第99回CRCC研究会「有力大学における中国人学生の留学動向」/講師:名子学(2016年11月7日開催)
「有力大学における中国人学生の留学動向」
開催日時:2016年11月7日(月)15:00~17:00
言 語: 日本語
会 場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講 師: 名子 学 文部科学省スポーツ庁オリンピック・パラリンピック課 課長補佐
講演資料: 「中国有力大学卒業生の留学動向」( 316KB )
講演詳報: 「第99回CRCC研究会講演詳報」( 2.97MB )
中国人留学生呼び込む工夫を 名子学・元在中国日本大使館員が大学に提言
中国総合研究交流センター 小岩井忠道
4月まで北京の在中国日本大使館に一等書記官として勤務していた名子学 文部科学省スポーツ庁オリンピック・パラリンピック課課長補佐が11月7日、科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催の研究会で講演、中国からもっと多くの優秀な留学生を呼び込むための積極的な活動を大学に求めた。
名子氏はまず2013年12月の中国教育部指示によって各大学が作成した「卒業生就業質量報告2014年版」を基に、中国の主な大学の学生進路動向を詳細に紹介した。中国の大学は明確に序列化されている。国際的な大学ランキングでも上位に並ぶ北京大学、清華大学をはじめとする九つの大学を総称する「C9大学」を最上位とし、次に世界一流の研究力を持つ大学を育成するために1998年に教育部が指定した「985大学」(C9大学を含む39大学)、続いて1995年に教育部によって世界レベルの教育を行う大学を育成するために進められた「211プロジェクト」に指定された「211大学」(「985大学」を含む112大学)という区分けだ。
この進路動向から分かったことは、まず学部卒業生の留学率の高さ。特に「C9大学」は北京大学の32.65%、清華大学の24.89%など7大学が20%台か30%台という高い留学率を持つ。修士修了者、博士修了者まで含めた留学先を見ると、北京大学は米国が最も多く留学先の63.0%を占める。次いで英国、香港、ドイツと続き、日本はフランスと並んで5番目に多い国となっている。ただし、全留学生の2.5%でしかない。清華大学もトップは70.3%の米国で、日本は4位で3.1%。上海交通大学はトップの米国が63.5%で、7位の日本は2.6%にとどまる。
もう一つの特徴として氏が挙げたのは、修士課程への進学率の高さだった。北京大学の46.35%、清華大学の56.74%など「C9大学」は9大学とも軒並み30%以上が修士課程に進学している。「985大学」に範囲を広げても、30%未満は39大学中、5校しかない。多くの国内修士課程進学者に加え、海外へ留学する学生も多いということになる。
名子氏は、こうした現状の背景にある中国の大学を取り巻く特有の現実についても、次のような見方を明らかにした。まず挙げたのが、戸籍による「入試格差」だ。2014年時点で、大学受験者数が7万人余りの北京市には、「C9大学」「985大学」「211大学」に指定されている112校のうち24校が集中する。これに対し河南省には、北京市の10倍以上(約75万5,000人)の受験生がいるにもかかわらず、「211大学」に含まれる大学は1校しかない。一方、河南省の高校生が北京市の大学に入るのは困難。例えば、清華大学が北京市の高校生には11.1%、河南省の高校生には5.9%という入学定員を割り振っているように、戸籍による入学定員配分のため、地元有利になっているからだ。
加えて中国の入試システムには、多数の大学の併願が難しいという制約がある。受験生は、省ごとに行われる高考(統一大学入試)の結果を基に、慎重に出願大学を絞らないと、有力大学に入り損ねることになりかねない。こうした事情から遠方の有名大学受験をあきらめて定員枠の多い地元の大学に入学する受験生も多い、また経済的事情も大きい、という現実を名子氏は指摘した。
では、有名大学を卒業後、海外留学を選択した人たちは、何をてがかりに留学を決めたのか。名子氏は、上海交通大学の「卒業生就業質量報告」から、2013年の卒業生のうち留学した人たちに留学先選定の理由などを聞いたアンケート結果も紹介した。氏が注意を促したのは、「留学情報の入手方法について」という問いに対する回答。最も多かったのが、「海外大学のホームページ閲覧」で35%に上る。ホームページに中国人留学生を引きつけるような内容が記載されていないと、入り口の段階で多くの留学生を呼び込むのは難しい、と氏は指摘した。実際に、北京赴任中に自身で日本の大学のホームページ閲覧を試みたところ、「ホームページをなかなか開けることすらできない大学もあった」という。
実際に中国の学生たちに直接聞いた日本への留学に関する感想も、氏は紹介した。最初に紹介されたのは、「いろいろな大学にいろいろな入試があって複雑すぎる」という声だ。前述したように省ごとに行われる高考(統一大学入試)を受験した上で、目指す大学を申請する、また、大学院については統一試験を受けた後、個別の大学の2次試験に挑むというのが中国の受験システム。これに比べると、日本の試験は複雑な上に、出願に必要な資料が多く、細かすぎる。そもそも大学の特色が分からず、それぞれの専攻で具体的のどのような勉強ができるか、どこに聞けばよいかも分からない、といった入り口でつまずくという声が多かったという。
欧米の有名大学は早くから手を打っている。サマースクールなどを積極的に活用して中国の学生をまず短期間、自国に招いたり、中国に教授を派遣して出張講義をし、その際必ず大学のPRをさせるなどの勧誘活動に力を入れている。欧米の大学の行動について特に名子氏が詳しく紹介したのが、国家留学基金管理委員会(CSC)の「中国政府奨学金」を積極的に活用する方法だ。授業料は受け入れ大学が持つが、それ以外の費用は中国政府が支給するというこの奨学金の枠組みを、海外の大学はCSCと直接協定を結んで積極的に活用している。英国や米国は多くの大学が多数の中国人留学生の枠を設けている。英国はオックスフォード大学、ケンブリッジ大学をはじめとする25大学、米国はハーバード大学、マサチューセッツ工科大学など17大学が、それぞれ毎年数十人の留学生を受け入れている。
フランスもパリ11大学をはじめとする9大学、ドイツもミュンヘン大学など4大学がこの枠組みを活用して毎年、それぞれ数十人の留学生を受け入れている。これに対し、日本でこの奨学金について協定を結んで活用して留学生を受け入れている大学は、北陸先端科学技術大学院大学と早稲田大学の2校だけ。名子氏は、日本の大学も欧米の大学にならい出張講義に教授を派遣し、その際、必ず大学のPRを行うなどの積極的な留学生獲得活動を進め、奨学金について「中国政府奨学金」ももっと活用すべきだ、と提言した。
さらに、中国の大学は総じて、「近くて安くて安全な」日本との交流を期待している、と述べ、現地事務所に加え、中国国内の日本留学経験者同窓会などを活用した中国でのPR活動や、大学に留学生専用のアドミッションオフィス(入学事務局)を設置して質問に対する丁寧な対応、ショートステイによる日本滞在経験の提供など、積極的な取り組みを助言した。
名子氏はまた、優秀な留学生の採用にあたって、次のような点に注目することを大学に求めた。戸籍による「入試格差」や併願が難しい大学入試システムによってやむなく地元の大学に入学した学生が多い。優秀な学生の多くは学部を卒業してすぐに欧米の有名大学に留学すると日本では思われがちだが、中国国内の修士課程に進学する学生も多く、個々の学生の進路などをきちんと見ておくこと、また、中国教育部や各大学は、修士課程修了後の博士課程での留学にも力を入れている点にも留意が必要とのことであった。
氏は、日本語を学ぶ学生の採用についても、注意を促した。外国語大学の日本語専攻者は、ほとんどの大学で英語に次いで多い(大連外大は日本語学科が一番多い)のに、大連外大を除くと、ドイツ語、フランス語専攻者の多くがドイツ、フランスにそれぞれ留学するのに比べると、日本語を専攻したのに日本に留学する学生の比率は低い。こうした潜在的な日本留学適任者を日本に呼び寄せるには、日本語専攻者に欠けている人文社会科学系の専門知識などを学ぶためのサポートが必要だが、中国ではリソース(人、資金、設備)が絶対的に不足している、また、有力大学の人文社会系の学部には、優秀でかつ独学で日本語を学んでいる学生も多く、こういった学生の取り込みも考慮してはどうかと名子氏は指摘した。
(文・写真 CRCC編集部)
名子 学(なご まなぶ)氏:
文部科学省スポーツ庁オリンピック・パラリンピック課 課長補佐
略歴
2004.9 同志社大学大学院文学研究科 博士後期課程 中退
2005.4 文部科学省 入省 (Ⅰ種 法律職)。以降、初等中等教育局財務課、スポーツ・青少年局企画、体育課、研究振興局学術企画室、高等教育局専門教育課を経て、
2013.3 在中華人民共和国日本国大使館一等書記官
2016.4 スポーツ庁 オリンピック・パラリンピック課 課長補佐