらに刺激して、中国政府が強硬な態度を取らざるを得なくなるということだ。
もう一つは、中国に対する恐れと怒りが日本に多くの愛国主義者を生み、民主国家を徐々にむしばむ、という危険だ。次の参院選で自民党が3分の2以上を占め、憲法改正を進めてしまうことを恐れる。アベノミクス効果を期待する人々が安倍政権を支持するのは分かるが、日本国民の中国に対する恐れ、無知が右寄りの安倍首相に有利に展開していることも否めない。その危険性に気づいている日本国民は少ないように見える。
これは、中国との関係にこだわらなくても日本には選択肢はある、と日本人の多くが信じているということでもある。また日本政府がTPP(環太平洋連携協定)参加に意欲を示していることにも現れている。中国抜きで外交、経済政策を進めることが日本の繁栄につながると自民党は考えているようだ。さらに教育政策も、最も大切な東アジア近隣諸国への無知を広げているように見える。
歴史教育に加えて外国語教育も問題だ。過去も現在も日本の政権にとって外国語といえば英語に他ならない。教育の効果があまり現れていない現状は皆さんご承知の通りだが、それにしても英語重視は少々異様ではないか。日本に住む一番多い外国人は中国人と韓国人だ。最も大切な貿易国は中国ではないか。日本人にとって学びやすいのも英語よりは中国語、韓国語だろう。しかし、若者が学校で学ぶ機会は少ない。大学入試の壁もある。たとえ高校までに習っても、一般入試の選択外国語に入っていない大学が大半だろう。
私の勤める九州大学も入試の外国語では英語の他にフランス語とドイツ語はあるが、中国語、韓国語は選択肢にない。さらに大学に入って中国を研究しても、中国語のオンラインデータベースにアクセスができない。欧米のトップレベル大学では可能なのにだ。
こうした教育システムで将来、東アジア近隣諸国との複雑な関係に対処できる人材を育成できるだろうか。
中国との関係で日本が抱える問題は複雑で多岐にわたっている。中国国内の政治、米国の外交政策も絡む。しかし、責任の大半は日本にある。政治、教育、メディア界で指導的な役割を担う人々が中国、韓国に与えた多大な被害を直視しない限り、これらの国との間に尊敬と信頼感は存在し得ない。さらに、過去を見つめないと日本の民主主義は愛国主義的ポピュリズムにさらされる危険がある。
日本の学校、大学で中国語を学ぶ環境を整備することを提案したい。現在の第一外国語は英語だが、中国語も選択肢に入れて生徒、学生の履修を促す。日本人の多くが中国語を話せるようになれば両国間の理解度は増すし、貿易関係でも有利になるはずだ。日本人にとって中国語の方が英語より学びやすいはずだし、資格を持った中国人教師を招く方が、英語の教師を呼ぶよりやさしいだろう。
語学以外でも、歴史、地理、社会などの教科を現代東アジアについてもっと学ぶことができるように改革する必要がある。日本の教育は今こそ「脱欧入亜」すべきだ。東アジアの一員となり近隣諸国と信頼関係を築かないと、日本の将来は危ういと認識する必要がある。
日本にいる中国の理解者は、たとえ人が聞きたがらないことでも勇気を出して声にする義務があると思うが、いかがだろう。
(中国総合研究交流センター 小岩井忠道)