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第31回中国研究サロン「ジャパンユースから見た現代中国の発展」(2020年9月11日開催/講師:夏目 英男)

「ジャパンユースから見た現代中国の発展」

開催日時: 2020年9月11日(金)15:00~16:00

言   語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講   師: 夏目 英男: JST中国総合研究・さくらサイエンスセンター 調査員

講演資料:「 第31回中国研究サロン講演資料」( PDFファイル 40.7MB )

YouTube[JST Channel]:「第31回中国研究サロン動画

「1980年代生まれ以降の若者がけん引 中国発展の原動力 夏目英男氏が解説」

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 5歳から19年間、中国で過ごし、清華大学大学院修了後帰国した後も日中をつなぐ仕事やボランティア活動を続ける夏目英男氏が19日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の中国研究サロンで講演し、中国の若い世代が中国社会の発展をけん引している様子を詳しく報告した。太平洋戦争後の復興に一丸となって努力した1950年代、60年代の日本人と、今の中国の若者の姿に相通じるところがあることも指摘し、今後、日中の若者が相互理解を深め、イノベーションを共創すべきだ、と提言した。

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ビデオ会議システムを利用した中国研究サロンで講演する夏目英男氏

改革開放、北京五輪、大衆創業・万衆創新がばね

 中国の若者世代は、1980年代に生まれ、現在、30代の年齢層が「80後(バーリンホウ)」、1990年代生まれの20代世代が「90後(ジョウリンホウ)」、2000年代生まれの10代世代が「00後(リンリンホウ)」と呼ばれる。夏目氏はこれらの若者世代の生き方に大きな影響を与えた出来事として、三つを挙げた。まず1978年から始まった改革開放政策。高等教育が再開された翌年に当たり、翌79年の経済特区の設立につながる。「80後」と「90後」が生まれたのは、改革開放政策によって経済発展、グローバル化をもたらす具体的な決定や計画が次々に打ち出された時代だった。

 次の大きなイベントが、2008年の北京オリンピック。「90後」世代と同年代の夏目氏にとっても「日々、周囲の環境を含め社会インフラの変化に圧倒されるような毎日」となる。「改革開放の成果を世界に向けて発信する絶好の機会となった。同時に、1997年に習近平総書記が提起した『中華民族偉大復興』のマイルストーンともなり、80後、90後の若者に絶大な影響を及ぼした」と夏目氏は指摘した。

 三つ目の出来事は、2014年9月、スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、李克強首相が提起した「大衆創業、万衆創新」政策。「研究者・大学生の起業を推奨するなど、1,000を超えるスタートアップ支援策が実施された」と、夏目氏は、この政策によって中国で新興企業が次々に誕生し、世界的企業にまで急速に発展する動きが加速されたことを強調した。

 これら三つに代表される出来事によってもたらされた中国の高度経済成長期とデジタル変革期を経験した若者、特に「80後」と「90後」が今の中国の発展を支えている、というのが夏目氏の主張。中国を代表する「80後」と「90後」として4人の名を挙げた。ドローンを開発したDJIの創始者、汪滔氏(1980年生まれ)、現在、中国攻撃を強める米国の新たなターゲットとなっている動画共有アプリTikTokを立ち上げ、世界に広げたBytedance創始者、張一鳴氏(1983年生まれ)、電子商取引(EC)プラットフォーム「Pinduoduo」創始者、黄崢氏(1980年生まれ)、チーズ茶を提供する店舗を展開する「喜茶(HEYTEA)」創始者、聶雲宸氏(1991年生まれ)という面々だ。

中国を代表する「80後」「90後」

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(夏目英男氏講演資料から)

世代ごとに異なる持ち味

 夏目氏は、中国の若者たちが世代ごとに特徴があり、さらに世間一般のイメージとは異なる面を持つことも併せて紹介している。「80後」が生まれ育った世代は、高等教育の再開という大きな変化のほか、一人っ子政策が始まった(1982年)時期にあたる。一人っ子で大事に育てられたため「小皇帝」という呼び方もされる「最も利己的な世代」と一般的にみられている。ただし、夏目氏によると、「一人っ子政策の弊害である高齢化社会に直面しており、進学や就職で競争率は高く、高学歴・低収入を強いられている」圧力も受けている。同時に「中国を変えようとする気骨精神溢れる若者が多い」世代でもあるという。

 一方、次の世代である「90後」が生まれ育ったのは、中国が計画経済から社会主義自由経済へ転換する時代。さらに情報化社会の到来やデジタル変革という中国を急速に発展させた大きな変化の中で「甘やかされた世代」とみる向きが多い。「異端児」という評価も聞かれる。ただし、この世代も実際は「歴史や伝統にとらわれず、オープンマインドな若者が多い。留学経験者が多く、帰国後に活躍した『海亀』として中国に十分、貢献している」と夏目氏はみている。

「80後」、「90後」の後に続く、2000年代に生まれた世代「00後(リンリンホウ)」に対しても夏目氏の評価は高い。北京オリンピックや、上海万博、一帯一路構想の提起など、中国がグローバルに躍進している時代に生まれ育ったため、自国に誇りを持つ「最も自信にあふれた世代」と見る。

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(夏目英男氏講演資料から)

可能性が可能性呼ぶ

 中国の発展に大きく貢献し、今後も大きな役割を果たすとみられる中国の若者たちの活力はどうして生み出されたのか。1977年に高等教育が再開したことで、自身の環境や家庭の環境をも変えることができることに可能性を見い出した。こうした第一世代が、教育や留学を通して実際に自身の人生を変えていった、という見方を夏目氏は示した。大学への進学だけでなく、修士課程、博士課程に進学する学生が、日本より多い現状にも注意を促している。「知識を基にイノベーションを生み出した第一世代の生き方が、可能性が可能性を呼ぶ中国の姿を生んだ」と、夏目氏は評価している。確かに、氏が示した日米中トップ校の学生数、修士課程、博士課程大学院生の数を比較したグラフと、米国の大学院で博士号を取得した留学生数の国・地域別比較グラフのいずれを見ても、中国では日本よりはるかに多くの学生が大学院に進学しているかが分かる。

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(夏目英男氏講演資料から)

 若者の活力を支えるもう一つの要素に「希望」があることも、夏目氏は付け加えた。2018年にベンチャーキャピタルに対する投資額は、日本が1,660件で総額2,706億円であるのに対し、中国は4,321件で総額3兆5,370億円。日本とは大きな差ができていることを示すグラフを示し、中国の若者たちの活力をさらに高める現状を氏は次のように説明した。「加速するデジタル変革の中で、従来の職業に加え、インフルエンサー(他者の購買行動に強い影響力を及ぼす人)やe-Sportsプレイヤーなど新たな職種と、起業という選択肢が加わり、新たな希望が芽生えている」

競争激化、格差拡大も

 一方、希望と同時に中国の若者たちが置かれている厳しい現実にも夏目氏の目は注がれている。若者間の競争もまた激化している、という現実だ。2019年に中国の大学・高等専門学校卒業者は834万人。加えて海外の留学先から帰国する学生も51万9,400人(2018年)に上る。就職率が低下し、大学卒業者の月収も理系では8,000~9,000元(12~14万円)程度だが、歴史学や管理学などが専門の卒業生では2,000元(3万円)程度でしかなく、卒業した学科によって大きな差が生じている。雲南省の普洱市の職員募集条件が博士課程修了者か「双一流」(注)大学修士課程修了者、あるいは「双一流」A類大学の学部卒業生に限られる、となっている。こうした大学卒業生にとっては厳しい買い手市場の状況にあることを夏目氏は紹介した。

(注:21世紀半ばに高等教育強国を築き上げることを目標とした教育政策で、42校が「双一流」大学に、140大学の465学科が「双一流」学科に選ばれた。「双一流」A類大学は「双一流」大学42校のうち、清華大学、北京大学など中でも有力な大学36校を指す)

中国の大学卒業者の専門別平均月収

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出所:中国薪酬網「全国各大学専業薪酬排名」
(夏目英男氏講演資料から)

 5月28日、中国「全国人民代表大会」(全人代)の閉幕後に記者会見した李克強首相の発言に驚いた日本人は多い。「脱貧困堅戦」への強い決意を表明する中で「現在、約6億人が月収1,000元(約1万5,000円)で、中規模の都市では家を借りることすら難しい」という実態を明かしたからだ。夏目氏はこの発言にも触れ、「著しい経済成長を遂げた一方、経済格差は縮まるどころが、一層拡大している」中国の実情も詳しく紹介した。

日中若者で共創の構築を

 こうした厳しい環境の中で、中国の若者たちは「いかに向上心を保ち、努力し続けるかが問われる」状況に置かれている。同時に、デジタル改革の動きは目覚ましく、若者が飛躍するチャンスは広がり続けている。こうした現実も夏目氏は重視している。アリババとテンセントという巨大IT企業が、他企業のサービスを自社の事業に次々に取り込むなど貪欲な拡大戦略をとり続け、新型コロナウイルス感染拡大すらも新たな事業拡大に利用しつつある現状を、多くの具体例を列挙して浮き彫りにした。

 日本は、すべての年齢層がイノベーターとして役割をこなし戦後復興を成し遂げたにもかかわらず、いまなお失われた20年と呼ばれる低迷時代から抜け出すことに苦労している。こうした日本の経験にも中国は深い関心を持ち、学んでいる。世界時価総額ランキングを見てもこの30年間の日本企業の凋落は顕著で、逆に中国企業の躍進は目覚ましい。日本財団が9カ国の18歳を対象に実施した「社会や国に対する意識調査」結果では、「将来の夢を持っている」「自分で国や社会を変えられると思う」など六つの設問に対し、肯定的に答えた割合は、日本がいずれも最下位。まんべんなく高い数字を示した中国との差は大きい。

 夏目氏は、こうしたデータも示し、今後、日本の若者が進むべき方向は中国の若者のマインド(精神)を取り入れ、共にイノベーションを創りあげる共創関係を構築することだ、と提言した。

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夏目さんが活動されている「Dot STATION」サマープログラムの様子

 夏目氏は清華大学大学院時代に共に学んだ日本人の友人2人とともに、「Dot STATION」というボランティア組織を2018年に創立している。学生一人ひとりの点(Dot)と点を結び、出発させるプラットフォーム(STATION)にしたいとの思いが組織名に込められている。日本の高校生たちと一緒に中国の大学・企業を訪問することで、高校生たちに自分の肌で中国を感じる経験してもらう。こうした目的のサマープログラムを提供し、2018年、2019年の2回、計23人の高校生たちに中国の現状に触れてもらった。この経験がきっかけとなり中国の大学に進学した学生もいる。

(写真 CRSC編集部)

関連サイト

Dot STATION

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書籍紹介:『清華大生が見た 最先端社会、中国のリアル』(クロスメディア・パブリッシング、2020年3月)

夏目英男

夏目英男(なつめひでお)氏 
JST中国総合研究・さくらサイエンスセンター 調査員

略歴:

東京生まれ、北京育ち。幼少期の大半を中国で過ごし、2013年中国・清華大学に進学。2017年清華大学法学院及び経済管理学院(ダブルディグリー)を卒業後、同大学院公共管理学院(公共政策大学院)に進学。卒業後、JSTにて日本と中国をつなぐ事業に従事する傍ら、中国の若者トレンドやチャイナテックなどについての記事を執筆。